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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を

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第34話 「元英雄の咆哮」

 スイメル・カートレットは険しい表情を浮かべながらも、何とか戦闘を続けていた。


「どうしたエルフ族の崇高なる戦士よ。貴様らの誇りとやらはその程度か?」


 対峙しているのは、かつて世界を泥沼の戦争へと陥れた元凶。

 不死魔王、リーファ・ラルート。


「……」


 スイメルはリーファの安易な挑発を冷めた視線で眺めながら、展開している"三重結界"の強度を更に引き上げた。

 こうしている今も重い衝撃が、連続的にスイメルの結界を叩く。

 その正体は恐ろしい数の魔法だった。

 スキル『高速演算』を持つリーファの連撃は途絶える気配を見せない。

 いったい結界が何度破壊されたのか。

 スイメルは最早覚えていなかった。


「チッ……」


 苛立ち紛れの舌打ちが響く。

 スイメルはいったん深呼吸して冷静になると、結界の破壊を感じ取って後方に飛び下がった。

 すでにリーファとの距離はかなり開いている。圧倒的な実力差に抗いきれず、スイメルは徐々に後退しているのだ。

 そもそもリーファが全力を出せる状況なら、スイメルはとうの昔に殺されているはずである。

 だが、リーファは『祭壇』の傍から離れられない。この制約のお陰でスイメルは何とか生き延びているだけだ。

 スイメルが安全圏まで距離を取ってしまえば、リーファは追いすがることができないのだから。

 とはいえ、スイメルとしてもリーファが脅威に感じない地点まで後退してしまえば、別の脅威である迅の方へ向かってしまうだろう。

 スイメルはそのギリギリのラインを見極めながら、結界を張り続けていた。

 リーファは伝承によると、水、風、炎の三属性を操れて魔法も得意だが、接近戦も同様に得意な万能型の戦士である。

 つまりは魔法だけではリーファの真価は発揮されない。

 しかし。

 現在は魔法しか扱えない状況下だというのに、リーファは明らかにスイメルを押している。

 スイメルの結界術は攻撃魔法に対して滅法強い性質を持ち、接近戦を封じられる制約を持った今のリーファに対する相性は抜群に良い筈なのだ。


(――届かない)


 これだけの好条件が揃っていても、スイメルはまだ魔王の足元にも及ばない。

 スイメルはこれでもエルフ族最強の戦士。領域外と称されるレベルオーバーの一人だ。

 だが、スイメルはリーファとの間に、天と地ほどに隔絶している差が凛然と立ち塞がっていることを肌で感じていた。


(なにが、百年に一人の麒麟児だ)


 このピレーヌ山脈の南に広がる大森林。その東端にはエルフ族が居を構える小さな里がある。

 スイメルは幼い頃から里の戦士の一人となるべく育てられ、その過程で圧倒的な才能を発揮していき、十五歳となり成人したときには、もはやスイメルに及ぶ戦士は誰一人としていなくなっていた。

 神の如く精緻な術式。それを常に編み上げる演算能力。溢れるかのような魔力量。天職による圧倒的な結界への才能。

 当然のようにスイメルはエルフ族最強の戦士として君臨し、若くして里の戦士団を指揮する立場に成り上がった。

 ――だが、所詮は井の中の蛙だ。

 スイメルの眼前に佇むのは、圧倒的な力を以って君臨する暴虐の化身である。

 魔王。

 スイメルの、知らない世界。

 

 

「フン……飽きたな」


 華奢な体つきをした銀髪の少女――魔王リーファが呟いた途端、唐突に魔法の雨が止んだ。

 スイメルは軽く安堵しながらも結界を構え続け、怪訝そうに眉をひそめる。

 対するリーファは腕を組みながら、スイメルに冷めた視線を送った。


「……つまらん戦いだ。エルフ族、貴様は結界しか脳がないのか?」

「ないことはないが、いずれも魔王に見せられるようなものではないのでな」


 憮然として言い返すと、リーファは草薙と迅の戦いを一瞥しながら、

 

「そもそも、貴様は後退してどうするつもりだ。そんなことでは一生私は倒せない。貴様の目的は勇者と同じくリリスなんだろう? 流石に時間制限に気づいていないということはないはずだ」

「……分かって、いるさ」


 呆れたようなリーファの言葉に、スイメルは淡々と返答する。このセリフは本音も含まれているのだろうが、単なる挑発に過ぎないのもまた事実だ。

 リーファからすれば『祭壇から離れられない』制約がある以上、スイメルが近づかないと決着がつけられないので、挑発して動揺を誘うのは当然だろう。

 だが一方で、その言葉はスイメルの前に純然と立ち塞がっていた。

 『鑑定』を使用した迅からタイムリミットを教わった後、スイメルは体内時計により正確に針を刻んでいた。その感覚によると、リーファの古代魔法完成までの残り時間は――約五分。

 つまり、この状態のまま五分が経過すれば、リリスという存在は失われて災厄を齎す魔王が顕現することになる。

 スイメルが表情を更に引き締めると、リーファは疑問でも覚えたのか、軽く小首を傾げた。

 

「……そもそも、貴様はどうして勇者に協力している?」

「……百年前の戦争で、天使族には里を救われた恩がある。勇者はそのときの盟友だ。我々はエルフ族の誇りにかけて盟友への義理は果たす」

「確かに私たち魔王軍はエルフ族を襲った。だが、所詮は百年も前の話。貴様らが生きている時代ではない。その頃の義理を果たすとは、随分と律儀なことだ」

「……」

「答えろ。貴様の仲間は死んだ。だが、まだ貴様は諦めていない。……それだけの犠牲を払って、貴様が魔王復活を止めようとする理由は何処にある?」


 リーファの瞳がスイメルの瞳を捉えて、その魂の奥を覗き見るように目を細める。だが、スイメルの表情はあくまで変わらなかった。


「……少しでも平和な未来の為に」

「龍魔王ウォルフがエルフ族を狙ったことはないはずだ。奴は人族しか標的に定めていない。放っておいても貴様らの里に影響はないぞ?」

「人族は里が認めた盟友だ。エルフ族の誇り高き戦士として、私は戦う」


 スイメルは冷淡に答えた。随分と崇高な理由である。だが、どこまでも表面的で感情が上滑りするものだった。

 リーファは刺すような眼差しで、


「ふん、つまらない男だ。それが、そんなものが貴様の誇りだと言うのか?」

「……」

「平和のために義理の妹を殺す、か。流石だなエルフ族。貴様の崇高な理念はこの耳でちゃんと聞き届けたよ」


 スイメルは氷の仮面の下で、心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に晒されていた。義理の妹。何年もの間ともに過ごしたハーフエルフの銀髪の少女。里に追放された禁忌の存在。リリス・カートレット。


(リリス……!)


 凍らせたはずの感情が蠢き、水面に顔を出す。知らぬ間に呼吸が荒くなっていたことに気づき、精神を落ち着かせるために息を吐いた。

 冷や汗が首元を滴る。


(落ち着け。あの魔王は私に止めを刺したいがために、挑発して動揺を誘っているだけだ)


 そう。

 理屈では、理解している。

 だというのに、スイメルの口元はいつまでも動く気配がなかった。





 ◆◆◆





 膠着状態のスイメル達とは対照的に、迅と草薙は剣を交えつつ高速で戦場を駆け巡っていた。

 草薙の研ぎ澄まされた剣技に対して、迅は膂力で以って強引に応じる。速度では劣るが、腕力では上回っていたのだ。

 だが、そのやり方も段々と綻びが生まれてきていた。

 戦闘開始から数分。すでに、草薙が迅の戦い方に慣れ始めている。途轍もないほどの対応力だった。

 

(…………マズいな。間に合うか分からんアルバートを頼るのは確実性がない。かと言って、スイメルは魔王の相手だけで手一杯だ。要するにワシが突破口を開くしかないんだが……)


 迅に思考を巡らせる隙を与えず、草薙の無骨な剣閃が肉薄する。迅は大剣でそれを弾くと、大地を蹴り抜いて後退した。長く打ち合えば、技術の差で負けることを理解したが故の経験則だった。


「……ええい!」


 迅は苛立ち紛れに殺気を叩きつける。

 だが、対する草薙も似たような心境だったのか、猛禽のような瞳で迅を捉えながら乱暴な口調で告げる。


「この馬鹿力が……分身とは膂力の桁が違う。"力の勇者"――調子が狂うぜ」

「それは光栄なことだ」


 迅は無理やりにでも早期決着をつけなければ拙いと考えていた。

 草薙の対応力は図抜けている。現に戦闘開始時はほぼ互角だったというのに今では徐々に追い詰められている。

 このままではジリ貧だ。迅はそんな判断を下しながら、それでいて迷いを見せていた。


(勇者の存在価値とこの戦いの価値。そしてリスク、か。さて――)


 迅の逡巡の原因は、この肉体に代えは効かないという一点だった。

 翔との戦いではリスク覚悟で突っ込んだが、それは『分身』だからでしかない。この場で戦っているのは、殺せば死ぬ本物の勇者である。

 過信でも自惚れでもない単なる事実として、迅を失ってしまえば人間側にとって莫大な損失となる。

 迅は高速で思考を回転させながら、


(ふむ。――まあ、死後の影響まで考えるのは性に合わんな)


 迅は端的に結論づけると、口元に凄絶な笑みを刻む。獣のような剥き出しの殺気を草薙に叩きつけた。

 

「覚悟しろ……!」


 "力の勇者"の本領。

 迅が肉体に纏う"身体強化"の圧力が膨れ上がった。峡谷を丸ごと叩き潰した莫大な力の塊が、その真価を見せる。

 流石の草薙も警戒して後方に飛び退ったが、迅は逃さないとばかりに高速で距離を詰める。

 「"風槍"」という草薙の呟きが聴こえた。それを予測していた迅はニヤリと笑い、速度を落とさずに体を振って躱す。


「やはり、お前は『何でもできる』わけではない。『何でもできるように見せかけている』だけだ。そうだろう、英雄クサナギ?」


 草薙はかつての戦闘経験に由来しているのか、手持ちの戦術が豊富である。幻術を使用して撹乱することもあれば、剣一本で道を切り拓くこともある。

 それ故に、草薙の戦術は予測が立てにくい。迅はこれまでそう思っていた。

 しかし。


「だが、追い詰められるほどお前本来の戦術が顔を出す。……得意としてるのは風属性魔法だろう? 風属性で牽制して剣で切り込む。その典型的な魔法剣士の戦い方が――お前本来の戦術だ」


 迅は、草薙が後退しながら次々と放つ"風槍"を掻い潜り、時には大剣でまとめて吹き飛ばしていく。

 だが、草薙の余裕は崩せていない。彼は興味深そうな目で迅を見据えながら、


「……へぇ、どうして分かる?」

「あの奇術師を見たからだ。その意味が分かるか?」

「神谷士道だと……? あいつと俺にどんな関係があるんだよ」

「技術の差はあったが、『偽造』のお前と『本物』のあやつでは違う。――本当に手札が多い者の戦術を学んだのだ」

「ハッ、確かに俺の手札は紛い物だ」


 草薙は素直に迅の言葉を受け止めた。それでいてなお泰然自若とした態度のまま、不敵に言葉を放つ。


「だが、俺本来の戦術がオーソドックスな魔法剣士型ただひとつだったとして――それが、どうした?」

「ほう」

「勝敗に関わるとでも言うつもりかよ? 仮にも英雄とまで呼ばれたこの俺がその程度だとでも?」

「だとしても、お前を一歩追い詰めたことに代わりはないだろう? 後はお前本来の戦術ひとつを見極めるだけだ」

「――笑わせる!」


 轟!! と風が唸りを上げた。

 前髪を揺らしながら、草薙がゆらりと無骨な剣を構える。体の周囲から濃密な魔力が噴出した。


「面倒くせえ。ここまで来たらテメェの自慢の『力』――真正面から叩き壊してやる」

「ほう。"力の勇者"――名称に由来するこの力は固有スキルとはまた違う"勇者の恩恵"だ。それに抗えるとでも思うのか」


 互いの眼光が烈火の如き光を放つ。戦場に互いの魔力が競合して火花を散らして渦を巻き、鎌首をもたげた。

 迅があらん限りの力で大剣を振るう。それを今までは躱してきた草薙は、宣言通り真正面からその攻撃に応じた。鋭利な角度で銀閃が走り抜ける。

 力のみに重点を置いた攻撃同士が衝突する。空気を震わせる轟音が炸裂した。

 再度、峡谷の荒れた地面に亀裂が走り、端の方から徐々に崩れていく。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 咆哮。拮抗する剣撃。果たして、押し切ったのは迅の大剣だった。草薙が持つ装飾のない無骨な剣はビキビキと不快な音を鳴らして粉々に砕け散った。

 しまった、と草薙の呟きが耳に残る。どうやら剣のダメージまでは計算しきれなかったようだ。無手の草薙の懐に向けて迅は強く一歩、地面を踏み締める。

 

「チィ――」

「――剣の差だ。見誤ったな、英雄」


 これで、終幕。

 至近距離から迅の大剣が、腹部を抉り取るような角度で草薙へと迫る。

 

 






 その瞬間。

 突如として出現した少年が、何の容赦もなく勇者を飛び蹴りで吹き飛ばした。

 

 




 ◆◆◆




「士道……」


 霧崎翔はその光景を目撃した。

 草薙の敗北を阻止するかのように放たれた、神谷士道の一撃を。

 『瞬間移動』で何の予備動作もなく現れた士道は凄まじい魔力を込めて迅の肉体を蹴り抜いた。迅は近くの岩壁を粉々に吹き飛ばし、盛大に喀血しながらも何とか踏み留まる。


「奇術師……っ!」


 迅の怒りの眼差しを受けながら、士道は草薙を一瞥して軽く笑みを向けた。


「よう、草薙。待たせたな」

「遅えんだよ奇術師め。で、準備は?」

「万全。後は――叩くだけだ」


 ギロリ、と。

 戦場を見回した士道の冷徹な視線が翔を身体を貫く。その眼に映る断固たる覚悟に、翔は戦慄を覚えた。

 同時に、確信する。


「草薙さん。……裏切ったね?」

「悪いな、霧崎。俺にはお前らのやり方は性に合わなかったらしい」

「草薙、問答してる時間はない。迅速に突破するぞ」


 そう言って、士道は漆黒の魔導服をはためかせながらリリスの『祭壇』を囲む結界へ向けて疾走した。

 その動きに草薙も追随する。

 口元の血を拭った迅が、慌てたように二人に追い縋った。

 

 加えて。


「魔物……!?」


 白銀の毛並みを備えた雄々しき狼が、その姿が霞むかのような速度で翔に肉薄した。

 今まさに気絶させたミレーユ・マーシャルに止めを刺そうとしていた翔は、痛烈に舌打ちしながら飛び下がる。


「――白狼王ウルフェン……。士道の手駒か!」

 

 翔は対人戦闘――それも暗殺に長けているが、魔物を相手にした戦闘は完全に専門外だ。『鑑定』する限り、士道が隷属させる前は迷宮の守護者だったらしい。そんな強力な魔物を相手にして、翔の戦闘力で抗えるとは思えない。

 だが、ウルフェンは気絶しているミレーユを守るように布陣していて、翔に襲いかかる様子はなかった。


(受けている命令はミレーユの守護だけみたいだね。それなら離れても大した問題じゃないかな)


 翔はミレーユとウルフェンから距離を取ると、士道達と『祭壇』の間に立ち塞がるような位置に移動した。


(残りの手裏剣は十二。クナイが三。それに戦輪とまきびし。ええい……正面から応戦するしかないのか)


 翔は魔法袋から刀を取り出すと、腰の剣帯に挿して鞘から真剣を引き抜いた。

 ついでに流れるような動作で手裏剣を何枚か放りながら、結界の反対側に声を飛ばす。

 

「リーファ! 状況は分かっているんだろう? 手を貸すんだ!」


 古代魔法完成まで残り三分を切った。

 次第に祭壇の輝きが増していく。


「――"煉獄"」


 結界の裏手で超級魔法の文言が響いた。本気を出したリーファの莫大な魔力が完成された術式を稼働させていく。

 体感温度が跳ね上がる。地上に煉獄が召喚されて数秒後、リーファは翔の横手に姿を見せた。


「スイメル・カートレットは?」

「距離を取られて倒せなかった。だから炎の中に閉じ込めた。しばらくは動けないはずだ」

「よし、ひとまずは問題ないね。それよりも今はこいつらだ」

「クサナギは裏切りのようだな」


 手裏剣を剣で弾きながら、先頭に立つ神谷士道は恐ろしい速度で翔達のもとに接近する。


「ここは、通さない……ッ!!」


 リーファが怒りと共に魔力を燃え上がらせた。同胞であるウォルフ復活の邪魔はさせないと息巻いているのだろう。

 魔力の消費など度外視して、超級魔法を連続して叩きつける。


「"煉獄"……"灼熱"!」


 世界に地獄が顕現する。

 煌々と燃える炎が渦を巻いて収斂しながら士道達を狙った。

 だが、士道は草薙の肩に手を置くと『瞬間移動』で二人とも姿を消した。

 つまり、標的を失ったその炎が狙う先は――"力の勇者"榊原迅である。

 迅はその魔法に顔を顰めながらも、迫る炎を何とか大剣で捌いていく。

 

 翔が『瞬間移動』した士道達の行方を見失い、周囲を見渡した直後。

 士道の『雷撃』が天空より音速を越えて降り注いだ。その極めて強力な一撃にガラスを割ったような音が響く。そして『祭壇』を覆う結界が破壊された。


「人間が……!」

「久しぶりだな魔王様。あのときの礼を言いに来たぞ」


 ――残り二分。

 

 爆発的な速度でリーファは士道へと接近していく。

 対して、翔のもとには草薙が迫っていた。だが、その草薙を横から殴りつけるように迅が疾走している。

 三つ巴の戦い。否。三人では収まらなかった。翔が手裏剣を放るとガードするように結界が展開される。

 その正体は、身が擦り切れて消耗しているスイメル・カートレットだった。

 四人目の出現に併せて翔は立ち位置を変えていく。ボロボロのスイメルは咆哮しながら草薙のもとへ肉薄した。

 スイメルから『不可視の衝撃』が放たれる。翔は知る由もないが、それはかつて士道を打ち倒した一撃だった。


「がっ……ああああああああああああああああああああああああ!!」


 果たして、草薙は衝撃に耐え切ると地面を削るように着地する。二発目を撃とうとしているスイメルに肉薄すると、剣を失ったためにその拳を振るう。

 結界に鈍い衝撃が炸裂した。


「――何をしているんだ。お前は魔王の味方ではなかったのか?」

「そうだったけどな。だが、このやり方じゃテメェの妹が救われねぇ。だから士道の奴に手を貸したんだ」


 草薙達の会話を横目に、翔は迫る迅の大剣を余裕を持って回避する。戦闘に応じるのではなく、いつでも草薙達を巻き込める位置に陣取った。


「ちょこまかと……よく動くものだな」

(残り一分……。多少リスクを冒しても守りきるしかない)

 

 そうしなければ、翔の目的はかなりの遅延を見せることになるなろう。魔王の復活は必要事項なのだ。絶対に覆らせるわけにはいかない。

 翔は眼前に佇む勇者を睨みつけて、手に持つクナイを握り締めた。

 

   




 ◆◆◆






 スイメル・カートレットは被っていた氷の仮面を剥ぎ取られ、明らかな動揺を見せていた。

 その原因は、


「リリスを殺すことなく、ウォルフを復活させることもない方法だと……?」

「そうだ。もう時間がねぇ。下手すればあと数十秒で災厄の魔王が復活するんだ。頼む、スイメル」


 真っ当な台詞を吐く草薙に、スイメルはどす黒い情念を叩きつける。濃密に煮え滾らせた憎悪は殺気となって草薙を縛りつけた。


「協力しろ、だと? 私の仲間を殺しておいて、よくも、ぬけぬけと……!!」

「そうだな。俺は信じなくていい。だから、士道の奴を信じてくれ。……テメェだって、家族を殺したくて殺そうとしているわけじゃねえんだろう」

「ウォルフを復活させずにリリスを救い出すなど、そんな都合の良い方法があるわけないだろう……! 私がいったいどれ程の時間をかけてその結末を探し続けたと思っている!? ふざけるなよ!」


 もはや仮面などかなぐり捨てたスイメルの怒号が炸裂する。

 この場で最もリリスを助けたいと思っているのは、士道でも草薙でもない。

 大切な家族として、長い時間を過ごしたスイメルに決まっているのだから。


「無理なんだ!! たとえこの場からリリスを連れ出しても、魔王の因子を秘める以上、天使共が殺害を諦めるわけがないし、悪魔共がウォルフを諦めるわけがない! リリスは生きている限り、どうあっても命を狙われ続ける! ――リリスは、呪われた運命なんだ!」


 だが、龍魔王ウォルフ・バーゼルトは絶対にこの世に生み落としてはいけない存在だ。誇り高きエルフ族の戦士として、かつての悲劇を繰り返すわけにはいかない。たとえ、妹を犠牲にすることになろうとも。――里の戦士団を率いるスイメルは、非常な選択を迫られた。

 本当は、助けたいに決まっている。

 それが不可能だから、今ここにスイメルは立っているのだ。

 だというのに、


「だから、そこから引っ張り上げようって言ってんじゃねえかよ! 勝手に諦めてんじゃねえぞ!!」


 苦渋の表情を浮かべるスイメルに草薙が本心からの叫びを放つ。

 この男にとっては、赤の他人であるはずのリリスを助けようとして。


「もし、仮に、完璧にリリスを救い、それでいてウォルフも復活しない方法があったとして――」


 スイメルは草薙の体術を阻む対物理結界を展開しながら、感情の抜け落ちた表情で呟いた。


「――ならば、私のやってきたことはいったい何だったのだ?」

「スイメル、テメェ……」


 草薙はその腑抜けた言葉を受けて、硬く拳を握り締めながら咆哮する。


「――甘えてんじゃねぇぞ!!」


 バリィ!! と、ガラスを砕くような轟音が炸裂した。スイメルの堅牢なはずの結界を、草薙の振るう拳が叩き壊す。

 草薙は怒りの程を示すように、大地を割るような勢いで大きく踏み込んだ。

 しまった、とスイメルは呟く。拳の速度に、結界の展開が間に合わない。

 本来なら結界の専門家たるスイメルが犯すはずのないミス。動揺が隠しきれないそれを無視して、草薙は全力で右の拳を振りかぶった。


「……失望したぜスイメル。テメェがそんな腑抜けだってんなら、負け犬として指咥えて見てやがれ! このクソ野郎が!!」


 ゴン!! という凄まじい音が炸裂した。かつての英雄としての信念が備わった拳は、咄嗟に張られた結界ごとスイメルを殴り倒す。

 スイメルはしばらく地面を転がり、戦いの決着はついた。


 ――そして、残り三十秒。

 

 草薙は足をもつれさせながら、大空に向けて咆哮を上げる。


「神谷ァァァああああああああああああああああああああああああ!!」


 草薙にとっては、何の思い入れもないリリス・カートレットという少女。

 それでも。

 見知らぬ者のためにでも、立ち上がれる者を人々は英雄と呼ぶのだ。

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