表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
6/176

第5話 「古代の遺跡」

 孤島――北側。

 錆びて草木に侵食され、蔓が巻き付いている遺跡は、しかしまだ原型は保ったまま、風格を持ってそこに鎮座していた。

 遺跡を囲む防壁。その入り口の前にはまるで門番のようにアースドラゴンが座り込み、浅い眠りについている。

 ブラックドッグを代表とする北側の強い魔物の群れも、その遺跡にだけは近づこうとしない。

 士道と玄海は、その遺跡前の森林にある大樹の枝の上に潜んでいた。

 視界の大部分を占める木の葉の隙間から、遺跡の構造を眺める。

 

「……神殿か。面白いもんでもあればいいんだがな」


 前回やって来た時はアースドラゴンや黒牙犬から逃げるのに精一杯だったが、充分な力をつけた今は、気配を悟られずにやり過ごしてのんびりと観察する余裕すらある。


「どうします?」

「アースドラゴンを倒さずに侵入することが不可能なことはよく分かっておるはずじゃ」

「なら、俺がやります。『瞬間移動』から『雷撃』を叩き込む。外したら援護してください」

「うむ」


 門番さながらに君臨するアースドラゴン。士道は深呼吸をして意識を切り替え、『瞬間移動』を行使した。

 士道は一瞬でアースドラゴンの眼前に出現する。その竜は突然の敵の接近に気づき、目を見開き驚いた様子で飛び起きようとする。

 だが、遅い。

 巨体のせいか、動きはそこまで速くはない。

 士道はこの一ヶ月で制御を可能にした『雷撃』を右腕に纏い、槍のようにアースドラゴンに向けて投射した。

 バリィ!! と凄まじい音を響かせながら雷が通り抜ける。

 直撃すれば容易く脳を破壊する一撃が、音速を越えてアースドラゴンに肉薄する。

 しかし。


「――なっ」

  

 轟!! という爆音が鳴り響き、士道の眼前で常識外の光景が生み出される。

 士道の放った雷と、アースドラゴンが吹いた火のブレスが拮抗していた。物理的に考えて有り得ない状況。雷、炎ともに魔力で構成された物質なので、本来の物理法則の束縛が緩いのだろうか。

 疑問を感じたが、考察している暇はない。

 再度『瞬間移動』を行使し、アースドラゴンの真後ろに転移する。 

 だが、アースドラゴンは即座に気づき振り返った。

 士道は舌打ちする。


(特殊な感知能力でもあるのか……?)


 振り向いた際に尻尾が振り回され、唸りを上げて士道に肉薄する。

 飛び上がって回避しながら、すれ違いざまに剣を振り抜く。

 尻尾に斬撃が加わり、アースドラゴンが悲鳴を上げる。そこへ再度肉薄した。

 胴体を鋭く切り裂き、血しぶきが華のように舞う。

 同時に、硬い竜燐を蹴って距離を取った。

 士道が一撃離脱すると、アースドラゴンは追い打ちの姿勢を見せたが、その隙を縫うように玄海の放った矢が竜の右目を捉える。

 魔力を込めた矢尻は的確に命中した。

 右の視力を失ったアースドラゴンが怒りの咆哮を上げる。

 士道は大音響に顔をしかめながら、隙を突くために大地を蹴った。視力を失った右側に回り込むように接敵する。

 魔力による身体強化を更に高めた。

 身体強化は高めすぎると、身体が動きについていけずに筋肉を痛めるので上手く調節する必要がある。

 だが、士道は一瞬ならば大した問題はないと判断した。

 『雷撃』を少し刀に通して攻撃力を引き上げ、下段から尻尾を斬りつける。

 刀が鋭く銀閃を描くが、尻尾は切り取れなかった。だが内部から雷が伝わったのか、痺れたような様子を見せる。

 そこに玄海が突撃した。

 身体強化が限界まで高められ、長年の研鑽で鍛え抜かれた槍の一撃が放たれる。

 硬いはずの竜燐を容易に貫き、その槍は胴体に突き刺さった。

 アースドラゴンが苦痛から逃れるために翼を振るう。

 風圧に吹き飛ばされ、士道は宙を舞った。

 玄海も槍がすぐには抜けないことを確認すると、風圧に逆らわず無手のまま飛び下がる。

 先ほどまで玄海がいた場所にアースドラゴンの牙が通り抜ける。大きな顎が開かれ、耳障りな金属音と共に閉じられた。

 一瞬遅れていれば、玄海はアースドラゴンの口の中である。

 そのへんの勘は流石だ、と士道は感嘆しながら耳を強く塞いだ。

 アースドラゴンが大きく息を吸ったからである。

 直後。

 

 莫大な咆哮が炸裂した。


 耳を塞いでいて、なお方向感覚が混乱するほどの爆音。

 アースドラゴンは激怒しているようだった。

 士道は皮膚をつねり、無理やり混乱を立て直すと、振り回された尻尾を躱しざまに斬りぬいた。

 くるくると尻尾が舞う。

 今度は完璧に切断した。

 アースドラゴンが唸り声を上げ、睨めつけるが、士道は冷徹な視線でそれ以上の威圧を叩きつける。

 この程度の殺気なら、とうに受け慣れた。

 怯んだアースドラゴンが何かを隠すように翼を再度振るう。

 

「……バレバレなんだよ!」


 不敵に笑いながら、士道は跳躍する。

 直後にアースドラゴンがブレスを吐いた。火炎が放射され、熱気が渦を巻く。

 士道は火を吹いてる最中のアースドラゴンの頭蓋に着地すると、ぎょっとして暴れようとするアースドラゴンを無視して、


「――終わりだ」


 『雷撃』を直接叩きつけ、その脳を破壊した。

 地響きを立てて崩れ落ちるアースドラゴンから士道は跳躍して地面に着地する。

 玄海がふむ、と頷きながら士道に近づいた。

 玄海は士道の実力を確認したかったので、この戦闘ではあまり手を出していない。


「うむ、危なげない戦いだったの。これなら修行を始めた当初の目的は達成したか」


 当初の目的とは、この過酷な世界で生きていける程度に強くなることだ。

 確かに、この島で最も強いアースドラゴンを倒せるレベルなので、目的は達成しているだろう。


「そうですかね。じゃあ修行は終わりってことです?」


 士道はついに厳しい玄海の修行に対して、一度も弱音を吐かなかった。

 三ヶ月である程度の体術と剣術を扱えるようになっている。元から身体ができていたとはいえ、懸命な努力があってこその成果である。


「いやいや、まだまだお主は武の道に足を踏み入れただけに過ぎん。出来る限りは続けるわい」

「まあ、約束したのはこの孤島から出るまでですからね」

「いまだ出る手段は見つからんがの」


 適当に言い合いながら、士道は愛刀『夜影』を振って血を払う。

 魔力の制御から固有スキルの扱い。

 古武術である古賀流の体術に剣術。

 魔物を相手にした実戦。

 いまだ天職である奇術師の上手い活用法は掴めていないが、戦いにはだいぶ慣れてきた。

 戦い方を教授してくれた玄海には感謝をしてもしきれない。 

 アースドラゴンが光となって消える前に、適当に金になりそうな部分だけ剥ぎ取りをしておく。

 この島では金など要らないのだが、いずれ人里で暮らす時のために必要だと考えたからだ。

 そして、アースドラゴンが魔素に変わり士道たちに吸収される。

 身体能力が強化され、レベルが上がる感覚があった。

 肩を回し、いくらか強化された身体を確かめながら、士道はアースドラゴンの魔石を拾う。

 かなり純度が高い。

 『鑑定』で三等級の魔石であることを確認する。これはかなりの魔力保有量の魔物でないとドロップしないもので、希少性が高い。

 その魔石を拾った士道に玄海が声をかけた。


「怪我はないな? よし、では中に入る。油断はするなよ」

「了解です」


 簡素な会話をして二人は遺跡の内部に侵入する。錆びれているというのに、どこか荘厳な雰囲気があった。

 階段を登り、神殿らしき建物の中に入っていく。壁には理解不能な言語が書かれていたが、じっと見ているうちに勝手に翻訳されていった。


 "悪の体現者たる魔王を止め、平和をもたらさんとする者よ" 


「何だ……?」


 "災厄の島にようこそ"


 壁一枚ごとの中心に、小さな文字で書かれている。

 士道と玄海はゆっくりと足を進めながらその文章を読んでいく。


 "ここは、かつて人々が平和に暮らしていた島"

 "そして、魔を冠する者に蹂躙された島"


 士道はどうも違和感があると思っていたら、壁に書かれている文字は、元々あった絵画の横に書かれているものだと気づいた。

 その絵は神の祝福を称えるもの。

 その横に、刻みつけるように文字が記されている。

 ――神は我々を救ってくれなかった。 

 とでも告げるように。

  

 そこで、文章が途切れた。

 まとわりついている草木や蔓を払っても、文字がかすれていて読めないのだ。

 何枚か壁を開けた後に、ようやく読める文章が見つかった。


 "ここに、封印の儀式を刻む"


 話が飛躍しすぎて士道には理解できなかった。神の絵や、中央にある偶像などを見ても、ここは神殿である。

 そんなところに封印がどうのと記したのは、何故なのか。

 士道は興味を持った。

 だが、そこからまた暫く文章が途切れている。読める文字を探していくと、士道と玄海は神殿の中央付近にまで辿り着いた。

 女神の偶像の真後ろには、一際大きな文字でこう書かれている。


 "神なき未来に笑顔が溢れることを祈って"


「…………何が何だか分からん」 

「まあ、遺跡というのは、そういうものだろう」


 何だか悟ったようなことを言う玄海をジト目で見ると、士道は周囲を探索し始める。

 財宝でもあったら儲けものであった。


 小一時間ほど探した結果、面白い物を次々と発見した。

 魔道具だ。

 魔道具とはその名の通り、魔力を込めることで動く道具である。

 それをガラクタの中から探し出した。

 『鑑定』がなければ、これらもガラクタだと思ってスルーしてしまうところだった。

 士道が発見した3つの魔道具は、どれもが市場に流通している安価な凡用魔道具ではなく――非常に希少性の高い古代魔道具である。

 価値が高いだけあり、その性能も良かった。


―――――――――――――


反射鏡:魔道具

魔王の襲撃を受けて滅亡し、失われた古代文明の技術によって造られた魔道具。かつては神器の一つとして数えられていた。

鏡面に当たった魔力を反射する。魔法の場合は術式ごと跳ね返す。だが、魔力を纏っているだけの、実体があるものは反射できない。

壊れやすいが、壊れても3日ほどで勝手に修復する。


――――――――――――――


――――――――――――――


魔力炉の腕輪:魔道具

魔力を込めることにより、一時的に体内の魔力を増幅する機能を持つ腕輪。一時間ほどで機能しなくなり、冷却期間を必要とする。

伝説級の魔道具で、その効果はもとの魔力の三倍以上に上る。

滅亡した古代文明によって生み出さた。


――――――――――――――


――――――――――――――


風の靴:魔道具

魔力を込めることにより、風の上を移動できる。風がない場合は落下する。消費魔力を増やすことにより、一時的な飛行も可能。古代文明によって生み出された伝説級魔道具。


―――――――――――――――



 魔王に滅ぼされた古代の文明は、今の文明を遥かに上回る魔導技術を手にしていたらしい。

 今はもう失われた技術だが、たまにこのような『遺産』が見つかる。

 士道は『鑑定』でそのことを知り、そして自分が発見した物の価値を理解した。

 まさに一攫千金である。

 こんな絶海の孤島に遺跡があるとは知られておらず、今まで冒険者が探索することはなかったのだ。

 玄界と話し合いの末、とりあえず士道が保管することにする。

 士道は『反射鏡』をバッグに入れ、『魔力炉の腕輪』を嵌め、『風の靴』に履き替えた。

 後で検証しようと思いながら、士道は再び探索を開始する。

 だが、掘り出し物はこれ以上見つかることはなかった。


「士道!」


 別の場所を調べていた玄海が士道を呼んだ。彼は床をノックするように叩いている。

 他の床とあからさまに音が違うことを確認すると、玄海は魔力を込めて拳を叩きつけ、床を破壊した。

 その奥を覗くと、薄暗くてよく見えないが、おそらく階段があった。

 玄海と顔を見合わせ、頷き合うとゆっくりとその階段を降りていく。


「足を滑らせるな。気をつけろ」

「分かっています」


 士道は『魔眼』を開眼する。白目の部分を侵食するように薄い紅に染まる。

 この固有スキルは夜目も利くようになるのだ。実に万能である。 

 螺旋状になっている階段を下りきった士道は周囲を見回し、大きな扉を見つけた。

 両開きの扉の隙間からは僅かに光が差し込んでいる。

 士道は扉を開こうと手をかけたが、


「重っ……!」

「手伝おう」


 扉は錆び付いていて、身体強化をしても士道の力では開かない。玄海の手を借りて何とか扉に一人ぐらいなら入れるような隙間を作り、スルリと体を滑らした。


 ――直後。

 濃密な魔力に包まれたことに、士道は気づけなかった。

 無意識のうちに別の空間に迷い込む。

 光が溢れる。急に光量が多くなり眩しさに目を細めるが、『魔眼』の影響ですぐに視界が回復した。

 直後に士道は、呆けたような声を出した。

 視界一杯に広がる向日葵(ひまわり)

 青々と生い茂る草木に、のんびりと舞う蝶や蜂。

 そして何より、澄み渡るような青空には太陽が眩く輝きを放っていた。

 螺旋階段を下ったときの感覚からして、ここはかなりの地下部分のはずだ。

 だというのに、当たり前のように空と太陽がある。


(幻術にでも引っかかったのか……?)


 周囲を見渡すが、玄海の姿がなかった。

 直前まで一緒にいたというのに。

 士道は疑問に思い魔力を身体に巡らせるが、やはり幻術が解ける気配はない。 たとえば士道の『魔眼』のような幻惑系のスキルや魔法は、魔力を体内に巡らせ、耐性を一時的に高めることによって解消できるはずである。

 それとも、始めから幻術になどかかっていないのか。

 不可解なことが多すぎて首を撚るが、士道はそれを一旦胸に留めて前に進み始めた。

 何せ、後ろにあったはずの大扉は何処にも見当たらないのだ。

 進むしかないのである。

 そうやって少し進んだところで、士道は向日葵に囲まれたのどかな平原に小さな人影を発見した。

 輝くような金髪に、透き通るような蒼い瞳。端正な顔立ちをしたその少女は、何をするでもなく立ち尽くしていた。

 ――美しい。

 士道は端的にそう評した。 

 この状況をどうにかする手がかりは今のところあの少女にしかない。

 士道は警戒しながらも、ゆっくりと近づいていった。

 すると、士道の存在に気づいた少女はやわらかく微笑む。


「こんにちは」

「……おう。こんにちは」

「その姿を見るに、女神の使徒さんだよね? ここで何をしているの?」

(なぜ分かった……?)


 確かに士道は女神によって呼び出された手駒だ。そういうことになっている。だが、なぜそれを知られたのか、士道には分からない。

 『鑑定』でも使ったのか。

 士道は訝しむが、表情には出さない。

 逆に安心させるように笑い返して、


「迷い込んじゃってな。……それで、君は何をしてるんだ?」

「私? 私は見てるだけだよ」

「見てる……何を?」

「……この世界?」

「世界を見ることに、何の意味が?」

「……意味? 意味なんかないよ」


 そう言って少女は不思議そうに小首を傾げる。

 要領を得ない会話だった。

 

「……君は、一体何なんだ?」

「私は精霊王フィア。三大魔王の一角を封印し続けてる人だよ」

(三大魔王……。言葉から察するに魔神の配下か?)


 士道は冷静に情報を収集しながら、精霊王だという少女に向けて『鑑定』を行使した。



――――――――――


フィア:女:116歳 

 レベル:155

 種族:精霊

 天職:精霊王

 スキル:王威


――――――――――――


 士道はその隔絶したステータスを覗き、肌が粟立つような感覚に襲われる。

 無意識のうちに足が一歩退いた。

 冷や汗を掻きながらも表面上は普通に会話をする。


「封印し続ける、か」

「そう。一瞬でも魔力を絶やしたら、封印を突き破って魔王が現界しちゃうんだ。そうなったら、また、人がたくさん死んじゃう」

「……そういうもんか。じゃあ、フィアは今日までずっとここにいるのか?」

 

 そう尋ねると、フィアはこくりと頷く。

 

(仮にも王の名を冠しているというのに、ずっと封印の管理か)


 それでは、まるで雑用のようではないか。

 フィアはそんな士道の思考を見透かしたように告げる。


「私ぐらいのレベルが持つ魔力量がないと、封印し続けることができないんだよ。『鑑定』したんでしょ?」

「……そこまで分かってるのか」

「当たり前だよ。そもそもステータスの概念自体、女神が押し通したものだからね。その使徒に『鑑定』がつかない意味がない」

「何を言ってる?」

「その様子は、何も知らされてないみたいだね」


 フィアはどこか悲しげな顔をして士道を見た。

 その瞳の奥に見えるのは――同情である。


「……どういうことだ? ちゃんと説明しろ」

「残念だけど、私から説明することはできないよ。『王』といっても所詮は精霊。女神の意向に逆らうことはできないし、そのつもりもないからね」


 士道は気になる点を尋ねるが、このような要領を得ない答えが半分ほどあった。

 しかし、文句を言っても仕方がない。

 代わりに残りの半分は有意義な情報を得られた。

 士道はゆっくりと息を吐き、思考をまとめ直す。

 ここは災厄の島と呼ばれる孤島。かつて大規模な魔界の門が開き、魔王が降臨したとされる場所。

 何の因果か、その魔王の一角は、ここに建造された神殿を利用した、儀式魔法に封印されて今も神殿の奥深くで眠っている。

 その封印を管理しているのが精霊王であるフィアで、レベル155という隔絶したステータスを持っている。

 神殿を守っていたアースドラゴンはフィアが使役していたこの孤島の主である魔物で、周囲の魔物の侵入を防ぐ役割を担っていた。

 士道たちが倒してしまったが、あの程度の魔物ならば、また創り出せるようである。

 フィアが士道を呼ぶ際の女神の使徒という名称の詳細は不明。

 ここはフィアが形成している空間で、士道はたまたま迷い込んだだけだ。

 ちなみに玄海はいまだ暗闇の部屋の中で士道のことを探しているようだ。

 

(しかし、三大魔王に精霊王。災厄の島ねぇ……)


 魔神の復活阻止を目的とする転移者としては重要な情報だが、士道にはあまり関係がなかった。

 興味はあるが、意味はない。

 魔神が世界を破滅させる悪だというが、士道からすれば、女神だって悪でしかない。

 何の罪もない普通の日本人を百名誘拐したのだ。日本の法律では普通に大罪人である。 

 士道が女神や魔神の高校に巻き込まれずに、目的を果たす為には更なる力を手にする必要がある。士道は我を通すだけの力を渇望し、鍛錬の頻度を上げることを決意した。


「さて……」


 遺跡に来た当初の目的はこの神殿の謎が気になるというだけだ。

 その謎が解消された今、ここに長居する理由もない。 


「なあフィア。俺をこの空間から出してくれないか? いまだ俺を探しているらしい爺さんが流石に可哀想なんでな」

「うん? いいよ!」


 そう言って、フィアは笑う。

 とても無邪気な笑みだった。116年も生きているとは思えない士道である。

 精霊と人間では寿命と精神にいろいろと違いがあるのだが、士道はその辺りを理解していない。


「でも、その前にー」


 フィアは士道に駆け寄る。たったの二歩で士道の真横に辿り着いた。

 士道はまるで反応することができず、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。

 だが、フィアから敵意は感じない。

 下手に動いて反感を買う方がよほど悪手だ。

 フィアと戦って勝ち目はないのだから。

 彼女が何をするのかと思い、士道がちらりと視線を向けると、


 頬に唇の感触があった。


「…………って、おい」

「頑張ってね、女神の使徒さん。ここまで辿り着いたご褒美だよ」


 フィアが間近で微笑む。いまさら少女のキス程度で舞い上がるほど、経験が少ないわけではないが、少々胸がざわつくのは否めなかった。

 ただ、その行動の意味は何なのか。

 士道が訝しげに目を細めた直後、淡い光に包み込まれる。

 ステータスにスキルが増えた感覚があった。

 士道が何か喋ろうと口を開いた瞬間、目の前が暗闇に染まった。

 士道の言葉通り、元の場所に戻してくれるのだ。

 意識が暗闇を彷徨う中、遠くからフィアの声が聴こえた。


「――神なき未来に、笑顔が溢れることを祈って」


 それは、女神の偶像の裏に刻まれていた言葉と同じだった。

 質問することはもうできない。

 ステータスのスキル欄には、一つのレアスキルが追加されていた。

 ――精霊王の加護、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ