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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第21話 「呪われた運命の申し子」

 ブルース・マグナンディは、混乱から目を丸くしていた。

 目の錯覚かと思い、目を瞑ってまた開いてみたが、やはり眼前に広がる光景が否定されることはない。

 周囲は薄暗い闇に包まれているが、それは現在決闘中の士道が発動した初級魔法"暗闇"の効力だ。

 よって、ブルースが目を疑っているのはそれではない。

 

「な、何だ……!?」


 ブルースは恐怖を覚えた。

 薄暗い闇の中から、何人もの士道が笑いながら迫ってきている。

 まるで悪魔のように眼を紅く輝かせる士道の群れは全方位から、ブルースを取り囲むように殺到してきた。


「……あ、あ?」


 呆けたように口を開くが、思考を停止させている場合ではない。

 ブルースは動揺を押し隠して身構えながら、この状況を突破するための方策を考える。

 冷静になることを意識したがゆえに、見えてくる突破口もあった。

 

(いや、待てよ。相手は第三級冒険者。リリス曰く異名は"幻影"だ。つまり、これは……)


 幻覚を見せられている。

 そう断定したブルースは体内魔力を循環させて耐性を高め、幻覚を取り払おうと試みる。

 五感に干渉する系統の魔法は大抵の場合、この方法で対処できると相場は決まっている。

 幻覚にハマっている自覚がなければ袋小路だが、気づいてしまえば後は簡単だ。

 それが定説。

 ブルースも、当然のようにそう思っていた。

 しかし。


「……?」


 どれだけ耐性を高めても、幻覚が収まる気配はない。

 その間に、士道達との距離は足一歩分ぐらいまでに縮まっていた。

 慌てるブルースに、無数の士道が口元を引き裂きながら肉薄してくる。


「な、何故だ!? こんなの、幻覚以外でありえるはずが……っ!?」

「――その通り。これはあくまで、この眼がお前に見せている幻覚だ」


 ブルースの脳内を焦燥が埋め尽くす。

 思考に空白が生じたとき、目の前には笑みを浮かべる道化師が立っていた。

 敗北を覚悟して、呟く。


「……それなら、いったい、どうやって?」

「奇術師は種を明かさないものだ」


 何人もの士道は全く同じ動作で、芝居がかった仕草で指を鳴らした。

 直後。

 ブルースの意識は闇に閉ざされた。

 ――勝者。

 第三級冒険者"幻影"シドー・カミヤ。


















「……悪かったよ」


 仏頂面でそっぽを向きながら、ブルースは言う。

 決闘が終わってから数十分。

 目を覚ました彼は同時に怒りも冷めていたのか、ぶっきらぼうながらも謝罪を告げてきた。

 その横ではリリスが「もっと誠意を見せなさいよ」といった小言を言っている。凄い鬱陶しそうだ。

 

「別にいいさ。事情は分かってるつもりだしな」

「……あ、そうなのか。でも、それはただの私情だ。理由にはならない」

「自覚してるなら繰り返すこともないだろ? それで十分だ」


 リリスからねちねち文句を言われるブルースに思わず同情してしまった士道は、苦笑して謝罪を受け入れる。

 

「事情って何よ?」


 リリスが小首を傾げる。透き通るような銀髪がさらりと揺れ動いた。


「ああ、それはな……むぐっ!?」


 ブルースがリリスのことを好きだからだよ。そう説明しようとした途端、ブルースの手によって口を塞がれた。

 彼は危険物でも扱うような表情で士道を見やると、


「貴様……空気を読むんだ、空気を。いいか? 頼むぞ本当に」

「とりあえず手を放せ。……ったく、仕方ないな。お前それヘタレって呼ばれるヤツだぞ」

「何が仕方ないのよ。二人だけで納得してないで、あたしにも説明しなさいよ」


 リリスはそう言って唇を尖らせる。

 彼女に対する恋慕の情を悟られたくないブルースは、それを誤魔化すために別の話題を提示した。


「……ところで、あの幻覚はいったいどうやったんだ? 僕にはまるで対処手段がなかったんだが。そもそも、魔法は闇属性の二種類しか使えないはずじゃあ?」

「幻術関連は確かに闇属性分野だけど、高等技術のはずだよね」

「ああ。アレは別に魔法じゃない。俺のスキルを利用したもんだからな」

「スキル、か。……奇術師は種を明かさないはずではなかったか?」

「何となく言っただけだ。別に明かしたところで他人にはできないしな」

「その場のノリじゃないのよ……」

「まあ、原理は単純だ。幻覚って普通は人に見せるものだろ? つまりは人間の五感に働きかけるわけだ。それに対して俺が幻覚に使ったスキルはちょっと特殊でな。幻影術を扱えるんだが、それをかける対象は人間には限らない」

「人間には限らない……?」

「つまりは周囲一帯の"暗闇"に幻影を発動したのさ。魔法に組み込んだって言うべきか。まあ最近気づいた利用方法だが……これなら耐性を高める対幻覚手段も通用しないしな」


 これを試すのが今回の実験だ。

 問題点は魔力消費の燃費の悪さと、人に幻覚を使うときよりも単純に難易度が高いことの二点か。

 幻影術を魔法に組み込むにより、ただの空間にスキルを発動するよりは燃費はマシになっているものの、それでも効率は悪い。

 使いどころは限られるだろう。

 士道がそんなことをつらつらと考え込んでいる間に、ブルースは一人で勝手に納得したのか、


「……なるほど、確かに筋は通っている。いろいろと理解し難いことも多いが、まあ君だし今更か」

「何だそりゃ」

「三日で魔法を覚えてくるような化物に今更なにを驚けと?」

「……お前、その程度で粋がるなよとか言ってなかったっけ?」

「………………言葉の綾だ」


 そっぽを向くブルースに苦笑していると、少し外に出ていたらしいミレーユが地下空間に戻ってきた。

 ちなみに、とっくに授業は終了したので塾生達はもう帰った。

 今いるのは魔法の練習をしている士道とリリスに、気絶していたブルースの三人だけである。

 ミレーユはつかつかと歩み寄り、ブルースをジト目で見やる。


「……ブルースちゃん……反省したのですかー?」

「は、はい。もちろんです」


 ミレーユの小さな体からは、謎の威圧感が放たれている。

 ブルースは冷や汗をダラダラと流しながら、こくこくと頷いた。


「それでも、ちょっとお説教が必要なのですよ! こっちへ来るのです!」


 ブルースはミレーユの小さな手で腰の部分をがっしり掴まれ、そのまま持ち上げられて連れ去られてしまった。

 「や、やめてくれぇ!?」とブルースがジタバタと暴れても、ミレーユは小揺るぎもしない。

 流石は超級冒険者といったところだろうが、童女が右手だけで少年を抱えるその光景はかなりシュールだった。

 士道は笑いながら地面に座り込む。

 ブルースが恨むような視線を向けてきたが、完全に自業自得である。

 ひとしきり笑うと少し目眩がして、額を手で抑えた。

 何気なく側にいたリリスは、心配そうに尋ねる。


「どうしたの?」

「……ちょっと疲れた。流石に空間全体に幻覚をかけるのは魔力消費が激しいみたいだな。実戦で使うにしても場面が限られるか……」


 『魔力炉の腕輪』を解放すれば、その限りではない。しかし、あの魔道具は切り札と言っても過言ではないものだ。

 そう簡単に使う機会はないだろう。

 などと考えていると、リリスは感嘆したように呟いた。


「……凄いね。シドーは」


 リリスは座り込む士道に背中を向け、ゆっくりと歩き出す。

 揺れる銀髪から、僅かに尖った耳が垣間見えた。

 

「……急にどうした?」

「……あたしね、魔法が使えるようになるまでに三ヶ月かかったんだ」


 リリスは上方を仰ぎながら、呟くように語る。


「普通は半年なんだろ? 十分凄いんじゃないのか。俺の場合は元から下地ができてただけさ。一からやればそのぐらいはかかる」

「……かもしれないね。でもさ、あたしはハーフエルフなのよ。人族よりもずっと魔法が得意なはずの種族の血を引いてる。それで三ヶ月。……ちょっと、嫉妬しちゃってるのかもね」

「……」

「ねぇ、エルフが魔法を使えるようになるまでにどのくらいかかると思う?」

「……人族で半年なんだし、三ヶ月ぐらいじゃないのか?」


 前へと歩いていたリリスは振り返る。

 整った目鼻立ちに、控えめな胸にスリムで小柄な身体。

 その美貌を改めて直視すると、見惚れてしまいそうになった。

 リリスはどこか、壊れてしまいそうな儚い笑みを口元に浮かべる。


「ううん、一ヶ月もいらないのよ。エルフって生まれつき魔力制御は上手いし、魔法理論なんて理解しなくても、センスだけで使えるから」

「……」

「でも、あたしはそうじゃなかった。センスだけじゃ、魔法は使えなかった。混血だからかな……エルフの里の同年代の子達があっさりと使えるようになるのを、指を咥えて見てた」


 リリスは笑みを浮かべたままだった。

 その表情に、感情は浮かんでいない。


「里じゃ落ちこぼれと呼ばれて蔑まれた。……もともと、混血のハーフエルフだから、仲良くしてくれる人は義理のお兄ちゃんぐらいしかいなかったんだけどね」

「……エルフの里か。北の森にあるんだったか」

「うん。まあ、ハーフエルフなんてやっぱり認めないって言われて追放されたから、もう関わりはないのよ」

「……ひどい話だ」


 士道は顔を顰める。

 リリスは一歩ずつ士道に近づきながら、微笑みを浮かべた。


「怒ってくれるだけで嬉しいのよ。人とエルフの戦争を知ってる大人たちは、決してあたしの存在を認めようとしないからね」

「……お前は、大丈夫なのか?」

「うん。この塾の皆とか、ミレーユ先生なんかは、混血のあたしを認めてくれているから。それだけで、十分あたしは幸せだよ」


 そういえばエルフの里でもお兄ちゃんだけはあたしの味方だった、と。

 リリスは遠くを見るような瞳で、懐かしそうに呟く。


(幸せ……か)


 そうは言っても、冒険者稼業をしているときにフードを常時着用している理由は、やはり大多数の人間の反感を買わないためなのだろう。

 もしバレれば差別を受ける。

 それは、どこまで息苦しいのか。

 きっと、この生活を作ることにも凄まじい困難が立ちはだかったのだろう。

 士道には、想像もつかないが。

 

「あー……ごめん。暗い話になっちゃったね。そんなつもりはなかったんだけど……要するに、エルフの血が混ざってるあたしでも習得に三ヶ月かかったのに、三日で使えるようになった士道は凄いってことよ!」

「……そうか」

「そうなのよ。それじゃ、そろそろ帰らないとね。支度しなくちゃ」


 リリスは話を無理やりまとめて、帰りの支度を始めた。

 強い少女だ、と士道は思う。

 普通なら、そんな境遇に身を置いたら心が折れるに決まっている。

 生まれついて呪われた運命。

 その事実が何となく気に食わなくて、士道は人知れず拳を握り締めていた。


「……お前は、凄いよ」

「え?」

「エルフの里じゃ落ちこぼれって呼ばれてたのに、レベルの高いこの塾じゃ首席なんだろう? それはお前の努力の成果だ。きっと、誇るべきことだと思う」 


 感情に任せて告げると、リリスはポカンとした表情になった。

 そんなに驚くようなことを言ったつもりはない。わざわざ士道が言うまでもなく、分かっていたことだろう。

 差し出がましいことをした。

 そう思っていた。

 ――リリスの瞳から、一筋の水滴が零れ落ちるまでは。

 

「お、おい……」

「え? ……あ、ご、ごめんね? そんなこと言われたの、久しぶり、だったから、ね?」


 ――ありがとう。

 ――少し、元気が出た。


 頬に涙の跡が残るその笑みを、士道はどうしようもなく美しく感じた。



 







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