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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第4話 「師匠と弟子」

 彼我の距離は十メートル。

 魔力を纏って身体強化した士道は低く疾走しながら、石を拾って放り投げた。

 かなりの速度で突き進んだ石を、しかし玄海は躱さない。

 その程度の攻撃を避けて、隙を作るのも馬鹿らしいとでも言いたげである。

 鈍い音が響くが、その立ち姿を見るにダメージを受けた様子は見られない。

 

(一応、魔力は込めてたんだけどな)


 士道は疑問に思ったが、玄海も魔力による身体強化は会得している。

 ぶつかる箇所に魔力を収斂させれば、蝿が止まったような感覚にしかならない。

 士道は正面に踏み込むフェイクから右に回り込み、全力の蹴りを叩き込んだ。

 右腕でガードされる。 

 だが、士道はその脚を支点にして身体を振り回すと、一回転して回し蹴りを放った。

 玄海は少しだけ屈んで躱す。

 派手な動きをする士道に対して、玄海は最小限の動作で対処していた。

 隙のない洗練された動きに、実力差が垣間見える。

 士道は歯噛みしながら、前転して距離を取る。その瞬間を狙って玄海は肉薄した。

 動揺を強引に押さえつけた士道は、左腕を上げるフェイクから右腕で殴りかかる。

 素人には有効な戦術だが、玄海は意にも介さない。

 首を振っただけで躱され、すれ違いざまに脇腹を蹴り飛ばされた。

 轟音が炸裂する。

 士道は衝撃を吸収するために跳躍したおかげで、激痛は走るがまだ戦える。 

 玄海が感嘆したように目を細めた。

 

(よし……こうなったら、とことんやってやる)


 切り札を見せる覚悟を決めた士道は、『瞬間移動』を行使した。

 一瞬で玄海の後方に転移する。

 首を刈り取らんと蹴りを叩き込んだ。

 鈍い音が響き渡る。しかし、玄海は一歩足りとも足を動かさない。

 身体は強化されているはずなのに、まるで威力が足りない。

 ギロリ、と玄海の視線が士道に向く。

 

「――ほう。それは、固有スキルか」

(……やられる!?)


 そう悟った刹那、士道は二度目の『瞬間移動』を行使して、距離を取る。

 後一秒遅かったらやられていた。

 しかし、固有スキルを使っても有効打を与えられなかった。

 切り札のうち一枚を使い捨てたも同然である。

 士道は冷静さを心がけながら、思考を回転させる。

 玄海の姿勢は基本的に受け身だ。

 考える時間はある。

 『瞬間移動』は二度も見せた。玄海ならば、次は対応してもおかしくはない。

 『雷撃』は下手を打てば殺してしまうかもしれない。まだまともに制御もできていないものを使うべきではない。

 ならば、『魔眼』か。

 士道の眼が赤く染まる。


「――――ッ!」


 視線が交差する。魔眼の幻影に玄海が引っかかった瞬間、士道は再び肉薄する。飛び蹴りを食らわせ、吹き飛ばした。

 正気に戻った玄海は驚愕したように目を瞠る。

 その玄海にもう一度幻影術をかけようと、目を合わせた。

 合わせたと思っていた。

 だが、玄海のそれは演技だった。

 幻影など見てはいない。

 ここで、戦闘経験の差が出る。

 不用意に接近し、隙を見せた士道に玄海が迫る。鋭い軌道で拳が唸るが、『魔眼』による先読みで士道はギリギリで躱す。

 だが、先読みはできても動きが追いつかない。

 拳と蹴りの応酬の末、士道は服を掴まれて背負い投げを食らった。

 

「ごふっ!?」


 身体強化をしているとはいえ、凄まじい衝撃が襲いかかる。

 直後、玄海にのしかかられ――。


「終わりだ」


 喉元に手刀を突きつけられ、士道は敗北を喫した。



 ♢



 二人は拠点に戻って休息をとっていた。士道は玄海にナイフの研ぎ方を教わりながら、


「あの、固有スキルを使った幻影術の影響……なんで一度で分かったんです?」

「何、簡単なことじゃ。そのスキルの条件は『目が合うこと』じゃろう? 儂は二度目を防御するために、お主だけを見ているわけではなく、目の焦点は周囲全体に広げて目が合わせなかったのじゃよ」


 士道は当然のように言う玄海に、感嘆を通り越して半ば呆れる。


(……というか『魔眼』を使うと眼が赤くなるのか。気付かなかった)


 適当に考えながら、士道は磨かれたナイフを確認する。

 研ぎの手順は一度で記憶した。

 手先は器用な士道にとって、難しいことではない。


「ふーむ。お主には無難に剣術を教えておこうかの。ちょうどゴブリンから奪ったものもある」

「それは……格好良くていいですね」


 そう言って笑った士道に玄海が驚き、苦笑する。


「……忘れそうになるが、お主も高校生だったか。良いだろう。古賀流に伝わる剣術と、それを支える体術をしっかりと叩き込んでやる。幸い、身体は元からできているようじゃしの」

「はい」


 士道は楽しそうに笑いながら肩をぐるぐると回す。

 絶海の孤島の地にて、一人の師と一人の弟子が生まれた。



 ♢



 そして、鍛錬と採集、狩りをひたすらにこなす日々が続いた。

 士道は持ち前の運動神経と部活で鍛え抜いた身体に、冴え渡る戦いの才覚を十全に活かして驚異的な速度で成長する。

 実力試しに魔物も次々と狩り、レベルも上昇していく。

 身体能力が上がった影響によって、今まで使えなかった技も体得することができた。その連鎖――相乗効果は、凄まじいものがあった。


 そうして、気づけば三ヶ月が経過していた。



 ♢



 鋭く、重く、振り下ろす。

 より速い剣となるように、一本ごとに改善点を探求する。

 朝露が樹木に滴り、葉の上をゆっくりと流れ落ちていく。

 一点の曇りのない青空には太陽が煌々と輝き、嫌でも異世界であることを痛感させられる。

 遠くから、朝を告げるように竜の嘶きが響き渡った。

 それを聴いて、士道は剣の素振りを終了する。

 手に握っているのは片刃の刀剣。乱雑な造りではあるが、確かに本物の真剣だった。おそらくこの島に流れ着いたものを、ゴブリンが拾っていたのだろう。

 ともあれ、玄海は士道の鍛錬の間、海岸で釣りをしている。

 老人の朝は早いのだった。

 

「さて、行くか」


 朝食の確保が必要である。

 士道は強力な魔物の縄張りである孤島の西側を疾駆する。元の世界にいた頃ではありえない速度だった。

 レベルが30にまで上がった現在、そこらの魔物は士道にとって敵ではなくなっている。

 この一か月で見慣れた森林を高速で駆け抜けていく。

 道中、見かけた野兎や鳥、鹿などを剣で仕留める。

 同時に野草や果物もバックの中に詰めていった。

 二人分の朝食には多すぎるかもしれないが、食べ盛りの士道はいくらでも腹に入る。

 士道は魔物の気配を感じ取って腰に差さる剣を引き抜いた。

 広義では剣だが、狭義では刀と呼ばれる武器に魔力が流れる。

 魔力による身体強化と共に、魔力による武装強化を行使した。

 武装に魔力を流すことにより、その強度と斬れ味が上がるのだ。

 刀身に波紋が浮かぶ。

 森の隙間から射し込む太陽の光を反射して、剣が鋭く煌めいた。ゴブリンから奪い、きちんと磨き直したそれは名刀だった。

 銘は『夜影』。今では士道の愛刀である。

 剣を構えた士道の前に現れたのは、豚の顔に人の体を持つ怪物。つまりはオークだ。

 原始的な槍を振り回し、唸り声を上げている。

 少し前に生態系を崩すレベルの数を倒したというのに、懲りない魔物である。

 士道は冷徹な視線でオークを射抜いた。

 殺気が士道を中心に渦を巻く。

 その立ち姿にオークが思わず、といった様子で一歩退いた。

 その隙を士道は見逃さなかった。

 地面を吹き飛ばし、撃ち出された砲弾のような速度で接近すると、剣を下段から振り上げる。

 鋭く剣撃が迸った。一瞬遅れて赤い液体が宙を舞う。

 喉笛を切り裂かれたオークはそのまま倒れ込み、光の粒子となって士道に取り込まれた。

 レベルアップした様子はない。

 魔素は確かに吸収されているのだが、ここ数日はいくら魔物を殺してもレベルに変動がなかった。

 剣を振って血を払い、士道はその後も何体か日課通りに魔物を狩ると、岩場にある拠点へと帰還した。

 拠点の外の川辺では玄海が火を起こし、魚を焼いている。

 今日は豊作のようだった。

 塩焼きにすると美味い魚がたくさん置いてある。

 士道の腹が鳴る。今日の収穫物を素材の味を活かすように手早く調理すると、食事にむしゃぶりつくように食べ始める。


「相変わらずいい食べっぷりじゃの」

「食わなけれなデカくはなれませんからね」


 そう答える士道は一八〇の長身だ。それなりに説得力があった。

 玄海も似たような身長だが、筋骨隆々とした肉体を持つ玄海に対して、士道の方が圧倒的に細身である。

 玄海は肉にかじりつきながら、


「今日は孤島の北側に挑戦する」

「……行けるんですか? 北側だけ桁が違うのは分かってますよね」


 玄海と士道はこの一月で、孤島の北側を除いたほぼすべての場所を探索していた。

 南側は果物が多く、ハーピーやゴーストなどの魔物の縄張り。

 東側は食べられる野草が多く、森の中にゴブリンの集落がある。岩場の近くにはコボルトの拠点も発見した。

 西側は士道や玄海もよく行く領域で、狩りの獲物――鹿や兎が多く潜んでいる。魔物はオークや赤毛猿、角亀などがうろついている。

 そして、北側には神殿のような古びた遺跡があった。

 だが、半月前に北側を探索しようとした結果、この孤島の他の魔物とは桁違いに強い魔物たちに圧倒され、撤退した過去がある。


 北側に生息しているのは、群れで行動するのが厄介で、敏捷性が高く鋭い牙で攻撃してくる黒牙犬。

 目を合わせると恐慌状態に陥らせる魔眼を持つ、鶏の頭を持つ大蛇。バジリスク。

 最も厄介なのが、遺跡を守護するように門の前で眠っているアースドラゴン。

 土色の巨体にある翼は退化しており、飛ぶことはできない地竜だが、火のブレスが強力な魔物だ。

 眠っているとはいえ、遺跡に接近すれば必ず目を覚ます。

 以前、遺跡にこっそりと入り込もうとした時にアースドラゴンに攻撃され、火のブレスに対応し切れずに士道たちは撤退したのだ。


「あの遺跡の謎も気になるじゃろう? 決して無茶な挑戦ではない。もちろん、無理だと思ったら退く」

「……分かった」


 二人はそれぞれの武器を磨いて休憩を挟んだ後、北側に向かって出発した。

 解き明かすべきは遺跡の謎。

 倒すべきはアースドラゴン。

 士道は不敵な笑みを浮かべ、刀を握り締めた。

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この話では  そうして、気づけば三ヶ月が経過していた。 って書いてあるのに、それ以降の話では、島に居たのは一ヶ月ってことになってるけど、どっちが正解ですか?
2020/01/09 01:57 退会済み
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