第20話 「魔法塾での決闘」
魔法には三段階の手順がある。
術式の構成。
魔法陣の展開。
魔力の装填。
この手順をいかに正確かつ迅速に実行できるか。そこに、魔術師としての真価が問われる。
術式が乱雑ならば威力が落ちるだけではなく、暴走の可能性すらありえる。
すべての基礎となる魔法理論を理解していなければ、術式を組むことすら不可能だ。
その術式を基にした魔法陣を展開するが、ここで使う魔法にミスがないか再確認する。それを怠ればもちろん暴走の可能性が高まる。
そして魔力の装填により術式を稼働させる。この場合、込める魔力量は術式によって基準が異なる。
術式が簡素で融通の利く魔法ならば、込める魔力量の差異によって威力が大幅に変化する。
逆に、複雑な術式は暴走を避けるために、込める魔力量を正確に決めている場合が多い。
その量を調節するための、魔力を精密に操る技術が必要だ。
これだけの筋道を立ててようやく魔法は成立し、効果を発揮する。
そのうえ才能にもかなり左右される分野なので、魔術師の数が希少なのだ。
一般的には、簡素な魔法を操れるようになるまで半年かかると云われている。 基礎とされる魔法理論をしっかり学ぶだけで三ヶ月。
術式構成から魔法陣展開のコツを掴むことに一ヶ月。
魔力を正確に操るための技術を手に入れるのに二ヶ月の割合だ。
もちろん初級や下級魔法などの簡単な魔法に限った話であり、中級、上級といったレベルの魔法を操るためには、何年もの研鑽が必要になるだろう。
とはいえ、当然のように例外はいる。
士道は高レベルな教育を受けた元日本人だ。数Ⅲの微積分に比べれば、魔法理論など絵本にも等しかった。
加えて『精霊王の加護』により、魔力を精密に操る技術は高い。
つまり。
士道にとって、簡単な魔法を発動することなど、三日もあれば十分だった。
「"暗闇"」
士道は最も適性の高い闇属性魔法を発動した。
ぎこちないながらも正確に稼働した魔法は周囲一帯を薄暗い闇に包んでいく。
成功だ。
士道は満足げに頷いた。
「…………嘘」
リリスが呆然とした表情で士道を見ている。
ミレーユや周囲の塾生も驚愕に凍りついている様子だった。
士道は皆の様子に少し首を傾げながら、成功した魔法を霧散させる。
「どうだ? ちゃんと使えてたと思うんだが……その様子だと何かおかしかったのか?」
「あ、いや……別に、そういうわけじゃないのですよ。ただ、あの、えっと……どうやって?」
混乱しきったミレーユの質問の意味を測りかねて、士道は怪訝そうに眉をひそめた。
「そう言われても……普通に魔法行使しただけなんだが。まあ、まだ"暗闇"と"闇矢"の二つしか使えないけどな」
「……始めて三日目で二種類も魔法を覚えてる時点で頭おかしいわよ。そもそも、まずは魔法理論を理解しようって話じゃなかったっけ?」
リリスは呆れたような声音で言う。
周囲の塾生達も、うんうんと強く頷いていた。
「簡単だったからな。一日で覚えて後は迷宮に潜りながら魔法の練習してたよ」
「いやいや、普通は三ヶ月はかかるって云われてる内容なんだけど」
「まあ、この世界の教育レベルじゃあちょっと難しいかもな」
「?」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
士道達がいるのは、例の魔法塾地下にある広大な空間だった。
入塾から三日が経過した現在、38人の塾生とはそれなりに仲良くなっている。
彼らは士道の魔法行使を見て、かなり驚いた様子を見せていた。
昨日までは黙々と授業を観察していただけだったのだ。それも当然のことだろう。
授業の合間の小休止中に「魔法が使えるようになった」とミレーユを呼び、実際にやってのけたのである。
何人かはできる筈もないと鼻で笑う者もいたが、今は当然鳴りを潜めていた。
しかし、一人の少年が無理やりに笑みを形作る。
「……ふ、ふん。いくら早く使えるようになったって言っても、所詮は初級魔法だ。粋がるなよ」
少年は士道を睨みつけていた。
くすんだ茶髪にそばかすが目立つ彼の名前はブルース・マグナンディ。
塾生の話によると、王国の男爵家の次男のようだ。この塾ではリリスの次に優秀な生徒らしい。
どうもブルースは、入塾したばかりの士道がリリスと仲が良いことに嫉妬しているようだった。
確かに士道はリリスと一緒にいることが多いが、それは授業時間前の補習にもリリスが参加していて、話す機会が多いというだけの話である。
「別に粋がってないでしょ。ほら、アンタも何か言いなさいよ」
リリスが不服そうに士道を庇う。
それがまたブルースを苛つかせるのだが、リリスは気づいていない。
ミレーユが口を出そうか迷っているのを横目に、士道は肩を竦めた。
リリスはそんな士道をジト目で見ながら、ブルースに不服を告げる。
「あたしは十分に凄いことだと思うけどな。そういうのは良くないよ」
「……っ!!」
それにより、ブルースがさらに憎々しげに顔を歪めた。
彼は士道に指を突き付けて、こう言い放つ。
「……決闘だ! シドー・カミヤ、貴様に決闘を申し込む!」
「ええ……」
士道はうんざりしたように嘆息した。
周囲の生徒は唐突に始まった決闘を面白がる様子で、二人のスペースを作っていく。
ミレーユは「そうですね……」と呟き、決闘を容認する姿勢を見せた。
彼女は士道に近づくと、耳元で囁く。
「彼、才能はあるんですけど……最近ちょっと上級魔法を覚えてから調子に乗っちゃってるみたいなのです。お灸を据えてくれると助かるのですよ。すみませんね、入塾早々」
「まあ、別に構わないけどさ。試したいこともあるし」
適当に会話していると、リリスは困惑した様子でブルースに言った。
「ね、ねえ。こんなの意味ないじゃん。シドーは強いんだし、やめなよ」
周囲の生徒達は「それ逆効果だろ」と思いながら冷や汗を流していた。
何せ、ブルースは強い。
そもそもこの塾は、魔法で知られる超級冒険者のミレーユが指導しているだけあって全体のレベルが非常に高い。その中でリリスに次ぐ二番目の成績を有しており、そして魔術師の中でも希少な上級魔法の使い手なのだ。
それに加えて貴族の次男であるブルースは剣技にも通じていて、将来は王国最強と呼ばれる竜騎士団へ入ることを目指している少年である。
第三級冒険者とはいえ魔法一辺倒であるリリスより、実戦では強い。
対する士道は一瞬で初級魔法を習得したとはいえ魔術師としては見習いの域であり、肩書きは第三級冒険者だ。
つまり、リリスと同程度の実力だと思われる。ならば、ブルースが勝つだろうというのが塾生の大方の予想だった。
当然、士道は実績が足りないだけであり、本来の実力は第三級程度に収まる筈もないのだが。
そんなことは露知らず、互いに木剣を持ち決闘の準備が整ったところで、ミレーユが審判に立つ。
「ルールは、魔法にしろ剣にしろ一撃を叩き込んだ方の勝ちです。かする程度は無視、相手を殺すのはもちろん無しなのです。多少の傷なら先生が治せますので、そこまで遠慮は必要ないのですよ」
「分かりました。……実力の違いを思い知らせてやる」
「はいはい」
「むぅ……それでは、始め!」
一瞬の硬直。
士道が気楽そうに木剣を肩に乗せると、ブルースは木剣を中段に構えてこちらの様子を窺う。
思ったよりも冷静で、構えにも隙は見えない。流石に竜騎士団を目指しているだけはある。
士道がこの決闘に乗った理由はミレーユに言った通り、試したいことがあるからだ。
この様子なら、実験台には十分そうである。
ひとまずは小手調べ。士道は指を曲げてブルースを挑発する。
「……何だ、その構えは。僕を舐めているのか?」
「そう思うか?」
「どこまでも気に入らない……っ!」
ブルースは斜めに抉るような角度で士道に接近してきた。
その際に魔法陣の展開を済ませていたのか、辺りの地面から何本もの水流が飛び出してくる。
魔法と剣技の合わせ技。グランドと似たタイプの魔法剣士か。
士道がその水流を体を振って避けると、その隙を穿つようにブルースは剣を鋭く振るう。
ガードした士道の木剣と衝突して鈍い音を響かせた。
士道は後退して距離を取る。
だが、待ってましたとばかりに「"水槍"!」の声が届いた。
踊るように宙を舞っていた水流達が一つに収束し、槍のような形で士道に向けて放たれた。
洗練された術式を用いたそれは、空気を切り裂いて勢い良く突貫してくる。
上手い戦い方だった。魔法剣士として堅実で実戦慣れしている。
だが同じ天職としては、グランドの方が余程強かった。
"飛翔閃"を放って"水槍"を上方に逸らす。ブルースの驚いたような声が耳に届いたが、士道は無視して覚えたばかりの"闇矢"を放った。
ヒュンヒュンと暗黒の闇で構成された矢尻がブルースに向けて飛んでいく。
ブルースはしかし動揺を圧し殺すと水流を操って"闇矢"を薙ぎ払った。
「あっさりだな」
「……初級魔法ごときで」
ブルースは僅かに迷いながらも"水槍"を三本構成して、士道に向けて解き放つ。
その攻撃を逸らした"飛翔閃"は何度も使える技ではないとでも考えたのだろうか。それとも様子見か。
とはいえ、いずれの"水槍"も十全に魔力が込められていて、直撃すればただ事では済まない。流石は上級魔術師といったところだろう。
(……グランドさん達はもちろん、エレノアにも辛うじて届かないってところか)
士道は冷静にブルースを分析する。
少なくとも第二級冒険者レベルの実力はあるようだった。『鑑定』する限りレベルは53だが、魔法の実力が身体能力の不足を補ってあまりある。
道理でリリスより強い筈だ。
(さて、そろそろ実験を始めるか)
この実験には固有スキルを使うことになる。しかし、リリスがハーフエルフなことや、ミレーユが超級冒険者なことが外に伝わっていないことからもこの塾の人間は口が堅い。
大した問題はないだろう。
それに"幻影"という異名が広まっている以上、隠すのも今更感がある。
「――"暗闇"」
闇属性の初級魔法を行使した。
しかし士道が桁違いの魔力量を込めたせいか、通常よりも遥かに深い闇が周囲を覆っていく。
生徒達の慌てたような声が聴こえるが、士道は意識の隅に追いやった。
視界が塗り潰されていく。
とはいえ目を凝らせば、辛うじてブルースの姿は確認できる。
彼も似たような状態のようだった。
「……小癪な真似を!」
そう言って、接近してくるブルースに向けて――『魔眼』が開眼した。
漆黒の闇に道化師の幻影が映し出される。ここからが、ハズレ術師の本領だった。




