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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第19話 「百年前の英傑」

『あーあー。草薙さん聴こえてる?』


 草薙竜吾は通信用魔道具から響くその声を聞き取り、怠そうに嘆息した。


「何だよ? この魔道具めっちゃ魔力消費するから、あんまり使いたくないんだけど」

『もっと高性能なやつ、王国から盗んでおいたのに草薙さんが壊したのがいけないんでしょ』

「うぐっ……。ま、まあそれはいい。で、なんの連絡だ? 魔王の封印は解けたのかよ?」

『まぁ何とかね。龍魔王ウォルフ・バーゼルトは確保しといた。と言っても、その抜け殻だけどね』

「抜け殻?」

『この個体、魔力をまるごと失ってる。状態を「鑑定」するに、どうも意図的にやったらしいけど。一応生きてはいる』

「はぁ? よく分からんが……リーファはなんて言ってんだ?」

『彼女は精霊王と戦ってるよ。巻き込まれるのも嫌だし、さっさと逃げてきた。怖いねぇ人外達は。ま、でもリーファがどうにかできるってわけじゃなさそうだね、これは』

「ふぅん。要するに役に立たねえってことか?」

『それが、そうとも限らない。ま、これは僕の推測だけどね』

「へぇ?」

『リリス・カートレットって分かるだろう? なぜか天使がエルフ族を使って殺そうとしている存在だよ』

「……ああ、この前言ってたハーフエルフだっけか。エルフもたかが混血ぐらいでよく里を追放するよなぁ」

『おそらくだけど、彼女には別の意味があるんだ』

「うん?」

『……とりあえず迷宮都市に向かってくれ。リリスに「鑑定」をかけてほしい』

「……別の意味、ね。大体分かってきたが、そりゃちょっと厳しい相談だぞ」

『何かあるのかい?』

「理由は単純だ。要するに、俺は今まさに死にかけてる」

『は?』


 呆気に取られたような翔の声に苦笑しながら、草薙は葉巻をゆっくりと吸う。

 その身体には大量の包帯が巻き付けられていて、ところどころから血が滲み出していた。

 

「ちょいと天使長イリアスの奴とやり合ってな。済まんが仕留めきれなかった。というかむしろ敗けたのに、奴はなぜか逃げてった。予想外の事態でも起きたんかね」

『天使長って……。無事なのかい? 草薙さんが死んだら悲しむ人が一人ぐらいはかろうじているかもしれなくなくもないよ?』

「いるわ!! 悲しむ人ぐらいいるわ!」

『ハハッ。英雄様はご冗談が上手い』

「ええい!! ……まあ、命に別状はないさ。ちょっと動くのはキツいがな」

『それは残念だね』

「喧嘩売ってんのかコラ。はぁ、仕方ねえな。リリスの件も使い魔で何とかしてみせる」

『何だ、できるんなら初めから言ってくれないか、まったく。使えないな』

「お前最近俺にひどくね!? え、嫌われてんの!? なんかした!? 俺お前になんかした!? ……って脇腹の傷開いたあああああ!?」

『ははは、それは僥倖。それじゃ』


 僥倖じゃねえし、という言葉は届かないままに通話は途切れた。

 しばらくごろごろと地面を転がり、痛みに呻いていた草薙はむくりと起き上がると、簡素な使い魔を生み出す魔法を行使する。

 習得が困難といわれる無属性魔法をあっさりと展開し、流麗な手捌きで魔法が組まれていく。

 別に、草薙は天才というわけではない。これは血の滲むような努力と経験の成せる業だった。

 草薙の眼前に青い小鳥が出現する。

 かつて人々を護るために研鑽を重ねた元英傑の技巧は、その使い魔に高度な知能を仕込んでいく。


「今からお前は俺の目だ。いいな?」


 小鳥は頷き、パタパタと羽ばたいて迷宮都市へと向かっていった。

 草薙の脳内で小鳥の視界が展開される。第三の目があるような感覚。

 昔はこれに慣れず、酔っていたものだが今となっては容易いことだ。

 そうこうしている間にも、傷口が断続的に痛覚を刺激する。

 草薙は顔を顰めた。

  

「痛つつ……。やっぱ、寝て回復するしかねえか……」


 街の治癒院まで向かう気力もない。

 数々の無属性魔法を使えるのに、治癒魔法だけはいくら努力しても使えなかった自身の才能を恨むしかなかった。

 治癒だけは完全に才能依存の分野なので、努力ではどうしようもないことではあるのだが。

 草薙は嘆息して、ベッドに向かおうと歩き出す。

 そこで、草薙達の住む洞窟に近づこうとしている気配を感じ取った。


「……チッ。今度は誰だ」


 振り返って苛立たしげに言葉を放つ。

 つい先日イリアスが尋ねてきたばかりだというのに、今度は誰だ。

 草薙は洞窟の入り口まで向かう。

 入り口付近の断崖絶壁さを改めて見て、以前リーファに突き落とされた記憶が蘇る。

 草薙は肌を粟立たせて腕を抱いた。

 とはいえ、臆している場合でもないので崖の上方を見上げる。


「ほうほう、まさか悪魔の本拠地から最初に登場するのが転移者とはな」


 愉悦を滲ませた低い声。

 崖の上より草薙を見下ろしているのは、身の丈ほどの大剣を背負い、ハゲた頭にサングラスをかけ、この寒い山脈でアロハシャツと短パンを着込んでいる季節感とファッションという概念が欠け落ちている大男だった。

 初見だが、噂されている特徴と一致しているので一目で素性を看破する。

 ライン王国の勇者。

 榊原迅。

 

「よぉ。勇者がこんな辺境に何の用だ」

「そりゃ、ワシは勇者だしな。近隣に悪魔の本拠地があるとか言われたら、潰さざるを得ないだろう?」


 そう言って、くつくつと迅は笑う。

 対する草薙はゆったりとした動作で剣を引き抜いた。

 殺気を顕わにして迅を射抜く。


「一応言っとくが、かかってくるなら容赦はしない」

「ほう、ワシは悪魔に用があるのであって、貴様にあまり興味はないんだがな」

「俺が、悪魔の味方だと言ってもか?」

「とはいえ、転移者殺しによる固有スキル奪取も捨てがたいな。どれ、いっちょやってみるか」


 迅はそう言って大剣を軽々と構える。

 戦闘態勢に入った彼を、草薙は冷めた瞳で眺めていた。

 堂々たる雰囲気。大剣を片手で操る膂力。その身に纏う洗練された魔力。 

 確かに、強い。

 

「……でも、俺には届かねぇよ」


 仮にもかつて英傑となった男だ。その身に刻まれた幾千もの戦闘経験が彼我の実力差など簡単に見抜く。

 イリアスとの戦いにより満身創痍の身体でも、勝てると言えるだけの隔絶があった。


 ――『女神の使徒』の『鑑定』スキルに頼り過ぎなるなよ。それじゃ『目』が育たねぇ。


 かつて霧崎翔に告げた言葉が脳裏を過ぎる。とはいえ、それを目の前の男に言ってやる義理はなかった。

 草薙は固有スキルにはあまり興味がないし、できることなら同郷の者をあまり殺したくはない。

 だが、襲撃してくるなら話は別だ。容赦をするつもりは微塵もない。

 草薙は屈んで膝を曲げた。

 崖上へと一気に飛び上がろうとする構えを見て、迅は大剣を中段に構えて警戒する。

 それを見て草薙は僅かに目を細めた。

 確かに、一般的に見れば隙のない洗練された構えだろう。

 ただ草薙からすれば、それは的でしかなかった。

 己の怪物さを自嘲しながら、吐き捨てるように告げる。


「……自惚れるなよ」

「ほう。ワシの――」


 応答の言葉は最後まで続かなかった。

 一瞬――それにも満たぬ僅かな時間の中で、草薙は崖上を歩いていた。


「…………は?」


 迅の呆けたような声が聴こえる。

 既に剣は振り抜いていた。

 根本から断ち切られて落ちていく迅の首は、まるで信じられないといった表情をしていた。

 残された胴体から、噴水のように鮮血が迸る。

 断末魔すらない。あまりにもあっさりと、王国の希望は息絶えた。


「……哀れだな。胸糞悪ぃ」


 これはスキルでも何でもない。ただ跳躍して剣を振る。そのレベルが違いすぎたというだけの話。

 勇者を始末したことでいろいろと情勢は動くだろうが、やってしまったものは仕方がない。




    





「――で、誰のことを哀れだと言ったのかね?」


 真横から、声。

 それに気づけなかった理由は、やはり大怪我により、万全には程遠い状態だからか。

 だが、驚愕よりも先に草薙の身体は反応していた。

 戦場ではいちいち驚いている余裕はない。まずは迅速に殺す。それまでは感情を凍結させる。

 驚いたり、怖がったりするのはすべてが終わったあとでいい。

 それは、数々の戦いを乗り越えた末に草薙が得た結論だった。

 紅い血が滴る剣を再度振り回す。

 殺した筈なのに、何故か真横に立っている迅の首を斬り落とした。

 音を立てて胴体が崩れ落ちる。やはり感覚は本物だった。幻覚を見せられている様子もない。

 念には念を入れて、今度は復活しないように火魔法で燃やし尽くした。

 しかし。

 そもそも迅は復活などしていない。


「ふむ。どうにも今のワシでは敵わんようだな」


 今まさに殺した男とまるで同じ声。

 また別の迅が、岩の上で腕を組んで立っていた。


「……」


 剣には確かな手応えがあり、決して幻覚ではない。

 ならば、分身か。しかし実体のある分身など草薙ですら聞いたことがない。

 つまり。


「……なるほど。固有スキルか」


 ちらりと目を落とせば、最初に首を刈り取った迅は確かにそこに佇んでいた。

 それは少し経つと魔力の塊と化し、淡い光となって空気に溶けていく。


「ご明察だ。しかし、強いな。流石は百年前の英傑といったところか」

「……どうして知ってる?」



 迅は薄っすらと笑みを浮かべ、その問いを黙殺した。

 草薙は疑問を感じながらも、神経を研ぎ澄まして周囲を索敵する。

 分身が何体いるのか確かめたかったのだ。結果、三人目の迅――その奥の岩陰には、さらに二人の人間が隠れている気配がある。

 おそらく、これも分身だろう。

 草薙が百年前の戦争で名を馳せた実力者だと知っているのなら、本体を連れてくるほど馬鹿ではないはずだ。


「ここに本体はいねぇってか。ふざけやがってこのクソ野郎」

「悪魔の本拠地に保険もなしに乗り込むわけないだろう。ただの捨て駒での威力偵察だ。効率的だろう?」

「……テメェは、イリアスの命令でやってきたのか?」

「さて、な。ところで草薙竜吾よ。デカい傷口が開いたようだが大丈夫かね?」

「……」

「ワシと戦う前からすでにボロボロなんだ。上手くやれば勝てると思ったが、実力が隔絶しすぎてるようだな。流石だ」


 どうやら隠すつもりはないらしい。

 この勇者は天使長イリアスと繋がっている。そう考えなければ知り得ない情報をいくつも手にしていた。

 草薙は冷静に思考を回転させる。

 迅の目的はイリアスと戦い、傷を負った草薙をあわよくば始末すること。

 そして、この洞窟の戦力を探ることだろうか。あいにく、悪魔達は出払っているのだが。

 

「勇者といえど、所詮は女神の狗か。胸糞悪ぃ野郎だ」


 つまらなそうに吐き捨てる。

 対する迅は岩陰の分身を呼び出した。

 その分身の手には、草薙が先ほど飛ばした使い魔の小鳥があった。

 すでに、絶命している状態で。


「ところで、これを迷宮都市に飛ばす狙いは何だ? ……まぁ、答えは見えてるようなものだが」


 それも目的か。

 つまり迅はリリス・カートレットには手を出すなと言っている。

 草薙がその存在を知らなかった場合にも備えて、暗喩する形で。

 迅は何が面白いのか、くつくつと笑う。対する草薙はもう対話をするつもりはなかった。

 ここにいるのはどうせ分身だ。生け捕りにはできない。つまり、これ以上の情報を引き出すことはできない。

 流麗な動作で足を一歩踏み出す。

 長年、研鑽され続けた剣技がそのベールを脱いだ。

 一瞬にして三つの首が飛ぶ。


「……くそ。こりゃ、もう使い魔に任せとく場合じゃねえかな」

 

 草薙は満身創痍の身体を引き摺るように、迷宮都市へと足を向けた。







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