第18話 「王を名乗る怪物達」
士道は迷宮から抜け出して勇者達と別れた後、ミレーユの魔法塾を目指して歩いていた。
その塾は東の冒険者区の端の方に位置しているらしく、冒険者ギルドから少しばかり距離がある。
とはいえ別段急ぐ理由もないため、士道は大通りの露店を冷やかしながら、のんびりと進んでいた。
(……それにしても)
先ほどのハーフエルフの少女を名前で呼んだのは失敗したな、と思う。
士道は見知らぬ者に遭遇したときは、とりあえず『鑑定』をかける。
故にあの少女の名前がリリス・カートレットだと知っていたのだが、特に考えもせずに口に出したのは失策だった。
迅にそれとなく聴いた話によれば、リリスは"灰猫"ルゥと呼ばれる冒険者であり、本名を隠しているらしい。
迅も異世界転移者であるので『鑑定』が使える。だから知っていたのだ。
ともあれ、リリスからすれば士道は知りえぬ筈の情報を知っていたのだ。確かに不審極まりないだろう。
顔を隠して偽名を騙っていた理由には察しがつく。リリスがハーフエルフだと知られることを恐れているのだろう。
異世界人である士道には理解しかねる感覚ではあるが、ハーフエルフは禁忌とされて忌み嫌われてるのだった。
これまでの人生でもかなり苦労してきたのだろう。
そんなことをつらつらと考えていると、いつの間にか塾に到着していた。
士道は頬を引きつらせる。
「これ、か……?」
確かに周囲の住宅と比較すればかなりの大きさだが、四十人近い生徒を収めるには狭すぎるような気がしてならない。
加えて簡素な木造建築で老朽化によりボロボロになっている今では、いつ崩れるか分かったものではなかった。
ひとまず扉を開けば、いきなり教室と思しき空間があった。
机と椅子が規則正しく立ち並ぶそれは、懐かしい雰囲気を想起させる。
この辺りは地球と変わらないらしい。
時刻はまだ三時頃なので、授業開始にはまだ速い筈である。だというのに、教室には早くも一人の生徒の姿があった。
美しい銀髪を長めに伸ばし、僅かに尖った耳が覗いている碧眼の少女。
彼女は士道を見て、驚いたように目を瞠っていた。
だが、士道の方に見覚えはない。
訝しみながら『鑑定』する。
―――――――――
リリス・カートレット:女:14歳
レベル:28
種族:ハーフエルフ
天職:魔術師
スキル:【固有】因子
―――――――――――
リリス・カートレットという表示を見て、得心した。
つまりは、先ほど迷宮で会った"灰猫"という冒険者と同一人物なのだ。
迷宮内では確認している暇はなかったが、士道は『因子』という固有スキルが気になって注視する。
因子……魔王の魔力。それに関わる何か。
「?」
『鑑定』にしては分析結果が浅い。これ以上注視しても、別の答えが出るわけではなかった。
疑問に思うが、考えてどうにかなる問題でもない。
『鑑定』を解くと、リリスと再び目が合う。
しかし、フードを被っていた彼女がこんな美少女だとは思っていなかった。
「よ、よう……」
士道が歯切れ悪そうに声をかけると、リリスはキッと表情を険しくする。
「……何が目的なのよ?」
「は?」
「どうやってあたしの本名を知ったのかは分からないけど……ならどうせ種族のことも知ってるわけよね? それを利用して皆にバラさない代わりに言うことを聞け、とか言うつもり?」
「なるほど。そういう勘違いをしてるわけか。安心しろ、お前の秘密を知ったのはたまたまだ。別にバラそうとしてるわけじゃない」
「嘘。たまたまで知れるほど安易な隠し方はしてないわよ。あたしが可愛いからって……ぜ、絶対秘密をバラしたくなければって言って、あんなことやこんなことしようと画策してるんでしょ!?」
「するかボケ」
突然顔を赤くするリリスに、士道は平坦な口調でナイナイと手を振った。
「つーか、バラされたくないなら何でお前、この塾じゃ素顔を晒してるんだ? ハーフエルフですって言ってるようなもんだろ」
「……ここの皆は、信用できるから」
「信用、ね。まあ別に否定はしないが」
「そんなことより! アンタ、結局なにが目的なのよ!?」
「おいおい、まだ信じちゃくれないのか。本当に何でもないよ、俺がここに来たのは純粋に魔法を教わろうと思っただけだ。ほら、ミレーユへの紹介状もある」
「……ふうん。じゃあ、信じるからね」
助けてもらった恩もあるし、とリリスは言いながらも、少し疑わしそうな目をしていた。
士道は僅かに目を細める。この疑り深さだけで、ハーフエルフへの迫害の歴史が感じ取れるというものだ。
そこで、ガラリと扉が開く音。
「はいはい、こんにちはー。あれ、リリスちゃんもう来てたのですね。シドーさんも」
「あ、こんにちは、先生」
「……おう」
隠居した超級冒険者、ミレーユ・マーシャルが立っていた。
相変わらず年上には見えない容姿である彼女は士道を手招きながら、
「こっちに来てくださーい」
「早速か」
「何をするのよ、先生?」
「シドーさんへの特別授業なのです。昔の教え子にも手厚く教えるように頼まれちゃいましたからねー。皆が集まる前に二時間ほど個人指導をやるのです」
「ありがたいよ。何せ、魔法なんて見たことしかないからな。理論云々は全く理解できん」
「え、じゃあどうして魔法を習おうと思ったのよ?」
「たまたま適性があったし、これより強くなるためには必要な分野だと思ったからな」
リリスは士道の剣にちらりと目をやりながら、
「適性って……剣士やってるってことは、天職は魔術師じゃないんでしょ?」
「それでも、闇、風、氷に適性がある。割と上等だろう?」
「三属性ですか!? それは凄いのですよ!」
「……ふぅん。見学していい?」
「いいのですよ。なんなら一緒にやりますか?」
「あ、うん」
「明日もこの時間からですから、来たい場合はそれでお願いするのですよー」
ミレーユはそう言いながら、建物の奥へとずんずん進んでいく。
「なあ、何処に向かってるんだ? あの教室でやるんじゃないのか?」
「あれはただのカモフラージュなのですよー。そもそもあの教室じゃ魔法を使うには狭すぎますし。本当の塾はここの地下です」
「何でカモフラージュがいるんだよ」
「先生の塾は信用できる人間しか入れませんからねー。先生の経歴のこともあるし、リリスちゃんのこともあるのですしね」
「ふうん。で、その地下は広いのか?」
「そうですねー。少なくともこの建物の三倍ぐらいの面積はあるのですよ」
「三倍って、どうやってそこまで広げたんだよ」
「アンタ、この人が誰だと思ってるのよ? 伝説の超級冒険者よ。それも魔法の技術で知られた」
「……ああ。つまり、土魔法でどうにかしたのか。なんか崩落しそうだな」
「常に結界を張ってますから、その心配はないのですよ!」
「魔法に詳しくない俺でも、その理屈はむちゃくちゃだと分かるぞ」
適当に会話しながら階段を下りていくと、広大な地下空間が顕わになった。
地面は土で固められていて、周囲はにわかに明るい。
当然のように歩いていくミレーユとリリスに、士道は呆れ顔で言う。
「何で地下に太陽があるんだよ……」
「あの光源は、先生が展開してるのですよー。流石に使うとき以外は暗いですけどね」
「改めて聞くと、アホみたいな魔力量よね。まあ超級なんてアホじゃないと慣れないのかもしれないけど」
「先生はアホじゃないのですよー!」
むきー! と怒るミレーユを無視して、リリスは勝手に足を進めていく。
士道はその光景に呆れながらも、それなりに真剣な様子で告げた。
「……で、じゃあ頼むよ。魔法とやらを、俺に伝授してくれ」
そうして、魔法の特訓が始まった。
「それで」
突然に、声が響いた。
「――魔王ともあろう者が、こんな辺境に何の用かな?」
その問いを放ったのは、フィアと呼ばれる精霊族の王だった。
災厄の島。
そう呼ばれる辺鄙な孤島の北側にある錆びた遺跡にて。
古代の神殿の階段の上から、フィアは侵入者を見下ろすようにそう告げる。
その対象は――
「私が魔王だと見抜いておいて、今更その問いはないだろう精霊王。私は単に同胞を助けに来ただけだ」
凛とした声音が空気を響かせた。
フィアを見上げるように階段の下に佇むのは、12歳程度の幼い少女。
魔王リーファ・ラルート。
「私がやらせると思うの? 龍魔王の封印を司るこの私が?」
「それなら、突破するまでだ。確か……精霊族の安寧を保障する代わりに龍魔王の封印を管理する契約だったか。いずれにせよ、王のやることではない。それでは人間の狗だ」
「……それは、こうして一人で動いているあなたにも言えることだよね」
「私は一人じゃないが……驚いた。まさか、まだ気づいてないのか? 『忍者』だか何だか知らないが、奴の潜入技術も中々だな」
その言葉を聞いて、フィアは僅かに目を細めた。警戒範囲を広げるが、リーファ以外の気配を捉えることはできない。
だが、不自然な違和感が各所に残されていた。まるで、侵入の形跡を消すかのような――。
「……まさか、この前の少年が?」
「二度も同じ轍は踏まないと奴は言っていたぞ、精霊王。まあ私の存在があってこそ成り立つやり方ではあるんだろうが」
リーファは適当に呟く。
フィアの脳裏に浮かんだのは、つい先日、遺跡に潜入してきた眼鏡の少年。
たまにいる侵入者なら、魔王の封印に近づかない限りは手を出さない。
しかし、彼は明らかに封印を狙っていたので介入した覚えがある。
実力差に感づいて即座に逃げの一手を打ったあたり、手慣れている様子だった。
あのときの少年が潜入しているとするならば、このままでは封印が解かれてしまう可能性がある。
今すぐにでも引き返し、少年を排除しなければならない事態。しかし、目の前に佇む童女がそれを許す筈もない。
フィアは僅かに目を細めた。同時に死を覚悟する。
同胞たる精霊達の安寧のためにも、ここを譲るわけにはいかなかった。
「行くぞ、精霊王」
対して。
彼女は面白くもなさそうな仏頂面のまま、階段に足を踏み入れていく。
仮にも精霊王たるフィアに向けて、無造作に、進む。
お前には警戒する価値すらない――そう、言外に語るように。
「甜められたものだね」
「そう思うか?」
「仮にもレベルオーバー。一種族の王を名乗る人物に対する態度じゃあないよね。慢心って言葉を知っているかな?」
「無論だよ。ただ、この状況に対応した言葉だとは判断し難いがな。何しろ、私は霧崎のヤツが封印を解くまで足止めしているだけで十分なんだ。これがどういう意味か分からんお前じゃないだろう?」
その言葉は確かに的を射ていた。
その霧崎とやらが封印を解こうとしている以上、フィアはそもそも格上であるリーファを『迅速に』片付けなければならないのだ。随分と厳しい条件である。
そもそも魔王の封印はそう簡単に解除できるような技術ではないのだが、魔王が信頼している以上、そんな論理に期待するのは楽観がすぎる。
しかし。
フィアはそれでいて、薄っすらと笑う。確かに状況は悪いがまだ最悪ではないと、そんな雰囲気を携えて。
「本当に、封印さえ解けば龍魔王が復活するとでも思ったかな?」
「何?」
「アレはただの抜け殻だよ。その鍵がどこにいったのかは知らないけど」
「む。……いずれにせよ、解除してから考えればいい話だ」
「……舐めすぎだよ。精霊はそもそも高位存在。それだけで突破口になり得る」
「そう思うなら、来てみろ。魔王がどののような存在かをその身に刻んでやる」
そこから先に言葉は必要なかった。
魔王と精霊王。共に一種族の『王』を名乗る二人の怪物は、戦場に圧倒的な理不尽を撒き散らしていく。
「――なるほど、してやられたよ」
爽やかな顔立ちに飄々とした雰囲気を携える眼鏡の少年――霧崎翔は、特に感慨もなさそうに呟いた。
彼はすでに神殿の奥地――そう、士道や玄海が知る構造よりも遥かに深い場所にて、封印の解除を終えていた。
眼前に佇むのは『三大魔王』の一角、龍魔王ウォルフ・バーゼルト――ではない。
その。
残骸だった。
龍族と魔族の混血と呼ばれるウォルフは、ミイラのようにしわがれた状態で地に伏せている。
死んでいるわけではない。
ただ、魔力を丸ごと失っているだけ。
翔はそれを感情の見えない瞳で見下ろしながら、
「……あの天使がリリス・カートレットを狙っていたのはそういう事情か。くそ、今からで間に合うのか?」
翔は怪訝そうに呟くが、その顔に深刻さは見えない。
そもそも翔は、女神側と魔神側――その勢力の争いになど、まるで興味はないのだから。
とはいえ。
協力している以上、そこには事情がある。翔は嘆息しながら通信用の魔道具を手に取った。
『あーあー。草薙さん聴こえてる?』




