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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第17話 「禁忌の少女」

 ――失敗した。

 少女は悔しそうに歯噛みする。

 フードの中から覗く瞳に、苦渋の色が浮かび上がった。

 その理由は眼前の魔物の群れ。

 三体のグールに加えて、要注意魔物のデスサイズまで顕現していた。

 迷宮の深層で猛威を振るうその魔物達は少女の力量が及ぶ範囲を明らかに越えてしまっている。

 罠に引っ掛かり、迷宮の最前線まで落ちてしまったのは少女にとって取り返しのつかない過失だった。

 普段なら容易に気づく落とし穴に嵌まってしまったのは、焦燥に目を曇らせたせいなのだろうかと少女は自問する。

 普段は迷宮の十五層あたりを縄張りとして中堅のソロ冒険者を続けている少女は、この階層で生き残れる自信がまるでなかった。己の不覚を、強く恥じる。

 命を護る為の力が欲しかったはずなのに、それを得ようと逸った結果、いまや命の危機に晒されてしまっている。

 少女は苛立たしげに唇を噛み締めながら、己の無力さを痛感していた。

 とはいえ、こんなところで死ぬつもりはさらさらない。

 どうにかしてみせる。


「"土石流"……!」


 文言に呼応するように虚空より生み出された土塊が、バラバラに分離しながら吹き飛んでいく。

 土魔法を行使して、肉薄するグールを牽制しているのだ。

 しかし、やはり敵の数が多すぎる。

 一体のデスサイズがいつの間にか"土石流"を突破して、少女に接近していた。

 

「この……ッ!!」


 咄嗟に身を翻すが、デスサイズの凶刃を躱しきることはできずに薄く肌から鮮血が飛ぶ。

 ぞくりと、痛みよりも恐怖が先に脳内に伝播した。死神の足音が背後から忍び寄るような錯覚を感じ取る。

 それでも、少女の碧眼にはまだ光が宿っていた。

 ――まだ、終われない。

 少女には目的がある。だが、その為に力を欲して逸り、焦燥に目を曇らせ愚鈍にも迷宮の罠に嵌まってしまったのだ。 それで死にかけているのだから、まさに本末転倒だと理解しているが、今は己の行いを悔いている場合ではないのだ。

 反省など二の次。

 問題は、この状況をどうやって切り抜けるか。少女は思考を回転させる。

 一本道の迷宮の通路の前方にはグール。後方にはデスサイズ。

 グールは一体ずつならば少女でも対処できるが、三体もいれば必ず連携した戦闘を行ってくる。正直、ソロでは倒す自信がなかった。

 デスサイズに至っては論外である。遭遇したのは後ろで様子を窺っている一体だけだが、グールとはまるで殺気の質が異なる。桁の違う強さの魔物だった。

 これが群れで現れる場合もあるというのだから、迷宮の深層は恐ろしい。

 勇者達や"一つ目狐"は、常にこんな魔境を探索しているのか――そう、畏怖の念が渦を巻いた。


 一月前はオークに負けるほど弱かったくせに、いまやデスサイズの集団を屠るという腹の立つ勇者の顔が思い浮かぶ。

 彼の成長はまさに破竹の勢いだった。

 最初こそ一気に第二級まで成り上がったものの、そこで燻っている少女からすれば嫉妬心の対象でしかない。

 しかし。

 もしかして、彼もこの階層に潜っているのではないか。 

 それなら、追い詰められている少女に気づく可能性も――と考えて、少女はその希望的観測を切って捨てた。

 確かに可能性としてはあり得るが、それに縋るのは楽観がすぎるというものである。少女は己を叱咤して、次々と魔法を放って牽制した。

 とはいえ、近づけさせないだけでは埒が明かない。

 

(このくらいの危機……自分でどうにかしてみせる!)


 身体中に魔力を巡らせる。

 ハーフエルフが持つ膨大な魔力量を無差別に撒き散らす。それは尋常ではない量だった。

 いくら魔法に長けた種族との混血とはいえ、所詮はレベル50に過ぎない少女では決して持ちえぬ筈の魔力量である。その理由は不明だが、少女はこれを自らが持ち得る唯一の才能だと思っている。

 それを惜しげなく開放して、魔物達を威圧する。敬愛する義兄から教わった威嚇方法だ。

 まだ戦い方を知らなかった頃、これを使うだけで大抵の危機を収められると教授してくれたのである。

 今となってはもう、死ぬまで会うことはないだろうが。


「これでも逃げないって……流石は最前線よね」


 少女の頬を冷や汗が滑る。

 グールはその濃密な魔力を恐れたのか少し退いたが、逆にデスサイズは大技の発動でも警戒したのか、一息に突撃を敢行してきた。

 その迅速な判断に少女の息が詰まる。

 一秒にも満たぬ刹那、少女が魔法を組み上げようとする思考すら許さずに、デスサイズは血深泥の鎌を振り抜く。

 少女はその様を辛うじて見ていることしかできなかった。

 反応が間に合わない。

 デスサイズは通常の冒険者からすれば、それほどまでに脅威の魔物だった。

 たかが魔力量が異常に多い程度のハーフエルフなど、瞬殺されて当然というもの。

 だから。

 そのデスサイズが自分を襲う寸前、頭から真っ二つに裂かれていく光景を見て、少女は思わず目を瞬かせた。

 理解が追いつかずに混乱していると、思い出したように風が唸りを上げてフードを揺らした。

 外れないように細工はしてあるが、思わずフードを手で抑える。

 その直後、少女の背後で呑気な声が響き渡った。


「飛ぶ斬撃ね。確かに見栄えは良いが、これ飛ばす必要あるのか?」

「いま答え言ったろ。まず格好いい。それに、俺には遠距離攻撃手段な少ないから割と有用だよ」

「ふぅん? ワシにはよく分からんな。

近づいてぶっ叩けばいいだろうに」

「人はそれを脳筋と呼ぶ」


 驚きながら振り向くと、そこに立っていたのは五人の男達。

 すでにグールはいつの間にか殲滅されていた。見事な手際である。

 安堵も束の間、少女は中央に立つ大男の姿を見て少しばかり体を強張らせた。

 

「勇者ジン……」

「ほう。その格好、もしや"灰猫"かね。無茶はしないタイプだと思っていたが……」


 迅は興味深そうな目で少女に視線を向けた。少女は動きを悟られないように、フードをより深く被る。

 少女は"灰猫"の異名を持つ第三級冒険者であり、フードで常に顔を隠している変人だと知られていた。

 迅もそれを知っていたのだろう。

 少女は忌々しげに呟く。

 

「……アンタには関係ないでしょ」

「まあそう言うな。ちょうど助けてやったろうに」

「うぐっ……」


 それを言われると弱かった。

 というか、まずは感謝を告げるべきだった。あまり好感を抱いていない相手であっても、救ってもらった以上は礼を言うのが当然の義務である。

 礼節を重んじるのはエルフとしての誇りだと兄からも教わった。

 所詮、エルフではなく人族と混血のハーフエルフに過ぎないのだが。

 少女は自嘲的な笑みをフードを隠しながら、なるべく殊勝に聴こえる声音で感謝の意を表した。


「……ごめん。助けてくれてありがと」

「と言ってもまあ、助けたのはワシらじゃなくてコイツだがな」

「……え?」


 少女は迅が指す方向を見て、ようやく彼の存在に意識が向いた。

 すべてを塗りつぶすかのような漆黒の魔導服に身を包んだ細身の男。普段の勇者パーティには見かけない存在だった。

 それどころか、この街の冒険者ギルドでは見たことすらない。


「コイツはワシらがもたついてる間に一人でグール三体を殺し、デスサイズは見ての通りだ。感謝するならコイツが正しい」

「……そりゃ、アンタがギリギリで華麗な登場をしようとか言ったのが悪いんだろう。アホか」

「あ、えっと……ありがと。あなたのおかげで助かりました」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。

 男はデスサイズの魔石を回収しながら、苦々しげな表情で告げる。


「いいんだ。別にアンタの為じゃない。単に目の前で人死を見るのは好きじゃないってだけだ」

「優しい人なんだね。ここらじゃ見かけないけど、名前は?」

「……シドー・カミヤ。第三級の新人だよ」

「どっかで聞いたことあるような……あ! それって……もしかして"幻影"の奇術師なの?」

「……何で知ってる? 前の拠点じゃ確かにそこそこ知られてたけど、こっちじゃ知名度ないはずだが」


 士道は適当に言いながら、魔石の回収を終えた。

 タイミングを見計らったのか、迅は周囲を索敵しながら少女に話しかける。


「それで、結局どうしてお前はこんな深層にいるんだ? 普段は十五層あたりを縄張りとしていたはずだが」

「……落とし穴に嵌っちゃったのよ」

「うん?」

「だから、落とし穴に嵌っちゃったのよ。……何よ、笑いたければ笑えばいいじゃない。ホント、一生の不覚だわ」

「ああ……なるほど。まあ気にするな。そこのシドーもさっき引っ掛かりかけたばかりだしな。たまにはそういうこともある。ハッハッハ!」

「え、それバラすか?」 


 軽口を叩き合う二人。士道の方は少しうんざりしているようだったが、迅のテンションは常に高かった。

 少女としては油断の見えない士道が罠に嵌ったという事実に驚いたが。


「そもそもお前、初めてワシに会ったときも罠に引っ掛かってたろう。よく考えれば普通にモンスターハウスだ」

「ありゃわざとだ。罠ってのがどんなもんかを一度受けてみたかった。知らないと危険度も分からない」


 面倒臭そうな士道の返答に、少女は戦慄を覚えた。罠をわざと受けるという自信の大きさ。死亡率が最も高い罠であるモンスターハウスに引っ掛かり、実際に切り抜けたらしいその実力。流石は"幻影"だと感じたのである。

 "幻影"はアクアーリアの『魔王再誕事件』において、首謀者である上位悪魔を殺した男として巷で騒がれている。

 とはいえ、その名声は迷宮都市にまで届いているわけではなかった。

 少女は立場上、情報には詳しくなくては生きていけない。それ故に士道の存在を知っていたのだ。

 それはともかく、とりあえず今は身の安全が第一である。

 

「ねぇ。報酬は出すからさ、あたしを十五層あたりまで連れてってくれないかな? 正直ここから一人で戻る自信がなくってさ」

「だってさ。どうするんだ?」

「ふむ。まあ丁度、今日はこれぐらいにしようと思っていたところだ。そろそろ戻るか」

「ああ。俺も用事があるしな」


 少女は勇者の色良い返事を聞いて安堵した。同時に、もしこのフードが取れてしまったら――そう考えると身震いが収まらなかった。

 フードの奥には、誰もが振り向くような美貌と僅かに尖った耳が潜んでいる。

 それを見られてしまえば、ハーフエルフであると暴露しているようなものだ。

 それだけで、迷宮に取り残されてしまうかもしれない。

 何故なら、ハーフエルフは禁忌の存在であるからだ。人族とエルフ族の歴史の中で、戦火を生み出す火種となった存在。それ故に少女は蔑まれ、理不尽な暴力に耐えながら日々を生きてきた。

 せっかく冒険者としての居場所を確立し始めたのである。

 台無しにしたくはなかった。

 しかし、フードで耳を隠し続けるのはやはり息苦しい。

 ありのままの自分を曝け出せるところはやはり、少女にとってあの場所しかなかった。

 冒険者としての稼ぎを切り崩して通っている、孤児院にも似た小さな魔法塾。

 あの暖かい空間を思い出しながら、少女は祈る。

 

(――はやく、塾のみんなに会いたい)


 そんなことを考えている間に、迷宮の十五層まで辿り着いたようだった。

 これで契約は終了。報酬はギルドで支払うことを約束して、彼らはさっさと歩み去っていく。

 何とか命を繋ぎ止めたことに安堵しながら、また罠に陥っては意味がないと、気を引き締め直した。

 何となしに"幻影"の後ろ姿を見ていたら、肩越しに振り返った彼と目が合ってしまう。彼は薄っすらと笑いながら、


「――またな。リリス」


 少女は愕然と目を見開いた。どうしてその名前を知っているのか。一度も名乗った覚えはないし、冒険者ギルドには偽名で登録してある。

 士道も自らの失言を悟ったのか、少し焦ったような表情をしていた。

 慌てたように歩みを早めて、勇者達と共に迷宮の奥へと消えていく。

 ――なぜ? 

 ――名前を知っているのなら、まさか正体も知っているのか?

 最後まで士道に注目していた少女は、己に向けられた鋭利な視線に気づいていなかった。



 

 


 

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