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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第16話 「迷宮の深層」

 ――ローレン大迷宮。第二十四層。

 強力な魔物が多数出てくるこの階層が、現在の最前線だった。 


 優れた冒険者が集まるこの迷宮都市においても、『攻略組』と呼ばれて最前線を開拓していくパーティはたったの二組である。

 一つ目はクラン"一つ目狐"のリーダーが率いる、第一級冒険者のみで構成された熟練パーティ。

 二つ目にいたっては冒険者ですらない。ライン王国に召喚されし勇者と、彼が率いる騎士達のパーティである。

 普通は冒険者でもない限り迷宮には潜らないし、迷宮に潜る以上は冒険者になった方がいろいろと便宜が図られる。

 よって、勇者――榊原迅が冒険者にならぬまま最前線を突き進んでいくことは、ほとんど前例のない事態といって差支えはないだろう。

 騎士と勇者という職業があるから冒険者になるわけにはいかないのだろうが、それにしても実力向上の為だけに迷宮に潜るのは珍しい。


 そんな彼らは、迷宮の最前線を警戒しながら歩みを進めていた。


「……強いな」


 無感情な調子で端的に呟いたのは、長めの黒髪が鋭い瞳を際立たせる、端正な顔立ちの少年だった。

 背が高く、細身ながらも筋肉質な肉体をしていて、投げナイフを各所に隠された漆黒の魔導服がその身を覆っている。

 腰には愛刀『夜影』が吊り下げてあり、歩きやすそうな魔導靴――『風の靴』を履いていた。

 その少年――神谷士道は迷宮内を警戒して歩きながら、先ほど交戦した魔物へと思いを馳せていた。

 やはり迷宮の深層だけあって、それなりに強い。単体ならともかく、群れると厄介な連中だろう。


「士道、気をつけろ。多分その辺りに罠が張ってある。勘だがな」


 助言をしたのは、身の丈ほどもある大剣を肩から背負った大男。

 毛根が一つ足りとも存在しない頭がスタイリッシュで、黒いサングラスを煌めかせる中年のおっさんだった。

 それに加えてアロハシャツに短パンという、およそ迷宮に相応しくない格好した勇者――榊原迅は、特に意味もなく士道に向けてサムズアップする。


「何で分かる?」

「勘だと言ったろう。迷宮に長年潜ってる者の言葉は信用しておけ。年の功というヤツだ」

「全然違うと思うが……」

「そもそも勇者様、あなた迷宮に潜り始めてから一月も経ってないでしょ」


 迅の従者を務める騎士のアルドックがジト目で勇者を見る。

 彼は眉間によく皺を寄せ、苦労人の顔をする青年だ。将来は胃痛に悩まされる未来が見える。


 パーティには他に騎士が二人いるが、彼らは勇者の相手をアルドックに任せて、勝手に雑談に興じていた。


「ワシにとって一月とは百年だ。常人とは時の密度が違う」

「そうか。……って、おっと!?」


 士道は罠らしきものを察知した瞬間、咄嗟に後方に跳躍して難を逃れた。

 宙を舞いながらそれを見やると、どうやら典型的な落とし穴のようだった。

 おそらく、迅の助言がなければ無様にも引っ掛かっていただろう。

 士道は素直に感謝を告げた。


「済まん。ありがとう」

「なに、ワシも当たるとは思ってなかったから気にするな!」

「いや待て、自信なかったのかよ」 

「ワシはまだ迷宮に入ってから一月だ。そんな経験の浅さで、罠の位置を感覚で掴めるようになるはずもあるまい」

「さっきと言ってること真逆だぞ」

「勇者様の言い分が百八十度変わるのは良くあることです。あまり気にしない方がいいですよ」

「うん? アルドックよ。ワシは最初から言ってることは何も変わっとらんぞ。この世界にある美味い酒をあるだけ持ってこい――召喚直後からそう言っとるではないか」

「まったく、酒の為じゃないと仕事しないんですから……」

「酒好きだな。未成年の俺としては共感しかねる。飲めるけど」

「ふむ? 今時の高校生なんて酒と煙草持って、ウェーイとか騒いでるんじゃないのか?」

「そりゃ偏見だ。一部の不良が目立ってるだけ。俺みたいな真面目な高校生は飲まんよ。バレて部活の大会に出場停止になったりしたら面倒だしな」

  

 そうは言うものの、一時期は大分荒れていた士道である。

 今ここに士道の担任教師がいたならば、「真面目? どの口が言うんだ。このトラブルメーカー」と罵倒したところだろうが、残念ながらこの世界に士道の過去を知る者はいない。

 少なくとも、士道はそう思っている。


「つまらんな。道理で最近、調子に乗っている学生連中をあまり見かけんと思ったわけだ。お前のような奴が増えとるのかもな。おかげで仕事が減って助かる」

「それは知らんが……なに、アンタ警察官かなんかだったのか?」

「うむ? いや、真逆だ真逆。ワシはヤクザだよ。一応、頭首だった。それなりのシマを治めとる以上、好き勝手に荒らしてくれる学生連中は始末に困るのだ。しかも奴ら、ほとんど遊び意識で暴れやがる」

「……わけ分からん格好したヤクザもいたもんだな――おっと」

「来るぞ。構えろ」


 雑談しながら迷宮内の通路を歩いていた士道達は、道の途中でピタリと足を止めた。

 眼前の空間に、魔物が出現する予兆を感じ取ったからである。

 ビリビリと紙を破くような音を鳴らして、魔物が迷宮に顕現する。

 それは、骸骨の肉体にボロ切れのようなローブを纏い、血が錆びて固まった鎌を持つ魔物だった。

 ――デスサイズ。

 単体でもそれなりに強い上、基本的に群れで出現するので、ある意味では十層ごとにいるボスよりも恐れられている要注意魔物である。

 それが六体も出現して、士道達の行く手を阻んでいる。


「マジですか……」


 少し青い顔をしているアルドックを横目に、士道は落ち着き払った動作で剣を引き抜いた。

 『鑑定』を行使した結果と実際の交戦経験を照らし合わせて、"やれる"という判断を下す。

 しかし、このパーティのリーダーは迅だ。戦うかどうかは士道が決めることではない。

 士道は普段とは違い、パーティで行動しているのだ。

 よって、迅に尋ねるような視線を向けると、サングラスの奥の瞳が士道を捉えた。互いの視線が交錯する。

 試すような士道の視線を受けて、迅はより愉快そうな笑みを刻んだ。

 凄絶な殺気がデスサイズに牙を剝く。

 

「やるぞ、野郎共。――皆殺しだ」


 言葉と同時。

 迅は身の丈ほどもある異常な大きさの大剣に手を掛けた。それを軽々と片手で振り回すと、デスサイズ達の中心に向けて疾走していく。 


「おおおらぁぁあああっ!!」


 轟、と風が唸る。

 迅は一太刀で、三体のデスサイズをゴミのように吹き飛ばした。

 一体を力ずくで殴り飛ばし、後の二体はビリヤードのように連鎖させたのである。

 そうして、デスサイズ達の中心に着地する。ギラリとした視線が魔物達を射抜いた。


 どう見ても連携には向いていない戦い方だが、アルドック達はその勇者に追従するようにデスサイズに接近し、合わせるような形で連携を取る。

 上手い。

 破壊力や全体のスペックでは勇者が上回っているが、やはりその辺りが技術と経験の差なのだろう。

 迅も元ヤクザなだけあって、攻撃の思い切りが凄まじい。すでに一体のデスサイズに止めが放たれていた。


 しかし、見ている場合ではない。


 士道は背後から肉薄したデスサイズの鎌を屈んで躱すと、膝を曲げた反動を利用して真上に大きく斬り上げる。

 慌てたように引き下がるデスサイズだが、躱しきれずに、纏っているボロ切れのようなローブが引き裂かれた。

 骸骨の肉体が顕わになる。魔物の弱点ともいえる魔石の所在が明確になった。

 それは、骨に囲まれた心臓部で輝くように存在感を放っている。

 基本的に骨であるデスサイズを倒すには、あの魔石を破壊する以外に殺す手段はなかった。

 魔石が収入源である冒険者からすれば、遭遇するだけ損な相手である。


 士道はそんなことをつらつらと考えながら、足元の小石を蹴り上げた。

 あんなものでダメージは与えられないが、デスサイズの視線がそれに集まるだけで好都合である。

 士道は投げナイフを抜き放って魔石に向かって投擲し、斜めから抉るような角度でデスサイズに肉薄していく。

 だが、デスサイズは士道の動きに即座に反応した。どうやら視線誘導には誤魔化されなかったようである。

 士道は舌打ちした。

 基本的に骨の体なので眼球がなく、視線から動きを読みにくい。

 しかし、士道は突進を止めなかった。

 デスサイズが投げナイフを鎌でいなしている隙に、刀の射程距離へと足を踏み入れる。

 士道は袈裟斬りに剣を放つが、ひらりと後方に回避された。

 だが、そこまでは予想通りだった。

 士道は濃密な剣気を醸し出しながら、脳内に玄海の記憶を呼び覚ます。

 常に鍛錬を怠らず、習得したあの技を使うべき場面がきたのだ。


 ――お前なら、古賀の剣に伝わるすべての奥義を習得できるじゃろう。


 古賀流剣術奥義"破終(はつい)"。

 

 士道が放った鋭利な斬撃は、その角度を急速に変化させた。

 凄まじい速度で放たれた剣が、速度を殺すことなく直角に曲げられる。

 否。

 速度を殺すどころか、格段に速度が増していた。

 銀閃が、鋭利な翼を生み出す。

 その攻撃に対してデスサイズは反応すらできずに、胸の魔石を叩き斬られた。

 完璧な一撃だった。

 デスサイズの姿が光となって消える。

 士道は残心の息を吐いて周囲を見渡す。丁度デスサイズの処理が完了したところだった。

 士道が一体倒す間に、四人で六体。

 勝てないとは思わないが、やはり勇者の身辺を任されているだけあって、アルドック達は強い。

 『鑑定』した結果レベルも70オーバーと高いが、それに留まらず、その身には確固たる実戦の技術が染み込んでいる。


「……ん?」

「どうした、士道?」


 デスサイズを倒して少し休憩を取っていた士道は、急に立ち上がって通路の奥に目をやった。

 今、確かに悲鳴が聴こえた。

 おそらくは人間だと思われる声質だ。


「それも……女、か?」

「勇者様、悲鳴ですね。おそらくは人間の声です。発生源は……この先でしょうね、多分」

「女? ワシらの他に最前線にいるのは"一つ目狐"の連中しかだけのはずだが……アレにも女はいないはずだ」

「はい。もしかすると、中堅パーティの無謀か何かでしょうか」

「……どうにも罠っぽい。怪しさがぷんぷんしておる」

「……どうするんだ?」


 パーティ全員の疑問の眼差しを受けて、勇者はリーダーとして判断を下す。


「――様子を見にいく。何が出てくるか分からんからな、警戒しろ」







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