第6話 「属性とレーナ」
――魔法。
それは魔力と術式で物理法則を改変し、不思議な現象を生み出す技術だ。
この世界の根幹をなす魔導技術も、魔法を基礎として成り立っている。
では、魔法は具体的にどのようなものなのだろうか。
まず魔法は、無属性魔法と属性魔法という二つの分野に大別することが可能だ。
前者から説明しよう。
無属性魔法は、属性魔法と比較して非常に難解な術式が多い上、その効果は多岐に渡る。
属性魔法とは異なり、適性という概念がない。術式さえ扱えれば、理論的には誰にでもできる。
代表的なものは結界、障壁関連や強化魔法などである。
何年も魔法を研究し続け、ようやく扱えるような難しい術式が多いので使い手は希少だ。
とはいえ例外もある。
戦闘従事者ならほぼ全員が使える"身体強化"も、単純に魔力を身体に流すだけの単純なものではあるが、一応この部類に配属されていた。
次に後者の属性魔法。
一般的に魔術師と呼ばれる存在は、無属性ではなくこちらを操る人物を指す場合が圧倒的に多い。
何故なら、"身体強化"関連を除く無属性魔法は非常に難易度が高く使い手が希少であることに対して、属性魔法は己がその属性の適性を持ち、理論さえ学べば、比較的容易に発動できるようになるからである。
属性にはいろいろなものがある。
俗に四大属性と呼ばれる魔法の基本属性は、火、水、風、土の四つである。
これに加えて希少属性とされる光と闇。派生属性とされる氷、草、毒などが魔法の属性だ。
これらのうち、一つでも適性があれば魔術師となれる可能性が高い。
適性がなくとも無属性魔法は使えるが、ある意味で最も適性がいる分野でもあるからだ。
話が長かったかな。まとめとして、ひとつだけ教えておこう。
魔法はスキルとは違う。魔法には理屈があり、それを知らなければ発動できない。
要するに、独学をするには厳しい分野だ。
一端の魔術師になりたければ、この本だけで満足することなく、師を持つことを推奨する。
――著者、ミレーユ・マーシャル。
『魔法教本』前書きより。
士道はアンナから魔法に関する説明を聞き、納得したように口を開く。
「つまり、ちゃんとした師を持つべきってわけか」
「はい。……ですが、アクアーリアには魔術師が少ないことが問題ですかね」
「うーん。まぁ、あてはあるか」
アンナと適当に会話してギルドの外に出る。
ダリウスを頼ることにしたのだ。
治癒院に引き返し、婆さんに挨拶して二階へ上がる。
窓際には、ベッドに座り窓の外を眺めていた青年がいた。
身体中に包帯を巻きつけた痛々しい格好のダリウスは、士道の姿を見て薄く笑みを浮かべた。
「……来ると思ってましたよ。結果はどうでした?」
「闇、風、氷の三属性だそうだ」
「ほう、それは素晴らしい」
ダリウスは感嘆したように息を吐く。
「貴方が私に相談したいのは、魔法の師に関することでしょう?」
「よく分かったな」
「そのくらいは予想がつきますよ。仮にも、魔術だけで第一級冒険者になりましたからね」
ダリウスはそう言って苦笑する。
士道が「頼めるか?」と視線で問うと、彼は静かに首を振った。
「……私は無理ですね。まだ動ける兆しがないし、まさかこの治癒院で魔法を使うわけにもいかない。年単位で待ってもらえるなら話は別ですが……」
「……。他に心当たりは?」
「このアクアーリアには、貴方に手ほどきできるレベルの魔術師はいないでしょうね」
ダリウスは断言した。
やはり独学でやるしかないのか。
士道は頭を掻くが、
「とはいえ、この街に限らないのであれば話は別です。手っ取り早いのは魔法学校に通うことですが……アレは貴族が多いのでお勧めしません」
「学校か。話はたまに聞くけど……金が大量にかかる上、拘束される時間が長すぎるのがねぇ」
「魔法塾はどうでしょうか? 夕方から夜にかけてやっているので冒険者稼業も成り立ちますし、平民が多いので見下されたりすることもないでしょう」
「それはいい。でも、この街にはないよな? 聞いたことないし」
「そうですが、戦闘に役に立つレベルまで教える魔法塾なんて、もともと数は限られてます」
「多少学べりゃ、後は独学で何とかしてみせるさ」
「貴方なら、それもきっとできるでしょう。ですが……心当たりがひとつあるんですよ」
ダリウスは、一人の女性の名前を口に出した。
「ミレーユ・マーシャル」
その名前は士道も知っていた。
悪魔との戦いの後、ただ怪我の治癒に努めていたわけではなく、しっかりと世界に関する知識を学んでいたのだ。
その名前に関わる知識を、記憶から強引に引きずり出す。
「"支配者"の異名を持つ、たった三人の超級冒険者の一角。……確か、数十年も前に隠居して姿を見せなくなったはずだよな。アンタが紹介したいのは、まさか……」
「その通りです。今、彼女は身分を隠して、ひっそりと魔法塾を経営しています。かつては私も通っていました」
ダリウスは頬に手をついて窓の外に目をやった。
過去に思いを馳せているのだろう。
士道はその間に思考を回す。
ミレーユ・マーシャルは確か、全属性魔法の使い手だったはずだ。
純粋な魔法の技能なら後塵を拝することはないと云われている。
そんな相手に師事できるのなら、確かにこれ以上はないだろう。
「場所は?」
「迷宮都市ローレン。……ここから、二週間もあれば着くでしょう。港から北に幾つかの街を越えた先です」
「……ローレンって言うと、大迷宮ローレンを囲むように造られたって街か」
「余裕があれば迷宮に挑戦してみるといいでしょう。貴方なら少なくとも……そうですね、三十層ぐらいはいけそうですしね」
「――迷宮か。面白そうだな」
「……貴方ほどの腕なら、あの迷宮でも稼げるでしょう。魔法塾はそこそこ金がかかりますが、まぁ大丈夫だと思います。それで、どうしますか?」
「ミレーユ・マーシャルか」
士道は呟く。
迷宮都市ローレンには今、ライン王国の勇者が滞在しているはずだ。
少し興味も湧いた。
「どうします? もちろん紹介状なら書きますが」
「――受けた。ありがとう。ダリウスの師なら、これ以上は望むべくもない」
士道は感謝の意を告げた。
そんなこんなで魔法を習うことになったわけである。
士道は一週間後に迷宮都市へ出発することにした。
随分と急な話だが、『ノーヴェ商船隊の護衛』という、目的とする港町に向かう依頼を丁度良く発見したのだから仕方がない。
片道なので、そのままローレンへ旅をするつもりだ。
その為の金銭的な余裕はあるが、一週間のうちに旅の準備をしなくてはならない。
とはいえ、話し込んでいるうちに夕方になっていた。
準備は明日以降にしようと滞在している宿に帰る。
食堂で夕食を食べていると、レーナが依頼から戻ってきた。
向かいの席に腰を下ろした彼女に事情を説明すると、驚いたように叫ぶ。
「――ええ!? シドーさん、拠点を移すんですか!?」
その言葉で、食堂にいる冒険者達の視線が集まった。
士道は今や"幻影"の二つ名を持つ、有名な第三級冒険者だ。
周囲が驚いたようにざわつき始めるが、士道は特に気にすることなく無視した。
日本にいた頃から、この手の注目には慣れている。
「そうなんですか…………」
レーナは哀しそうに目を伏せ、猫耳をふにゃりと垂らした。
「……」
士道は別に鈍感ではない。
彼女が自分のことをどう思っているかぐらい、普通に気づいている。
よって、アクアーリアを出ると決めたとき、まず懸念したのはレーナの反応だった。
恋愛感情はないが、あまり彼女に悲しい顔はさせたくないと思うのも事実だ。
それ故に、選択肢を提示する。
「……場所は迷宮都市ローレン。どうするレーナ、ついてくるか?」
「えっ?」
士道の提案にレーナは驚いたように顔を上げる。
別に大したことではないだろう。
単に一人で旅をするのはあまりに寂しいので、道連れが欲しいのだった。
一瞬、瞳に喜色を浮かべたレーナだったが、
「……少し、考えさせてください」
意外にも返答は保留だった。
その日はその言葉を最後に、各々の部屋に戻っていった。
――夜が更けていく。




