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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第2話 「忍者の末裔」

「――まさか、こんな形で会うとは思ってなかったがな」


 士道は漆黒の魔導服をたなびかせながら、愛刀を肩に乗せる。

 なぜ、霧崎翔がゴルホ率いる海賊の味方をしているのか。

 怪訝そうに見やる士道に、翔は苦笑して肩を竦めた。


「僕もだよ。まさか、こんな辺境で冒険者をしているとはね」

「……お前の目的は何だ? どうして海賊の味方をしている?」


 士道は殺気をちらつかせながら尋ねるが、翔は答えずに薄く笑う。

 以前のような友好的な雰囲気は微塵もなかった。なにせ立場が違いすぎる。

 話についていけなかったゴルホは、少し怒りが収まった様子で翔に問いかけた。


「……あん? テメェあいつと知り合いなのか?」

「そんなものかな。手を出さない方がいいと思うよ。『呪印』による底上げぐらいじゃ彼は倒せない」

「あんだと?」


 ゴルホは苛ついたように顔を歪めるが、翔が顎で指し示した方角を見やる。

 そこには、倒れている海賊達の姿。

 同士討ちを誘発させたため、死者が少ない代わりに無惨な傷を負っている者が多い。

 ゴルホはその凄惨な有り様に顔を青くして黙り込んだ。

 今さら怖気づいたのだろうか。

 翔はそれを見て肩を竦めた。

 士道は油断なく彼の動きを見据え、


「答えないのか?」

「さて、何でだろうね?」

「特に理由がないのなら、お前も捕縛されることになるぞ」

「それは怖い。遠慮願いたいよ」


 そう言って翔はおどける。


「まぁ、これではっきりしたこともあるしね」

「……?」

「――上位悪魔バーン・ストライクを殺したのは君だな?」


 士道は絶句して目を瞠った。

 どうしてその名前を知っているのか。

 様々な疑念が渦を巻くが、翔はその思考を見透かしたように、


「なるほど……やっぱりか。バーンは仮にもレベルオーバーだったんだけどね。……まぁ、君なら信じられるよ」

「……奴を知ってるのか」

「一応ね。……まあ、これで用は済んだかな。まさか士道だとは思わなかったけど」

「……悪魔と繋がってるのか?」

「……さて。悪いけど僕は逃げるよ。こんなところで捕まるわけにはいかないしさ」


 あの約束は果たせそうにないな、と翔は苦笑する。

 士道は、すべての質問をはぐらかす彼に嘆息して剣を突きつけた。


「逃がすと思うのか?」

「……そうだね。確かに正面からの戦闘じゃ君の方が上かもしれない――――」


 士道は翔の言葉を待たなかった。

 スキルを出し惜しむ余裕がある相手ではないと判断し、『瞬間移動』を行使して真後ろに転移。

 即座に袈裟斬りに剣を振るった。

 だが直前で反応される。

 前方に倒れ込むような動きで、剣撃を躱された。

 しかし、翔の態勢は崩した。

 ニヤリと笑った士道はもう一歩踏み込み、剣で鋭く突きを放つ。

 その瞬間。

 翔のローブから地面に落ちた球体を視界に捉えた。

 だが反応を見せる暇もなく、ボン!! と派手に音を鳴らして砂煙が渦を巻く。

 

(煙玉……!?)

「――でも、逃げの一手に限れば話は別さ」


 翔の言葉の直後。

 煙を掻い潜るように、士道に向けて2つの物体が飛来した。

 玄海に習った気配察知だけで位置を確認し、剣で弾き飛ばす。

 それがクナイであることに気づいた士道は眉をひそめた。

 先ほどの煙玉といい、この世界のどこで手に入れたのだろうか。

 疑問は山ほどあるが、拘泥している暇はない。士道は『風の靴』に魔力を込めて船の上空に飛び出した。

 砂煙から抜け出すとようやく視界が回復する。

 周囲を見渡せば船のマスト頂点付近に、巨大なカラスに乗って逃げ出そうとしている翔の姿があった。

 『鑑定』によるとヤタガラスという魔物だ。第二級相当の希少種である。

 急に現れた理由はおそらく、もともと上空に待機させていたのだろう。

 ヤタガラスを使っても逃走に失敗した翔は、士道を賞賛するように口笛を吹いた。

 

「……やるねぇ。ここで振り切れないとは思わなかった。浮いている理由は何かの魔道具かい?」

「……今なら、話次第では対応は変わる。だが、これ以上逃げるというのなら――殺すぞ」

「悪いけどやっぱり、君じゃ僕は捕まえられないよ。君は確かに強い。あのバーンを倒すぐらいには。でも、逆に言えばそれだけだ」

「……へぇ、ここまで追い詰められてどうやって逃げる? 固有スキルでも使うつもりか?」

「さてね。それでもいいけど、長年培った力の方が扱いやすいかな」

「……何の話だ?」

「……そういや士道には話してなかったね。僕は――」


 翔が数々の動きの中にフェイクを織り交ぜた。その間にヤタガラスが羽ばたいて風を起こす。それを見て、士道は半ば確信していた。

 こいつの戦い方は俺に似ている、と。


「――忍者の末裔なんだ」


 翔の言葉の直後の出来事だった。

 コツン、と間抜けな音が響く。

 ヤタガラスの背に落ちたのは、先程と同じ丸い球体だった。

 咄嗟に『鑑定』してその正体を閃光玉と悟った士道は、舌打ちしながら目を閉じて腕でガードする。

 だが閃光は炸裂しない。士道がそれに違和感を覚えた瞬間、囁くような翔の言葉が耳元で響いた。


「――隙だらけだぞ」


 騙されたことに愕然としながらも命の危機を感じ取った士道は『瞬間移動』で離脱する。

 だが、一歩遅かった。

 脇腹には、何の容赦もなく放たれたクナイが突き刺さっている。

 激痛を感じるよりも前に、士道が感じたのは動揺だった。

 奇術師である自分が騙されるということは、得意分野で上を行かれたも同然なのだ。


「……あれ、殺したと思ったんだけどね。面倒な固有スキルだなぁ」

 

 翔の言葉は淡々としていた。彼は変わらずに薄ら笑いを浮かべていて、その目に人を殺すことへの忌避感は見えない。

 

「あの時は否定したけど……ハズレ術師というのは本当なのかもね。奇術師なんて天職を持ってるくせに、こんな子供騙しに引っかかるとは思わなかったよ」

「……」


 士道に否定はできない。それは厳然たる事実だった。

 重要なのはこの次に、どのように動いてミスを取り返すのか。

 士道は脇腹の激痛を堪えながら、表面上はポーカーフェイスを保っていた。


「……なぁ、ゴルホ達が纏っていた黒い瘴気。あれはお前がやったのか?」


 何気ない質問をして翔が答えようとした瞬間、間髪入れずに『雷撃』を炸裂させた。

 紫電の龍が咆哮を上げて、翔に噛み付こうと肉薄する。

 固有スキルによる一撃。

 翔の目が見開かれた。慌てたようにヤタガラスを犠牲にして、宙に跳躍する。

 その選択には何の躊躇いもなかった。

 だが『風の靴』を駆る士道とは違い、彼は空中では見動きが取れない。今が絶好のチャンスだった。

 自由落下する翔は冷や汗を流して士道に告げる。


「二つ目の固有スキル……流石だね。調子に乗るべきじゃなかったよ」


 しかし、彼の余裕はまだ消えていない。その自信の根拠は何処にあるのかと訝しむ。

 その直後の出来事だった。


「グオオオオオオオオオォォァァァァアアアアアアアアッ!!」


 獣のような咆哮が炸裂する。

 それは、士道の真下から地鳴りのように響いていた。

 慌てて振り向くと宙に飛び上がってきたのはゴルホ・ケイルス。

 だが、今までとはまるで姿が違っていた。

 涎を垂れ流しにする彼の目は赤く染まり、背には黒い翼が生えている。

 その様は悪魔にしか見えない。

 

「『呪印』強化――下位悪魔化。魔力を使い過ぎるから、あんまり使いたくなかったんだけど。君が想像以上にやるから仕方がない」 

「――それが、お前の固有スキルか!?」


 士道は叫びながらも、翼を振り回して接近するゴルホの攻撃を『風の靴』を駆使していなしていく。

 ゴルホは先ほどの状態よりも更に一撃の威力が向上していた。

 はっきり言って、今までとは桁違いだ。もはや油断できる相手ではない。

 中段に剣を構えながら、横目に翔の様子を確認する。

 翔は船員の一人に悪魔化を使用し、翼を手に入れた彼の背に乗った。

 そのまま翼を振るわせて上空へと舞い上がっていく。

 追いたいところだが、相対するゴルホはそれを許してはくれないだろう。

 彼の身体能力は異常なまでに強化されている。脇腹から血を流している今の状態では、余裕がない。

 ゴルホの赤い瞳は虚ろで、肉体には血管が浮かび上がっていた。

 不気味なその様に思わず顔を歪めるが、対するゴルホは意識が無いことを証明するように、再度咆哮を上げた。


「くそっ……」


 すでに、翔との距離はかなり開いている。今から追っても間に合わないだろう。

 士道は見事に逃げられたことに苛立ちを覚えながら、悪魔化したゴルホに冷徹な視線を向けた。

 ――殺戮劇が始まる。

 

 



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