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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第1話 「再会」

 海上都市アクアーリア。

 ユーレンザラード大陸と中央大陸の半ば程の位置にある大島に造られた街だ。

 その港から一隻の商船が大海原に旅立つ。なぜか他の船は引き連れていなかった。

 この辺りの海に棲む魔物は凶悪だ。

 一隻だけで出航することはなく、商隊を組むのが普通である。

 もし一隻で悠々と帆を貼る船があるなら、それは優秀な護衛を乗せている場合だろう。

 普通の頭脳があればその程度は分かる。

 しかし。


「おいおいおい!? 格好の獲物が出てきたなぁ! 一隻だけとか馬鹿の極みじゃねえか!?」


 ボロ船の甲板で高笑いする大男――ゴルホ・ケイルスは、残念ながら普通の範疇に収まってはいないようだった。

 海賊仲間からはその船を怪しむ意見も多数出たが、ゴルホは面倒臭そうに一蹴して船を動かす。

 ちょうど海底に錨を下ろし、獲物を待っていたのだ。

 ここまで襲いやすそうな船が現れるとは思っていなかったが。


「目標はあの船だ! 進めぇ!」


 港で奪ったボロ船四隻が、商船に向けて進路を転換する。

 今はとにかく金が欲しかった。

 商船を襲って稼いだ金で、アクアーリアから逃亡する算段なのだ。

 大陸に上陸してしまえば、そこまで追ってはこないだろう。

 とはいえ所詮は第六級であるゴルホでは、成功は絶望的な計画だった。

 派手に暴れれば即座に討伐されるのがオチである。

 それに加え、船員の大半はスラムの住人を脅して無理やり連れてきた者達だ。

 練度は低く士気も低い。

 その筈だった。


「…………ククク」


 だが、今は違う。

 明確な勝算が手の中にある。

 ゴルホは笑みを浮かべて、

 

「おらおらさっさと船出せ! アレ逃したら承知しねえからな!」


 船員を脅してボロ船を動かす。

 元スラムの住人である彼らは、手慣れているわけではないので作業が遅い。

 ゴルホは苛々していた。

 

「な、なぁ、ゴルホさん……」

「あん?」

「あの船、やっぱ何かおかしくないか? どうにも不穏な気配がする……」

「テメェ、まさかビビってんのか?」

「そういうわけじゃない。ただーー」

「――うるっせぇ!」


 冷静な提案をした船員を、ゴルホは力任せに殴りつけた。

 どよめきが周囲に広がる。

 ゴルホは怒りに顔を歪めながら、船員達に怒号を叩きつけた。


「いいから、あの船に舵を向けやがれ! どんな問題でも今の俺達ならなんとでもなる!」


 ゴルホは手の甲に刻まれた不気味な紋章を皆に掲げる。

 力に溺れて濁りきった瞳のまま、愉快そうに告げた。


「俺達にはこいつがある。そうだろ? なぁキリサキ」

「――そうだね。なぁに、今の君たちなら、なんの問題もないよ」


 ゴルホの言葉に軽薄な調子で答えたのは、灰色のローブを身に纏い顔をフードで隠した少年だった。

 キリサキと呼ばれた彼は、ゴルホ達の希望そのものだった。


 海賊に身をやつしたゴルホ達に『呪印』という力を与えてくれた張本人。

 リーダーであるゴルホですら、キリサキという名前しか分からない経歴不明の不気味な人物だ。

 それでも、彼のおかげでここまでやってこれたのだ。すでに信頼は得ている。

 そのキリサキの言葉に安心したのか、船員達が弛緩した表情を浮かべた。

 そして海賊達の士気が高まる。  

 ゴルホは手を掲げて船員に告げた。


「へへっ。金でも女でも全部奪い取っちまえ! 行くぞ野郎ども!」

 

 灰色のローブを着た少年のフードからは、感情の読めない瞳が覗いていた。














「シドーさん。どうしました?」

「ん? いや、何でもないさ。まさかここまで見事に引っかかってくれるとは思わなかったが」


 士道の視線の先には、こちらに舵を切っている四隻の海賊船があった。

 速度は遅いのでやろうとすれば振り切れる。

 だが、それでは討伐作戦の意味がなかった。

 士道は腕を組んで海賊達の動向を眺める。


「さて、どう出る?」


 当然だが、これは冒険者側が仕掛けた罠だ。

 まさかここまで分かりやすい手に乗るとは思っていなかったので士道達は逆に慌ててしまった。

 しかし落ち着いて考えれば狙い通りに過ぎない。

 エレノアが颯爽と指示を出す。

 

「弓、構えて。魔術師は火を放つ準備。使えなければ風でもいいから」

「俺達は?」

「前衛組は武器でも磨いていてくれないかい? 近づくまでは出番ないからね」

「了解」


 この船は商船なので大砲の類いは搭載していない。

 海賊側もボロ船ばかりで似たような状況だった。

 つまり攻撃の手段は限られてくる。

 弓矢と魔法の応酬が始まった。


「……まあ順当かな」

「わたしたち、やることないですね……」


 前衛である士道とレーナはぼんやりと戦況を眺めていた。

 固有スキルを使えば一応攻撃に参加できるのだが、こんな依頼で使う気にはなれない。

 

 海賊側にも冒険者側にも魔術師はあまり多くなかった。

 徐々に彼我の距離が縮まってくる。

 どうやら互いに直接乗り込んで叩き潰す作戦のようだ。


「…………」

「どうした、レーナ?」

「何か……違和感がありませんか? あの船たちから妙な悍ましさみたいなものが放たれてる気がして……」

「ふむ」


 レーナの指摘の直後。

 海賊側の魔法の質が唐突に変化した。

 今までとは桁違いな破壊力を持つ魔法が放たれる。

 轟音が炸裂し、魔法障壁にビリビリとした振動が走る。

 冒険者達にざわめきが広がった。


「な、何ですか…………!?」

「急に威力が変わったな……」


 威力が跳ね上がった海賊達の魔法には、いずれも黒い闇が纏わりついている。


「強すぎっ……!?」


 冒険者達が張った魔法障壁に亀裂が入った。

 再度轟音。船が大きく揺さぶられる。


「何だいアレは? 黒い瘴気……?」


 エレノアが尋ねるが、士道はひらひらと手を振る。心当たりはなかった。

 魔術師達が態勢を立て直している間に、海賊船の肉薄を許した。

 士道達の船を囲い込むような陣形に移行する。

 士道はそれらを冷静に観察していた。

 右舷に二隻。左舷に一隻。後方に一隻。いずれもボロいが比較すると、左舷の船が最も大きい。

 リハビリになればいいかと呑気に考えている士道とは裏腹に、焦燥を浮かべたエレノアが叫ぶ。


「前衛は乗り込め! 後衛は一時的に魔法障壁を解除、支援しろ!」

「左舷の一隻は俺がもらった」

「なら、あたしは後方の一隻をやるかね」

「わたしは右舷の二隻で。ガウスさん達と一緒にやります」

「油断はするなよ」


 士道は船から一息に跳躍した。

 宙で優雅に一回転して海賊船に着地する。即座に周囲を囲まれた。

 だが士道は慌てる素振りがない。

 何せ、その理由がない。

 悠然と辺りを睥睨する。

 奥にゴルホの姿を確認した士道は、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「当たりだな」

「テメェはあの時の……っ!! やっちまえ!! 野郎ども!」


 高揚した様子で海賊達が雄叫びを上げた。士道はその様子に違和感を覚える。

 ゴルホはかつて己を瞬殺した士道を前にしても、なぜか勝ち誇ったように笑っていた。


「…………?」

「残念だったなぁ……。俺達は力を手に入れたんだよ!!」


 轟!! と海賊達が一斉に黒い瘴気を身に纏った。

 

「あの魔法のやつか……!?」


 瘴気を纏った途端に桁違いの威力を叩き出した魔法が脳裏を過ぎる。

 

(それを身に纏ったってことは――)

 

 士道は『鑑定』を使用する。

 そこには、見たこともない一文が記載されていた。

  

(『呪印』使用状態……っ!? なんだこれは――)


 だが、考えている暇はなかった。

 身体能力が強化された海賊達が爆発的な速度で肉薄してくる。

 舌打ちしながら『風の靴』に魔力を込めた。

 これ程まで敵の力が変われば、囲まれた状態で戦っては少し不安が残る。

 空中を滑るように移動して船の先端に着地した。

 愛刀の鯉口を切り、一方向から迫る海賊達に剣閃を走らせる。

 

「……なるほど」


 士道はニヤリと笑った。

 敵が己の肉体の強化についていけてないことに気づき、独特なステップを刻み出す。


「お、おい!?」

「馬鹿! 避けろっ!」


 加えて『魔眼』を解放する。

 独特なステップに騙され、幻影に魅せられ、乱戦の中で海賊達は次々と同士討ちによって倒れていく。

 彼らは『呪印』を使っていても、元は戦闘技術のない一般人に過ぎない。

 まるで相手にならなかった。

 それでも、士道は顔を歪める。


(……足りないな)


 上位悪魔バーン・ストライク。

 彼との死闘を制してから士道の中で何かが変わった。

 今まで漠然とした印象だった奇術師という天職。

 それがどういうものであるのか、完全に理解が及んでいた。

 すなわち、奇術師の真価は"手札"だ。

 剣技やスキルを駆使して相手を惑わせ、演技で騙して隙を突く。

 だが。


「くそ…………」


 士道はもどかしい感覚を覚えていた。

 手札の数が足らないことを痛感する。

 視界には幾つもの戦闘パターンが見えていた。

 しかしどれも敵に接近する攻撃ばかりである。遠距離での攻撃手段が足らないことを自覚した。

 

(せめて、魔法が使えれば――)


 選択肢の幅は広がるだろう。

 そんなことを考えながらも、身体は正確に動き続ける。

 『呪印』によって強化された海賊達は、ステータス的には一人一人が第四級に程近い実力があった。

 それでも今の士道にとって敵ではない。

 漆黒の魔導服には、乱戦の中で傷一つなかった。

 己の実力の向上を客観的に認識しながら、士道は淡々と戦い続ける。

 そうして海賊の大半が倒れ伏した頃、激昂したゴルホが叫んだ。

 

「しっかりしろクソ共! ええい、何なんだテメェはいったい!?」

「――ただの、奇術師だぜ?」


 適当に言いながら士道は剣の鋒をゴルホに向けた。

 元第六級である彼は『呪印』による底上げで、第二級冒険者ぐらいの力は手にしている。

 それでもリハビリにすらならなかった。嘆息する士道を見て、ゴルホはやけくそになったように叫ぶ。

 それは無茶苦茶な糾弾だった。


「どういうことだキリサキィ!! テメェ確か大丈夫だって言ったじゃねえか!? ふざけんな、これはテメェのせいだ!!」

「――うるさいなぁ。実際、この船以外じゃそれなりに善戦してるじゃないか?」

「キリサキ……?」

 

 その声は船のマストから降ってきた。 今までその存在には気づいていなかった士道は驚きに目を瞠る。

 その上。


(この声、どこかで聴いたような……?)


 黒いフードで顔を隠した少年は、軽々と甲板に降りてきた。

 着地時に音がしなかった。

 それだけで、彼の戦闘技術が垣間見える。

 士道は冷や汗を掻きながら『鑑定』しようとするが、弾かれた感覚を覚えて確信する。


(異世界転移者、それも――)

「やあ、士道。『白い空間』以来だね」


 フードを取った先には、爽やかな顔立ちに眼鏡をかけた男の顔があった。

 一度だけだが、見覚えがある。

 

「霧崎翔………」


 ――再開の約束を交わした少年の姿があった。





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