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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第2話 「救いの手」

 絶海の孤島。

 草木生い茂る密林の中で、神谷士道は魔物と睨み合っていた。

 あれだけの巨体だ。一撃をまともに食らってしまえば、それだけで致命傷になりかねない。

  

(どうする……!?)


 士道はこの場を切り抜けるために、思考をフル回転させる。

 逃げるのか。逃げたとして、逃げ切れるのか―――否。『瞬間移動』を使えばその心配はおそらくない。

 だが、こんな密林の中で『瞬間移動』を行使して、もし樹木に埋め込まれるような形で転移してしまったら、いったいどうなるのだろうか。


(視界内なら問題ないだろうが……それじゃ大した距離は取れない)


 残存魔力は五割程度。そして攻撃手段は固有スキルだけ。

 『瞬間移動』は消費魔力が特に大きい。一度使ってしまえば、せいぜい『雷撃』が一発放てる程度の魔力しか残らないはずだ。


 オークが激しく鼻を鳴らし、大地を踏み締める。

 士道はその恐怖に強引に抗うように、固有スキルを行使した。

 『魔眼』――開眼。


 唐突に出現させた幻影にオークが戸惑いを浮かべた刹那、士道はその身体の脇を駆け抜けていく。

 オークが士道の方に振り向いてきた。正気に戻るのが速い。幻影術のかかりが甘いのか。


(いや、通るときに近すぎたせいか……!)


 士道は動揺しながらも木の間をすり抜けるように走り続ける。

 部活で山道を駆けるトレーニングはしていた。この程度の足場の悪さは士道にとって苦ではない。

 

「くっそ、高校生なめるな!」


 適当に叫びながら段差を飛び越える。そのとき士道は失敗を悟った。

 オークに気を取られてばかりで、周囲の警戒を疎かにしていた。

 醜悪な顔立ち。薄気味悪い緑色の小さな身体。ボロ切れを体に纏っていて、木を乱雑に削ったらしい棍棒を手にする、人型の生物。


(ゴブリン……!?)


 どうしてこうも見覚えのある魔物ばかり出てくるのか。

 ここは異世界ではなかったのか。それとも地球の神話や伝承などと何らかの関わりがあるのだろうか。天使や悪魔を名乗る生物を見たときから感じていた――異様なまでの違和感が胸中で顔を出す。

 しかし、今は悠長にそんなことを考えている場合ではない。

 状況を要約すると、三体のゴブリンが前方にたむろっていた。

 段差のせいで、魔物の姿が見えなかった。

 ゴブリンが士道の姿を視認し、騒ぎ始める。

 士道は咄嗟に道を転換する。右から回り込むように走るが、その行動を予測したようにゴブリンの一体が回り込んだ。

 行動が迅速。足を止めて辺りを見回すと、三体のゴブリンは士道を包囲するように展開している。

 その間にも、オークの足音がだんだんと近づいている。

 肌が粟立つような感覚があった。恐怖が心を鷲掴みにするが、それに捕らわれていては死ぬだけだ。士道は己を叱咤する。

 絶対に切り抜けてみせる。こんなところで死にたくない。


(一体を吹き飛ばして、包囲に穴を開けて逃げる……!)


 士道は前方の一体に狙いを定め、地面を蹴って肉薄した。魔力消費が多すぎる『瞬間移動』は使わない。

 『魔眼』の先読み効果により何とか棍棒を回避すると、思い切り地面を踏みしめ、ゴブリンの顔面に体重の乗った拳を叩き込む。

 ゴッ!! という凄まじい音が炸裂した。

 ゴブリンは回転しながら後方に吹き飛んでいく。

 予想よりも威力のある一撃。魔素による肉体強化の恩恵だろうか。

 しかし、安堵している暇はない。

 二体のゴブリンはすでに左右から迫っていた。見た目よりも速い。

 逃げる算段が崩れたことに舌打ちしながら、士道はゴブリンの棍棒を片方は躱し、もう片方は避け切れずに右腕でガードした。

 半ば本能的に魔力を集中させて右腕を強化する。棍棒が右腕を強打したが、そこまでの痛みはない。士道は咄嗟に飛び退きながら、


(……こういう使い方があるのか)


 状況に希望を見出し、魔力で強化した右腕のままゴブリンを殴り飛ばした。凄まじい勢いで吹き飛んでいく。


「うおっ!?」


 一方、士道は身体が右腕に振り回され、地面を転がった。

 何だ。いや、右腕だけが強化されている弊害か。それなら、全身に魔力を纏うように広げれば、解決するのではないだろうか。

 魔力による身体強化を全身に広げる。体を流れる魔力の制御がまだぎこちない。粗が多いのが感覚で分かるが、一応は成功した。


(これなら…………やれる!)


 転んだ士道に対して、三体目のゴブリンが棍棒を打ちつける。

 だが右手であっさりと受け止める。そうすることができた。士道は力ずくで押し返しながら立ち上がった。

 棍棒を奪うと同時に全力で蹴り飛ばす。

 爆音と共に吹き飛ばされ、そのゴブリンは大樹に叩きつけられて動かなくなった。意識を失っただけだろう。

 周囲を見渡せば、先ほど殴り飛ばした二体のゴブリンは、体に痛みが走るのか、のろのろとした動きで起き上がっている。

 そして。


「ぐっ――!?」


 士道はゴブリンから奪った棍棒を振るい、後方から肉薄していたオークの槍を弾いた。魔力による身体強化があっても、ビリビリと腕に振動が響く。恐ろしいほどの膂力。士道が冷や汗を垂らしていると、オークは警戒度を上げたように、槍をしっかりと構え直した。


 逃げたい。だが、後ろには二体のゴブリン。彼らを相手にしている間にオークに攻撃されたら最悪だ。これは無理だろう。『瞬間移動』を使っても、ここから見える位置にしか転移できない。

 なら、どうする。どう動けば生きることができるのか。そもそも普通の高校生だった士道をいきなり殺し合いの世界に放り込んで、まともに生き残れという時点で無理な話だったのだ。ふざけるな。そんなむちゃくちゃな話があるか。涙が滲んでくる。だが、眼前の魔物は当然、そんな事情に頓着しない。

 真っ直ぐに突っ込んできたオークに対して、体を投げて槍を躱した士道は雄叫びを上げながら全力で腹に棍棒を叩き込む。

 ふわりとオークの身体が宙に浮かぶ。

 だが、吹き飛ばすにはいたらない。

 ミシリという鈍い音が響き、オークが顔を顰めた。やれる。まだ、戦える。怯えるな。こんな終わり方は絶対にない。

 ならば殺すしかないだろう。

 士道は己を叱咤してオークに飛びかかる。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」


 唸り声を上げるオークに剥き出しの殺気を叩きつけ、威嚇するように咆哮した。開眼した『魔眼』がオークの動きを先読みして、視界に一秒先の動きをイメージで表示していく。だから、予想外に素早い動きをするオークの攻撃も、何とか弾くことができていた。

 互いの手数が増えていく。

 それは同時に、実力差の露呈でもあった。


「しまっ――!?」


 オークがいれた突きのフェイクに士道は引っかかる。何もない場所に向けて棍棒が振り抜かれ、大きな隙ができた。

 オークは嗜虐的な笑みを浮かべ、これが最後の一撃だと言わんばかりに思い切り槍を撃ち放った。

 バランスを崩した士道はそれに対応することができない。

 槍に貫かれる。命が魔物に奪われる。残酷な異世界に放り出されたひとりの少年が、何の慈悲もなく消えていく。


 

 その。



 直前の出来事だった。




「――ギリギリじゃな。が、間に合ってよかったわい」




 士道とオークの間に、白髪の老体が割り込む。

 突如、オークが全身から血しぶきを上げて倒れ込んだ。




 ♢




 時は少し(さかのぼ)る。

 転移者が消え去った後の『白い空間』には、イリアスと名乗った天使が一人佇んでいた。

 バーン・ストライクは襲撃に失敗したと悟った瞬間、即座に撤退している。いくら上位悪魔とはいえ、天使長たるイリアスとまともに戦って勝てる考えているほどの間抜けではないのだろう。

 彼は何処へともなく話しかける。

 転移者の脳内に直接響いていた"恐怖心を抑える"という付随効果のある精神魔法の声ではなく、普通に声帯から音を捻り出す。


「……しかし、良かったんです? 数の少ない使徒に殺し合いを推奨するような真似をして」

「あら、私がいつ殺し合いを推奨したのかしら?」


 声に呼応する影。

 気がつけば、イリアスの目の前に金髪碧眼の女が出現していた。

 ずっと見ていた筈なのに、イリアスには女がいつ現れたのか全く理解することができない。

 イリアスの空間魔法に術式を割り込ませて乱入したのだろうが、本来なら術者に気づかせずにそれを行うなど不可能に近い。

 しかし、この女はそれをあっさりとやってのけた。

 だが、イリアスは眉を動かしもしない。

 この現象には慣れているのである。


「わざわざ殺した相手の固有スキルが譲渡されるような『システム』を構築すれば、そうとしか思えないでしょう。かなりの"神力"を消費していると思いますが、それに見合うだけの効果はあるんです?」

「ないかもしれないわねぇ」


 女は笑みを浮かべながら語る。

 笑っているのに何故か感情が見えない。その悍ましい感覚を久々に味わって、イリアスの背筋に寒気が走った。


「……わざわざ日本とやらに限定した理由は? あそこは平和主義国家で殺しに対する忌避感がある者ばかりだ。向こうのことは大して知りませんが、紛争国から引っ張ってきた方が良かったんじゃないですか?」

「それなんだけどね」


 女は口を尖らせながら、白い空間に寝転がる。

 不貞腐れているようだった。


「地球の座標を捉えたはいいんだけど、そこがたまたま日本の関東地方でね。私の術式じゃ精密さが足りなくて、それ以上座標をずらすと、また地球から外れちゃうのよ。だから、そこから条件設定して呼びよせるしかなかった」

「女神である貴女でも、ですか」

「そうよ。"世界渡り"というのは、いくら神でもそう行えるものじゃないわぁ」


 何年かに一回が精一杯よ、と女神と呼ばれたその女は答える。


「おかげで"神力"が残り三割ぐらいにまで減っちゃった。……回復するまで、一年ちょっとはかかるわねぇ」


 そこまでして異世界人を呼び寄せた意味は何だろうか。

 イリアスは正直なところ測りかねていた。

 確かに地球に住む人々は元から魔力量が多く、ほとんどの人が固有スキルを身体のうちに眠らせていた。

 ちなみにこの世界の人々は、固有スキルなど千年に一人レベルの恵まれた人間にしか持っていない。

 よって、地球人がこの世界の住人よりも強くなれるというのは、確かに理解できるものではある。だが、それはまだ先の話だ。

 加えて、状況的に無作為転移を行使せざるを得なかったので、運が悪ければ既に死んでいる可能性すらある。

 

(まあ仮にそうだとすれば……それまでの人間だったというだけの話か)


 ともあれ。

 魔神への対応が早急に求められる今、使徒として召喚されたのが彼らというのは、イリアスにはいまいち納得がいかない。


 女神は確かにこの世界のシステムを創造することが可能な神族の生き残りだが、決して全知ではなく全能でもない。

 そして敵は魔神。女神と同等の存在である神なのだ。

 女神にしても命懸けなのである。

 そこに投入されるのが素人というのは、


「納得がいかない?」


 見透かしたように女神が尋ねる。イリアスは素直に頷く。


「勇者として召喚させた五人はまあ理解できますが、その他が戦力になるとは思えないというか……」

「まあ、見ていればそのうち分かるわ。言うことを聞かない子も多そうだけど……安心しなさい。そういうものよ」


 下手をすれば自分も死ぬというのに、女神は軽い調子で呟いた。


「……肝心の『器』は用意できたんですか?」

「うん。私も心配してたけど、極上のものがあったわよ」


 ふふ、と女神が微笑む。

 イリアスはため息をつきながら、


「それで、我々はどのように?」

「そうね……あの四人の行方を探しなさい」

「分かりました」


 その言葉を最後に、空間魔法が解除される。

 二人の姿が掻き消えた。




 ♢



 

 オークの槍は士道の眼前でピタリと止まっていた。

 士道に大きな後ろ姿を見せるその人物が、押し止めたのである。


「大丈夫か? 少年」

「あ……ああ。大丈夫、です」


 オークはただの肉塊に姿を変えている。

 血みどろのグロテスクな光景に、士道は耐えきれずに嘔吐した。

 一歩間違えれば自分がそうなっていた。

 そう考えると、身体の震えが止まらない。

 汗が無限に湧き出てくる。

 

「それを大丈夫とは言わんぞい」


 呆れたように呟く人物を、ようやく士道は仰ぎ見る。

 筋骨隆々な肉体をした白髪の老人。

 身体には武道のような道着を纏っていて、好々爺然とした苦笑を浮かべている。『白い空間』で見た転移者の一人だ。


「……済みません。助かりました」


 士道は胸の内より湧き上がる恐怖とも不安ともしれない何かを押さえつけながら、感謝を告げた。

 命を救ってもらったのだ。

 この恩は必ず返さなくてはならない。

 老人はそんな士道を見て、眉をぴくりと動かすと、


「……死にかけたというのに、随分とすぐに冷静になるのじゃな」

「……いや、ここに留まっていれば魔物が集まってくるんじゃないかと思って」

「む、そうじゃな。ひとまず移動しよう。話はその後じゃ」


 オークはすでに魔石に姿を変え、光は老人に吸収されている。

 ゴブリンはすでに逃げた後のようで、その姿は見えなかった。


「……無謀ではなかったし、戦闘中も冷静じゃった。だが、いかんせん経験が少なすぎたな。戦いというのは慎重すぎるぐらいが丁度いい」


 その言葉を最後に会話はなかった。

 老人の指示に従い、魔物を避けながら森の中を五分ほど進む。

 すると、徐々に視界に岩場が増えていき、川に辿り着いた。

 もともと士道が目指していた場所だろう。


「飲むといい。ここの水は綺麗じゃ」


 久しぶりの水で喉を潤す。

 汗をかきすぎたせいで、喉が乾ききっていた。

 その川の近くに、三方を囲まれている岩場があった。

 そこには現代風のリュックサックが置いてあり、一角には何処から集めてきたのか、藁のようなものも敷いてある。

 

「ここは?」

「儂が当面の住処にしようと思った場所じゃ。良い立地だろう?」

「へぇ…」


 納得しながら士道は周囲を見渡した。確かにここなら魔物に狙われるリスクも低い上に、飲み水のある川も近い。

 もし魔物が襲ってきたとしても、一方向から入ってくるしかないので対処もしやすい。

 住処にするにはもってこいの場所だった。


「少しそこで休んでいろ。儂がいるんじゃ、命の心配はない」

「……感謝します」


 ふさふさする藁の上に士道は座り込む。

 戦闘によって精神が疲労していた士道の意識は、簡単に途切れた。

 

 

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