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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第23話 「恐怖の体現者」

 魔王。

 それは単体で一国を滅ぼすような怪物が名乗った称号だった。

 百年前の大戦で猛威を振るった魔神――その直轄の幹部。

 人々は記憶に刷り込まれている。

 その、圧倒的な恐怖を。


「…………なっ……!?」


 セドリック・アークハイトは絶句した。

 葉山集から『水天の輪』に関する情報を伝え聞いた彼は、即座に冒険者達に指示を出す。

 その顔には焦燥が浮かんでいた。

 

「総員撤退だ! 急げ!」


 突然の撤退命令に困惑しながら、冒険者達は動き出す。

 魔物のすべてが生贄と化して戦う相手が消えたせいか、彼らの動きはひどく鈍かった。

 封印されていた魔王が本当に復活したのならば、セドリック達では相手になる筈がない。

 上手く立ち回らなければ、全滅の恐れすら有り得る。


「何だ……!?」


 そして、世界が夜に染まった。

 莫大な魔力が戦場を席巻する。

 第一級ですら比べ物にならない。それ程までに異質な魔力の塊が現出した。

 いつの間にか、『水天の輪』が置かれていた筈の場所には一人の少女が佇んでいる。


「…………え?」


 セドリックは驚愕に目を剥いた。

 一体いつ姿を現したのか、まるで悟ることができなかった。

 戦闘の爪痕が色濃く残る荒野に、ポツリと佇む美しい少女。

 ひどく場違いなようにも思えた。


「………………間違いない」


 だからこそ、セドリックは確信する。

 透き通るような銀色の長髪に、夜闇を照らすような紅い瞳。

 細い指で髪をかきあげている、13歳程度の小柄な少女。

 

「不死魔王リーファ…………っ!!」


 若いセドリックは百年前の戦争に関わったことはない。

 だが、『三大魔王』に関する知識ぐらいは伝え聞いている。

 目の前の少女は、確かに伝承にある特徴と一致していた。


「まさか…………」

「……嘘、だろ……」


 周囲の冒険者達も同様の事実に気づいたのか、悲鳴や怒号を上げながら我先にと逃げ出していく。

 それも当然の反応である。

 悪魔だったら、まだ戦う自信はある。

 だが、かつて世界を滅ぼしかけた『三大魔王』の一角を目にしているのだ。

 冷静でいられる方が異常だった。


「…………」


 眼前に君臨するのは、不死魔王リーファ。

 『不老不死』の固有スキル持ちで、少女の姿のまま成長が止まっていると云われている。

 実際には200歳を越えているという荒唐無稽な話だが、少女が醸しだす荘厳な雰囲気を感じ取れば、誰もが本当だと理解するだろう。

 

「セドリック。お前は退け」


 グランドが厳しい声音で告げた。その眼には覚悟の光が宿っている。


「いいや、それは無理な相談だ。私には冒険者を率いる者としての責務がある」

「お前はギルドのトップなんだぞ。こんなところで死なせる訳にはいかない」

「どのみち、ここを突破されて街が壊滅すれば同じことだ」

「…………」

「みくびるなよ。私だってかつては第一級にまで上り詰めた冒険者だ」

「…………分かった」


 セドリックは剣を構えて様子を見る。

 彼女にまだ動きはない。

 夜空を見上げて立ち尽くしている。

 そう、彼女はまだ何もしていない。


(だというのに、この威圧感は何だ?)


 恐怖を紛らわすように周囲に目をやると、冒険者達は撤退を終えたようだった。

 荒野に静寂が舞い戻る。冷たい風が優しく頬を撫でた。

 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。冷や汗が地面に滴り落ちた。

 戦場に残っているのはたったの三人の精鋭に、倒れ伏している神谷士道だけだった。

 辺りには何人もの冒険者が転がっているが、やはり生きているのは士道だけのようだ。

 その彼も、放っておけば死んでしまう程の重傷を負っている。


「…………」


 グランドは無言で玄海の死体を眺めていた。

 玄海は何処か満足そうな笑みを浮かべている。やり切れない思いを包み隠すように、グランドは拳を握り締めた。

 それを横目に、セドリックはダリウスに目配せする。

 戦場にいた負傷者は他の者が手を貸して撤退させたようだが、戦場の奥地にいた士道には気付かなかったらしい。

 ならば、動けない士道を避難させねばならない。

 だが、ダリウスが士道を回収しようと慎重に足を動かした瞬間。

 魔王が、口を開く。

 鈴の音のように高い声が響き渡った。


「…………上位悪魔か。ストライク家の面影があるな……惜しい男を亡くしたものだ」


 彼女は士道の近くに横たわっている悪魔の死骸を眺めている。

 奇しくもその思いは、玄海に対するセドリック達と同様の感慨だった。


「それで……」


 魔王はゆったりとした調子で、倒れ伏す士道に目を向ける。


「あれを殺したのは……『女神の使徒』か」

 

 リーファから僅かな敵意が漏れ出した。その対象は士道。

 セドリックはそれを横から眺めているだけだというのに、全身から気味の悪い汗が滝のように吹き出した。

  

「く、くそ…………っ!!」


 だが、あの少年を殺させる訳にはいかない。

 彼と玄海がいなければ、セドリック達は壊滅していたかもしれないのだ。

 そんな人間を見捨てはしない。

 それだけは、己の誇りが許さない。


 セドリックは恐怖に竦む足を叱咤して、士道の前へと回り込む。

 ダリウスも彼に追随し、グランドだけは動かず、魔王の背後に陣取っていた。

 魔王はセドリック達など眼中にないようだった。

 視線は士道を捉えて離さない。

 士道は意識はあるようだが、やはり自力で動くことは不可能なようだ。


 護るように、士道の前に立って剣を構える。

 リーファはそこで初めてセドリックに興味を持ったらしい。

 その瞳に静謐さを湛えたまま、感慨深げに呟く。

 

「……人間か」


 その言葉の意味を、セドリックは測りかねた。だが、200年以上生きた悪魔の言葉など理解できる筈もない。


「……そうだが?」


 セドリックは言葉を返した。

 おそらく、ノーランド伯爵は何かしらの手を用意しているはずだ。

 あれはふざけた男だが、それなりに信頼はしている。

 『水天の輪』に関する情報は知らなかったが、どうせ複雑な事情があるのだろう。

 ノーランドが用意した何かしらの手段がやって来るまで。

 それまでの時間稼ぎぐらいなら、何とかこなしてみせる。

 セドリックはそうやって己を鼓舞した。

 グランドとダリウスという現役の第一級冒険者も一緒なのだ。

 おそらく何とかなる。

 そう思っていた。

 直後。


「―――――――あ、」


 最後に目に入ったのは、可愛らしく小首を傾げるリーファの姿だった。

 何故か視界が闇に染まる。

 何一つとして状況を理解することなく、セドリックは絶命した。





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