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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第21話 「領域外」

 初手は士道だった。

 悠然と佇むバーンに向けて、愛刀『夜影』の鯉口を切りながら肉薄する。

 しかし、レベルオーバーであるバーンにとって士道の速度など蝿にも等しい。

 バーンの一度の踏み込みで大地が吹き飛んだ。士道は瞠目する。

 爆発的な勢いでバーンが士道に迫った。所詮はレベル45程度である士道の身体能力では反応できない。

 その筈だった。


「なっ、またか!?」


 驚嘆するバーンを冷静に観察しながら士道は『瞬間移動』で彼の真後ろに転移する。

 瞬時に驚愕を圧し殺したバーンは気配で士道の位置を察知。体制を崩しながら無理やり振り返って蹴りを放った。

 だが、既に士道はいない。

 今度は数メートル離れた位置に転移し、右手に『雷撃』を携えていた。

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」


 咆哮と共に荒れ狂う雷がバーンを容赦なく襲った。

 バリィ!! と轟音が炸裂する。

 バーンは右腕でガードしたようだが、苦痛に顔を歪めていた。

 

(……よし。『雷撃』は通用するか)


 士道は分析する。

 玄海を殺されたことに対する怒りは、極寒の温度に凍結させていた。

 眼前の悪魔は、頭に血が登ったままの状態で勝てる相手ではないのだ。

 バーンは「舐めるな」と小さく呟きながら氷属性の魔法を練り上げる。


(くそ……魔法も使えるのか。万能だな)


 胸中で悪態をつく士道に向けて。

 熟練された速度で緻密に展開された魔法陣が、氷属性魔法を正確に出力する。

 多数の尖った氷が生み出され、士道に向けて射出された。

 

「"氷柱"」


 その数はおよそ百を越える。

 士道は避け方を思索するが、『瞬間移動』を警戒しているような動きをするバーンを見て舌打ちした。

 風を切って迫る氷柱が直撃する寸前。

 士道は魔力袋から『反射鏡』を取り出して盾のように(かざ)した。

 魔法の方向が反転し、氷柱は飼い主に牙を剥く狂犬と化す。

 跳ね返ってくる魔法を見てバーンは瞠目する。

 しかし、受けることはなく余裕を持って躱していた。

 士道はその隙に"飛翔閃"を放つ。

 玄海に教わり、己の血肉となった上段の振り下ろしが銀閃を煌かせた。

 鋭い魔力波が空気を切り裂きながらバーンを襲撃する。

 だが、士道の攻撃は届かない。

 "氷柱"の制御権を取り戻したバーンが、それを"飛翔閃"と相殺させた。

 轟音と共に渾身の斬撃が防がれる。

 士道は冷や汗を垂らした。

 

(これが……悪魔。レベルオーバーの怪物)


 絶対的に速度と威力が足りていない。

 これがレベル差の顕れ。

 すなわちステータスの差だった。

 その事実を客観的に認識するが、それでも瞳に映る光は消えない。

 荒れ狂う雷を制御しながら、再度バーンと睨み合った。

 力量の違いはこれまでの攻防で十分に理解した。

 後は、その差をどのように埋めるか。

 その一点のみである。

 

(考えろ…………)


 士道は思考を高速で回転させる。

 己の手札は何があるのか。

 奴に弱点はあるのか。

 どういう戦術が有効なのか。

 脳内で次々とシュミレーションを繰り返す。

 正攻法では実力差の確認にしかならないのだ。バーンの予想を越えて、隙を作り出さねばならない。

 戦いとは即ち次手の読み合いだ。

 実力が劣っている士道が読み間違えることはできない。

 それは死を意味する。

 緊張に汗を流しながらも、戦術を高速で練り上げていく。

 だが、いずれもリスクの高い策ばかりだ。

 どうする。

 考えても答えは出ない。

 時間が絶対的に足りなかった。

 それでも、戦況は動く。


「来ないなら、俺から行くぜ?」


 バーンが獰猛な笑みを浮かべ、士道に恐ろしい速度で接近した。

 考えている暇はない。士道は剣を構え直す。

 『魔力炉の腕輪』により増幅されたとはいえ、これほどまで固有スキルと伝説級魔道具を連発したのだ。

 残存魔力はそう多くはない。

 長期戦は不利だ。

 そのことを理解しながら士道は本能的に距離を取る。

 だが、明らかに速度が違った。

 士道は驚愕する。

 

(追いつかれる……っ!)


 彼我の距離が縮まる。

 それは、既に槍が届く間合いだった。

 士道に考える暇も与えないまま、三連続で突きが放たれる。

 玄海の命を奪った凶刃が唸りを上げた。士道は恐怖を咆哮で紛らわす。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」


 『魔眼』による先読みでどうにか全てを回避する。

 とはいえ、避けられた要因はそれだけではない。

 おそらくバーンは今『瞬間移動』を待ち伏せしていた。

 全方位に気を張っていたため攻撃の手が鈍ったのだ。

 つまり、初見殺しの固有スキルが対応され始めたわけである。

 固有スキルは使うほど分析されてしまう。バーンは虎視眈々と士道を追い詰めていた。

 士道は圧倒的な恐怖に蝕まれて背筋を悪寒が通り抜ける。

 しかし。

 それは固く決めた覚悟を突き崩すことはできなかった。

 この悪魔は殺す。

 士道の中で、それは決定事項だった。

 

「どうしたよ。もう手詰まりか?」

 

 バーンは至近距離で、血に飢えた獣のように笑う。油断はしていなかった。

 士道の固有スキルを警戒しているのだろう。三つも見せたのだ。

 士道の推測の正しさを証明するように、バーンは無闇な突撃はしなかった。

 

 バーンの警戒とは裏腹に、実際はほとんどの切り札を消費した。

 しかし、それを悟られる訳にはいかない。士道は冷徹な瞳でバーンを捉える。

 

「おいおい、この程度じゃねえだろ?」


 バーンが士道を挑発する。

 ついでのように振るわれた槍を剣で弾き返した。ビリビリとした振動が腕を痺れさせる。

 バーンは弾かれた反動を利用して一回転すると、恐ろしい威力を秘めた回し蹴りを繰り出した。 

 瞬時に避けきれないと判断を下した士道は『瞬間移動』を行使する。

 だが、バーンの周囲は警戒されている。離れるしかなかった。

 バーンの後方20メートルほどの位置に着地。ゆっくりと剣を構え直す士道をバーンが発見する。

 そのタイミングを狙って『魔眼』の幻影術を放つが、魔力で強引に吹き飛ばされた。

 バーンは忌々しげに士道を睨む。


「鬱陶しいスキルだな……」

「……」


 不敵な笑みを浮かべていたバーンが初めて苛立ちの表情を見せる。  

 士道は警戒しながらも、確かな手応えを感じていた。

 『瞬間移動』による奇襲は既に読まれている。『魔眼』の幻影術は通用しない。

 たとえ上位悪魔のレベルオーバーが相手だったとしても。

 ダメージを与えられる『雷撃』と『反射鏡』さえ有効に使えば勝算はある。

 士道はそのように考えていた。

 しかし。

 士道はレベルオーバーが"領域外"と云われる所以を理解していなかった。

 それは体験した者にしか分からない。


 絶対的な格の違い。


「――まぁ、いいか。だいたい手の内も見えた。そろそろ本気(・・)で行くぜ」


 士道は言葉の意味を測りかねた。

 いや正確には、理解したくなかった。

 次の瞬間。

 およそこの世のものとは思えない威圧が、士道の心臓を鷲掴みにした。

 桁違いの魔力が噴出する。

 士道は驚嘆と同時に絶句した。


(………………どうして)


 今までは手を抜いていただけ。

 そんなことに、どうして気づかなかったのだろうか。

 まず、これだけのレベル差で戦闘が成り立っていることに違和感を覚えるべきだったのだ。

 悪魔がギラリと牙を剥く。

 士道はその殺気を一身に受けながら、しかし決して屈することはない。

 バーンの本気ですら、その瞳の奥の灯火を消すことはできなかった。

 だが。


 意志だけでは、どうにもならない。


「――――なっ」

「遅え」 


 『瞬間移動』を使う暇すらなかった。

 乱雑に振るわれた槍が士道の横腹を殴りつける。

 吹き飛ぶ、などという次元ではなかった。地面が爆発する。

 士道は凄まじい勢いで大地を削り飛ばし、ようやくすべての運動エネルギーを失った。

 ――足りない。 

 士道はふらつきながら立ち上がる。

 沸々と、全身の血が沸騰するかのような怒りが込み上げた。

 最早、策は何もない。

 玄海に救われた命を無闇に捨てるわけにもいかない。

 それでも、戦うべき理由があった。

 士道は己の矛盾を胸に抱え、なお。

 痛みに耐えて歩き出す。

 バーンに向けて、一歩。

 己の意志を証明するように。

 

「…………」


 残り少ない魔力を注ぎ込み『雷撃』を剣に纏わせる。

 再度肉薄するバーンの動きを『魔眼』で先読みしながら剣を振り下ろすが、避ける素振りすらなく腹を蹴り抜かれた。

 地面に叩きつけられて喀血する。

 ミシリ、と大地に亀裂が走った。

 ――足りない。

 士道の脳裏に言葉が木霊する。

 倒れ伏す士道を見て、どこか落胆したようにバーンは呟いた。


「……終わりか。何だ、思ったより大したことねえじゃねえか」


 士道は激痛に苛まれ、意識を保っていること自体が奇跡に等しかった。

 ――足りない。

 声が聴こえる。

 

「……何か、が」

「あん?」

「……足り、ねぇ…………」

「戯言か。……そろそろ、時間がなくなってきたな。悪いがここで決着だ」


 バーンが倒れる士道に向けて槍を振り下ろした。

 今度こそ、華麗な救出は不可能。

 命を救ってくれた恩人はもう、この世には存在していない。

 死の際に伏したせいか、走馬灯が脳裏を過ぎる。

 車の窓から眺める外の景色のように。

 どこか客観的に記憶を見ていた。

 だから、だろうか。


「……あ」


 虚ろな視界に、自分自身が映った。

 彼の目は何かを物語っている。 

 『足りない』と本能的に理解していたもの。その全てが、彼の瞳に描かれていた。

 士道がそれを理解した瞬間、小さな種が割れる音が響いた。

 士道の身に潜む怪物が、殻を破って外界へと顔を出す。

 誰かが"覚醒"と呼称した現象。

 それを体現する。


「……分かっ、た」


 ――奇術師の才が、産声を上げた。

 


 


 

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