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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第20話 「涙」

 ――時は、少し遡る。

 葉山集とバーン・ストライクの戦闘が始まった頃だった。

 端的に言って集は死にかけていた。

 褐色の悪魔がつまらなそうに呟く。


「18秒か。まあ保った方じゃねえか?」

「…………ッ!!」


 こんな筈ではなかった。

 集は、この悪魔には敵わないという事実を認めようとはせずに激昂する。

 魔力は枯渇し、得意の火魔法はもう使えない。

 それでも、まだこの身体があった。


「舐めるなあぁァァァァァァァ!!」


 絶叫しながら拳を振り回す。

 素人丸出しの攻撃だった。

 バーンは避けることすらしない。まともに拳を受けても、眉一つ動かすことはなかった。


「…………」


 バーンはデコピンで集を弾き飛ばした。その程度で地面を転がるほど、今の集はボロボロの状態だった。

 何せ、魔力が枯渇したせいで、身体強化すら使えていないのだ。

 だというのに。

 集はまだ立ち上がる。

 先ほどまでの使命感はどこにもない。

 もう固有スキルを使うどころか、魔力は一片たりとも残っていない。

 勝算はまるでなかった。


「…………まだ、だ」


 沸騰していた頭が冷えていく。

 集は固有スキルの力を過信していた。

 慢心。そして油断。

 己の愚かさを自覚する。

 バーンに敵わないことも、客観的な事実として受け止めた。

 それでも。

 譲れないものがあった。


 呆れていた様子のバーンが、初めて集に興味を持ったかのように問いかける。


「……いったい何だ? 何がお前をそうまで突き動かす?」

「……僕は、『女神の使徒』だ。そう言ったのはお前だろう」

「洗脳なんかで死を賭した覚悟なんてのは作り出せるはずが――」

「――僕は、あの方の為に存在する。貴様らにどんな理由があるのかなんて知らないが、それがあの方のためになるならば、悪魔も魔王も魔神も、すべて排除してみせる…………っ!」


 葉山集の魂からの叫びが響き渡った。

 力を過信していようが増長していようが、根っこの部分は何ら歪んではいない。

 結局のところ、彼にはそれしかなかったのだ。

 崇拝している女神に尽くす。

 ただ、それだけの願い。


「……少し、お前を甘く見てたぜ」


 バーンの表情が明確に変化した。

 集はフラフラになりながらも立ち上がる。たとえゼロに近い確率であっても、女神に仇なす悪魔を打倒するために。

 バーンは初めて戦闘態勢を取った。


「テメェを戦士だって認めよう。――せめて、全力を持って殺してやる」

 

 バーン・ストライクを中心に、莫大な魔力が竜巻のように唸りを上げた。

 氷魔法により創造された槍を中段に構える。

 心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖が湧き上がった。

 バーンの視線はこれまでのような嘲笑交じりのものではなく、真剣な光を宿している。

 それを見て、集は少し笑った。

 自分はここで死ぬのだと。

 そう直感してしまったからだ。


(申し訳ありません……。女神様)


 まだ何も為していないのに。

 自分の力を過信して無謀な戦いに挑んでしまった。

 戦場では反省をしたところで、次は二度とやってこない。そのことを今になってようやく理解させられた。

 これで、終わり。

 バーンがぐるりと肩を回して勢いをつけ、凄まじい速度で槍を放り投げる。

 集は悔しさを噛みしめるような表情で、命を刈り取る凶刃を眺めていた。

 だからこそ。


「…………え?」  


 眼前に広がる光景に理解が及ばなかった。集は呆然とした様子で尻餅をついている。

 バーンが放った超速の槍は、確かに人肉を貫いていた。明らかに致命傷だと思われる、心臓付近を一突きで。

 ただし。

 その槍を受けたのは集ではなかった。

 彼の前に飛び込んできた一人の青年。


「……怪我は、ないかね、少年」


 呻くように問いかけたその青年に、集は見覚えがなかった。

 だが次の瞬間、青年の身体が煙を上げながら老化していく。

 筋骨隆々とした肉体。青年の面影を残す好々爺然とした顔。

 『生命回帰』を使用していたことなど、集は知る由もない。

 しかし。

 自分の庇って槍を受けたその人物は、古賀玄海だ。

 集にも、それぐらいは理解できた。

 


 ♢


 その少し前。

 古賀玄海は冷静に戦い続けていた。

 士道たちとは(はぐ)れてしまったが、バーンと戦う前提では好都合な側面もある。

 よって玄海は、上位悪魔バーン・ストライクを探していた。

 何故か。

 それは、あの怪物は自分でなければ相手にならないと確信していたからだ。

 交戦しながら、戦場をよく観察する。

 

 ――森林と荒野の境界付近では下級冒険者達とゴブリン、コボルト、オークの群れが衝突している。

 ――荒野の奥。火山の麓の小高い丘では、何体もの竜種と上級の精鋭が死闘を繰り広げている。

 ――戦場の中央付近。士道やエレノアを代表とする連携を好まない連中が、リザードマンの群れを蹂躙(じゅうりん)している。


(いない。バーン・ストライクはいったい何処にいる……奴の狙いは何じゃ!?)


 玄海はこの間に街を襲撃される可能性を頭に思い浮かべたが、その場合は魔道具を通じてすぐに信号が来る手筈となっている。 

 いくら騎士団が頼りにならないといっても、時間稼ぎすらできないということはないだろう。

 ならば、やはり予想通りに奥で指揮を取っているのか。

 玄海がそう考えた。

 その時。


 一瞬にして現界した炎の渦が、戦場で圧倒的な猛威を振るった。


 濃密な魔力の噴出を察知する。

 これだけの魔力を纏えるのは、第一級の二人か士道ぐらいだ。

 そう考えた直後に違和感に気づく。

 

(いや待て、まさか――――)

  

 玄海は嫌な予感に駆られて炎が浮かぶ方向に疾駆した。

 ついでのように槍を振るい、魔物達の命を奪い去っていく。

 だが、波のように押し寄せる魔物に足を阻まれ、中々前に進むことができなかった。

 そんなことをしている間に、やたらと放たれていた火魔法がなくなっていた。

 決着がついたのか。

 それは、果たしてどのように。


「くそ……」


 そして。

 戦場の最も奥に辿り着いた玄海は、それを見た。

 今まさにバーンに殺されそうになっている、葉山集の姿を。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 躊躇いはなかった。

 通常速度では間に合わない。

 玄海は『生命回帰』を行使する。

 魔力による身体強化を全力で強化し、堅牢な鎧を構成しながら両者の間に割り込んだ。



 ♢



 ――そして、現在に回帰する。

 戦場の奥地に足を踏み入れた神谷士道は、その光景を目にした。

 見ていながら間に合わなかった。

 士道は目を限界まで見開き、呆然とした様子で立ち尽くしている。


「爺、さん…………?」


 目の前の光景が信じられなかった。

 玄海が負けることなど、想像したことすらない。

 士道にとって、玄海はそこまで絶対的な存在になっていた。

 命を救われた恩人にして、己を鍛えてくれた師匠。

 一月ずっと共に暮らしていて、自然と家族のように思っていた。

 そんな大切な人間が。

 今まさに、目の前で倒れ伏していく。

 槍は容赦なく玄海の強靭な肉体を貫いていて、すでに血の海が波を打っていた。

 素人に等しい士道にも分かる。

 それは、間違いなく致命傷だと。

 玄海が死ぬ。

 ようやく、士道の頭がその事実を知覚する。

 血液が沸騰するような感覚を覚えた。  


「…………ふざけるなよ」


 ひどく冷たい声音だった。

 褐色の悪魔は殺気を隠そうともしない士道を見てぴくりと眉を動かし、


「ああ? テメェも『女神の使徒』か。ったく次から次へと――」

「黙れ」

「何だと? 使徒のくせにこっちの目的も知らず――」

「――黙れと言った。二度目だ」

「……」

「俺は、お前らの目的なんざどうでもいい」


 士道は氷のような眼差しでバーンを睥睨しながら、『瞬間移動』を行使した。

 

「ただ、死ね」

「――なっ」


 突如として眼前に出現した士道に驚愕するバーン。士道はその反応を無視して『雷撃』を叩き込んだ。

 爆音と共にバーンが吹き飛んでいく。

 砂煙が舞い上がった。

 士道はその隙に玄海へと駆け寄る。槍に貫かれた胸部からは、濁流のように血が溢れ出していた。

 氷魔法により構成されていた槍が溶けてしまい、血を堰き止めることができないようだった。

 集が傷口を押さえているが、もう意識が落ちる寸前に見える。

 そしてこの出血で気絶すれば、待っているのは三途の川だ。

 士道は必死に呼びかける。


「爺さん!!」

「おお……士道、か。すまんの。…………この有様じゃ、道場を開く……なんて達成できそうも、ない」


 玄海の目はすでに虚ろだった。

 治癒術師を探そうにも、ここは戦場の奥地。周囲に冒険者は一人もいない。

 それでも生き残る可能性がある限り、と治癒術師を探そうとした士道を玄海が弱々しい手で押し止めた。

 彼はあくまで穏やかだった。


「儂の状態ぐらい、儂が、一番心得ておる……。もう助からんよ」

「どうして!!」


 士道は慟哭(どうこく)する。

 運命を呪うように、悲しみの叫びを戦場に響かせる。

 対する玄海は、何処か悟ったような口調だった。

 

「くっく……。老いたこの身に、未来ある若者を見捨てることなどできはせんよ……」

「玄海さん……」


 集が呆然とした様子で玄海を見ていた。士道は冷たく集を睨む。


「……これがお前の結果だ。何の役にも立たず、命をひとつ無駄にした」

「……」


 こんなことを言っても意味はない。

 それでも士道は底冷えのする声音で集を糾弾した。

 その間に、だんだんと砂埃が晴れていく。

 煙の奥に人影がくっきりと顕れた。

 バーンはあの程度では死んでいない。

 玄海を一撃で殺すような怪物だ。

 それも当然のことだった。 

 玄海が、これが最後だと暗に示すように必死で言葉を紡ぎ出す。


「……おお、そうじゃ士道。忘れ、とったわい……。お主に……古賀流剣術の免許皆伝を与えよう」

「……いいのか?」

「何。奥義を扱えるお主なら……当然、じゃ」

「……ありがとう」

「ただ……あの悪魔には、まだ、敵わん。逃げろ。お主の……固有スキルなら、可能じゃろう」

「……ああ」


 士道が素直に首肯したのを見て、玄海は小さく笑った。


「これから先の、未来を紡ぐ者へ……。儂の技術と意志を叩き込んだお主が……どこまで羽ばたくのかあの世で見ていることにしよう」

  

 それが最後の言葉だった。

 玄海は虚空を見つめたまま、静かに息を引き取った。

 一筋の涙が零れ落ちる。

 玄海に懺悔する集に向けて、士道は冷酷に言い放った。


「今すぐに逃げろ」

「……な、でも!?」

「……お前は、爺さんが命懸けで救った命だ。無駄にはさせない。そんなことは、この俺が許さない。絶対にだ」

「貴様はどうするんだ……?」

「…………」


 士道は無言で悪魔の方向を睨んだ。

 集が慌てたように叫ぶ。


「む、無理だ! 少なくとも僕じゃ無理だった! アレは怪物なんだ! 素直に玄海さんの言うことを聞いた方がいい。ハズレ術師の貴様では――」

「――黙れ。いいから、さっさと逃げろ。足手まといだ」


 極寒の吹雪のような雰囲気を携えながら、心は熾烈な激情を滾らせていた。

 硬く拳を握り締める。

 集はその覚悟を見て、説得は諦めたようだった。

 

「……死ぬなよ、絶対に。玄海さんの想いは、誰よりも貴様が理解しているんだろう」

「……ああ」


 集が悔しさと自責の念を噛み締めながら、走り去った。

 周囲ではまだ戦いが続いている。

 だが、まるで台風の目のように開けたその空間には、二人の男が佇んでいた。


「……話は終わったか?」

「……」

 

 士道は答えなかった。

 神谷士道とバーン・ストライク。

 向き合っている二人に、最早交わす言葉など何もない。

 やるべきことは決まっていた。

 時が止まったかのように空気が凍りつく。

 士道は冷静に狂っていた。

 どんな手を使っても殺す、と。

 バーンは直感的に理解した。

 こいつは危険だ、と。

 両者は、直後に躊躇なく激突した。

 

 ――暗く淀んだ復讐が幕を開ける。






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