表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
20/176

第19話 「無双する漆黒の王」

 パーティを率いるガウス・フォルストは、他のパーティとレイドを組んで慎重に立ち回っていた。

 彼らの役目は戦線の維持だ。

 竜種のもとへ突撃を敢行した高位冒険者たちを横目に、ガウスは自身の責務を果たすために地味な仕事を淡々とこなしていた。

 身の程は十分わきまえている。

 槍使いのカイは少々不満そうだが、彼とてチームプレイを乱すことはない。


「来るぞ、次だ!」


 手強いリザードマンを何とか殺した直後、再び魔物の波が押し寄せた。

 3体のオークがガウスパーティに迫る。右腕に盾を装備したガウスが前に出た。オークの突きを盾で弾き返すと、その隙を縫うようにカイの槍がオークの喉笛を貫く。

 声をかける間もなく、二体のオークが接近してきた。ガウスが一体の槍を剣で弾き、二体目の槍は盾で受け止める。

 そこに、魔術師であるミリの援護射撃が飛んだ。


「"火炎弾"!」


 轟、と一体のオークが唸る爆炎に包まれる。だが、身を焦がしたそのオークは捨て身の覚悟でガウスに体当たりをかました。

 灼熱の痛みがガウスに襲いかかる。


「があ――――っ!? リリアぁ!」


 ガウスの叫びに呼応して、治癒術師のリリアが治癒魔法を展開した。

 ガウスの火傷がみるみると回復する。しかし、痛みまで消えるわけではない。

 苦痛に呻きながらも立ち上がる。

 炎に包まれたオークはすでに倒れたようだった。残りは一体。

 カイがガウスの代わりにタンクを務め、弓使いのシオンが牽制とばかりに矢を放ち続ける。

 ガウスが復帰してオークの槍を弾くと、ミリの魔法とカイの突きが同時にオークに炸裂した。

 オークは致命傷を受けて倒れ込む。光の粒子となって消えていった。


「――よし!」


 三体撃破。冒険者パーティとしての理想の戦い方だった。

 ガウスは窮地に追い込まれている他のパーティを助けながら、ここにはいない冒険者へと思いを馳せる。


(――シドーたちがいない。まさか奴ら、奥地へ向かったのか!?)


 だが他人を心配している余裕はない。

 ここは戦場だ。

 一瞬の油断も許されない。


「リーダー、来るぜ!」

「うむ! ミリとリリアは下がれ! シオンは剣を抜いて前に出ろ! 前衛が足りん!」

「了解!」


 カイの叫びに的確な指示を出し、ガウスは油断なく戦い続ける。

 あるいは、最も彼が近かったのかもしれない。

 だが、目の前の仕事に集中しているガウスが気づくことはなかった。




 ♢



 レーナ・ランズウィックは焦燥を浮かべていた。鉤爪を振るいながら、戦場を疾駆する。

 

(対処しきれない……っ! 魔物の数が多すぎる!)


 士道、玄海、エレノアと分断させられた後、レーナは無意識に戦場の中心付近にやってきていた。

 そこで踊りを続けている妙な魔物を複数見たかと思うと、周囲の魔物達が恐ろしい形相で襲いかかってきたのだ。

 レーナを囲んで数で押し潰すように。

 魔物は基本的に戦術を考えるほど高度な知能は持っていない。

 だというのに、一人であるレーナに対して集中的に戦力が向けられていた。

 冷や汗が頬を滑る。

 悪魔の脅威を舐めていたのかもしれない。たった一人の悪魔のせいで、魔物はここまで変わるのだ。


(まずい…………!)


 このままではレーナは死ぬ。

 冒険者としての勘が、その事実を端的に告げている。

 それを認めたくなくて、レーナは必死で鉤爪を振るう。

 迫るホーンタートルを跳躍して回避するが、着地地点にゴブリンの群れが集まっていた。叫び声を上げながら鉤爪を振るう。

 しかし、ゴブリンの棍棒が次々とレーナに直撃し、ふらついたところをゴリグマの拳に吹き飛ばされた。

 鬼気迫る様子で襲い来る魔物の群れ。

 知らぬ間に何かの逆鱗に触れてしまったのだろうか、とレーナは自問する。

 揺れる視界にニーズヘッグが映った。ついに竜種までレーナを殺しにやってきたのだ。

 死の足音が耳に響く。


(死に……たく、ない…………っ!)


 その思いを胸に秘めて必死で立ち上がろうとするが、激痛の影響で立つことができない。

 ゴリグマの攻撃を受けたとき、足を痛めたのだ。


「そ、んな…………」


 レーナの瞳に諦念が見え始める。涙がポロポロと零れた。

 ニーズヘッグは鋭い牙をギラギラと輝かせながらレーナに近づいてくる。

 一歩。また一歩。

 レーナは足を引きずるようにして後退するが、無駄な抵抗のようだった。

 

(ごめんなさい、お母さん。お父さん)


 冒険者稼業で有名になり、たくさんのお金を稼いで、故郷の家族に楽をさせてあげたい。

 そんな、ちっぽけ夢がある。

 故郷を出てから現実を知り、挫けそうになったこともある。

 それでも、レーナは諦めなかった。

 コツコツと努力を積み重ね、ついには第三級にまで上り詰めた。

 もう少しで第二級にまで手が届く。

 きっと家族も喜んでくれるだろう。

 だというのに。

 こんなところで自分は死ぬのか。


 死にたくない。

 魂の叫びが戦場に轟く。だが現実は無慈悲で希望などありはしない。

 ついに眼前にまで肉薄したニーズヘッグがブレスを吐き出そうと大きく息を吸った。

 レーナは瞼を閉じる。家族の笑顔が、走馬灯のように脳裏をよぎった。

 力なく、天空に向けて手が伸ばされる。掴んだものは何もなかった。

 そして。

 レーナの首が刈り取られ、儚い夢が塵となる。





 その。






 直前の出来事だった。



 


「――よう」


 声が聴こえた。

 レーナはまだ意識があることに疑問を抱く。自分は死んだはずだった。

 混濁するままに、レーナはゆっくりと目を開いた。

 目に飛び込んできたのは黒衣の背中。

 眼前に立っていたのは一人の少年。

 黒い髪。黒い瞳。黒の魔導服。

 全身を漆黒に染めた少年だった。

 ニーズヘッグの牙を剣で押さえ込んでいる彼は、少し辛そうに苦笑する。

 

「悪いな、助けるのが遅れちまって」

「ど……どうして!?」


 レーナは悲痛そうな表情で叫んだ。

 ポタリ、と血の雫が地面に滴る。

 士道の腕はニーズヘッグの牙に深く切り裂かれていた。

 剣一本では受けきれなかったのだ。

 まるで堰を切ったかのように右腕から血の濁流が溢れ出す。

 それでも、士道は表情を変えない。


 レーナは呆然としていた。

 たかが一度依頼を一緒にこなしただけの人間のために、右腕を犠牲にした士道を理解できなかったのだ。

 レーナの表情からそのことを読み取ったのか、士道は苦笑する。

 

「助けるって、約束したからな。俺は自分の言葉は曲げない……」


 今もニーズヘッグの牙と士道の剣は拮抗している。

 傷ついた腕を酷使して、剣を硬く握り締める。

 


 約束は守る。

 そう、証明するように。


 真摯な表情で告げた彼の姿がぼやけていく。否、それは正確ではない。

 レーナの視界が涙で潤んでいるのだ。

 目尻に溜まっていた水滴が、そっと零れ落ちる。


「………………ありがとう、ございます」


 感謝の言葉が紡がれた。

 士道は痛みを感じさせない表情でレーナを抱き寄せ『瞬間移動』を行使。

 射程距離の限界まで戦場から離れる。

 転移先は、戦場近くの森の中にある花畑だった。

 突然の位置移動に目を白黒させるレーナ。彼女の猫耳をそっと撫でた士道は、耳元で囁くように告げる。


「――ここで休んでてくれ」

「……あ」


 再度『瞬間移動』を行使する。

 何かを言いかけたレーナの眼前から、士道の姿が掻き消えた。

 レーナは呆然として辺りを見回す。

 だが、士道は既に何処にもいなかった。

 きっと戦場に戻ったのだろう。

 

 野に咲く花が風に吹かれて、花弁をふわりと散らしていく。

 宙を舞う花びらは、まるでレーナの無事を祝うかのように踊っていた。


「……ありがと。シドーさん」


 それは心からの一言だった。

 ――森の中にある小さな花畑。

 そこでは、新しく生まれた可憐な花が咲き誇る。

 

 それは、笑顔という名の花だった。


 ♢


 士道は再び戦場へと舞い戻った。

 『瞬間移動』により忽然と姿を消したせいか、魔物たちは狼狽しているようだった。

 獲物を逃して怒り狂ったニーズヘッグが、士道を見つけて雄叫びを上げる。

 凄まじい数の魔物が士道を物量で押し潰すように肉薄した。

 だが、士道は動かない。

 顔を下に向けたまま、何をするでもなく立ち尽くしている。

 右腕からは、未だ止むことない血の雨が降り注いでいた。


「…………ふざけやがって」


 氷のような声音で殺意が紡がれる。

 士道は無表情のまま顔を上げた。

 紅く、炯々とした眼光が魔物達を容赦なく射抜く。

 それは、『魔眼』による威圧。

 禍々しさを湛える紅い瞳に気圧されたように、魔物たちの侵攻が止まった。

 濃密な魔力が辺りに渦を巻き始める。

 

「…………まずは、お前からだ」


 翼を広げて威嚇するニーズヘッグと視線が衝突する。

 士道の(はらわた)は煮えくり返っていた。

 右腕は灼熱の痛みを発している。気を抜けば意識を失いそうだったが、気力で強引に押さえつけた。

 

 既に、固有スキルを隠すつもりはさらさらない。


 パーティメンバーを護るのは当然のことだ。レーナを窮地に陥らせたのは、簡単に分断された士道の責任でもある。

 自責の念が脳内を支配した。右腕の激痛と相まって感情が暴れ狂った。

 

「――魔力炉、起動」


 その言葉に『魔力炉の腕輪』が呼応する。体内の魔力が腕輪に集約し、数倍に増幅されて舞い戻った。

 莫大な魔力が渦を巻く。古代文明が生み出した伝説の魔道具がその真価を見せた。

 

「くそ……何だってんだ」


 士道は所詮ちっぽけな元高校生に過ぎない。

 魔物は怖い。誰かを殺すのは嫌だ。

 我が儘なことを思うくせに、戦争を止められるほどの力があるわけではない。

 それでも。

 たとえ一時的な繋がりであっても、己が仲間と定めた者ぐらいは護り抜きたい。

 死地に追い詰められたレーナを見て、士道は素直にそう思った。


「……もう手加減はなしだ。合流しなきゃならないしな」


 言葉を放った直後。


 轟!! と、紫電の龍が咆哮を上げた。


 『雷撃』が戦場に炸裂する。

 爆発的な速度で飛来する雷を避けきれず、魔物達は次々と倒れ伏していく。

 襲来するニーズヘッグに向けて、稲妻が士道の怒りを体現したかのように唸りを上げた。

 刹那の間に焦げた肉塊が生み出される。

 第一級ですら苦戦を余儀なくさせる代表的な竜種――ニーズヘッグを瞬殺した。

 圧倒的。


「…………」


 肉薄したリザードマンの袈裟斬りを『魔眼』の先読みによって容易に回避し、ついでのように首を飛ばす。

 剣が肉を滑るような感覚だった。

 腕輪による効果で魔力量が膨れ上がり、『精霊王の加護』により魔力が研ぎ澄まされているのだ。

 士道は止まらない。

 凄まじいまでの魔力を込めた"飛翔閃"がゴブリンの首を一斉に飛ばす。

 『魔眼』の幻影術に惑わされたコボルトの群れを、『雷撃』を纏った右腕を振り回して焼き尽くした。

 恐れをなして逃げようとしたブラックドックに『瞬間移動』を行使し、一瞬で肉薄すると魔導服より投げナイフが放たれ次々と突き刺さった。

 接近してきたドラゴンが火のブレスを吐くが、『反射鏡』がそのブレスをまるごと弾き返した。

 悲鳴を上げるドラゴンに『風の靴』を使用して飛翔して接近する。

 剣を上段に構えて強く握り締める。

 『雷撃』を全力で込めた飛ぶ斬撃。

 "飛翔閃"の派生型である"雷鳴斬"で叩き斬った。

 雄々しきドラゴンは真っ二つに斬り裂かれ、血しぶきを上げて大地へと沈む。

 士道はそのまま上空より魔物達を睥睨した。蹂躙は止まらない。

 固有スキルの連発。伝説級魔道具の一斉使用。魔力を凄まじく使う組み合わせだったが、『魔力炉の腕輪』のおかげでまだまだ余力があった。


「シドー。お前は…………」

 

 グランドが竜種と交戦しながらも、驚愕に目を剥いていた。

 呆然とした様子の冒険者達が、士道に畏怖のような視線を向ける。

 それを一瞥すらせずに、士道は戦場を闊歩する。

 その姿はまさに戦場の修羅。

 君臨する漆黒の王。


 戦場を恐怖で縛りつけた士道は、戦場の奥地へと辿り着く。

 しかし。


「…………………………あ?」


 そこには、理解不能な光景が広がっていた。

 

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ