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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第18話 「水天の輪」

 集の脳内に激震が走った。

 何秒か経つまで、言葉の意味がまるで分からなかった。

 

 『水天の輪』。そして魔王。


 集は『白い空間』に行き着く前に女神と遭遇している。

 そのときの会話によって、他の転移者よりも魔神側に関する情報を多く手にしていた。


(……魔王。単体で一国を滅ぼすとも云われる桁違いの怪物)


 魔神の配下である『三大魔王』は何百年も前、勇者や英雄に敗北すると共に撃滅や封印をされている。

 そして。

 その一角には、魔道具の中に封印された魔王がいるという知識があった。

 魔道具の在り処は巧妙に隠されているということも。

 つまり。

 この悪魔が言っていることは――。

  

「…………嘘だ。そもそも、そんなものがこんな辺境にあるはずないだろ」 

「……はぁ。つーかさ、どうしてそんなことも知らねえんだ? そもそもテメェら女神の命令で俺を殺しに来たんじゃねえのか?」

「違う」

「そうか、テメェらやっぱ何も知らされてねえんだろ。そりゃ思わず同情しちまうぐらい哀れだなぁ。女神の手の上で踊らされてるだけだ」

「だとしても、僕はそれで構わない」


 集は鬼気迫る形相でバーンを睨みつける。


「……僕は、恩を返したいだけなんだから。それが善人だろうと悪人だろうと、興味はない」

「……面白ぇ発言だな」

「……そもそも、そういうお前は魔神の駒じゃないのか。世界滅亡を企むとか何とか」

「……おいおい。やっぱ洗脳されてんじゃねえだろうな。そんなもん女神の嘘に決まってんだろ。俺達が世界を滅ぼして、その先にいったい何が残る? 子供でもわかる理屈じゃねえか」

「だが、現にお前らはアクアーリアを滅ぼそうとしているだろう」

「そりゃあ、テメェらは『水天の輪』を渡せっつっても渡しちゃくれねえだろ。しょうがねえのさ。どっちにも譲れねえ理由がある。だったら命懸けで戦って最後に立ってた奴が勝ちだ。――実にシンプルで面白いだろ?」

「実に野蛮で悪魔らしい考えだな。……何にせよ、やることは変わらない。僕は貴様を討つ」


 集はうんざりしたとばかりに木で造られた杖を構える。

 赤く高級そうなローブが風で靡き、雨により付着していた水滴を振り払った。

 バーンは一瞬、虚無に近いような無表情を浮かべ、


「………………ハッ。彼我の実力差も見抜けねぇ雑魚が。いいぜ、来いよ」

「――っ、舐めるな……!」


 集に興味が失せたとばかりに周りを見渡すバーン。

 どうやら戦場は冒険者優勢のようだった。知能の低い魔物達はセドリックの策に見事に嵌まり、いまだ冒険者側はほとんど死者を出していない。

 だというのに、なぜバーン・ストライクは焦っていないのだろうか。

 何か隠し玉があるのか。

 それとも。


「…………」


 再び強くなってきた雨に打たれて少し冷静さを取り戻した集は、今更『鑑定』を忘れていたことに気づきバーンに向けて行使した。

 集はようやく己の焦りを自覚する。

 だが、少しばかり遅いようだった。


―――――――――――――


バーン・ストライク:男:26歳

 レベル121

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―――――――――――


「――なっ!?」

「……『鑑定』か? 受けるかよ、そんなもん。そもそもステータスの『システム』を構築したのは女神なんだから、俺ら魔神側が対策を練らねえとでも思ってんのか。何も知らねえ使徒さんよ。いや、テメェの場合、使徒かどうかすら疑わしいな」

「くそっ……!?」


 バーンの安い挑発。

 集にはもう『鑑定』で辛うじて見えたレベル121という項目の意味を理解できるほどの余裕はなかった。

 集のレベルは55。圧倒的な身体能力の差。普通に考えれば、勝てる道理はない。だが、固有スキルがある自分なら大丈夫だと、慢心を抱いていたのだ。

 バーンはそんな集に侮蔑の瞳を向けながら、戦闘態勢を取った。

 濃密な魔力が噴出する。

 業を煮やした集はその魔力の桁違いな練度に気づかずに魔法を展開した。


「"火竜砲"!!」


 集の手から放たれた炎は竜の形となってバーンに襲いかかる。

 炎の龍が噛み付かんばかりに大口を開いた。轟!! と炎が唸りを上げる。

 コキコキと首を鳴らすバーンは避ける素振りすら見せなかった。

 莫大な炎にバーンが取り込まれる。

 それを見て勝利を確信し、哄笑を上げた集は追い打ちとばかりに魔法を次々に叩き込んだ。

 ブオッ!! と砂煙が巻き起こる。

 集の手には確かな手応えがあった。明らかに全弾命中。バーンが生きているはずがない。

 これで、女神様の敵を一体殺した。

 集は嬉しくてたまらないとばかりに声を上げる。

 

「……どうだ!! これが僕の固有スキル『火精の恩恵』だ! 火魔法なら何だってできる! 悪魔なんかに敵うはずが――――」

「――終わりか?」


 轟!! と風の音が響き渡る。

 砂煙が取り払われた先に佇んでいたのは、上級悪魔バーン・ストライク。

 彼の身体に傷はない。

 何一つとして、傷はない。

 無傷。


「おいおい」


 絶句して立ち尽くす集に、バーンはつまらなそうに死の宣告を言い放った。


「――せめて、10秒は持ってくれよ?」


  

 ♢



 ノーランド・サザルーフは執務室で多忙に見舞われていた。

 白く薄い頭髪に恰幅の良い肉体を持ち、人の良さそうな顔立ちをしている彼は、疲れたように溜め息を吐く。


「まだか…………」


 ノーランドは人を待っていた。

 悪魔襲来の報を受けてから半日と少し。そろそろ到着する頃合のはずである。

 部屋の隅に控えていた執事が恭しく応答した。


「魔力の反応はありません。突然のことですゆえ、もう少しかかるかと」

「……くそ、悪魔風情が。どうやって嗅ぎつけた」

  

 ノーランドは険しい形相で虚空を睨んだ。『水天の輪』の情報隠蔽は完璧なはずだった。

 誰も、魔王が封印されている魔道具がこんな辺境にあるとは思うまい。

 いったいどうやって情報が漏れた。

 悩み抜いても答えは出ない。


「ええい、戦況はどうなっとる?」

「今のところは優勢なようです。セドリックが上手くやっているようで」

「……そうか。このまま何事もなければいいんだが」


 だが相手は悪魔だ。決して侮ってはならない。

 百年前、魔神の配下として圧倒的少数で人類を追い詰めた怪物。

 

「騎士団に、より一層の警戒を呼びかけろ。別働隊がやってくるかもしれん」

「分かりました」


 ノーランドが騎士団を悪魔に差し向けなかった理由は、セドリックの予想とは異なり街の防御を徹底的に固めたいからだった。

 万が一にも『水天の輪』を盗まれるわけにはいかないのだ。

 魔王が復活すれば、一国が壊滅する可能性すらある。

 

 そんな魔道具を保管している都市なのだ。実際、冒険者達が思っているほど騎士団の練度は低くない。

 とはいえ、ノーランドは貿易関係の仕事で忙しく最近はあまり力を入れることはできていなかった。

 そのツケを支払うときがやってきたのだろうか。


「……いくら悪魔の絶対数が少ないからって魔王の封印場所を特定してるんだったら何体か投入してきてもおかしくないはず、だというのに」

「冒険者と交戦しているのは上位悪魔が一体のみです」

「……やはり油断はできないな。アルバートはまだか。奴さえ来れば一安心だが……」


 ノーランドは呻きながらも、書類に書き込み続けていた。

 こんなときに備えて切り札をひとつ用意していたが、今は運悪く遠出している。

 ノーランドは嘆きながらも仕事の手を休めなかった。

 久し振りの悪魔出現の報により、一気に仕事が増えたのだ。

 しかも『水天の輪』の正体に気づかれたという失態。

 王にも連絡しなければならない。

 

「頼む、冒険者達よ。どうにか乗り切ってくれ」


 貴族だ伯爵だと言ってもノーランドにできることは書類作成ぐらいである。

 彼は己の無力さを痛感しながらも、祈るような気持ちで必死に働いていた。 






 

 

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