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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第17話 「葉山集と悪魔」

 小雨を斬り裂くように剣閃が唸る。

 グランド・アイブリンガーは、雑魚を次々と踏み越えて竜種のもとへ向かっていた。

 疾駆する片手間で剣を滑らせ、的確に魔物を殺す。

 ちらりと横を見やると、ダリウスが似たような様子で追随していた。

 グランドはニヤリと笑みを浮かべ、

 

「フン、ダリウス! 考えることは一緒なようだな!」

「あのドラゴンたちは、第一級でもないと相手にできないと思っただけですよ」


 彼らの後ろでは第二級や第三級の精鋭たちが必死で追いすがってきている。

 ゴブリンなどの雑魚魔物は下級冒険者たちに任せ、まずは精鋭揃いで強敵から叩く腹積もりだった。

 セドリックはリーダーなので後方で指揮を取っている。

 

「……悪魔とやらはどこにいる?」


 得意の火魔法を発動しながら尋ねたのは葉山集だった。キョロキョロと辺りを見回している。

 グランドは少しばかり焦りが見える集に、冷静な声音で告げた。


「功を焦るとろくなことにはならんぞ、少年。戦闘は慎重にだ」

「……違う。僕は――――」


 集はその言葉を噛みつくように否定し、言葉を切って舌打ちした。

 すべては恩義ある女神様のため。

そんな事情を知る由もないグランドは怪訝そうな顔をしたが、それ以上何かを言うことはなかった。

 そんな彼らに襲いかかるのは、巨大な肉体と雄々しき翼を持つ怪物。

 何体ものドラゴンが威嚇するように雄叫びを上げた。

 一層表情を引き締めたダリウスが、グランド達に警告する。


「――来ますよ、まずは目の前の戦いに集中しなさい!」

 

 精鋭揃いの高位冒険者達に、竜種の群れが牙を剥く。

 まず、最初に動いたのは集だった。

 目つきの悪い三白眼をギラギラと輝かせながら、


「…………"煉獄火炎"!!」


 術式構築。魔力充填。魔法陣展開。その三段階を踏まえて魔法が行使される。

 集の手より放たれたのは上級に分類される火属性魔法。

 その名の通り煉獄より現出したかのような炎の渦が群れの中の一体――アースドラゴンを包み込む。

 

「収斂しろ!」


 集が叫ぶと同時に魔力を操作して"煉獄火炎"を小さく収束させた。

 その分濃密になった炎がアースドラゴンを容赦なく焼き尽くしていく。

 多大な魔力を消費しながらも集は竜種のうちの1体を討伐することに成功した。


(よし…………少なくとも老竜じゃないか)


 竜種は基本的に歳を重ねるほど強くなる。集は何体か討伐経験があるが、今の手応えからすると大人に成り立てのドラゴンだろう。

 残りの竜種は6体。老竜ではなさそうだが、レッドドラゴンやニーズヘッグと油断は許されない魔物ばかりだ。

 ニーズヘッグが振るった爪の一撃を弾き返したグランドが、集に向けて叫ぶ。


「突出しすぎるな! 魔術師ならもっと後退しろ!」

「……! 了、解です」


 ダリウスが焦燥を浮かべる集をちらりと見るが、ゴブリンの接近に気づき断念する。

 水属性の下級魔法を行使して殺しながら、跳躍して場所を移動する。 

 同じ場所に留まっていては魔物が押し寄せてくるのだ。

 魔術師としての役割を果たすため動き回るダリウスに対して、集は竜種達の中央で君臨していた。

 次々と休む間もなく術式を構築し、大魔法を展開する。


「"獄炎"! "火竜砲"!」


 滅多打ちにされたワイバーンがダメージを受けて咆哮を上げる。

 集は嗜虐的な笑みを浮かべ、次々と大魔法を展開する。

 自身の魔法の前に次々と倒れ伏していくドラゴン達を見て慢心している。増長している。何となくそれを自覚していて、しかし集は足を止めなかった。

 

「……見てますか女神様。僕が悪魔を倒す……!!」

 

 集は竜種のヘイトを集め続け、甚大なほどに魔力を消費しているが、

 ダリウスの再三に渡る注意を無視して魔法を行使し続ける。

 そのとき。

 怒り狂うワイバーンの背中に一人の青年が降り立った。

 彼は不敵に笑いながら言葉を放つ。

 

「テメェ、『女神の使徒』だな」


 彼は赤い髪をざっくばらんに切っており、褐色の肌に赤い瞳を持つ男だった。

 背中には黒い翼を生やしている。

 地面に降り立った今は折り畳んでいるようだが。

 人型の生物。紅い瞳。黒い翼。禍々しい魔力。

 間違いない。


(悪魔…………)


 集は恐怖を紛らわすように笑みを浮かべた。無理もない。ようやく目的が登場してくれたのだ。

 対して、爛々と瞳を輝かせる悪魔は愉快そうな笑みを浮かべ、残り4体にまで減っていた竜種に向けて告げた。


「こいつは俺がやる。テメェらはそこにいる連中を相手してろ」


 竜種達は唸り声を上げたが命令には逆らえないのか、グランド達――精鋭冒険者組を相手取るように立ち回り始めた。

 ダリウスやスコットなどのパーティメンバーは集のもとへ向かおうとするが、それだけは許さないとばかりにバジリスクが道を塞いでしまう。

 ダリウスが焦燥が色濃い声音で叫ぶ。


「シュウ! 気をつけ――」


 しかし。

 魔物の総攻撃による爆音が轟き、彼の言葉は集には届かなかった。

 雨後の筍のように湧いている魔物達は、何故か一定の距離を保って集に近づこうとしない。

 目の前の悪魔が命令したのだろうか。

 集は確信しているとはいえ、念のため間違っている可能性を考慮して質問した。


「お前が悪魔か?」

「おお。上位悪魔バーン・ストライク。テメェをぶっ殺す男の名だ。覚えとけ」

「悪魔風情の名前に覚える価値はない。……それより、どうして僕が『女神の使徒』だと分かったんだ?」

「あん? んなもんあのジジィと同じだからに決まってんだろ」

(……そういえば玄海さんは遭遇したって言っていたしな)


 しかし、それだけで分かるものではないだろう。集は首をひねる。

 

「だから、どうしてそれが見抜けるのかと聞いてるんだが?」

「知るかよ。そんなもん何となくに決まってんだろ」

「……じゃあ、もう一つ質問するぞ」

「いいぜ。俺は心が広い悪魔だからな。何だって答えてやるよ」


 バーンはそう言ってカッカッカと高笑いをする。

 こうしている間にも魔物と冒険者の戦争は続いている。その場にいながら対話をしている二人は、上空から見下ろせば台風の目のように見えたかもしれない。


(まずは情報を引き出す。その上で殺す)


 人殺しへの忌避感がないのは、決して覚悟があるからではない。彼は悪魔を人間だと認識していないからだった。

 集の中ではせいぜい喋る魔物ぐらいの扱いである。それでも、人語を介するなら多少は役に立つ。

 

「お前らはここで何をしてる? 何のために街を襲おうとするんだ?」

「ああ? 俺はアクアーリアにある『水天の輪』を回収しなきゃなんねえんだよ。だからこんなとこでうだうだやってんだ。趣味じゃねえのに」 

「へぇ……?」


 やはりセドリックの話は真実だったようだ。バーンはそんな集の反応を少し勘違いしたのか、眉をひそめながら、


「知らねぇのかよ? そこの街のシンボルだったはずだぜ? 魔道具そのものは伯爵邸に保管してあるみたいだが」

「……いいや、知らないわけじゃない。僕は単純に、君のような悪魔がちゃんと目的を持って動いてたことに驚いてるんだ」

「……そうかよ。彼我の実力差も見抜けねぇのか」


 集は特に意識することなくバーンを挑発した。

 女神より聞いた話では悪魔は下等生物とされていた。よって、集は思ったことを告げただけなのだった。

 しかしそんな集の心境はいざ知らず、バーンの瞳が好奇から失望の色に変わり始める。


「どうして『水天の輪』を狙う? 確か水属性魔法の力を増幅するとか、そんな程度の魔道具だったと思うけどな」

「本当に知らねえのか?」

「何が言いたい?」

「……そうか。やっぱりテメェらには真実の情報が与えられてねえな。適当にカマかけてみたが、マジかよ」

「いい加減にしろ。何が言いたい?」

「おっとおっと、こりゃいけねえ。この俺としたことが率直に答えられねえとはな」


 知ったように語るバーンを、苛立たしげに問いただす。

 腰に手を当てて胸を張るバーンは「んーとだな」と前置きした。

 そして。



「あれは魔王様(・・・)だよ」



 言葉の意味が、理解できなかった。







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