第21話 「神谷士道と霧崎翔」
奇術師と忍術師の戦いは静かに始まった。
まず士道の目の前で、翔は固有スキル『霊体化』で姿を消した。
元々は影山怜のものだった厄介なスキル。単純に、視覚が役に立たない。
「――ウルフェン!」
士道はこれまでの戦闘でずっと待機させていた白狼を呼び出す。遠くから飛び出してきたウルフェンの背に乗り、高速で駆け出した。
霧崎翔は油断ならない相手だ。それどころか、人生最大の敵になりうる。
――出し惜しみはなしだ。全力で戦う、と士道は決意した。
「魔力炉、起動――」
ウルフェンと共に他の戦闘の邪魔が入らない王都東部の方に向かいつつ、士道はかつて災厄の島の古代遺跡で入手した『魔力炉の腕輪』を起動する。
これにより士道の魔力量がすさまじく増大。
魔王化した翔が相手でも、そこまで劣る量ではなくなったはずだ。
ある程度走ったところでウルフェンの足を止めさせ、飛び降りる。
――帝都東部。
あちこちが崩れかかっているものの、他の区画に比べれば無事な方だった。
士道はあえて広場の真ん中で足を止め、周囲をくまなく観察する。
翔の『霊体化』はあくまで姿を隠すもの。よく聞けば、音は聞こえるはず。
そして士道のスキルには精霊王フィアからもらった『精霊王の加護』も存在する。このスキルにより鋭敏になっている士道の魔力感知なら、研ぎ澄ませば翔を捉えられる。
「チッ……!」
舌打ちしながら飛びずさる。ただでさえ見えないというのに、忍術師である翔はほとんど足音も立てない。限界まで魔力を抑えているせいで魔力感知すら曖昧だった。
それでも近距離まで迫れば、ぼんやりとだが居場所は分かる。
士道が跳躍して後退すると、虚空から突然クナイが現れて突き刺さった。
――本当に厄介だ。
影山が使う『霊体化』ならばまだ音で対処できた。だが翔が忍術師の技術と組み合わせて使うと隙がない。魔王化によって身体能力は凄まじく上がっていることに加えて、他にも『呪印』、『強奪』などの固有スキルを確認済み。それに翔はまだ転移者を殺して固有スキルを増やしている可能性がある。
というかそもそも――リーファの『不死』を奪った翔を殺す方法が分からない。
士道が悩んでいると、この場にいくつもの足音が聞こえてきた。
「……そう来るよな」
わらわらと。
翔の『呪印』に侵された帝都の民が十数人、士道を囲むように配置される。
下位悪魔化が施され、誰もが正気ではなさそうだ。
『さあ士道、君は何の罪もない帝都の人たちを殺せるかな?』
翔はどこからか特定できない声で言う。
おそらく民衆が士道と戦っている隙を突いて奇襲するつもりだろう。
数々の戦いを経て成長してきた士道が、今更下位悪魔十数人程度で苦戦するはずもない。
しかし、隙を常に翔に狙われ続けるとなると話は別だ。
「――ウルフェン」
ゆえに相棒――かつてローレン大迷宮の最下層で手に入れた白狼に任せる。
ウルフェンは強いが、流石に今の士道たちについてこられるレベルではなくなってきた。
ゆえに最初は潜ませていたが、翔相手ならこんな使い道がある。
士道は腰の刀を意識する。
『伸縮自在』と『重力操作』の魔導刻印を持つ名刀――『天魔刀』。
純粋な剣士ではない士道には勿体ない品だが、奇術師には相応しい能力でもある。
これにより士道は剣の間合いを気にせずとも攻撃は当たる。
「はぁっ!」
手始めにウルフェンの援護がてら『伸縮自在』で伸ばした剣を振り回す。
ウルフェンの頭上を剣が駆け抜け、十数人の人間を斬り殺した。
「へぇ、士道。それでいいのかい? 帝都の民には何の罪もなかったはずだ」
「……お前が言うのか、霧崎。レベルの低い人間を無理やり下位悪魔化した時点で廃人確定だろう。殺してやるのがせめてもの慈悲じゃないのか」
「本当に? 元に戻れる可能性だって少しはあったかもしれないじゃないか」
翔は士道の精神面の揺さぶりをかけてくる。
だが、士道だって何度も殺し合いの場を潜り抜けてきた。
今更、この程度の揺さぶりで動揺したりはしない。何の罪もないはずの民に対しての心苦しさはあるが、翔の『呪印』を食らった時点でもう先はない。
隙を見せずに剣を構える士道を見て、翔から呆れたようなため息が聞こえてきた。
「……ふうん、強くなったね。じゃあこの戦術は諦めようか。僕も好きじゃないしね」
唐突に、虚空から翔が姿を見せる。
四対の悪魔の翼を生やし、その翼を羽ばたかせることで宙に浮いている。
士道の『風の靴』を使えば宙に浮くことはできるが――あれは正確には風に乗っているだけであって飛んでいるわけじゃないので、そこで対抗するべきではない。
「良かったよ。通じるようだったらもっと多くの人を殺さないといけなくなる。僕は必要な犠牲ならいくらでも払うから、どうにか君には動揺しないでほしかった」
それはどこか矛盾しているような言葉。
まるで自身の行動を、人に止めてほしいと言っているかのような。
「……お前なら、そんな手を使わなくても俺を殺せるだろう」
「うん。そうだね、でもこれが、一番効率が良いと判断した。そう判断した以上、どんなに嫌だったとしても僕はやめないよ。そういう生き方をしてきたんだ」
そもそも翔が圧倒的有利。
ただでさえ反則気味の固有スキル群に加え、魔王化によるステータス向上が著しい。
もともと士道のレベルは120であり、おそらくは翔もそのあたりだった。
けれど魔王化が身体能力と魔力に凄まじい差を作っている。まともに戦えば士道は負けるし――そもそも、翔はまともな勝負すら挑んできてくれない。
確実に、己が最も得意な戦法で、士道を追い詰めるように戦っている。
「――だったら、俺がお前を止めてやるよ」
ゆえに士道は自分から動いた。
翔に考える時間を与えるとろくなことにならない。
まず『瞬間移動』で翔の真後ろに転移して『雷撃』を叩き込む。
バリィ!! というすさまじい音が炸裂した。
だが翔は『霊体化』でかわしつつ透明になった。このスキルは実体化しない限り、攻撃も通さない。時間稼ぎが目的なら無敵のスキルだろうが、翔だって士道を倒さなければならないはずだ。――だったら、このまま潜み続けることだけはない。
突如として後方に出現した翔は手に持つクナイで士道に襲い掛かる。
だがその手の奇襲はすでに士道が何十回と繰り返したもの。その分、慣れている。
『魔眼』で動きを先読みしつつ近接戦闘を行う。
翔の両手のクナイと士道の刀が一秒に何十もの剣撃の音を鳴らす。
『魔眼』のおかげでどうにか身体能力の差をカバーしているが、このままでは持たない。
その上、目を合わせることによって幻影を見せることもできない。
翔は士道全体を俯瞰していて、正確には士道を目を合わせているわけではないのだ。
――戦闘技術そのものも、付け焼刃の士道と違って年季が入っている。
剣でさばき切れず、弾かれそうになった瞬間――『瞬間移動』で離脱する。
士道は『瞬間移動』というカードが残っている限り、接近戦で追い詰められはしない。
だが、
「……やるね、士道」
翔の口元には余裕の笑みだ。
それはそうだろう。明らかに、士道の方が消費魔力が多い。
いくら魔力炉を起動しても、こうまで固有スキルを連発して長くはもたない。
しかも魔王化を考えれば、ただでさえ翔の方が保有魔力量は多いのだ。
このままではマズい。
そう分かっていながらも、二人の戦いは再び熾烈を極めていく。