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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第六章 そして破滅は道を開く
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第20話 「切り札の一角」

 ――『女神の使徒』史上、最大最凶のイレギュラーである新城蓮との戦いは続く。

 場所は帝都南部。『魔神』ゲルマに横槍を入れられたくない集たちは、蓮を誘導する形で戦場を移していた。『女神』だけが目的である蓮も特に抵抗しなかった。

 葉山集は襲い来るモンスターたちを焼き尽くし、冷静に対処しつつも、動揺は隠せなかった。

 これが、新城蓮の本気。

 世界最悪の迷宮『奈落』の最深部に落とされ、生き残ってしまった男。

 いくら何でも他の転移者とレベルが違いすぎる。遠くで、黒竜の背に乗りながら悠々と佇む怪物はまるで人間には見えない。


「――“火竜砲”!!」


 強烈な火属性魔法が接近しつつあった竜種を焼き尽くした。

 残存魔力は八割強。まだまだ余力はあるが、この調子では蓮に近づくことすらできない。

 かつて――海上都市アクアーリアではそれなりに苦戦した竜種が相手でも、今なら片手間で殺すことができる。

 集も、転移直後とは比べものにならないレベルに進化を遂げている。当時、一緒に戦っていた第一級冒険者のグラントやダリウスなどでも、今の集が相手なら数秒持たないはずだ。

 それだけ転移者の成長速度はおかしい。

 だが、それにしても、いくら何でも、この男は――。


「草薙竜吾のような例外ならまだ分かるが……ええい!」


 包囲するように集まってきたモンスターたちの間を切り抜け、各個撃破を高速で連続させるようにして戦っていく。

 翼を持つ天使族である『天軍』や、飛行系のモンスターを操る蓮とは違い、集は人間だ。飛行手段はない。

 いや、魔力を湯水のごとく使えば不可能ではないが――そんなことをやっている余力はない。


「火よ――‘“フレイム”!」

 

 いちいち上級魔法を使っていたら魔力が切れる。魔術師である集にとって、魔力とは生命線そのものだ。雑魚に余分な魔力は使っていられない。  

 周囲の建物を飛び移り、時にモンスターすらも足場に使いながら、集は戦いを進めていく。


 ――だが。


「減る気配が、一向にないな……」


 再び光の柱が天から舞い降り、溶けて消えていく光の中からモンスターが何百体も現れる。新たなモンスターたちは戦意を示すように咆哮を上げた。

 逃げ惑う帝国の人々には目もくれず、集やイリアス、『天軍』の面々、そして『女神』に向かって殺意を明確に突撃してくる。

 ――駄目だ。キリがない。

 新城蓮の魔力に、はたして限界はあるのか?


「――イリアス!」


『天軍』の長である天使長イリアス・ライトロードの名を呼ぶ。

 彼は槍や魔法を使って集以上の速度でモンスターどもを殲滅しながら、部隊に指示を出していた。

 ここにいるのは『天軍』の一番隊から五番隊。一番隊長のマルクだけは『魔神』の監視役に残してあるが、一番隊の指揮はイリアスが兼任している。

 彼は集の目を見る。一瞬の交錯があった。


「よし――防御網に穴を開けるぞ」


『天軍』の面々も魔王軍からの新城蓮と連戦で疲弊しているところはあった。

 とはいえ、この数の天使族の精鋭とたった一人で渡り合う蓮のそこは知れないが――こちらとしても、まだ『女神』はまともに動いていない。

 しかし基本的には蓮を召喚するモンスターを殲滅していき、蓮は一定時間ごとに大量のモンスターを召喚することで戦線は保たれている。

 魔力こそ不安なものの、まだこちら側に大した被害はない。

 そこで戦況が切り替わる。イリアスを中心に、一番隊がモンスターたちの前線に穴を開けるように突撃していく。

 いくら強いとはいえ所詮はモンスター。『天軍』の精鋭たちが魔力の温存を考えることなく突撃すれば、当然そこに穴は空く。

 だが蓮とて黙って見ているわけではない。

 これまで蓮の傍に控えていた、集たちが見たことのない――おそらく『奈落』の深層出身の怪物たちがイリアスたちを包囲するように対応していく。


「速い……!?」


 敵の真ん中を切り抜けていったがゆえに、包囲されてしまったイリアスたちの周りにはさらにさまざまなモンスターが集まってくる。

 イリアスは迅速な判断によりその場を切り抜けようとしたが、近くのモンスターに、その槍が初めて弾かれた。


「これが『奈落』深層のモンスター、面倒な……!」


 今度は立場が逆転する。包囲に穴を開けられない以上、わらわらと集うモンスターたちをイリアスは止められない。

 凄まじい密度だ。あれを切り抜けるのは容易ではないだろう。だが、そのリスクを引き受けた代わりに、チャンスは広がった。

 集から蓮へ――モンスターの壁を崩し、道が開く。

 そして、すでに集は火属性超級魔法の詠唱を終わらせていた。


「貫け――”紅焔神剣”!」


 凄まじい勢いで魔力が噴出する。

 一切の瑕疵なく組み上げられた術式は完璧な形で魔法の最大威力を叩き出す。

 魔法の天才ミレーユ・マーシャルですら至れなかった超級魔法の百パーセント変換――集の火属性はすでにそのレベルに達していた。

 地獄の業火の如く燃え上がった焔の槍が、おそるべき速度で蓮へと向かっていく。どんな強者でも、この魔法をまともに食らえば無事では済まない。

 それだけの魔力をこの一撃に込め、この一瞬を狙い打った。

 蓮がイリアスたちの方を向き、魔物たちの壁によって勢いが減衰することもない今この瞬間なら――集の一撃は、届く。



 と、思っていた。



「『四神』降臨――ゲンブ」


 一言。

 蓮の口元が何かを呟いた。

 その俊寛、莫大な魔力が世界を席巻し――凶悪な蛇を体に巻き付けた巨大な亀のようなモンスターが出現した。

 だが、ただのモンスターではないのは火を見るよりも明らかだ。

 なぜなら、


「……フン、バケモノめ……っ!」


 その甲羅は、集の超級魔法を防ぎきっていたのだから。

 ――無傷。

 集とて、この一撃で倒せるとまで思っていたわけではない。だとしても、手傷ぐらいは負わせられる――いや、負わせなければならないと思っていた。

 それが、護衛のモンスターすらもまともに落とせないとは。

 召喚されたゲンブは飛行能力がないのでそのまま地面に落ちていきそうなところを、近くの大きな竜種の一体が背負う。

 だが十分に時間は稼げている。

『女神』の力を借りなければ邪魔者も排除できない無力さに腹は立つけれど――今はそれで構わない。

 集たちはただ、『女神』の準備が整うまで、この身を賭して戦い続けるだけだ。

 

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