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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第六章 そして破滅は道を開く
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第19話 「英雄との戦い――そのためだけに」

 ――戦況が神の降臨によって激変する中。

 草薙竜吾と一ノ瀬拓真だけは何も変わらずに向かい合っていた。


「ハァ……ハァッ……!」


 草薙の前で、傷だらけの拓真は荒く息を吐き、膝に手をついている。

 だがお互いの表情は本来浮かんでいるべき表情とは真逆。拓真は愉悦に口元を歪め、草薙は顔をしかめていた。


「チッ……こんなことやってる場合じゃねえのに」

「オイオイ、馬鹿言ってんじゃねェ。もっとオレを楽しませてくれよ。なァ!?」


 突撃を敢行する拓真。

 その速度は先ほどまでよりも上がっている。

 拓真の固有スキル『闘気』による厄介な性能だった。

 だが、いくら傷を受ければ受けるほど身体能力と回復力が上がるとはいえ、そもそも常人には大して意味のないスキルのはずなのだ。

 重傷を受ければ、人は激痛で動けないはずなのだ。痛みさえなければ立ち上がれる状況下だったとしても。

 いくら回復が早いとはいえ、こう何度も重傷を受けて――なお笑みを浮かべていられる一ノ瀬拓真のような人間でなければ役に立たないスキルだった。

 ――いや、一ノ瀬拓真だからこそ、固有スキル『闘気』が宿ったのだろうが。


「この戦闘狂が……っ!」


 おそるべき勢いで上昇していく拓真の身体能力は今や、圧倒的なレベルオーバーである草薙に匹敵していた。

 もはや、その拳はまともに受けられない。よって草薙はギリギリまで引きつけ、右に字面を蹴ることで紙一重でかわしていく。

 いつまでもこんなことはやっていられない。さっさと倒して次に行くつもりだったが――拓真は不死身だ。もはや構ってはいられない。

 地面を蹴って一気に逃亡しようとした、その瞬間。


「逃がさねェよ――『ブースト』!」


 ドン!! と、さらに速くなった拓真が一瞬で草薙に追いつき、


「オイオイ、オレの『闘気』」が、ただやられるだけ強くなるだけのスキルとでも思ってたのかよォ!」


 蹴り抜いた。

 ゴバッ!! というすさまじい音が炸裂する。掠り傷を除けば、この戦闘で草薙が受けた初めてのまともなダメージだった。

 蹴り飛ばされた勢いのまま瓦礫に着弾――しそうになった瞬間、ぐるりと回転して瓦礫を足で蹴り、上手く勢いを殺しつつどうにか着地する。


(『ブースト』か……今の速さと言葉の意味を考えれば、効果はそのままだろうな。となると……)


 拓真は一時的とはいえ、草薙よりも速度を出すことができる。だとしたら、逃亡は非常に難しいと言わざるを得ない。

 厳しい顔をする草薙に対して、拓真はいったん腰を低くした戦闘態勢を解除し、思い切りため息をついた。


「……まァ、オマエが乗り気じゃねェのは分かってた。オレと戦う理由がねえからな」


 雰囲気が、変わる。

 拓真は本当に、面倒臭そうな調子で言う。

 嫌な予感がした。

 草薙はその言葉の先を聞きたくなかった。

 この男の、戦いのためなら何でもする性質を無意識に見抜いていたからこその――悪寒。


「こういうのは正直、あんま好きじゃねェ。だから用意はしても、使う気はなかった。だが、まともに戦ってすらくれねェってンなら使わざるを得ねェな。オレからいちいち逃げ出そうとする、オマエが悪いんだぜェ!?」


 ザッ、と。

 足音が鳴り響く。

 それは明らかに実力者が鳴らす最小限の足音。

 悪い予感に導かれるままに草薙は振り向く。すると、そこにいたのは――


「……ったく、おいおいタクマ。オレはお前の使い走りじゃねぇんだぞ?」


『赤鬼』アイザック・クライン。

 世界にたった三人の超級冒険者の一人が、そこに立っていた、

 だが草薙が注目していたのは――彼ではない。


「――あ」


 アイザックがその背中に刃を突きつけている、ひとりの少女。

 それは。

 そこにいたのは――見覚えのある少女だった。

 ずっと探していた少女。百年後のこの異世界に来てからの、草薙の目的。

 成長はしているけれど、かつての面影は確かにあった。そのゆっくりとした成長速度は長命種であることの証明。

 対面の少女も、憂いを帯びた表情で――しかし草薙の姿を見た瞬間、信じられないような顔になった。

 その反応で、草薙は確信を持つ。


「……ラス、ティ?」


 名前を呼んだ瞬間、彼女も確信を持ったようだった。


「――リューゴ!」


 ずっと、探していた少女。

 不死魔王リーファに手を貸して魔王軍の情報網からも探し、ララと共に旅をする中でも探し――病魔事変の際、ミラ王国王都フローゼでようやく手がかりを得た。

 それは国王ハインケルより得た情報。

 かつての吸血鬼の少女は強くなり、今やヴァリス帝国序列第三位『銀嶺』の異名を冠する魔術師になっていると。

 か弱かった頃の彼女しか知らない草薙からすれば、それは盲点だった。そんな立ち位置にいる人間を調べることすらしていなかった。

 そうして魔導都市アルスフォードでの事件を終えた後、霧崎翔や新城蓮たちと共に帝国の中枢へと潜入し、ラスティのことを探した。

 だがその時、すでに彼女の姿はなかった。

 帝国序列第四位『勇者』柊悠斗の消失と共に、ラスティすらも行方不明になっていたのだ。

 あの時、あのタイミングということは――やはり、この男たちが原因だったのか、と草薙は推測していく。


「おっと、動くなよ。こういうのはあんまり好きじゃねぇが……タクマに貸しを作るためとなりゃ仕方がねぇ」


 アイザックの牽制により、思わず動きかけた少女は足を止める。

 よく見ると、すでにボロボロだ。拓真とアイザックによって痛めつけられたのだろう。瀕死の状態で人質に取られている。


「アイザック……超級冒険者が、なぜ一ノ瀬に手を貸す?」

「言っただろ、貸しを作るためだ。オレの目的は迷宮に潜ること、欲しいのはそのための仲間だ。タクマはこの戦いのために、俺に協力を約束してくれた」

「そんなことのために……? 世界が滅ぶか否かの戦いをしているんだぞ! 迷宮のことなんて後で考えれば――」

「――そんなこと? そんなことじゃねぇんだよ。オレにとって、迷宮は世界のすべてだ。だから超級にまで成り上がれた。迷宮に潜れないのなら死んじまったって構わねえ」

「だとしても、世界が滅んだら、潜れなくなるのは変わんねぇだろ……!」

「そう簡単に世界が滅ぶかよ。どうせ誰かが必ず何とかする。これまで何度も世界の危機はあって、その度に誰かが何とかしてきただろ? そういうのはオレの役目じゃねぇ」


 言いながら、アイザックはラスティの首元に手をかける。


「うっ……」


 死が間近にある状況に、ラスティは苦悶の吐息を漏らす。

 アイザックほどの握力があれば、一瞬で握りつぶすこともできるだろう。


「――コイツは、オレがオマエに用意してやる『戦う理由』だ」


 草薙の後ろで、泰然とした態度で一ノ瀬拓真は告げる。

 どんなに草薙が無防備な背中を晒したところで、きっとこの男は仕掛けてこない。

 同じように、人質だって勝つために用意したわけではないはずだ。

 そう、拓真は草薙に本気で戦わせるために人質を用意した。ただ、それだけのことのために――ラスティをここまで傷つけた。

 その事実は、草薙の心に火をつけた。それが拓真の思惑通りだと分かっていながら。

 ――この男は危険だ、と。確かな殺意を向ける。


「ハハッ、ハハハハハハ!! いい目になってきたじゃねェか草薙竜吾ォ!!」


 対する拓真は、愉しそうに哄笑する。


「そうだ。人質がいるから手を出すな――なんて、野暮なことは言わねェよ。いいか、本気で来い。要求はそれだけだ。破るなら、その女を殺す」

「ああ、いいだろう。どちらにしろ、もうお前を許す気はない」


 これまでとは違う草薙の炯々とした眼光を受け、拓真は口笛を鳴らす。そして饒舌に語り始めた。


「オレは戦って、戦って、戦いの果てに『最強』の男になる。そのために超えるべき壁は三人。一人は、たった今、上空で神に抗っている新城蓮、一人は、オレの幼馴染である神谷士道、――そして、もう一人は、百年前の英雄、草薙竜吾――オマエだ」


 基準はよく分からない。最強と言うのなら、まずは新城蓮と共に、『女神』や『魔神』の名を上げるはずだ。

 そんな草薙の思考を見透かしたのか、拓真は言う。


「『信念』すら胸の内に抱えていない連中に興味はねェよ。そういう連中はつまんねェ。オレが超えるべき相手は――『信念』を持ち、限界を越えられる奴だけだ」


 それを持たねェ奴はオレが相手にするまでもなく、いずれ勝手に消える――と、拓真は吐き捨てるように言う。

 新城蓮。草薙竜吾。神谷士道。その三人は、拓真の言う『信念』とやらを強く宿しているから、名前を挙げたのだろう。

 傍迷惑な話ではあるが、拓真は拓真の価値観で選んだというのは分かる。正直、その『信念』を強く宿している実感はないけれど。

 だが、


「おいおい……俺じゃあ、新城の奴には勝てねえぜ? 『最強』を奪うなら、まずはあいつだろ」

「物事には順番ってモンがあるだろ。『最強』の座を奪うのは、オレの物語の最終章だ。まだ早ぇ」


 チッ、と草薙は再度の舌打ちをする。

 一ノ瀬拓真とアイザック・クライン。この厄介な怪物どもは価値観が独自のものすぎて会話にならない。

 両方とも、世界を懸けた争いなんて興味なしに、己が欲望のままに場を争うとしているだけだ。


「……待ってろ、ラスティ。すぐにそこから解放してやる」


 ただ、独自の価値観で動いているからこそ――草薙が本気で戦えば、ラスティに手を出さないことは分かる。

 彼らはそこに嘘はつかない。


「行くぞ、一ノ瀬拓真。――そこまで言うなら見せてやるよ、この俺の本気ってやつを」

「来い、草薙竜吾。――ようやく体があったまってきたところだ。もっと楽しませてくれなきゃ困るぜェ!」


 二柱の神が降臨する中。

 ――そんなものは知ったことじゃないとばかりに、転移者同士の戦闘は熾烈を極めていく。


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