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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第六章 そして破滅は道を開く
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第18話 「続々と、神に対抗するために」

「……フン、俺の忠実なる僕として生み出された『三大魔王』が、もはや見る影もないな。 一人はスキルによる魔王化をしただけの、不死魔王の暗殺者で、もう一人は龍魔王ウォルフの魂を引き継ぐものであり、俺への忠誠心があるわけではない……か」


 呟いたのは長身の男。

 長い黒髪。褐色の肌。爛々と輝く、紅い瞳。

 一見すると鍛えられた悪魔族の青年――だが、その身に纏う存在感は明らかに他と隔絶している。

 それもそのはず。彼はそもそも、人の領域では収まらない。

 ――『魔神』ゲルマ。


「それに、新魔王とやらが死んだせいで魔王軍ももはや壊滅寸前か。……あのざまでは時間の問題だな」


『器』を使って顕現している『女神』よりも、より完璧な形で再臨している以上、世界最強の存在であることは間違いなかった。

 ゲルマは激しい戦闘により廃墟も同然となった帝都ヴァラキアで、瓦礫に足をつけている。


 ゲルマの視線の先では、『天軍』と人間連合軍に壊滅させられていく魔王軍の姿があった。

 百年前の戦争では『勇者』がひっくり返しただけであり、基本は圧倒していたというのに――使えない連中だ。


「この俺をまともに出迎えることすらできんとはな……」

「……くく、そう、だ。お前に味方など、いない。お前はこれから、一人で戦うことになる……!」


 ゲルマがすでに意識から外していた人間が、声を出す。

 それどころか、立ち上がっていた。どう考えても立ち上がれるような体ではない。

 あと一撃でもゲルマの攻撃を受ければ、間違いなく死ぬだろう。


「それに何の問題がある? 俺は世界最強の存在だ。俺に勝てる奴がいない以上、何の問題もない」

「く、くはは……」

「使えない――というだけで、俺を完全な形で再臨させた時点で、すでに戦いの決着はついている」


 だというのに――その男、山城京夜は、ふらふらの体で、不敵な笑みを浮かべてそこに立っている。

 確かに、人間にしては強い。異世界転移者――『女神の使徒』は伊達ではないと感じた。

 だが、ゲルマには敵わない。そもそも比較できるような領域に達していないのだ。

 たとえ山城が千人いたとしても、ゲルマは苦労なく殲滅できる自信がある。それだけの差があった。

 だが――そんな状況下で笑える神経には、ゲルマでさえ微かな驚きがある。


「流石はクソ女神の使徒か。――狂っているぞ、人間」

「狂った神に狂っていると言われるなんて、ありがたいことじゃねえか……!」

「耳障りな男だ。人間などどうなろうが構わんから生きていても放置していたが――そこまで望むなら殺してやろう。喜べ、お前は神の手で死ねるのだ」

「ハッ、お断りだな……!」


 笑う山城。だが、先ほどの攻防で魔力が切れていることは分かっている。

『光の勇者』を倒した後、たった一人で数分間の戦闘をもたせるためにすべてのスキルを総動員し膨大な魔力量を消費していた。

 ゆえに、手があるとするならば――


「やはり――増援か」


 ゲルマが飛びずさった瞬間、彼が先ほどまでいた場所に大剣が勢いよく叩きつけられた。

 瓦礫がはじけ飛び、ゲルマは破片を適当に弾きつつ、新たな乱入者へと目を向ける。


「ほう、魔神でもワシの剣を避けるのか」

「容易に避けられるものを、わざわざ食らってやる必要もないだろう。虫に触られるのは嫌いでな」


 やはり山城の『まだ何かあるかもしれない』と思わせる言動・行動は、迅の奇襲を成功させるためのフェイクだったか。


「くだらん……」

「なっ――」


 ゲルマが振り向きざまに魔弾を撃ち放つと、山城は大爆発に呑みこまれた。

 キュガッッッ!! というすさまじい音が炸裂する。ただの魔弾。されど、込められた魔力量は一個人が持てる量ではなかった。

 おそらく、もう生きてはいないだろう。

 再び振り返ると、勇者の力を感じる禿頭の男は凄絶な笑みを刻んでゲルマを睥睨していた。


「どいつもこいつも……『女神の使徒』は――いや、異世界転移者限定か? ともかく、怖れを知らぬバカばかりだな」


 どんなに強い戦士でも、ゲルマの姿を見た瞬間、恐怖で足を竦ませるのが普通だ。そうではなかった人間などほとんど知らない。

 だというのに、この男たちはゲルマのことを恐れない。それどころか、笑う。

 ――普通ではないからこそ、この場でここまで生きているのだと言えば、その通りなのだろうが。


「名乗らせてもらおうか。ワシは榊原迅――貴様の敵である五勇者の一角、『力の勇者』だ」

「ほう、大した勘違いだ。魔王連中を殺して調子に乗ったか? ――勇者ごときが、この俺の敵になれるとでも?」

「さて――それは、やってみなきゃ分からんだろう?」

「すでに『光の勇者』はその辺りに倒れているよ。奴を見ていれば、お前の実力もだいたい想像がつく」

「ほう、一応言っておくが、ワシは白崎大和よりも強いぞ?」

「……ふむ」


 大剣を肩掛けに構える迅からは、嘘をついている気配はない。


「面白い。そこまで言うなら、抗ってみるがいい」

「――そうさせてもらおう」

 

 言葉の直後。

 真上から、気配を感じた。

 正面にいる迅は、まだ不敵に笑っている。


「なるほど」


 ゲルマは呟き、脳天へと振り下ろされた大剣を素手で鷲掴みにする。

 おそらくは周囲の大地をまとめて破壊するレベルの一撃。だが、ゲルマの肉体に傷をつけられるようなものではない。


「芸がないな。さっきと同じ手か?」


 真上から大剣を振り下ろしてきた者の姿に目をやると、正面にいる迅とまったく同じものだ。


「幻術か? ――いや」


 斬りかかってくる正面の迅に向けて、掴んだ大剣を投げ飛ばす。

 しかし猛然とした勢いで突っ込んでくる迅は、その大剣を肩で弾き飛ばし、その勢いで手に持っている方の大剣を思い切り振り回していた。

 ゲルマは腕で防御する。

 ゴッッッ!! という鈍い音を鳴らし、しかしゲルマはその場から一歩も動いていなかった。防御に使った腕にも、傷一つない。

 全力を込めているのか、額に青筋を浮かべている迅。

 ――こんなものか、とゲルマは冷めた瞳で今代の勇者を見やる。


「分身系の固有スキルか。お前程度が何人出てきたところで、俺には傷一つつかんぞ」


 わらわらと周囲の物陰から湧いてくる榊原迅の『分身』をぐるりと見まわし、ゲルマは淡々とした口調で言った。

 しかし、別の殺気が混じっていることに気づく。

 そちらに目をやると、とんと軽い音を立てて降り立ったのは黒髪をポニーテールにした少女。

 

「そこのおじさんだけじゃないよ。――ボクだって、ここにいる」


 レーノ共和国の『赤の勇者』――丹波静香。

 彼女の服は汚れていて、その手には傷だらけの山城京夜を抱えている。


「勇者がどうこうじゃない。世界がどうこうでもない。……個人的な理由で、ボクはアナタを叩き斬る」


 その表情はどう見ても、怒りを宿していた。

 彼女だけではなく、次々と別の気配が増えていく。

 あまりにもゲルマの魔力が膨大すぎて、場所がすぐに分かってしまうことも影響しているだろう。


「……気絶している我が国の勇者の代わりに、私たちも協力させてもらおう」

「こいつが『魔神』か……とんでもねえプレッシャーだ、異世界転移者連中はよく平然としてられるもんだ……!」


 告げる声は、『光の勇者』白崎大和を召喚した国のもの。ミラ王国騎士団長サイラス・クロージャ―。

 そして彼に続くのは、同じくミラ王国宮廷魔術師筆頭であるマリアン・ドルストイだ。


「――なら、私は帝国の勇者の代わりだ」


 自らを帝国序列第四位『妖の勇者』柊悠斗の代わりだと名乗る少女は、同じく帝国の『序列持ち』だった。

 ヴァリス帝国序列第五位『蛇』の異名を持つ鋭い瞳の剣士――シャーロット・バーネス。


 そして、勇者やその関係者だけではない。

 魔王軍がほぼ残党化したことにより、強者が続々と魔神の元へと参戦してくる。

 

「女神様より貴様を抑える人間どもに協力しろという指示が下った。……人間と同格扱いされるのは気に食わないが……私も参戦させてもらおうか」


『天軍』。

 女神率いるその天使族の精鋭たちは現在、『灰の勇者』新城蓮を相手にしている部隊と、魔王軍の残党を相手にしている部隊で二分されていた。

 その中で、『天軍』一番隊隊長のマルクだけは、魔神ゲルマの監視・調査の役目を含み、この場に現れていた。


「――魔王軍の方はおおむね片が付いた。よって、私も手を貸そう、勇者ジン」


 そして。

 迅に話しかけるのは、ライン王国最強の竜騎士――アルバート・レンフィールド。


「人間が束になったところでな……」


 それだけの『世界の強者』を見てなお、ゲルマの表情には呆れが混じっていた。


「なぜ分からん? なぜ俺には勝てないと分からん? むしろ雑魚より、それなりの力がある貴様らの方が分かるはずだろう――神には届かないと。何人いようと、結果は同じだ」


 否――ゲルマが言いたいことはそれではない。

 より正確には、勝てないと分かっているくせに戦おうとする態度が気になった。彼らの、何かしらの信念を宿したその瞳がやけに気に食わなかった。


「……いいだろう、分からせてやる。この『魔神』ゲルマの力を。……光栄に思え、人間ども」


 直後の出来事だった。

『魔神ゲルマ』を中心として――世界が変革した。


   

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