第17話 「きっと、最初から二人とも分かっていた」
「――なら、僕と手を組まないか? これは最後の機会だ。よく考えて返答してくれ」
霧崎翔は。
士道に向かって、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
元の世界の存亡に関わるというのなら、手を貸すのもやぶさかではない。
だが――そもそも、士道には情報が足らなすぎる。情報源が翔だけでは、士道としては頷くことはできない。
なぜなら――翔は、同じ人種だ。
奇術師の士道だから分かる。忍術師の翔は平然と嘘をつく。真っ向勝負に向いてない天職を持った彼らは互いに同じ匂いを感じ取っていた。
翔の言葉は、信用できない。
「手を貸すっていうのは、具体的に何をしろと?」
「簡単なことだよ。これから魔神を地球に送還する儀式を行う。君もその儀式の構築に協力してほしい」
光の勇者たちが魔神を食い止めている今が好機だ――と、翔は告げる。
「具体的には、これから忍術――元の世界で生み出された魔術を使う。だが僕は忍術があまり得意じゃない。ゆえに、大がかりな儀式が必要となる。まずはこの帝都ヴァラキアの四方に、魔神を囲うような形で『印』を刻む。いわゆる
結界だね。そしてこの空間をこの世界から切り離し、『不安定な状態』を作り出す。どちらの世界とも言えないような、曖昧な状態で固定する」
そして、と翔は真の目的をとうとうと語る。
「僕がわざわざ『三大魔王』の一角となった理由は、僕の魔力を使って魔神が再臨した、という状況を作り出すためだ。つまり魔神の一部は僕で構成されている。僕と魔神の繋がりは魔術的に強い。そうなれば魔神は霧崎翔である、と世界に誤認させることもできる。魔術の基礎である拡大解釈の一つだね。ゆえに僕を地球に送還する、というだけの術式を、本来なら魔力量が強すぎて魔術すらまともに効かない魔神に対して理不尽に発動させることができる。なぜならこの術式は彼を僕だと定義しているのだから」
「……理屈は分からないが、お前が魔神を地球に送還できることは分かった。だが――あの状態の魔神を、そのまま地球に送還するのか?」
士道はちらりと上空に目をやる。
そこでは『光の勇者』である大和やミラ王国王都事変の首謀者である山城京夜が魔神ゲルマと戦っている。
否――あの二人でさえ、本当に戦いになっているのか怪しいところだった。
「俺にはあれが、地球を守ってくれるような存在には見えない。仮に地球に送還したところで、地球で暴れ出したらどう対処するんだ?」
「地球には『巫女』がいる。僕ら忍が代々守護してきた存在が。彼女が祈れば神の怒りを鎮めてくれるはずだ」
筋は、通っているように見える。
翔の瞳も、真っ直ぐ士道を見ている。翔にしては珍しく、訴えかけるように。
だが士道は奇術師だ。ゆえに、翔の言葉を否定した。
「――嘘、だな」
「……なぜ、そう思う?」
「いや、正確には、大部分は本当だろう。だが一部は、俺の協力を取り付けるための嘘だ」
同じ人種だからこそ、その思考が読める。本当に嘘をつくときにどうするのか、分かってしまう。
「霧崎、お前――本当に魔神を抑え込める保証なんてないんだろう?」
だから士道は推測を口にしていくことにした。翔の反応を見て、合っているかどうかを判断する。
「巫女が祈れば魔神の怒りを鎮められる。お前は多分、そうできるだろうとは思っている。だが確信がない。この世界の歴史から分かる魔神の行動を鑑みるに――魔神はすでに俺たちの世界への興味を失くしている可能性が高い。『封印』される前までは巫女の祈りで怒りを鎮められたとしても、今、強制送還すればどうなるのかは実際のところ分からない――そうだな?」
「……違う、と言っても無駄だろうね。僕は君の嘘を見抜けるし、なら君も僕の嘘が分かるか。……それにしても、ほとんど聞いただけの情報だけでよくそこまで推論を組み立てられるものだね……ちょっと呆れるよ」
呆れたように翔は言う。
彼らが喋っている間にも地響きは鳴り続け、『女神』や『魔神』が引き起こす凄まじい戦闘の余波があちこちを襲う。
士道と翔は余波を受けないように建物の屋根を飛び移りながら、話を続ける。
「そうだ。『女神』を殺し、この世界の神に君臨しようとした百年前の戦争や、巫女との交信に段々と返答が少なくなっていった地球での態度を見るに、あの神はもはや僕らの世界に興味はない。送還されたら、怒り狂うことだろう」
――だが、と翔は言う。
「だから何だ? 別に、それで構わない。あの世界を救うために神は必要なんだ。仮に神が怒り狂ったところで世界が消滅したりはしない。大陸が一つ消滅したり、数億数十億の命が犠牲になることもあるかもしれない。――だが、あの世界が滅びるよりは遥かにマシだろう?」
どろりとした瞳が、士道を捉えた。
翔の信念が、譲れない意思が、今初めてその瞳に宿っている。
「……確かに、そうだろう。だが他に方法はないのか? 犠牲を出さない手段は何かないのか?」
「神が僕らの世界に興味を失った時点でそれは難しいよ。もし仮に――魔神を殺さず、弱体化させたうえで捕縛できたとしたら何とかなるかもしれないが――君も上の戦闘は見ているだろう? そんなことは不可能だ。神に、人は勝てない」
士道が上空を見上げた瞬間、大和が地面に叩きつけられた。
「――白崎!?」
山城は『土精霊の恩恵』でいったん地面に潜ることで事なきを得たようだが、その体の損傷は著しい。
気を失っている大和を見て、山城は言う。
「……神谷士道か。もう少しなら、俺が時間を稼いでやる。――だから、お前が何とかしろ」
山城は言葉少なに無茶苦茶な要求をして、再び魔神のもとへと突撃していった。
「……僕から言えるのはここまでだ。さあ、どうする士道。僕に協力するか、否か」
翔は答えが分かっているのだろう。見透かしたような瞳で、それでもあえて士道に問うた。
士道は、顔をしかめる。
翔はもう、嘘をついていない。
翔だってべつに、人死にを増やしたいわけではない。そのくらいは見ていれば分かる。彼は本来、優しい人間だ。それでも守るべきもののためなら、他の何かを冷徹に切り捨てられる覚悟を宿した人間だというだけだ。
ベストではなかったとしても、翔に協力すればベターな結末は得られるのかもしれない。
この世界もあの世界も、多くの人々が犠牲になるとはいえ、何とか救うことはできるのかもしれない。
ただ、
それでも。
「……悪いが、断る。多くの人が犠牲になると分かっている計画に、乗ることはできない……!」
「交渉、決裂だね……」
翔は分かっていたように、再びクナイを構え直した。
士道も応じるように、剣を構え直す。
「考え直せ、霧崎。俺とお前が協力すれば、もっと良い結末にすることもできるはずだ……!」
「悪いけど、君の無謀に付き合う気はないよ。誰も彼もを救おうとする君のそれは美点だが――今この状況では、最終的に皆を殺すことになる、毒だ」
奇術師と忍術師が、派手な戦闘を繰り広げる『女神』や『魔神』の影で、ひっそりと向かい合う。
誰も注目していない戦い。だが、そのくらいが彼らにはちょうどいい。
「……やるしかないんだな」
「そうだね。きっと君と僕は殺し合うことになるだろうなと――『白い空間』で見たときから、予感がしていたよ」
「そいつは、奇遇だな――」
言葉と同時に、神谷士道は踏み込んでいく。
霧崎翔も、それに応じた。
世界の趨勢を決める戦いが、二柱の神が巻き起こす余波を利用し合うような形で始まっていく。