第16話 「神と人間」
浅場優花の肉体に降臨した『女神』ミラは、眼前の竜の大軍を睥睨していた。
姿こそ優花であるものの、その立ち居振る舞いは彼女のそれではない。
上位者のたたずまい。自らこそが頂点と信ずる者の傲岸不遜なものだった。
「……『魔神』ゲルマ、か。残念だけれど、この世界に、神は二柱もいらない」
「どうしますか」
端的な問いは、天使長イリアスのものだ。
彼は葉山集と共に跪いている。最上級の敬意を示す態度だった。
「潰す――と、言いたいところだけれど、どうやら先に片づけるべきイレギュラーな因子がいるようね」
ミラが目を向けた先にいたのは、隻眼隻腕の怪物だった。
黒い眼帯に、灰色の髪。ギラついた眼差しは真っ直ぐにミラへと向けられている。
「……、お前が女神か?」
灰の勇者、新城蓮は感情を抑えたような一言をぽつりと漏らした。
直後。
目をカッと見開き、
「お前が――――――――――――――――ッッッ!!!!!!」
ごう、と光が渦を巻いた。
それは周囲一帯を覆うほどに莫大な光。
今この戦場にいる誰もが一瞬、自身の戦闘を忘れて新城蓮の方に目をやる。
そして。
数万体にも及ぶ魔物が、新城蓮を中心に顕現した。
信じられない光景だった。
一瞬、各所で鳴り響いていた戦闘音が途切れる。
それだけの異常を、この男はたった一人で体現していた。
「これは……予想、以上ね」
召喚師。
その、極限の形。
「……お前を殺すためだけに、ここまで生きた。存分に苦しんでもらうぞ、女神とやら」
「魔物をいくら集めても、この私には届かないわよ?」
「……黙れよ魔物以下のゴミが。どの面下げて語ってやがる、死ね」
常人なら震えあがるほどの殺気。
それを軽く受け流して、ミラはイリアスと集に向かって端的な指示を出した。
「『魔神』も気にかかるけれど……まずは、あの怪物をやるわ。あんなものを異世界から呼び出したのは私だから、ね」
「私たちはどうすれば?」
「今の私は脆弱な人間の器を使っているのよ? ――護りなさい、私を。傍で」
ミラの言葉に、イリアスは目を見開いた。
いくら人間の器を使っているとはいえ、仮にも神の一角。
それがたった一人の人間を前に、自分を護れとの指示を出す。
眼前に佇む異世界転移者の異常性を示すには、十分な言葉だった。
「貴女の口から、そんな言葉を聞く日が来るとは思いませんでした」
「……それだけの相手と言うことか」
集は呟き、ミラの前に出る。そして炎を纏いながら端的に言った。
「――お任せください」
「……警告はする。俺が殺したいのは女神だけだ。別にお前らを殺す理由はない。だが、俺の邪魔をするならお前たちごと叩き潰す」
「愚かな問いだな」
新城蓮の言葉を、葉山集は鼻で笑った。
彼我の実力差を、十分に把握した上で、なお譲れないものがあると。
「来てみろ、我が神に刃向かう愚か者。貴様はこの僕が命を賭して叩き潰す」
その言葉が始まりの合図だった。
新城蓮が従える竜の大軍が一斉に魔力の息吹を撃ち放ち、大爆発が巻き起こった。
◇
『三大魔王』の儀式によって復活した『魔神』ゲルマは、首を鳴らしながら眼下を睥睨していた。彼はふん、と鼻を鳴らす。ひどく人間らしい仕草で。
「召喚師、か。これだけの魔物を従えるとは相当なモンだ。俺でも骨を折るだろう。だが自身の使徒に反乱されてちゃ世話ねえな。女神のバカさ加減がよく分かる」
適当に吐き捨てると、眼下より迫りくる影に目をやり、手近な建物の屋上に降り立った。
六対の翼を、振るう。
それだけで尋常ではない風圧が巻き起こり、ふわりとゲルマは降り立つ。
「クソ女神の野郎は後回しだな。まずはこいつらか」
冷淡な口調での一言。
そんな彼に肉薄する影は、いくつか存在した。
一つは、『光の勇者』白崎大和。
もう一つは、ミラ王国王都事変の首謀者、山城京夜。
「挨拶代わりだ。こいつを食らって死なねえようなら、相手をする価値があると認めてやる」
ゲルマは言葉と共に右手を掲げた。
その掌の先に、尋常ではない魔力が収斂し、球体状になっていく。
「なっ……」
大和は驚愕の表情でその足を止めた。
そんな彼に、山城が怒号のような叫びをあげる。
「バカ野郎!! 足を止めるな! そんなもんまともに受ければ死ぬぞ!!」
硬直は一瞬。
山城は『土精霊の恩恵』で地面の中へと潜り、対して大和は、
避けなかった。
「……聖剣よ、光を宿せ」
真っ直ぐにゲルマを見据え、その剣に固有スキル『聖剣』の光が宿っていく。
「ほう、回避機動に移らないか。なぜだ?」
「僕がその魔力の塊を避ければ、街に直撃する」
「当然だな」
「それはできない。そうなればたくさんの人が死ぬ」
「この程度で死ぬような愚民を、お前はなぜ守ろうとしている? 理解できんな」
「――僕は、この世界を救うと誓ったんだ」
それは、ここで民を見捨てることを絶対に意味しない。
大和は透徹とした瞳に悲壮なまでの覚悟を示し、さらに剣へと魔力を込めていく。
「……なるほど、勇者か。自己を他者のために使う、愚かな連中め」
呆れたようにゲルマは言い、おそろしいほどに圧縮された魔力の塊が無造作に大和へ向かって放り投げられた。あんなものが直撃すれば、間違いなくこの街どころか周囲一帯がまとめて大爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる。
それを避けたいのであれば、大和が渾身の力で相殺するしかなかった。
「……アイリス、僕に力を貸してくれ」
神の一撃。
それに対して人如きの反攻が通用するのか、分からない。
けれど、約束をした。
脳裏に過ったのは、今はもうこの世には存在しない少女の笑顔。
もう彼女の笑顔は見られないのだとしても。
せめてもう、彼女の好きなものだけは失わないように。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
ドン!! と前へと足を踏み出し、地面に亀裂が入る。
同時におそるべき勢いで『聖剣』が振り下ろされ、光が魔力球に向かって放たれる。
直後。
凄まじい爆発が宙空で巻き起こり、世界が震撼した。
【お知らせ】
オーバーラップ文庫より私の新シリーズ「支援術師の迷宮探索記」が発売されます。
公式発売日は3月25日ですが、そろそろ書店にも出回っているかなと思います。
光を失った一人のベテラン冒険者が新人ヒロインに導かれ、再び立ち上がるまでを描いたゲーム風王道ファンタジー、ハズレ奇術師が好きな方はきっとお楽しみいただけるかなと思っております。
本屋などで見かけた際には、ぜひ手に取っていただければ幸いです。
ハズレ奇術師についても、ちょこちょこ更新していきたいと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。