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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第16話 「戦いの幕開け」

 冷たい雨が降り続いていた。

 どんよりとした雨雲は雷をともない、戦いに向かう者の不安を駆り立てるように荒れた空模様だった。

 空一面を埋め尽くす雲には一筋の光明すらなく、どこか絶望という表現を想起させる光景である。  


「…………くそ」


 身体をつたう水滴が、少しずつ体温を奪っていく。

 神谷士道は苛立たしげにそれらを振り払った。


「このレインコートどっかに穴があるぞ。あの店主め、欠陥品売りつけやがった」

「そういうこともあるさ。諦めな」


 淡々と応答したのは赤髪をたなびかせる美しい女性だった。

 彼女――エレノアは嘆息しながら、


「しかし、この4人。見事なまでに前衛大集合だったわけね。なんてバランスの悪い」

「まあ、これはこれで逆にやりやすいだろ。後ろに気を使う必要もないんだから」


 現在の時刻は11時だった。

 作戦開始まで残り一時間である。

 冒険者ギルドからレインコートを買いに出た士道とエレノアは、うんざりしたように愚痴を吐いている。

 玄海とレーナが待機している冒険者ギルドにようやく辿り着いた士道たちは、嘆息しながら二人と合流する。

 ちなみに士道は念のためエリシアを『鑑定』していた。

 第二級なので足を引っ張るようなことはないだろうと思っていたが、確認しておくにこしたことはない。



――――――――――――――


エレノア・レッドフィールド:女:24歳

 レベル:79

 種族:人族

 天職:戦士

 スキル:蛮族

    :野生の本能


――――――――――――




(そもそも……玄海の例を見れば、レベルを基準に考えすぎても駄目だろうしな)


 ステータスに記載されているのは、あくまで表面的な数値だけだ。

 剣術などの戦闘技術については何も書かれていない上、スキルによっては大きく強さも変わるだろう。

 つまり、参考程度にしかならないのだ。

 士道はついでにステータスプレートを確認しておく。

 

――――――――――――


シドー・カミヤ:男:17歳

 レベル:45

 種族:人族

 天職:奇術師

 スキル:翻訳

    :鑑定

    :精霊王の加護

    :【固有】魔眼

    :【固有】雷撃

    :【固有】瞬間移動


―――――――――――



 ゴリグマ討伐後に魔物が大量に押し寄せたことにより、レベルが少し上がっていた。


「ふむ…………」

「士道。少しいいか」


 士道が顎に手を当てて考え込んでいると、玄海が小声で話しかけてきた。


「何だ?」

「言うまでもなかろうが……悪魔には気をつけろ。奴は『女神の使徒』を積極的に狙ってくる。つまり、儂らのような異世界転移者じゃ。まともに戦おうとは考えない方がいい。儂は固有スキルを使って何とかしたが……撤退したのは向こうの気まぐれに過ぎぬ」

「爺さんが固有スキルを……?」


 士道は玄海が固有スキルを発動したところを見たことがない。

 正確には、使わざるを得ないほど追い詰められた場面を見たことがないのだ。


「いい機会じゃから教えておこう。儂の固有スキルは『生命回帰』じゃ」

「…………どういう効果だ?」

「この老いた体が一時的に全盛期の肉体に若返る。もちろん魔力を消費するから10分が限界といったところじゃな」

「へぇ……そりゃ強そうだな」


 士道は目を瞠った。

 それが本当ならば、普段ですらグランドに及ぶほどの強さを持つ玄海が『生命回帰』を使ってすら悪魔には及ばないというわけだ。


「そいつには『鑑定』が弾かれた。辛うじて確認できたのはバーン・ストライクという名前と、レベルだけじゃ」

「弾かれる?」

「どうやらステータスとやらは女神が創ったシステムのようでな。魔神側は対策を練っておるらしい」

「……へえ」

「そやつのレベルは120を越えている。はっきり言って桁違いじゃ」

「なっ…………!?」


 士道はバーンというらしき悪魔の力に強い警戒心を抱いた。

 第一級冒険者であるグランドの更に上。まだ見ぬレベル100越えの怪物。


「レベルオーバー、領域外。やつは自分でそう言っておったよ。レベル100越えは、巷でそう呼称されるらしい」


 レベルオーバー。

 所詮はレベル45の士道にとっては、想像の埒外の領域である。

 しかし、彼には三つの固有スキルがあり、伝説級と呼ばれる魔道具も手中にある。

 もし、その悪魔が士道を殺そうと襲ってくるのならば。


「――やるべきことは、変わらない」


 その双眸に鋭利な眼光が宿った。

 あくまで冷静で静謐な雰囲気を携えたまま、士道は冷徹な覚悟を決める。

 玄海はそんな彼を、何も言わずにただ眺めていた。














 この世界特有の二つの太陽が空の頂点へと昇る。

 それと同時に冒険者達による悪魔撃退作戦は開始された。

 

 冒険者が出払っている間の街は、騎士団が総出で護る。

 セドリックがこそこそと話していたことを聴き取ったが、秘密裏に重要人物の避難は済んでいるようだ。

 

 高位冒険者は馬を駆って所定の位置に向かう者も多くいたが、士道や玄海は馬を持っていなかったので現場まで徒歩で向かうことになった。


 ただし、だからといって馬より遅いとは限らない。


 その4人は凄まじい速度で森林を疾駆していた。

 孤島での生活により、手慣れた様子で木々を利用する士道と玄海。

 獣人特有の優れた身体能力を活かし、磨かれた敏捷性に物を言わせて突き進むレーナ。

 スキル『野生の本能』で森林を完全把握し、猛獣のように四肢を使って駆けるエレノア。


 馬を駆る者は森林を迂回して進み、徒歩の者は森林を突っ切る。

 だが森林内を進みながら馬よりも速い速度で走る4人は、一足先に現場付近に到着していた。

 戦場となることが予想されるのは、森林を抜けた先にある火山の麓の荒野である。そこは見晴らしが良く、集団戦に向いているのだ。

 移動するうちに雨は小降りになっていて、戦闘に支障はなさそうである。


「ここまで魔物がいなかったな。やっぱりすべてを集結させてるのか」

「それぐらいの戦力がなければ街は落とせないでしょうしね。……しかし、魔物の活性化と制御を一晩でやってのけるなんて、その悪魔はどんな化物なんですか、いったい」

「ここじゃ様子が見えないな」

「お、そこに手頃な木があるよ。登らないかい?」


 士道達は火山付近の森林で一番高い木に登った。高所より魔物の軍勢の姿を捉える。

 種類としては、ゴブリン、コボルト、オーク、スライム、ゴースト、ゴリグマ、ホーンタートル、ハーピー、アーマーブル、リザードマンなど。

 奥地には竜種やバジリスク、サイクロプスの姿まであった。


「なるほど確かに500ぐらいはいるな。うじゃうじゃと蟻みたいに群がりやがる」

「……厳しいですね。もう少し下級の魔物が多いかと思ってましたが、竜種まで何体かいるとなると……」

「アースドラゴンがいるな。随分と鬱陶しそうなのばかりだ」

「……わたし、逃げたくなってきましたよ」


 猫耳をぴくぴく揺らすレーナの瞳に、僅かな恐怖の色が宿る。

 会議のときはイメージが難しかったが、実際の敵を眺めて怖気づいたのだろう。

 それ自体は別に恥ずべきことではない。重要なのは、その恐怖を克服できるかどうかだ。

 士道は優しくレーナの髪を撫でた。


「安心しろ」

「シドーさん?」

「もしものときは、俺がお前を助けてやる。即席とはいえ、一応は同じパーティなんだ。殺させはしないさ」

「にゃぁ……」


 士道の言葉によって恐怖が薄らいだのか、レーナは気持ち良さそうに目を細める。

 エレノアはニヤニヤとしながら、


「何だい、見せつけてくれちゃって」

「そうかね。ちょっと励ましてるだけさ」

「み、見せつけてません!」


 ようやく人前でやることではないと正気になるレーナ。

 冷静に対応する士道とは対照的に、彼女は頬を紅色に染めながら反論する。

 玄海がひたすらに温かい目で見守っていることも相まって、恥ずかしさは倍増なのだった。


「だいたい、レーナは新人に諭されてたらおしまいだからね」

「…………はっ!? 確かにそうでした! わたしは先輩、頑張ります!」


 レーナが奮起する。先輩っぽさはまるでないが、彼女なりの気合の入れ方なのだろう。


「それより悪魔が見当たらないな」

「悪魔は人型ですし、小さいから見えないんだと思いますよ」

(レベルオーバーとかいうから、もしかすると魔力の規模だけで特定できるんじゃないかと思ったが……やっぱ無理だな)

 

 士道は『精霊王の加護』により魔力感度が高い。だから遠距離でも魔力を放出している者ならば特定することが可能だったが、流石に魔力を使ってもいない上、魔物の群れに混ざり込んでいる者を探すのは困難だった。


「そろそろ始まるかね」

「はい。時間が近づいてきました」


 レーナが腕時計型の魔道具を見やる。これは少し高価な品だがセドリックは金を惜しまず、すべてのパーティに配布している。


「腕が鳴るねえ。これだけの数、早々お目にかかれるものじゃないし」

「うむ。できる限り貢献して見せよう」


 エレノアは嬉々として笑う。

 玄海も気合十分だった。

 この依頼は出来高制である。

 簡単に説明すると魔物の強さと数ごとにポイントがつけられていて、そのポイントによって報酬が上がる。

 名声を求める玄海には持ってこいのシステムなのである。

 どういう理屈なのか、倒した魔物は正確にギルドカードが記録するようだ。不正も不可能である。


「さて」


 士道も気を引き締め直した。

 別に、彼には戦うべき理由なんて大してない。来たばかりの街にはまだ愛着が湧いていないし、報酬だってそこまで欲しいわけではない。

 それでも、やると決めた以上は最後まで本気でやり抜く。

 それが士道の信念だった。

 

「しかし、あの魔物たちはあそこで何やってんだ?」


 士道の視線の先は、魔物の軍勢の中央付近。そこでは何体かの魔物が不思議な踊りをしていた。

 その他の魔物はその中央に向けて、祈るような格好で佇んでいる。


「あたしにも分からないな……戦闘前の祭りか何かかい?」

「……そもそも魔物ごときにそんな知能があるとは思えん。悪魔の命令と考えるのが妥当かね。魔法とかに関係があるのか?」

「魔力が感じ取れないしねえ。そもそも魔法は魔法陣を描かないと成り立たない。あんな踊りじゃどうにもならないだろうよ」


 士道が考え込んでいると、事前にそれぞれのパーティに渡されていた凡用魔道具が振動した。

 攻撃開始の合図である。

 

「お手並み拝見だな」

 

 士道達4人のパーティは、最初は高みの見物だった。

 何故なら。


 魔物軍団に向けて、幾重にも範囲魔法が展開されたからだ。


 魔物達がそれに気づいて悲鳴かも分からない叫び声を上げる。

 だが、既に遅い。

 爆音が炸裂して阿鼻叫喚の地獄が巻き起こる。

 地形すら歪むほどの攻撃魔法の群れだった。

 士道はおお、と目を輝かせる。


「こりゃ凄いもんだ。俺も魔法を使いたいな」

「……へー。シドーさんも子供みたいなところがあるんですね」

「そんなことより、ひとまず第一段階は完了ってところだね」

「うむ。100は減ったか?」


 これはセドリックが立てた作戦の第一段階で、魔術師を使った遠距離攻撃魔法による一斉攻撃である。

 ダリウスや集を代表とした練達の魔術師による殲滅魔法の威力も重なり、魔物軍団に甚大な被害をもたらした。

 今の攻撃だけでかなりの数が減った。

 魔物が狼狽している間に、魔術師達はもう一度攻撃魔法の準備をする。

 もう姿を隠すつもりはなく、堂々と魔力を練り込んでいた。

 魔物達の視線が、ギョロリと周囲に向けられる。


「まだじゃエレノア。少し待て」


 逸るエレノアに玄海が釘を指す。

 戦士達が突っ込んで混戦になると、不用意に広範囲の魔法は使えなくなってしまうのだ。

 怒り狂う魔物が魔術師達に向かって駆け出す中、二度目の魔法が魔物軍団へと飛んでいく。

 だが。

 魔物全体を囲うように、莫大な魔力による障壁が展開された。

 薄く青いそれは魔法によってつくられた壁。その大きさに士道は絶句する。

 直後、障壁に攻撃魔法の群れが次々と炸裂する。

 ダリウスの連撃により最終的に破ることはできたが、魔物に被害が及ぶことはなかった。

 間違いなく、悪魔による障壁だ。


「おいおい、どんな怪物だよ……」

「それでも、やるしかないさ。ここは戦場。あたしたちの思い通りにならないことなんてたくさんある」


 エリシアが曲剣を鞘から抜きながら言った。彼女は獰猛な笑みを浮かべ、


「さあ、あたしたちも行くよ!」


 荒れ地へと飛び出した。

 士道も一歩遅れて彼女に続く。漆黒の外套をたなびかせ、疾駆する。

 周囲をぐるりと見渡せば何十ものパーティが一斉に魔物達に向けて駆け出していた。

 慌てていた魔物達がようやく戦いの姿勢を見せる。

 奇襲の成果は上々。

 士道は高速で走りながら、愛刀『夜影』の鯉口を切った。

 その刀身に波紋が浮かび上がり、魔力を流すことにより煌めきが灯る。

 他の冒険者パーティと同様に、魔物の群れを貫くように士道達も突撃する。


 ――冒険者と魔物の戦争が始まった。

 





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