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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第六章 そして破滅は道を開く
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第15話 「霧崎翔の真実」

「キリ、サキ……?」


 呆然とした少女の声が、王都の貴族街に空しく響き渡った。

 神谷士道は、その光景に瞠目していた。士道は彼らの関係性について詳しくは知らない。だが、端から見ていて分かる程度の信頼関係はあったはずだ。だというのに今、霧崎翔のクナイは不死魔王リーファの胸部を貫いている。

 不死魔王リーファの驚愕が士道以上のものであることは、その表情で分かった。


「どう、して……?」


 眼鏡の少年は表情を変えなかった。

 ただ冷徹な瞳をリーファに向けると、一度クナイを抜き、もう一度突き刺す。

 夕焼け空の貴族街に、絶叫が響き渡る。

 否。絶叫など、すでにそこら中で響いている。地響きも鳴りやまない。『魔神』だけではない。『女神』すらも降臨していると士道は感覚で知った。神のオーラは、魔力は、人間とは桁が違う。ゆえに、それが神のものであると自覚できる。


「ごめんね、リーファ」


 口から血を吐きだす不死魔王の少女に、霧崎翔はそっと言葉を投げかけた。その行動に反して、ひどく優しい声だった。

 地面に倒れたリーファの綺麗な銀髪が紅に染まっていく。士道はそこで初めて、彼女の体が、小さく華奢であることに気づいた。

 魔王の威圧によって、その事実に気づけていなかった。


「僕、リーファ、リリス……その三人の魔王による儀式で『魔神』は復活した。そして、『女神』の降臨も確認した。だから、これで君はもう用済みなんだよ」


 翔の言葉に、リーファは口端から血を流しながら愕然と目を見開く。


「こ、こんなことをしたところで……私には『不死』の固有スキルが……」

「だから、そのための対策は十分に取らせてもらった」


 翔はリーファの体をぐい、と引き寄せる。その手に灯った淡い光が、リーファの体から何かを吸い取っていく。


「なっ……」


 絶句。

 リーファは知る由もなかった。

 そして士道にも意味は分からなかったが、何をしようとしているのかは直感的に理解できてしまった。おそらく翔は――リーファの『不死』を、奪おうとしている。

 士道の脳裏に、天使長イリアスの台詞が過った。

 それは、一つの法則の話。

 ――転移者は、同じ転移者の固有スキルを殺して奪うことができる。

 翔が持っていたのは『霊体化』と『呪印』、二つの固有スキルのはずだ。

 ならば、今まさに使っているスキルは、それが意味するところは、つまり――


「わざわざ危険を冒して鷹山祐介を殺しに行った甲斐があった」


 翔は淡々とした口調で言う。意図して感情を抑えているようにも見えた。


「『異界同盟』は中々に厄介な連中だった。個々のレベルも高く、ある程度まとまって行動していて、首脳である松山鬼一の頭が異常に良い。タイミングを窺うことには骨が折れたけれど……士道――君が、松山と戦ってくれて助かったよ」

「何を、言って……」

「おかげで君の影で鷹山を殺し、この固有スキル『強奪』を手に入れることができた」


 不死魔王リーファはその代名詞とも言える固有スキル『不死』を失った。

 翔の手によって致命傷を負っている今、それが意味するのは、


「死ぬ……? 私が……?」


 リーファは信じられないと首を振る。

 今まで遠いものだと考えてきたものに、急に実感が湧いてきたような。

 敵とはいえ、士道は見ていられずに目を逸らした。

 ふらり、とリーファが倒れ込む。その体を中心に、血の海が広がっていく。


「……僕が君の手駒で在り続けたのは、この時のためなんだ」


 もちろん最初からというわけではないけれど、と翔は補足する。


「……何が目的だ、霧崎」

「分かりやすく言ってしまえば、世界を救うことだよ」


 淡々と言う翔。

 士道は眉をひそめた。


「ただし、この世界じゃない。僕らが元いた、あの世界のことだ」

「どういうことだ」

「女神と魔神。なぜこの世界に、神が二柱も存在していると思う?」


 考えたこともなかった。

 士道はただ巻き込まれただけ。

 異世界のことなど、そういうものなのだろうと納得するしかない。


「一つの世界に神は一柱でいい。というより、そうでなくてはならない。支配者が二人いれば世界のバランスが崩れてしまう。その状態が長く続けば、世界はいずれ崩壊するだろう」


 同じように、と翔は続ける。


「一つの世界に神がいない場合、世界のバランスが崩れる。神による支配がまったくされていない以上、その崩壊速度は神が二柱いる場合よりもはるかに速い。士道、君ならそろそろ僕の言いたいことは分かるよね?」

「俺たちがいたあの世界には……神がいないって言うのか?」

「そう。厳密には、いた。けれど消えた」

「なぜ俺と同じ境遇のお前が、そんなことを知っている?」

「僕ら忍の血脈は代々、人知れず神に仕える巫女を影から護ることが仕事だった。歴史の狭間に隠れ、現代社会の闇に潜みながら。……だが、ある時から、神からの交信が繋がりにくくなり、ついには途絶えた、らしい。これは僕が生まれるより前の話だから、伝聞だけどね。それが意味するところは世界のバランスが崩れることによる、ゆるやかな世界崩壊だ。それはまあ、焦りもするだろう。君のような表社会の人々は何も知らなかったはずだが、僕らのようにあの世界の闇に触れていたような人種は皆、この事態に困惑していた」


 翔は語りつつ、そっと瞳孔が開かれたリーファの瞼を閉じる。

 不死魔王リーファは、どう見ても死んでいた。士道が何度も辛酸をなめた怪物が、あれほどまでにあっけなく。


「僕がこの異世界転移に巻き込まれたのは、この事態の原因を調べている時だ」


 現代社会の闇に潜んでいたというのなら、かつて、あの『白い空間』で奇妙に冷静だったことにも頷ける。単純に、危機的状況の匂いに慣れていたのだろう。


「何かあると思った。僕は巫女ほど詳しいわけじゃなかったけれど、世界間の移動なんていくら神の一柱でもそう簡単にできるわけがない。それこそ、世界に元々繋がりがあったりしない限り、まず発見することすら難しいはずだ。だから僕は、一つの仮説を立てた」


 翔は指を一つ立てる。

 その体に不釣り合いなほど大きい黒い翼は、正直なところ似合っていない。


「――仮に地球を支配していたはずの神が、何らかの原因でこの世界に訪れ、この世界との繋がりが強化されていたのだとしたら?」


 

「調べるのは簡単だった。この世界には、元々『女神』がいる。『女神』がこの世界を創世したと、どの神話でも言われている。なら、『魔神』は? 『魔神』とはいったい何なんだ? どこから出てきた? いったいいつから、この世界にいた? 『魔神』に関する伝承を、片端から漁るだけ。その一環として不死魔王リーファにも近づいた。魔王軍が最も魔神について詳しいと思ったからね、人間が悪魔に近づくことのリスクは承知だったけど……思ったよりもこの子が優しくて助かった」


 翔が真下の死体に目をやる。

 その瞳にどんな感情が宿っているのか、士道には知る由もない。


「……結局、『魔神』ってのは地球の神なのか?」

「いくつかの伝承と特徴が一致する。間違いなく、そうだろうね。歴史にたびたび表れている以上、何らかの手段で世界を行き来していて……それができなくなった、という可能性が高い。具体的には、百年前の戦争による封印とやらが原因で。巫女との交信ができなくなった時期とも、一致する」

「なら、お前の目的は『魔神』を解放させ、元の世界に戻すことか?」

「ようやく、理解が追いついたね士道。もちろんそれも、目的の一つではある」

「……あんな禍々しい奴が、本当に地球を守ってくれるのか?」

「重要なのは神そのものの性格じゃない。その世界に神がいることだよ」


 だから強引に引きずり戻す、そのための準備を整えていたと翔は言う。

 そこでゆらり、と翔の手が伸びた。

 具体的には、士道と握手を求めるような形で。


「ねえ士道、僕はあの世界を救いたい。それが忍としての責務だ。決して間違ったことをやっているとは思わない。君もそう思うだろう?」

「……」


 確かに、その通りだ。

 現状が翔の言う通りであるなら、彼に従うのが正しい選択なのかもしれない。

 士道だってあの世界に滅んでほしくはない。


「――なら、僕と手を組まないか? これは最後の機会だ。よく考えて返答してくれ」






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