第14話 「作戦会議」
現在この島の北東にある火山の麓に大量の魔物が陣取っている。
斥候からの情報によると予想される魔物軍団の総数は五百に上るらしい。
依頼が多くギルドの規模が大きいアクアーリア支部でさえ、常時滞在している冒険者は三百人程度だ。
そこから第八級以下の戦闘初心者を抜けば、二百五十を割るかもしれない。
その戦力差で戦闘になれば、厳しいと言わざるを得ない。
士道はセドリックからその話を聞き、軽く眉をひそめた。
「その言い方だと、戦闘になるのは確定なのか? 単に集まってるだけという可能性は?」
「残念だが、それは楽観が過ぎるというものだ」
断言するセドリックに冒険者たちがざわめく。
「魔物軍団を統率しているのは――悪魔だからね」
「なっ…………!?」
「セドリック……?」
士道の周囲にいる冒険者たちが絶句する。事情を知っていたらしき上級冒険者たちはセドリックに視線で問いかけていた。
教えてしまっていいのか、と。
怯えて逃げ出されたらどうする、と。
「心の準備もなく、急に遭遇する方が私は怯えると思うよ。事前に聞かされていた方がまだマシだ」
セドリックは強い視線で彼らに対応しながら、士道に視線を投げた。
「ゲンカイ・コガは君の仲間だろう?」
士道は何故ここで彼の名前が出てくるのか分からず、困惑する。
「まあそんなようなもんだが、そういや爺さんここにいないな。……まさか、何かあったのか?」
後半は鋭く、セドリックを詰問する。
「彼は依頼の遂行中に悪魔の襲撃を受けたようだ。怪我を負ってるから救護室で治療させてるが、命に別状はない」
「爺さんが悪魔の襲撃に……」
「その際に"明日の昼までに『水天の輪』を渡さない限り、アクアーリアを襲撃する"という伝言があったそうだ」
セドリックが落ち着き払った口調で言うと、若き冒険者が怯えた様子で呟いた。第五級――お調子者槍使いのカイである。
「そ、そんなもん、簡単に信じられるかよ」
「無論、私も始めは疑ったさ。だが……斥候が確認したのは確かに魔物の軍勢だ。悪魔の命令もなしに魔物があれ程までに集まるはずもない」
「あ、悪魔が本当にいるんだったら……勝てるわけねえじゃん」
誰かの呟きで場の雰囲気が硬直する。士道は隣に座るレーナに尋ねた。
「なあ……悪魔ってのはそんなに恐ろしいもんなのか?」
「あ、当たり前じゃないですか!? 魔物の上位存在ですよ!?」
「――正確には、人間の頭脳レベルを持った魔物といったところだろう。魔物と比べて基本的に小型だが、一体一体が恐ろしいほどの力を持つ。かつての三大魔王の直接の配下だからな」
話を聴いていたらしいグランドが補足を入れる。
「なら、『水天の輪』ってのは?」
「確か、この街のシンボルの魔道具です。海上都市と名付けられた由来だった気がします」
「特別なものなのか?」
「いえ、分かりません……。ただ、そこまで凄い技術を使ったものでもなかったと思います」
「……そんなものを、悪魔が欲しがるのか?」
士道の呟きはギルド全体に響いた。
他の冒険者も気になっていた部分なのだろう。
セドリックは肩を竦めながら、
「私にもさっぱりだ。少なくとも悪魔が狙うような価値を持っているとは到底思えない。確か水魔法関連の加護がかかるだけの魔道具だったはずだがね」
「それで、伯爵の反応は?」
「『水天の輪』は渡せないそうだ。まあ、アレに何かしらの秘密があったとしても、所詮冒険者風情でしかない僕らに話せはしないのだろうね」
「俺達は理由も知らされずに戦うのか……」
士道が苛立たしげに呟く。
そのとき、ギルドの扉が音を鳴らして開かれた。
皆の視線が入り口に向くが現れたのは古賀玄海だった。
上半身の半分を包帯で覆っている彼は、怪我の影響を感じさせない足どりで会議の中心に向かう。
その圧倒的な覇気に、荒くれ者の冒険者たちが自然と道を開けた。
「ゲンカイ! 怪我は平気なのか?」
尋ねたのはグランドである。玄海と酒の席で馬があったらしいグランドは、悪魔を相手にした彼を心配しているようだった。
「問題ない。この程度、怪我のうちに入らぬ」
好々爺然とした笑みを浮かべる玄海に、エリシアが「ちょっといいかい?」と口を挟んだ。
「あんた、第八級だってね? いったいどうやって悪魔から逃げてきたんだい?」
「ふむ。逃げたというより、向こうが勝手に撤退しただけじゃ。儂は最後までやる気じゃったよ」
「悪魔と最後まで………? 正気かい? 命がいくつあっても足りないし、下級にそこまでの実力があるとも思えないよ」
「玄海の実力なら俺が保証しよう。なにせ、この第一級冒険者グランドと互角に渡り合った男だからな!」
再び周囲にざわめきが広がる。
実力試験を見た者により噂は広がっていたのだが、半信半疑の者が多かったのだ。
「……ふうん。なら、あたしは構わないけど」
「事実関係の確認はそれくらいにして、そろそろ対策を練らないか?」
話に割り込んだのは第四級の鬼才――葉山集。
彼は泰然とした様子で椅子に座り足を組んでいる。
「その通りだ。では、まず強制依頼という形でギルドから依頼を張り出そう。名前は月並みだが『悪魔撃退戦』。悪いが、初心者以外の冒険者全員に参加してもらうことになる――この街のためにも、よろしく頼む」
ギルド支部長たるセドリックが頭を下げた。元は平民とはいえ、仮にも貴族が頭を下げたことに周囲は驚きながらも納得する。
街が壊滅すれば当然彼らだって困るのだ。
街には仲の良い者だって住んでいる。できる限りは守りたいと思うのが普通だった。
だが。
一部の者は。
「じょ、冗談じゃねえ! やってられっかよ!」
叫んだのは第六級冒険者、ゴルホ。つい先日士道が投げ飛ばした男だった。
テーブルを叩き、立ち上がった彼は仲間を引き連れてギルドから出ていこうとする。
エリシアが鋭い視線で詰問した。
「本気かい? 強制依頼から逃げ出すには相応の金がいるよ? 街の危機に対応するは冒険者の義務でもある。出せなきゃ、ギルドカード剥奪だ」
「はっ! 悪魔に殺されるぐらいなら職を失くした方がまだマシに決まってる! じゃあなテメエら、せいぜい潔く死にやがれ!」
彼の仲間は少し迷ったようだが、結局ゴルホについていくことを選んだようだった。
セドリックは堂々たる姿勢のまま、「別に構わないぞ」と告げた。
「――戦う覚悟が無い者は、今すぐこの場から失せろ」
地の底に、響くような声音だった。
♢
セドリック・アークライトは周囲を見渡してざっと計算した。
(だいたい200人といったところか)
あれだけ厳しく告げて、これだけの数が残るなら上々の結果である。
覚悟が無い者がいても場を掻き乱し、損耗を生むだけだ。
すでに作戦会議は終了した。
一時的に創設された対悪魔クランは、総司令をセドリック。副司令をグランドだ。それ以下はクランひとつを隊として、そのリーダーに隊長を務めさせている。
それ以下のまとまりがパーティだ。
連絡を取りやすくするために、ソロやコンビでの活動をしている者には、一時的にパーティを組んでもらうことにした。
冒険者が急に軍隊のような連携ができるはずもないので、基本的には己の裁量に任せる部分が大きい。そして、敵は倍以上の500だと推定されている。
非常に厳しい戦いとなるだろうが、セドリックに勝算はある。
敵は下級の魔物が多く、グランドを代表とした高位冒険者ならば瞬殺が可能である上、ダリウスや集の殲滅魔法を上手く活用すれば余裕も生まれるだろう。
問題は、その魔物たちを統率する悪魔である。
グランドや玄海なら足止めは可能だろうと予測しているが、その予測が外れるほどの強さを持っていれば戦線が崩壊しかねない。
会議の結果、明日の昼にこちら側から襲撃を仕掛けることで結論となった。
夜に街を襲撃されればたまったものではない。夜目の効かない冒険者が圧倒的に不利だ。
それまでは身体を休めるようにと冒険者達には伝えてある。
セドリックは、誰もいないギルドで疲れたように嘆息する。
「……でも、やるしかない」
セドリックの脳裏によぎるのは、第一級たる魔法剣士、グランド・アイブリンガー。
『高速演算』のスキルを持つ魔術師、ダリウス・マクドネル。
蛮族出身の美しき女豹にして第二級の精鋭、エリシア・レッドフィールド。
第一級と渡り合ったらしき老いた怪物、古賀玄海。
たった一ヶ月で第四級にまで登りつめた鬼才の魔術師、葉山集。
有り余る才能を持つ剣士にして期待の新鋭、神谷士道。
彼らがいればきっと大丈夫だ、とセドリックは少し不安感を取り除きながら、準備のために立ち上がった。
彼にはまだ仕事がある。
糧食、金銭、その他諸々の問題を解決するために、サザルーフ伯爵のもとに向かった。
(それにしても……『水天の輪』とはいったい何だ……?)




