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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第五章 悲劇に咲く一輪の花よ
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第11話 「悲劇」

 そのとき。

 その三人は、降って湧いたような違和感に顔を上げた。

 新魔王ルシア・デビルジーク。

 不死魔王リーファ・ラルート。

 そして――リリス・カートレット。


「この、感覚は……」


 新たな魔王が君臨する。その三人は直感で理解した。


 新魔王は訝しんだ。

 だが、彼の目的に対して魔王の人数など大した問題ではなく、余計なことを考えている余裕はなかった。


 リリスは首を傾げた。奇妙な感覚は龍魔王ウォルフが残した力に関係あるのだろうと軽く考えた。


 そして、不死魔王は。


「……四人目、だと――何故、バランスを崩した?」


 憎悪の視線を、魔導都市の方に向けた。

 これでは魔神ゲルマの復活に余計な手間が増える。

 魔王軍の悪魔が強大な力を求めて暴走したのだろうか――そんな風に、苛立たしげに考えていた。

 新しく魔王と化した人物が、霧崎翔とは知らぬままに。






 

 ♢






 ――殺される。

 鷹山祐介は直感した。勝てない。格が違う。あれは悪魔ではない。それ以上の存在。魔王。否――既存の魔王すら越えた何かだと第六感が警鐘を鳴らしている。

 これを敵と考えるぐらいなら、いくら怪物とはいえ松山鬼一を相手にした方がまだ希望がある。まだ未来を見ることができる。間違っていた。皆の力を合わせれば勝てるとか、そんなくだらない理想論を信じていた。

 馬鹿な――そんなこと、できるはずがないだろう。

 刹那の間に心が折れた鷹山が、皆に撤退の命令を出そうとした――瞬間。


「は?」


 エルの首が消えた。


「………………ぉあ?」


 どさりと、人体が人形のように崩れ落ちる。鷹山は呆けたような声を発した。目の前で起きている現象に理解が及ばない。今、倒れたのは誰だ? 首がないから分からない。体には目がいかない。分からない。理解できない。理解したくない。鷹山は何も分からないと現実を受け入れないままに叫び声を上げた。


「お、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 同時にスキルが起動する。鷹山の爆発した怒りが、前方に立ち尽くす翔に向けられた。持ち得る固有スキルの中で、最も残虐で回避不可能な狂気の能力が真価を見せる。

 ――『槍地獄』。

 翔の肉体が、鷹山の展開した結界に閉じ込められる。このスキルは対象者が至近距離にいないと使えないので機会を見失っていたが――今なら使える。

 気づいたときには、もう遅い。

 翔の四方を魔力で囲い、そのすべてから一帯を埋め尽くすほどの槍が高速で飛び出す。

 反応する暇はなかった。そもそも逃げ場がない。そんな生易しいものは用意されていない。

 翔は四方八方から押し寄せる槍に潰され、見るも無残な死体へと姿を変える。

 ――そのはずだった。


「なるほど。ここまで硬くなるのか……」

 

 槍をバキバキと圧し折る音と共に、翔の声が聞こえた。

 やがて、すべての槍が無造作に折られていく。

 その小柄な肉体に傷はない。

 傷一つない。


「……な」


 鷹山は絶句した。今度こそ何も思考が出てこない。それでも体だけは動いていた。真っ直ぐ――奴隷達を庇うように、前へ出る。

 翔は何もしなかった。それを見ていた。

 だから。


「――頼む…………!」


 俺の命だけで許してくれと、鷹山は懇願した。

 もはや勝てるとは思えなかった。逃げられるとも思えなかった。それでも、鷹山には護りたいものがある。

 だから、地面に這いつくばるのだ。

 誇りなどない。命だって奪われる。あの少女たちに残酷な爪痕を残してしまう。それは嫌だ。

 だけど。

 それでも。

 あの少女たちの命が奪われることだけは、鷹山に耐えられる痛みではないから。

 後生の頼みだ――と、土下座する。

 屈辱に耐え、怒りに耐え、哀しみと喪失感に耐え、鷹山は、ただ無言で立ち尽くす翔に対して希う。


 奴隷たちの叫び声が聞こえた。


 ――あなたを失えば、わたしも死ぬ。


 ――ご主人様のいない世界に生きている価値はない。


 ――ご主人さまこそが、私達の存在意義なのに!!


 ――あなたがわたしたちを失いたくないように、わたしたちだってあなたを失いたくないんだ!!


 分かっている。

 そんなことは知っている。

 それでも、もはや鷹山には願うしかないのだ。

 翔の目的は鷹山の固有スキルのはずだ。

 ならば、少なくとも奴隷たちを殺す理由はない。

 ――だから、頼む。


「…………分かっ、た」

  

 翔は静謐に頷いた。

 鷹山は気づいていた。

 その拳が震えていることも、その瞳が苦しみを映していることも、その心が、本当は優しさに満ち溢れているだろうということも。

 だから――彼が持つ本来の優しさに懸けたのだ。

 どうして翔がこんな決断を強いられているのかは知らないけれど、本意ではないことは分かるから。

 

「……ありがとう」

「やめて、くれ……なにが、感謝なんて――」

「――ありがとな」

「……ッ!!」


 翔が何かを振り切るように、腕に力を込めた。

 一粒の涙と共に、右手のクナイが振るわれる。

 魔王として強化された肉体と、研鑽された技術の相乗効果が乗せられた一撃は到底、鷹山のように近接戦闘が本領ではない者が、反応できるものではない。

 だが、気づけば走馬灯のように。

 眼前には、ゆっくりと光景が映し出されていた。


「みんな……ここでさよならッス」


 脳裏には幾つもの光景が過ぎる。

 出会い、そして徐々に近づき、互いの距離を測り、会話をするようになり、食事を与え、生活の仕方を教え、仕事の苦労を教え、ただ、鷹山は、彼女たちに普通の幸せの意味に気づいてほしくて、笑顔が溢れる日々を送ってほしくて、軽く、関わりやすいように、笑顔を保ち、明るく振る舞い続けた――そんな日常の光景が。

 満足だとは言えない。

 死んでしまった者がいる。痛いほどの哀しみがある。まだ一緒に生きていきたかった少女たちがいる。皆と一緒に過ごしていたいという願いがある。

 鷹山は一瞬、少女たちの方を向き、笑いかけると――


「みんなのこと、大好きッス」

 

 ――少しの後悔と哀しみと共に、首筋をクナイが貫いた。

 それが最期だった。

 望み通りに。

 誰も望まなかった通りに、鷹山祐介は絶命した。

 ひとつの悲劇が、ここに完成する。









 ♢





 



「……へぇ。これが魔王――中々に、興味深いデス」


 魔導都市を裏で統御する支配者は、嗤っていた。

 現代の鬼才――松山鬼一の監視網は、今や都市全域に広がっている。

 松山はその中から、地下水路の一角を注視していた。

 怒り狂い、嘆き悲しむ奴隷や、その傍で倒れている鷹山祐介など目を向けもしない。何故なら興味がない。松山は面白そうなことにしか興味を向けず、興味を持てない者に対して思考力は割かない。そんな無駄は許容しない。

 だから。

 松山は、その場に立ち尽くす奴隷たちを無視して霊体となり、姿を消した翔のことだけを考えていた。

 彼がどうして敵が所有している奴隷を捨て置いたのか――そんな些細なことには、まるで興味が持てなかった。

 

「……この魔力量、魔王化の手段が分かれば、精霊を使うよりも効率が上がる可能性があるのデスよ」

「今更だ。もはや実験は始まっている」


 淡々とした口調で言ったのは、木暮和寿。中年で冷静沈着を胸としている彼は、腕を組み壁に背を預けている。

 木暮の視線の先では、機械に入れられた何百体もの精霊がいるが、その瞳が何を映しているのか――そんなことに対して、松山は興味が持てなかった。


「それは一理あります。よって第二段階に進めるのデス」


 何にせよ、この実験を終わらせてから考えよう。

 松山はそういう風に思考をシフトした。

 それが精霊に対してどれだけ残酷な選択になるのか――そんなことには、まるで興味がなかった。









 ♢







 そして。

 新城蓮の眼前には、霧崎翔が出現していた。

 魔導都市アルスフォードの遥か上空。

 竜を代表とする新城の配下が大量に存在する中で、堂々と魔王の翼を羽撃かせ、接近してきたのだ。

 ――正気か、と新城は思った。


「……何のつもりだ?」


 この男は悪魔と化し、魔王にまで進化している。

 元々は大したことのない天職と固有スキルだろう。だというのに、今や大幅な魔力と肉体の活性によって、本領である隠密など度外視で戦っても、強い力を手にしている。

 それでも。

 まだ、新城には届かない。

 そんなことは上空に来た時点で感じ取れるはずだ。


 だから、新城は何のつもりか問い質しているのだ。

 協力でも頼むつもりか――そう思っていると。


「お願いがあるんだ。僕の配下になって欲しい」

「……あ?」


 予想を越えた返答に、思わず新城は攻撃しようとする。

 その直前。


「――僕は、女神を地上に降ろす方法を知っている」


 氷のような緊張感が、天空を支配する。

 己が最強だと自負する男は、眼前に佇む眼鏡をかけた少年を、怪訝に思いながら視線を合わせる。

 ――こいつは何を考えているのだ、と。

 誰にも分からないことを、苛立たしげに考えながら。

 


 


 


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