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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第五章 悲劇に咲く一輪の花よ
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第9話 「鷹山祐介」

 レーノ共和国。魔導都市アルスフォード。

 『異界同盟』の本拠へと続く隠し通路。

 地下水道の一角にて、鷹山祐介は戦況を眺めていた。


 敵対しているのは、霧崎翔。

 魔王軍に属している転移者だ。

 鷹山の固有スキルのひとつに『強化鑑定』がある。転移者のステータスですら暴き出せるそれを使用し、翔を注視する。――名前は霧崎翔。天職は忍術師。宿している固有スキルは『呪印』と『霊体化』の二つである。

 そして翔のレベルは106。

 レベルオーバーの一角だが、鷹山の方が高い。

 天職による差も考えると、肉体能力は同程度だろうか。


(……強いッスね)


 鷹山の天職は指揮官。己の配下に指示を送り、運用することにおいて天性の才能があるのだ。

 つまり直接戦闘が得意なわけではない。

 対して翔の立ち回りは、やはり近接戦を得意とする者のそれだ。肉体能力は同程度であっても、並外れたそれをどのように運用するか――その点に関して、鷹山とは段違いの性能を誇っている。

 鷹山は所詮、一介の大学生に過ぎない。だから戦闘は普通に怖い。わざわざ戦いたいとも思わない。

 だから突如として異世界に呼び出されたときも、初めから宿していた固有スキル『支配』を使って他者を操り、戦闘をさせ、自らの手を汚さずに生きようとした。


 そして、ある日。

 希望を失った目をした、一人の奴隷と出会った。


 それ以来、鷹山は自らの手で戦うようになった。己が直接戦うことは苦手分野だと分かっていながら、それでも他者を強引に『支配』するなど――あの瞳を覗いてしまった鷹山には、最早できることではなかった。

 苦しんで、哀しんで、傷ついて、地べたに這い蹲り、辛酸を舐め尽くしても――鷹山は一人で抗い続けた。

 もちろん戦わずに生活基盤を築くこともできる。だが鷹山は手っ取り早く大金が欲しかった。微々たる金では駄目だ。それでは足りない。

 どうしても――


「……新しいご主人様、ですか?」


 ――変えてやりたい瞳があった。


「そうッスよ! これからよろしくッス!」

「え、あ……よ、よろしくお願いします」

「いい返事ッス! それに可愛い!」

「か、可愛い……ですか? わ、わたし、が……?」

「もちろん。だからオレは、君を買ったんスよ」


 鷹山は自分のことを冷めた人間だと思っていた。金に染め、赤のメッシュを入れた髪、まつ毛が長く、美形と称される顔立ち、そこそこの長身に合うシンプルな服装。

 チャラついたイメージ通りに、友達は多く、彼女が途切れたことはなく、大学生らしく酒を飲みながら馬鹿騒ぎすることも多々あった。

 確かに、楽しかった。

 だが、それを一歩離れた視点で淡々と眺めているもう一人の自分がいることは否定できなかった。

 ――だけど。


「髪を切るッスよ! 絶対その方が可愛い!!」

「え、あぅ……」

「何か言いたいことがあるときは、はっきり言うこと!」

「ちょ、ちょっと、刃物、怖い……です」

「うーん……じゃあやめときましょう!」

「で、でも! 可愛くなりたい、です………」


 異世界に来て。

 鷹山祐介には目標ができた。やりたいことができた。これまで、何をやってもそれなりに上手くいっていた鷹山が幾度となく苦戦して、壁に当たり、それでも、頑張ろうと思える――夢ができたのだ。

 この少女の笑顔を取り戻したいと思った。

 この子が見ていた世界を変えたいと思った。

 この世界は、辛く苦しいものばかりではないのだと教えてあげたかった。汚く、暗く、陰惨なものばかりを見てきた少女に、誰かの傷を癒せる優しさと、人と笑い合う温もりを知って欲しかった。

 一歩離れて、世界眺めていた自分はいなかった。

 心の底から、やりたいことがあったから。


「……ご主人さま」


 初めて買った奴隷。

 狐耳が可愛らしい狐人族の少女――エル。


「……どうしたッスか エルちゃん。オレっちのことが好きになっちゃいました?」

 

 ある日、鷹山は軽口を叩きながら冷や汗を掻いた。

 懸命に努力して、才能がないながらも冒険者として金を稼ぎ続けて、それでも家に帰ったときは、何でもなかったかのように、少女の前では明るく振る舞い続けたから。

 実際のところ、奴隷を買うことには大金がかかり、買った奴隷を養うことにも、それなりの金がかかる。

 鷹山には少しだけ、限界が訪れつつあった。


「……わたしにも、戦わせてください! もう、見ていられないんです! ご主人様が傷ついて帰ってくるのは、それを見て何もできないのは、もう嫌なんです!」

「な、何言ってるんスか? 別にオレっちは全然――」

「――わたしを護る為の嘘」

「っ……」

「わたしを、傷つかせない為の嘘。嬉しいです。泣きそうになります。本当に、心が踊りそうになるくらい」


 エルは呆然と立ち尽くす鷹山に告げる。

 かつてはほとんど話さず、一日中表情も変わらなかった少女が、これほどまで懸命に、言葉を尽くして。


「でも、それ以上に、わたしはご主人様が傷つくところを見るのは辛いんです……! だから、わたしを使ってください! ご主人さまの天職が、自身で戦うものじゃなくて、誰かを指揮するときに力を発揮するものだってことぐらい、わたしだって、知っています」

「どうして……」

「わたしを買うとき、奴隷商人に、そう説明していたじゃないですか。ただの口実だって気づいたのは、後になってからですけど……」

「……いや、いいんスよ、別に。やっと、ようやく、やりたいことを見つけたんだ。だから、オレは――」

「――あなたは、ただ愛される側の気持ちを知らない。わたしがどういう気持ちでご主人さまを待っているのか、何も知らない……! こんなに、こんなに好きなのに……」


 そう言って、それを最後に、エルは泣き崩れた。

 鷹山は慰めようとして、その少女にかける言葉を、どうしても見つけられなかった。

 いくら天職が指揮官だからと言って、エルを操り、それを後ろでただ見ていることなど鷹山にはできない。そんな不安を抱いてはいられない――そこで、ふと、鷹山は気づいた。ああ、エルも同じ気持ちだったのか、と。


「……好きだから、護りたいんです。分かって、くれましたか?」

「……あぁ。ありがとう、エル」


 だから鷹山は後ろで見守るようになった。エルが傷つかないように、細心の注意を払いながら、指示を送った。不思議と戦況を見渡していると、その場における最良の手が次々と浮かんできた。天職の力を再確認した。

 そして。

 いつしか、鷹山は己の強欲さに気づいた。


「変えたい瞳がある。助けたい人がいるんだ」

「はい。ご主人さまがそう思うのなら、わたしも、そうすればいいと思います」


 ぴょこりと兎耳を生やした少女――ラティア。

 豊満な肉体をしたエルフの美女――サフィ。


 希望を失くした奴隷の瞳を見る度に助けたいと思った。これは偽善だ。根本的な解決にはなっていない。それでも、鷹山は目の届く範囲では、何とかしてやりたいと努力した。何故なら、自分がそうしたいのだから。

 それを認めてくれる少女がいるのだから。

 そして力をつけ、金を貯めて、奴隷を買った。

 皆が協力してくれた。

 

 気づけば鷹山の仲間はたくさん増えていた。

 ずっと、彼女らと一緒に生きていきたいと願った。


「――この世界は後一年もしないうちに滅びる」


 だから。

 松山鬼一のその言葉を聞いたとき。

 背に腹は変えられなかった。


(……頼むッス。耐え抜いてくれ)


 鷹山は戦況を眺めつつ、的確な指示を送る。

 だが、戦いそのものは奴隷に任せているのに対して、翔の動きは違う。あれは肉体運用を極めた者の動きだ。

 己の立ち回りしか信じていない者のやり方だ。

 だから単独でここまで潜り込めるし、命を懸けた戦闘において、飄々とした笑みを浮かべるような胆力もある。

 

 翔の口元に薄っすらと浮かぶ冷徹な笑み。

 それを直視すると、鷹山の背筋に寒気すら走る。


(……いったい、何がやりたいんスかね?)


 『異界同盟』の情報網ですら、その目的は一切不明。今ここでひとつだけ分かっているのは、鷹山が持つ固有スキルである『強奪』を狙っているということ。

 つまりは誰かのスキルを奪いたいと考えているのか。

 それも相手は転移者ではない。


(……判断材料が少なすぎる。流石に分からないッスね) 


 鷹山が戦術指示とは別に思考を整理していると、戦況にも変化が生じ始めた。


「……逃げるなっ!!」

 

 兎耳の少女――ラティアが振り回したハンマーを、翔が体を振って躱す――と同時、遠方の弓兵から放たれた矢尻をクナイで弾き飛ばした。それだけでは止まらない。

 翔は地下水路の壁を身軽に駆け上がると、魔法攻撃を躱しながら跳躍。天井に足を着け――直後に姿を消した。

 『霊体化』。

 物理的に考えて翔が今いる位置は地面か。そのまま自由落下していれば、の話ではあるが。

 直後。

 破裂音と共に、煙が周囲を満たしていく。鷹山の隣に控えているエルフの美女――サフィがそれを見て風魔法を起動し、煙を吹き飛ばしそうとする。

 だが、そのときにはすでに幾つかの悲鳴が鳴り響いていた。鷹山は失策に気づき、絶望した。

 絶叫しそうだった。だが、指揮官が動揺すれば、兵には更なる動揺があると理解している。

 鷹山は、拳を固く握り締めて待ち続ける。

 己が痺れを切らして翔に挑みかかったところで、むしろ奴隷たちの意識を散らし、連携を崩すだけなのだ。


「“突風“!!」

  

 ごう、と。

 サフィの風が煙を吹き飛ばし――そのときにはすでに、何人かの美少女が死体となって地面に倒れていた。

 何の容赦もなかった。首筋にクナイを刺されている少女も、手裏剣が各所に突き刺さっている少女もいる。

 鷹山はそれを見ていた。

 翔の武器には毒が塗られているのだろうか。どうやら切り傷だけで致命傷らしい。それを証明するかのように突然、一人の奴隷少女が痺れたように地面に崩れ落ちた。

 鷹山はそれを見ていた。


(…………アニー、カーラ、セリス)


 それだけでは収まらない。

 突如として奴隷の連携が崩れ始める。否。鷹山の奴隷の中で、積極的に崩しにかかる少女がいた。

 奴隷兵たちは、そもそも裏切りなど想定しない。

 一斉に動揺が広がっていく。

 おそらく翔の『呪印』で操られているのだろう。

 鷹山は制御を奪い返そうと、絶叫しながら暴走する奴隷少女に『支配』をかけるが――通じない。

 優先権は『呪印』に劣るようだ。


「――慌てるな」


 鷹山はそれを説明し、奴隷兵たちを一括する。

 同時に狐耳の少女――エルの大規模土魔法が翔を囲い込み、足止めする。その隙に暴走した少女を始末しようとするが――これまで仲間だった者を殺すというのは、口で言うほど甘いものではない。

 翔に暴走させられた奴隷少女の手が、つい昨日まで笑い合っていたはずの仲間の命を奪っていく。

 ――これほどの地獄がこの世にあるのか。


(……許さねぇ。こいつは必ず、地獄へ落とす)


 絶叫があった。

 慟哭があった。

 哀しみの悲鳴があった。

 鷹山は、ただ、それを見ていた。


「サフィ、ラティア、エル……一旦、地下研究所に、皆を撤退させてくださいッス」


 感情が消えたと錯覚するほど静かな口調で言った。

 豊かな肉体をしたエルフの魔術師――サフィ。

 希少な兎人族の大槌使い――ラティア。

 狐人族で戦闘全般に長ける奴隷長――エル。

 鷹山が率いる奴隷軍団の主力を担う三人である。


「……嫌です。ご主人様はどうするつもりなんですか?」


 エルが不安そうに告げる。

 誰よりも護りたかった少女の一人が見上げてくる。

 鷹山は軽く笑みを浮かべた。

 上手く笑えている自信がなかった。


「……や、ちょっと足止めするだけッスよ。博士には怒らせるでしょうけど、目的はオレっちみたいですし。……これ以上、犠牲を増やしたくはない」


 戦況は膠着状態に陥っていた。

 幾人かの死体を転がしておいて、翔の瞳には何ら怯えはなかった。覚悟は決まっている表情だった。

 ただの日本人だったはずの少年が顔色ひとつ変えずに人殺しをするようになるまで、いったい、どれほどの悲壮な決断があったのか。

 鷹山には想像すらつかない。

 ――だが。

 たとえ、どんな事情があったとしても。

 最早、生かして帰すつもりがない。


 翔の周囲で死体となって転がっている――アニー、カーラ、セリス、クリスティ、フラン。

 彼女らとの馴れ初めは今でも脳に焼き付いている。

 忘れない。忘れるわけがない。

 こんな自分を好きだと言ってくれた人たちを、鷹山は平等に愛している。

 それだけが感謝の証だと信じているから。

 

「……君は、愛されているんだね」


 眼前に佇む翔が小さく呟いた。

 ギリィ、と無意識のうちに歯軋りの音が響く。

 鷹山は深く息を吐き冷静さを取り戻すと、返答した。


「オレはアンタとは違うからな」

「……」

「それに、もう勝負はついてる」


 その言葉の直後の出来事だった。

 彼女らの犠牲を無駄にはしない。

 ただ、殺されるのを眺めていたわけではないのだ。

 その間に鷹山は、作戦の準備を完了していた。


 翔が突然、糸が切れたように崩れ落ちる。


「アンタにどんな事情があるのか、オレは知らない」


 鷹山は崩れ落ちる翔を前に、冷徹に呟いた。


「だが、彼女らの命を奪った以上――死で償ってもらう」


 


 

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