第3話 「侵入者たち」
勇者会議まで残り七日。
三週間の旅路でレーノ共和国に辿り着いていた一ノ瀬拓真とアイザック・クラインは、傭兵として共和国軍に参加していた。
もはやなりふり構っていられない共和国側は積極的に傭兵によびかけているが、実際に集まる傭兵はあまりいない。完全に負け戦で、報酬が支払われる前に滅亡する可能性のほうが高いからだ。
残すは西の要塞デュアルガと、最西端にある魔導都市アルスフォードのみ。
それ以外の都市は、最早すべて新魔王の支配下におかれたも同然だった。
「……へぇ。意気消沈ってわけじゃねェんだな」
拓真が都市の様子を見回しながら呟く。
意外ではあった。滅亡寸前ともなれば、市民など全員逃げ出していてもおかしくはないというのに。
いまだ民衆の目には、僅かとはいえ希望の光が宿っている。その根拠は明らかだった。
「ま、勇者と天使だろう。魔王に対抗できる戦力。打ち勝てる可能性。それだけは捨てられねえんだろ。逃げ出して、その先で生活できる金がある奴はとっくに逃げ出してるはずだ。それができねえから、ただ希望を待ち続けるしかないわけだ」
「期待してるのか、勇者に」
拓真は静かに呟き、僅かに目を細めた。
閑散としていながらも、確かに街を歩いている民衆の顔色を眺めながら、
「……重ェ期待だな」
「そういう存在だから、仕方ねえだろうよ」
アイザックは割り切った調子で言うが、拓真は"病魔事変"の際に叩き潰した、白崎大和のことを思い出していた。
戦闘の天才。
本当の戦いを知らぬままですら、修羅の如き強さを誇っていた。本物の才能の塊。
だが。
あんな繊細な目をした少年に、負荷をかければ今すぐに壊れてしまいそうな少年に、これだけの期待をかけなければ世界は救えないのか。
だとすると、随分と理不尽な話である。
「……ハッ。面倒くせェ。少なくともオレが考えることじゃァねぇな」
拓真は戦闘狂だが、馬鹿ではない。
どんな奴と、どんな場所で、どういう戦いがしたいのか。
それを常に思い巡らせながら、計算しながら行動を決めていく。そして、いざ戦いが始まったら、すべての考えを捨てて状況を楽しむ。
そういう生き方をしてきたし、それからも考えを変えるつもりはない。
加えて言うなら、拓真は戦って勝つことを目的としており、負けは望むところではなかった。
いや、本能では敗北しようとも強者との戦いを望んでいるが、理性で多少なりとも抑えつけている。
殺されてしまったら戦いを楽しめないのだから。
つまり。
どう立ち回れば、面白く勝てる戦いになるのか。
それを考えて行動し続ける。
目指すは最強。
徐々に。
少しずつでも。
戦いを通して強くなっていく為に。
一ノ瀬拓真は格上への挑戦を続ける。
♢
「……ここか」
魔導都市アルスフォード。
世界最先端の技術都市と呼ばれるその地に辿り着いていたのは、純白に赤のラインが入ったローブを着込んでいる三白眼の少年だった。
葉山集。
『真実の四使徒』の一員にして女神の崇拝者。
集がアルスフォードに来ている理由は、魔王軍に対する防衛戦力として参戦する為だ。
新魔王ルシアの狙いは勇者。
つまり、間違いなく四人の勇者が集結する勇者会議には手を出してくるはずだ。
もちろん会議を実施する側もそれは分かっている。
だから、共和国としては、ほぼ自立状態の魔導都市に強制的に力を出させて、最大戦力で迎え撃たせる気でいるのだろう。
いろいろな思惑があるようだが、集がやることは至極単純だった。
都市に現れる悪魔を討つ。ただ、それだけ。
「へぇ……」
集は感嘆したように呟いた。
アルスフォードの門から内部に入ると、夜だというのに全面的な明かりに照らされていた。
魔石を電気に変換しているらしい。媒体が魔導都市製の特別な代物で、魔力効率が他の都市と段違いだというのは、どうやら本当のようだった。
道は整然としていて、物は多くても雑多な雰囲気はあまりない。
時折、自転車が通り過ぎていくので、集は口を開けてそれを眺めていた。
人力車や馬車ならまだしも、明らかに転移者のアイデアが入っている。
宿屋だと思われる場所の戸を開くと、冒険者や傭兵のように見える粗野な人間たちが、ガヤガヤとした喧騒を飛び交わせていた。
こういう場所は他都市と変わらないなと、安堵のような気持ちを抱いた集だが、徐々にそれは違和感を浮き彫りにする結果となった。
「……む?」
まず、酒を呑んで楽しそうに笑う彼らが持っているのは、ただの剣や槍ではない。
妙なスイッチがついていたり、ギザギザになっていたり、ゴムのような材質だったり。
明らかに実験的な、おかしな形状の産物が多い。
それどころか火縄銃のようなモノまで腰に下げられていた。
彼らが着込んでいるスタイリッシュな鎧らしきモノも、どちらかと言うと近未来的なスーツを連想させる装備だった。
「……おお、『外』の奴か。最近は多いな」
集が驚いたように眺めていたことに気づいたのか、冒険者らしきグループのリーダーは、気安く手を上げて声をかけてきた。
「一応、勇者会議を開催するっつーから、身元が保証できねえ怪しい野郎は入れてねえって聞いたけどな。格好を見るに冒険者か神官? だろうが、今の時期に入れるとはな」
集は女神教会の方で偽の身分証明がされている。
その辺りの心配はなく、すんなりと門を突破できたが――言われてみると、他の転移者達は少し侵入に苦労するかもしれない。
「……まあ、いろいろあってな」
「勇者を一目見に来たとか、そういうクチか? やめとけよ。どうせ高度なセキュリティのある場所で知らないうちに会議は開催してるだろうよ。悪魔が侵入する可能性も高いし、リスクとリターンが見合ってねえ」
「そういうアンタらは、どうして逃げずにここにいる?」
「ここから離脱したって武器の整備ができねえ。それに、この都市に慣れちまうと他都市の技術レベルが低すぎてな。満足できねえのよ」
リーダーはそう言いながら笑い飛ばすと、
「ま、そんなわけで、愛国心なんかねえから、他の共和国領土なんか知ったことじゃねえけどよ。この都市だけは魔王から護るしかなくなっちまったわけだ」
周囲を見渡すと、宿屋の酒場にいるほとんどの連中がそれに頷きを返し、大声で戦意を告げていた。
(……なるほど。士気は悪くないわけだ)
♢
(……『異界同盟』どころか勇者の影も見当たらない。後一週間ともなれば、何人か来ていても良さそうなのにね)
雑踏の中を歩みながら、霧崎翔はつぶさに周囲を観察していた。それでいて、ごく自然に視線と足を動かすことにより、怪しまれるどころか翔の存在に気づく者があまりいない。
翔はそういった隠密技術に長けていた。だからこそ似たような技術を駆使する者がいれば、気づくことができるのだが――
(姿を隠そうとするのは皆無。『鑑定』でも何の変哲もない市民しか見当たらない)
翔の目的は『異界同盟』から楓を奪い返すことであり、それ以外にも幾つか存在していた。
『異界同盟』がこの地に潜伏しているのは間違いない。問題は、それが何処なのか分からないことだ。
ビルのような建物まで建てられている都市だ。立体的な構造で迷いやすくなっている。
翔は道路を行き交う魔石車を眺めながら、そんなことを思っていた。それは魔石を動力として車輪を動かす自動車のようなモノである。
流石に時速30キロメートル前後が限界のようだが、金持ちの移動には便利そうだった。
(何にせよ、キーは勇者会議。間違いなく新魔王は手を出してくるし、僕もそれに手を貸す。その中で、この場所を支配してる『異界同盟』は姿を現すはず。現さないのなら――滅ぼせばいい)
翔は冷徹な思考で計算を進めていた。
魔導都市アルスフォードに、続々と転移者が集結していた。




