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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第11話 「決意と装備の選択」

 夜空に月が煌々と輝き、大通りから人が少なくなった頃だった。

 士道は風呂つきの高級宿屋を選び、その一部屋を借りている。

 

「あー。生き返った」


 士道は今、ほぼ一ヶ月振りの風呂に入っている。

 孤島にいた頃は川で体を洗っていたが、やはり日本人は風呂がないと耐えられないのである。

 しばし湯船に身を委ねながら、士道は明日の予定を立てる。

 

(市場に行って、生活用品や冒険者用の装備でも揃えるか)


 金塊の3割分も玄海から受け取った。

 その際に貨幣に変換されていたが、金貨100枚はゆうに越えている。


 この国の経済について説明を受けたが、貨幣は鉄貨一枚が1ゼニー。

 大鉄貨一枚が10ゼニー。

 銅貨一枚が100ゼニー。

 大銅貨一枚が1000ゼニー。

 銀貨一枚が10000ゼニー。

 金貨一枚が100000ゼニー。

 白金貨一枚が1000000ゼニー。

 となっており、物価は都市によって異なるが、大雑把に言えば日本と同じぐらいだそうだ。

 この貨幣はユーレンザラード大陸全域で使われているもので、かつて一つの帝国が大陸全土を征服した頃の名残りだという。


 閑話休題。

 ひとまず、士道は貧乏貴族の資産レベルの金額を手にしたわけである。

 それに加えて売り飛ばした魔石もそれなりの額なので、しばらく金の心配は必要なかった。

 といっても金はあって損はないので、冒険者として依頼はこなしていくつもりではあるが。


(それにしても……)


 士道が警戒しているのは、彼をハズレ術師と呼称した葉山集のことであった。

 確かにあの『白い空間』で、士道は何度か質問をしていたのでそれなりに目立っていた方だろう。

 ハズレ術師とイリアスに称され、周囲から嘲笑を受けたのも記憶している。

 だから彼が士道をハズレ術師だと認識したことへの違和感は特にない。


 ただ、士道がハズレ術師だと知っている集は、他の転移者よりも固有スキルを奪うのが楽だと考えて襲撃してくるのではないか。


 士道の懸念はそこにあった。


(…………ま、やることは変わらないか)


 どのみち、何が起きても対処できるぐらいに強くならないといけないのだ。

 この世界は厳しく、弱肉強食である。

 弱い者は淘汰される世界ならば、士道は強くあらねばならない。

 誰かにとっての英雄になりたい。

 その望みを叶えるためにも力は必要だった。

 孤島にいた頃は生きるだけで精一杯だったが、これからは違う。

 女神だが天使だかに勝手に異世界に呼び出されてうんざりするが、こうなってしまった以上は楽しまなければ損である。


「………………あいつら、元気してるかな」


 脳裏に蘇るのは苦しい練習を共に乗り越えた部活仲間に、よく喧嘩で背中を預けた悪友。優しかった家族や、かつて惚れ込んでいた恋人の顔が次々と浮かんでは消えていった。

 日本に未練はある。

 だが、イリアスの嘲笑は記憶しているので、おそらく帰還は不可能に近いと考えている。もちろん帰還できるに越したことはないが。

 士道は風呂から上がり、新たな決意と共に眠りについた。

 

 ♢


 シックで落ち着いた造りの宿の一室には、穏やかな日差しが差し込んでいた。

 士道はその暖かさを感じながら、のんびりとベッドから起き上がった。

 欠伸をしながらボロボロの服を着てローブを纒う。

 

「服の調達もしないとな」


 士道はぼやきながら、ローブの下にバッグを持った。

 バッグには金を詰め込んである。これは士道の生命線なので取り扱いに注意をしなければならない。

 後は愛刀『夜影』を腰に吊れば準備完了である。士道は部屋から出て宿屋の一階に向かった。


「お客さん朝早いねぇ。待っててね。今朝食のサンドイッチ作るから」

「ああ。ありがとう」


 士道はそれなりに質の良い宿屋で、朝食と風呂つきでシングル部屋を頼んでいた。

 他の宿屋と比べると高いが、現代日本の生活に慣れている士道としてはこの程度の生活レベルは確保しておきたいところだった。

 士道は宿屋のおばちゃんによって手早く作られたサンドイッチを頬張りながら、気楽そうな様子で市場に繰り出す。


「美味いな、これ」



 ♢


 古賀玄海は朝方の陽光が差し込む森の中を堂々とした様子で闊歩していた。

 その手には、刃先が鋭く煌めく槍が握られている。

 玄海は数多ある古賀流武術の中で、槍術を最も得意としていた。

 近づく魔物は即座に突き殺し、魔石を回収しながらどんどん森の奥へと進んでいく。

 当然だが、深部へ進むほど魔物の脅威は跳ね上がり、危険度は増す。

 気配察知に長ける玄海がそれに気づいていないわけがない。

 彼はすでに、第五級冒険者程度では話にならない魔物が出てくる領域まで来ていた。


 玄海が朝早く起きて、受注した依頼は『バジリスクの生息調査』である。

第八級冒険者用で、討伐ではなく様子見をさせる依頼だった。

 普通は第三級冒険者以上でないと、倒すことなど不可能である。

 しかし玄海は実際に模擬戦で第一級であるグランドに引き分けている。

 それを理由に、玄海はバジリスクを討伐するつもりだった。


 玄海の目的はこの世界に古賀流の正統な継承者を作り、道場を開くことだ。だから一から人材を集める。

 しかし道場に人を集めるには、まずは玄海が名を上げる必要がある。

 英雄にでもなれば間違いなく道場に入門する者が増えるという推測だ。

 そのための第一歩として冒険者たちのトップ陣営までにまで登りつめる。

 だから、玄海はいきなり第三級の依頼相当であるバジリスク討伐に乗り出したのだ。

 玄海は老人だ。そう先は長くない。

 最速で栄誉までの階段を登っていく必要がある。

 未来ある若者に、過去の研鑽を伝えていくために。

 

「ようやくか」


 歩き続けていた玄海が突然立ち止まり、ポツリと言葉を漏らした時だった。

 彼の後方から、凄まじい速度で蛇の顎が肉薄する。

 滑るように身体を移動させ、紙一重で蛇――バジリスクの牙を躱す。

 玄海の表情は何ら揺らがない。

 紙一重というのは、ギリギリだったわけではなく――その攻撃を完璧に見きっていることの証明だった。

 バジリスクの瞳が驚愕に彩られる。

 それを見て、玄海は小さく笑みを見せた。太古の昔より受け継がれてきたこの武術は、平和になった日本よりも危険が隣合わせであるこの世界での方が役に立つ。

 幼少の頃より古武術を学び、徹底的なまでに努力し、何度も研鑽を重ねてきた老人――古賀玄海。

 異界の地に降り立ち、再び大きな夢を持った彼は、心の底から楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「――それで」


 玄海はバジリスクに槍を向けながら。

 ギラついた双眸が別の方向を向いた。


「貴様は、儂を楽しませてくれるのか?」


 がさり、と。

 玄海の視線の先で人影が出現した。


 ♢


「ああん? 坊主、てめぇ金はあるのか?」


 士道は金貨をちらつかせながら、


「アンタ、ドワーフか?」

「何当たり前のこと言ってんだ。まあ金あるんならいい。好きなもんを買っていけ」


 

 ブリューレ武器防具店。

 一流冒険者御用達で、この街一番の品揃えといわれている高級店だった。

 店主は気難しそうなドワーフだが、士道が金貨を何枚かちらつかせるとあっさり引き下がる。

 ドワーフは背が低く髭が濃い種族である。人族とは友好的な関係で、手先が非常に器用で鍛冶職などを営んでいる者が多い。

 ブリューレ武器防具店の店主もその一人だった。


「さて…………」


 士道はそれなりに広い店内を見回す。

 客は何人かいたが、誰もが隙がなく、強そうな人物ばかりだった。

 流石は一流冒険者御用達店である。

 一流どころか冒険者になったばかりの士道がこの店に来ている理由は、自分の装備に金を惜しむつもりはないからである。

 幸い金には余裕がある。

 士道は金塊の3割の額しか貰っていないのに、これだけの額があるのだ。

 スリに合わないように気をつけないといけない。玄海の鍛錬によって気配には敏感なので簡単に奪われはしないだろうが。

 

「さて、どうするかな」


 武器や防具に詳しくない士道だが、『鑑定』を使えば話は別だった。

 簡単に最も質の良いものを選ぶことができるのだ。

  

(まずは……武器。予備の刀剣と、後は投げナイフが欲しいな)


 士道の戦闘スタイルは、奇術師のように敵を翻弄することにこそ真価がある。

 よって手札は多い方が良いのだが、今のところは剣技と体術、固有スキルに限定されていた。

 なので予備の剣は必須なのである。


(そのうち魔法も学びたいな。面白そうだし)


 士道は適当に考えながら、武器棚に置かれているものを片っ端から『鑑定』していく。

 その過程で、最も質が良く士道に合っている剣を発見した。

 

―――――――――――――


翡翠(ひすい)』:業物

 軽く、斬れ味の鋭さを特徴とする小刀。魔力伝導率が非常に高い。

 

―――――――――――――


 簡単な『鑑定』だとこのような説明である。より凝視すれば詳細な説明が出てくるが割愛する。

 士道の愛刀『夜影』は大業物という分類なので、それには及んでいないようだが十分に良い品のように思える。

 店主に許可を取って軽く振り、確信を得た。

 『翡翠』に加えて使い捨ての投げナイフを十本ほど注文する。

 士道は天職が奇術師であるところに関係があるのか、ナイフ投げはすぐに得意になった。

 あの孤島ではナイフを捨てるのが勿体なくてあまり使う機会はなかったが。


「へぇ。お前さん、この刀を選ぶたぁいい目してるじゃねぇか」


 ドワーフの店主が褒めるが、所詮は『鑑定』を使った結果に過ぎない。

 士道は適当に愛想笑いをしておいた。

 次は防具である。

 士道の扱う古賀流剣術は身軽さが前提となる。動きにくい装備では使えない。

 従って全身鎧などの重装備は却下だ。そんなものを身につけていては体術すら扱えなくなる。

 

「ん……これは」


 士道は防具のコーナーに、普通の服に近いものが置かれているのを発見した。

 『鑑定』によると魔導服と呼ばれる装備だった。

 丈夫かつ特殊な生地で作られていて、魔力をごく少量流すことにより柔軟性を高く保ったまま防御力が強化される。

 流石に鎧よりは防御力は劣るが、非常に動きやすく士道にはピッタリの品だ。鎧よりも値は張るが、それは大した問題ではない。


「これにするか」


 『鑑定』で吟味した末、最も質が良かった黒の魔導服を選択した。

 何となく冒険家を想起させるような装いである。

 インナーを適当に見繕い、ドワーフの店主に頼んで個室で着替えた。

 もうボロボロの服はうんざりだったのである。ボロ私服に未練はないので、その場で捨てることにした。

 アースドラゴンのローブはやはり手作りなので雑な品だったが、ドワーフの店主が買い取ってくれた。

 それなりに優秀なローブだが、魔導服に比べて遥かに性能が低いので未練はない。

 インナーの上から魔導服を着て、魔力を流しながら肩をぐるぐると回す。

 動きやすさと強度を確認し、士道は瞠目した。

 動きを阻害されない普通の衣服であるのに、同時に鎧のような硬度を保っている。

 日本の高校では理系物理を選択していた士道は首を大きく傾げるが、最早「流石ファンタジー」と呟くしかなかった。


 士道の装いは黒髪黒目に黒の魔導服なので全身真っ黒だったが、似合っているので問題はないだろうと自画自賛する。

 ちなみに伝説級魔道具である『風の靴』もなぜか黒い。履き心地は地球のスニーカーには及ばないが、それなりに良い方である。

 腰回りの剣帯に愛刀『夜影』を吊り、魔導服の各所に投げナイフを仕込んでおく。

 その上から防寒用に購入した漆黒の外套を羽織れば装備は完了だ。

 

「随分と豪勢な金の使い方をしたな……他に何か買うもんはあるか?」

「そうだな……冒険者をやる上で便利なもんとかないか? 金に糸目はつけない」


 呆れ顔の店主に苦笑を返しながら、士道は質問する。

 装備を一通り揃えて持ち金が4分の1ほど消えたが、まだまだ余裕はある。

 ドワーフの店主は「貴族出身か何かか……?」と呟きながら小さな袋を持ってきた。


「何だそれ?」

「こりゃ魔力袋ってもんだ。魔導技術によって見た目よりもたくさんの物が入るようになってる。容量は本人の魔力総量分だ」

「……流石ファンタジーとしか言えんな」

「ま、何か入れてみりゃ感覚で容量がわかるさ」

「へぇ」


 金貨五枚と値段が高いので、便利だが使っている者は少ないらしい。

 試しに剣を入れると小さい袋の中にすっぽりと入っていった。

 

「おお。すごいな、これ」


 士道は感嘆して購入を決める。

 その他にも携帯砥石などの雑貨。テントなどの野営道具。そしてポーションや薬草類。解毒剤などを適当に買って店から出た。


 市場にある服屋で普段着る用の服と下着を大量購入し、石鹸や歯ブラシなどの生活用品も見繕う。

 士道は料理ができるので料理道具と食材も購入した。

 魔力袋の中は時間の概念がないので、食材が腐るということはない。

 すべてが魔力袋に収まるので荷物に気を使う必要はなかった。

 魔力袋は本人の魔力総量に依存しているため、感覚的に後どれくらいの容量があるのかを理解できる。

 士道の魔力袋には、まだまだ余裕があった。

 バッグは用済みと判断し、捨てる。

 宿に戻って荷物と金をすべて魔力袋に収納した。

 そんなこんなで買い物を終えた士道は、宿屋で一息つきながら時計を見た。

 現在の時刻は昼である。


「よし、簡単な依頼でも受けるか」


 新装備を試したくてうずうずしていた士道は、楽しそうにギルドへと足を進めた。



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