第6話 「バケモノ」
霧崎翔はその会合を眺めていた。
(……流石の度胸だね)
新魔王ルシアと山城京夜が向かい合い、対等な立場で会話をしている。山城は魔王軍を担う一角を前にして、泰然と佇んでいた。
新魔王派と聖女一派の同盟。
斥候を通して話をつけてはいたものの、両派のトップが向かい合うのは今回が初めてだ。
(ルシアは、どうやって山城らの情報を掴んできたんだろうか)
翔は疑問に思うが、答えの出る問いでもない。聞いたところで答えてくれるとは思えない。
翔がそんなことを考えている間にも、両者の端的な話し合いは続く。
ルシアは常に尊大な態度を取るが、だからといって相手がどういう態度で接してこようと気にはならないらしい。過剰なまでの己への自信が、それだけの度量を持たせているのだろう。
「協力に感謝する」
「ああ」
軽い挨拶は済んだようだ。
そう思った翔だったが、ルシアは作業に移ろうとする山城を呼び止め、真意を探るように尋ねた。
「貴様はなぜ、この国を支配しようとする?」
「世界を平和にする為」
山城は即答。現実味のない馬鹿げた答えだった。ルシアの周囲にいる上位悪魔たちが、思わずと言った調子で笑い声を漏らしている。
翔も不思議に思って眉をひそめる。これだけ有能な人物が、決して叶いはしない理想論を唱えることに違和感を覚えるのだ。
上位悪魔たちに対して、新魔王ルシアは笑わなかった。真剣な表情のままだった。
「貴様が支配すれば、世界が平和になると?」
「……いいや、ならねえよ。俺だけじゃ何もできねえ。だから"聖女一派"を名乗ってる」
「ほう……」
ルシアは愉しそうに口元を歪める。そういうくだらない理想を抱えた者の存在を、心から祝福するように。
「その馬鹿げた意志、俺様は嫌いではない」
その言葉に山城は驚いたように目を見開き、気が抜けたとばかりに苦笑を浮かべた。
「……そうかい。ありがとな」
後は王都に侵入し、互いの目的を果たすのみ。
ルシアの目的であるミラ王国の勇者暗殺。
その為に、王都で騒ぎを起こしてくれる人材を求めていて、そこに山城達との利害が一致したというだけの協力関係だ。
山城が翔たちを手招きして、説明する。
「俺のスキルで、王都までの抜け道を掘った。クサナギみたいに城壁を飛び越えてもいいが……アンタたちみたいな悪魔だと中々に目立つからな」
そして、二つの陰謀が動き出す。
♢
「――士道。お前の幼馴染だよ」
その双眸には、確かにかつての面影があった。脳裏に蘇る思い出。やんちゃで喧嘩っ早いガサツな子どもの立ち姿。親の都合で十年前に遠くの街に引っ越してしまったが、それまではずっと一緒に遊んでいた親友とよべる存在。
荒々しい短髪を金色に染めていて、背も大幅に伸びているのだ。気づく方が難しいだろう。
「拓真、お前……」
「ようやく思い出したかよ。ったく、薄情な野郎だなァ!」
拓真は吠えながら、士道に突進してくる。
無手のままだ。
己の身こそが彼の武器なのだろう。
獣のように飛びかかってくる拓真を、右に飛んで回避する。
ごろりと回転して剣を構えたときには、すでに拓真はこちらに向けて大地を蹴った後だった。
ひとつひとつの行動が異様に速い。本能のままに動いているような印象を受ける。
たとえ幼馴染だろうが、襲ってくるのなら手加減するつもりはない。
士道が思い切り剣を振るうと、拓真は何の躊躇いもなく右腕で受け止めた。ザクリと音を鳴らして血が吹き出すが、切断できる気配はない。
筋肉で受け止められている。
(……硬い!?)
動揺の隙に、拓真は左拳を振りかぶっていた。
獣のように牙を剥きながら、
「はっはァ!!」
ゴッッッ!! という爆音を鳴らして士道の身体が吹き飛んでいく。石造りの家をひとつ貫き、容易に倒壊させて地面を転がった。
喀血する。士道の肋骨が圧し折れた。
何という威力。
あの肉体に、どれだけの膂力を秘めているのか。
これだけの身体能力はレベルオーバーの中でも上位の方に位置しているだろう。
士道の体感では、あの天使長イリアスよりも、速く、硬く、重い。
(あるいは、これが奴の固有スキルか……?)
士道がこうして倒れ伏している間にも、拓真とミレーユ達の戦闘が続いている。それを考えれば、立ち上がらないわけにはいかなかった。
身を引きずるようにして四肢に力を込める。
前方で繰り広げられている戦闘では、明らかに拓真が追い込まれていた。
ミレーユが"支配領域"を解放したらしい。
肉弾戦に特化している拓真は遠距離戦に弱い。これは明らかなことだった。そしてミレーユは近づけさせない戦闘に慣れている。
レーナ、リリス、ウルフェンは遠くから様子を見守っていた。
だから――士道は左腰に新しく施されたホルスターから鈍く光沢が輝く拳銃を取り出した。
大友慎也が扱っていた武器。愛銃。彼の形見のようなものだ。
士道は彼を殺した。
そうすることしかできなかった。
だから、今こうして彼の力を受け継いでいる。
――固有スキル『魔銃』。
「……民衆は、だいたい避難したか」
士道はそれを確認すると、連続して拳銃の引き金を引いた。体内から魔力が引き抜かれるような感覚の直後、銃口から青白い光線が飛び出していく。
ミレーユと相対していた拓真が目を剥く。
真正面からすべての攻撃を受け止めてきた、耐久力の塊のような拓真が初めて回避行動を取った。
転がるように、左へと身を投げる。
鋭い軌跡を描いた光線は地面に着弾して石畳を次々と吹き飛ばした。
「……それがテメェの固有スキルかァ!?」
四肢で大地を踏み締めながら、拓真は嗤う。
そしてミレーユの魔法が途切れる合間に、ウルフェンとレーナが肉薄して襲いかかる。
だが、力任せの拳と蹴りに吹き飛ばされた。リリスは『魔閃光』の威力が大きすぎるため、介入するのを躊躇っているようだった。
ミレーユの魔法の群れが次々と拓真を襲撃するが、それでも彼は捌き、弾き、受け止めていく。
ボロボロの体になってそれでも、拓真はふらつく様子すらない。これは明らかにおかしい。
(やはり、耐久力か、身体能力あたりに関する固有スキルだな……)
確信する。単純だが、強力。細かいことを考えるのが嫌いだった拓真にお似合いのものだろう。
理屈も何もない戦闘スタイルだが、確かに拓真なりの方法論があった。おそらくは不良時代に洗練された喧嘩殺法だろうか。
端的に言えば、強い。
「……だが、もう終わりだ」
士道は小さく呟く。
その身に収斂された魔力が唸りを上げた。
ミレーユの魔法群が切れた刹那、間隙を縫うように『瞬間移動』が発動する。同時に視界が僅かに赤く染まった。『魔眼』の起動。拓真の眼前に唐突に現れ、驚愕する彼に視線を合わせ、幻影を見せながら体を沈ませる。いまだ幻影に気を取られている拓真が、斜め下に潜り込んだ士道に気づいた瞬間には、背中側から足を絡め取り、押し倒すように『雷撃』が唸りを上げていた。雷鳴を轟かせて大地が四散する。あまりにも圧倒的な稲妻は何の容赦もなく、焼き焦げた拓真を数メートルも地下へと押し込んでいた。焼き焦げたその男に、動く気配はない。
これが初見殺しの奇術師。
その優秀なスキル群の真価だった。
士道はため息をつきながら、周囲の惨状に目を走らせる。
ざっと見たところ倒壊した建物が一棟。
広場の石畳がすべて吹き飛び、大地もへこみ、穴が開いているが、何とか民衆に被害は出していないようだった。
「……拓真。まだ生きてるな?」
「おぉ……」
「それで、何のつもりだ?」
「まあ命令っつーか、試験っつーか、なぁ士道?」
体中から血を流し、火傷を負い、なお拓真は気楽そうに笑みを浮かべていた。
恐怖すら覚える耐久力。
流石にもう体を動かすのは難しいようだが。
彼はニヤリと笑みを浮かべて、言う。
「――合格だぜ。まさかオレを倒せるたァな」
「お前な、俺に理解できるように話せよ」
「話は後だ。ここでの目的は果たしたしな。さっさと移動しねェと。騎士団が駆けつけてくると面倒なことになる」
冷静な口調で語る拓真に、士道は目を細めた。
「……何か、あるんだな」
「おぉよ。楽しそうなことがな」
「シドーちゃん。足音が近づいているのです。おそらくは先ほどすれ違った近衛騎士かと……」
「よし、ウルフェン。こいつを背に乗せろ。とりあえず逃げるぞ」
「衛兵に突き出さなくてもいいの?」
「まずはコイツの話を聴いてからだ。それで遅くはない」
ウルフェンがボロボロの拓真を背に乗せたことを確認すると、士道たちは高い身体能力を活かし、騎士に見つかる前に路地裏へと逃げ込んだ。
♢
(神谷士道と……もう一人は分からないが、中々に厄介な力だ)
嵐が唸りを上げたかのような惨状になっている広場を見下ろすのは、葉山集だった。
この辺りで一番高い建造物。つまりは冒険者ギルドの屋根に立ち、広場の騒動を眺めていたのだ。
神谷士道が率いるパーティには、ローレン大迷宮の守護者に獣王の娘、龍魔王の力を受け継ぐ者、そして超級冒険者という並々ならぬ実力を持つ者たちが存在している。
どのようにして集めたのかは知らないが、あれだけの戦力が一人の転移者のところに集まっているというのはかなりの脅威だ。
そして、その四人を相手にして数分以上も真っ向から耐え抜いた金髪の男。
集は、恐ろしい怪物性の片鱗を垣間見たような気分になっていた。
(……奴が神谷を襲った理由が分からないな)
現段階では謎が多すぎる。
士道たちが逃げ去った広場に向けて徐々に衛兵が集まっていることを確認した集は、一息にギルドの屋根から飛び降りた。
ギルドの裏手。路地裏の方に降り立った集は、表へ回り込んで入り口のある大通りに出る。なぜか冒険者の影すら見かけず、閑散としていた。
(……冒険者までもが逃げたのか?)
確かに王都近隣は騎士団の警護により治安は良く、冒険者の仕事は少ない。よって数もそう多くはなかったはずだが、これだけの騒ぎが起きて一人も見かけないというのは違和感を覚える。
集は眉をひそめながら、ギルドの扉を開いて内部へと侵入した。
なぜか灯りがついていなかった。昼間にしては妙に薄暗く、酒場の瓶が割れ、テーブルやイスが乱雑に倒され、あるいは壊されていた。
そして目に入ってくるのは、夥しい量の血を流して倒れている冒険者達の姿。
呻き声が聞こえることから、どうやら死んではいないようだった。
集はあまりの驚愕に背筋を凍らせながらも、抗い難い重圧を感じて、奥の方へと目を向けた。
「……誰だ?」
そこには。
絶望が立っていた。
胃の奥から迫り上がるような根源的な恐怖に、集は一瞬にして大量の脂汗を流していた。
低く、しゃがれたような声音。血に染められたボロボロの布切れを身に纏う、隻腕の男。色が抜け落ちたかのような灰色の髪に、よく見れば片方の目にも切り傷があった。布切れの間から覗く皮膚には異様なまでの傷跡が幾重にも刻まれている。
ボサボサの髪の隙間からは、名刀の波紋を思わせる鋭い眼差しが集を捉えていた。
「……」
集は答えられない。言葉を発するという動作に結びつかない。それだけの殺気があった。否。それは別に集に向けられたものではない。ただ、他の誰かへと向けられている異常なまでの憎しみが、周りの者すらも怯えさせるというだけの話。
灰髪の男は何かに気づいたかのように目を細めると――口元を弧を描く形に引き裂いた。
「テメェ……」
周囲で呻き声を上げる冒険者達は、決して低いレベルではない。何の為に彼らを襲ったのかは分からないが、これだけの人数を容易に制圧する時点で灰髪の男の実力が如実に表されている。そして、その程度では全く収まらないことも、集の感覚は確かに理解していた。
どうしてこんな化物がここにいる。
いや、なぜこんな化物が世界に存在している。
怪物という形容では収まらないような何か。
異世界が生み出した狂気の産物は"ようやく見つけた"とでも言いたげに、喜色を顔に浮かべた。
「……転移者、だな」
その男の意識が、集に向けられる。刹那。集はいまだかつて一度もないほどに研ぎ澄まされた集中力で、全身全霊を込めて逃亡を開始した。
固有スキル『火精の恩恵』を行使。己自身が炎となり、精霊に限りなく近づくという切り札を惜しみなく使い、ギルドの扉を焼き切って走り出す。
「逃げられると、思うか?」
ナイフのような声。
直後に、嘶きが聞こえた。
「なっ……」
集は空を見上げて、絶句する。
雲ひとつない平和そうな青空に大量に浮かぶ、不吉で不気味な赤い蛇状の影。
まるで流星のように集を目掛けて降りてくるそれは――百体を越える火竜の姿だった。
「化け物、め……!!」




