第5話 「転移者達の思惑」
ズズン……!! と何の予兆もなく、大地に重い振動が響き渡った。
ミラ王国の王都フローぜにどうやって侵入するかを思案していた草薙は、思わずといった調子で声を上げる。
「――何だ!?」
「これは……戦闘音ですか?」
隣にいるララが怪訝そうに呟く。
魔王軍との戦争が始まり、緊張状態にある現状では、中位悪魔のララを引き連れて街に入ることは中々に困難を極める。
草薙に真っ当な身分があればララが仲間だと証明することもできなくはなかったのだが、残念ながら冒険者ですらないのだ。
そこらの街なら隙を見てひょいと城壁を飛び越えれば、簡単に内部へ入れるが、流石に大国の王都ともなると、それなりに警備が厳重だった。
そんな事情で夜になるまで待っていたのだが、そんなとき、唐突に轟音が炸裂したわけだ。
「……どうするか」
草薙は思案する。
王都の内部は想像することしかできないが、おそらく蜘蛛の子を散らすような騒ぎになっていることだろう。
ズン……!! と、再び地響きが鳴る。間違いない。これは強者と強者の戦闘の余波だ。つまり、現場に王都の目も集中するはず――そうなれば侵入するのも難しくはない。
だが、嫌な予感がしていた。
草薙の目的はミラ王国の王に会い、『彼女』の行方を尋ねること。街そのものが危機に陥ってしまえば、王には近づくことすら難しくなるだろう。
ララが草薙の様子を窺うように、
「……この国の王様は、本当にあなたの『捜し物』の行方を、知ってるんですか?」
「奴は元々この国に所属していた。今もいるかは分からんが、王に尋ねるのが一番手っ取り早い」
「そういうことなら、無理に王様を狙わなくても、そこらの貴族に尋ねても行方は分かるんじゃ……」
「ちょっと特殊でな。一般には知り得ない存在なんだ……まあ百年前だ。今はどうなのかは知らん」
草薙は手早く説明しながら、ひとまずは乗り込んでみようという結論を下した。
王都は広い。そう簡単に厄介事には巻き込まれないだろう。この騒動が起きている隙に、さっさと王城に侵入して目的を果たす。
「……よし、行くぞ」
「はい」
草薙とララは索敵をして、周囲に人影がないことを確認してから、王都の城壁を飛び越えた。
「……いるな」
草薙は、自らを見ている者の影を捉える。
だが、気付かない振りをしていた。
そして、本当に気づいていないこともあった。
♢
「……危ない、危ない」
空気中に、すうっと実体化する姿があった。
黒の装束に灰色の外套を纏う小柄な少年。爽やかそうな顔立ちに眼鏡をかけている。
身軽そうな彼は、忍の血脈を受け継ぐ者。
霧崎翔。
「あのタイミングで魔力を広げて索敵をしてくるかぁ。油断ならないね」
『真実の四使徒』の一人である影山玲を殺したことにより、奪取した固有スキル『霊体化』。
それを行使することにより、草薙の索敵網から難を逃れたのだ。
翔はため息をつきながら、
「君は、そう思わないかい?」
近くの地面に向けて、問いを投げかけた。
そこには何もない。そういうふうに見えた。
だが。
「……流石だねぇ」
ズルリ、と。
まるで水中から浮かんでくるかのように、泥のように変化した地面の中から這い出てくるのは、黒髪をオールバックにしている大柄な青年だった。
スラリと細い脚には傷がついたジーンズを履いていて、金のファーが両肩についた黒のコートを羽織っている。
地面から出てきたというのに、土や泥が服を汚している様子はない。
ギラギラとした眼光を隠しもしない男は、参ったと言わんばかりに肩をすくめる。
「草薙さんのことかい? 僕はともかく、君の存在には気づいていたようだけど」
「……いいや、アンタのことだよ。アレが化物だってことは、一目見りゃ分かるさ」
諦めたような青年の言葉に、翔は苦笑する。
「オレにはむしろ一目では脅威が分からない……アンタの方が怖いけどな。恐ろしいと感じたときには、すでに手遅れ――そんな印象がある」
「……買いかぶりすぎだよ」
翔は薄く笑みを浮かべて、首を振る。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。君が聖女一派を率いる者……そういう認識でいいんだよね?」
青年は頷くと、
「山城京夜だ。アンタは?」
「霧崎翔。一応、この場では新魔王派の代表ということにはなってるわけだね」
「それで、肝心の魔王勢力はどうした?」
「すでに潜伏中だよ。呼び出せば、すぐに王都を襲撃できるはずだね」
そう言うと、山城は不敵な笑みを浮かべた。
「……すげえな。ミラ王国のお膝元まで、まったく気づかれずに悪魔を運べるとは」
「……さて、ね」
本当は吉野楓の『次元移動』とグライブの『心象結界』があってこその強引な併せ技なのだが、現状の魔王軍の切り札とも呼べるそれを、わざわざ説明してやるつもりはない。
翔は話題を次に進める。
「それで、この騒ぎは――」
「――ああ」
山城は軽い調子で頷きながら、
「オレの仲間が引き起こしたものだ。この騒ぎに乗じてもらう。何にせよ、アンタらを王都に侵入させないと話は始まらないしな」
「……なるほど、ね」
翔は納得すると、身振りで山城についてこいと指示する。
向かう先は、新魔王率いる少数の悪魔の精鋭が潜伏している小さな森だ。
♢
聖女に会う為に、治癒院の目の前に辿り着いていた白崎大和は、突如として鳴り響いた轟音に声を上げて驚き、尻餅をついていた。
「ど、どうしたの!?」
大和が慌てていると、周囲の近衛騎士は視線を鋭くして轟音が鳴った方に目をやっている。
アイリスが馬車から飛び出してきた。
固有スキル『未来視』が宿る彼女の瞳は、何かの覚悟が決まっているかのように静かだった。
「……始まったね。あなた達は現場に向かいなさい。あたしにはヤマトくんがいるから」
「し、しかし……」
「自分たちで鍛えた勇者の力が、そんなに信用できないの?」
「いえ、そういうわけでは……」
アイリスの命令に近衛騎士が動揺する中、両者の視線が向けられた大和は、唐突に訪れた実戦の気配に怯えながらも、何とか立ち上がった。
アイリスが真剣な声音で問いかけてくる。
「ヤマトくん。あなたはあたしを護れますか?」
即答は、できなかった。
大和は確かにミラ王国の勇者だ。
だが実際には、そこらの魔物との戦闘程度しかこなしたことはない。何かを斬り裂く感触が苦手だったので、それすらも消極的だった。
だから当然、レベルも低い。
勿論、人を殺したことなんて一度もない。
命のやり取りがない模擬戦でならそれなりに動けるが、実戦でまともに戦えるとは思えなかった。
何より、怖いのだ。恐ろしいのだ。
自分が傷つくことが怖いわけではない。
自分の振るう剣が、誰かを傷つけることが何よりも怖かった。
だけど。
それでも。
アイリスが大和を頼りにしている。
ならば、それには応えなければならない。
大和は無意識のうちに、そう思っていた。
「……うん。ぼくが、きみを護るよ」
恐怖はある。
充分に怯えた上で、なお立ち向かう気概。
それこそが勇気。
勇者を名乗る者に、最も必要な資格だ。
「……分かりました。ヤマト、頼んだぞ」
老練の騎士はそう告げると、周囲の者を引き連れて一直線に現場へと駆けていく。
迷いなき後ろ姿は、大和には大きく見えた。
たとえ何が起ころうとも国を守るという、その覚悟を尊敬していた。
「ぼくが、きみを護る」
もう一度だけ、大和は繰り返した。
アイリスは柔らかい笑みを浮かべて頷く。
「ん、よろしい。それじゃ、元々の用事をさっさと済まそっか」
そのタイミングで、治癒院の扉が開かれる。
その中から出てきたのは、神官風の装いをした絶世の美少女だった。
アイリスは驚きながらも、尋ねる。
「……聖女様ですか?」
「え、あ、うん。あの、この騒ぎはいったい……」
動揺している聖女に、大和は言う。
「何かの戦闘が始まったらしいんだ。でも、そんなに近くはないみたいだよ」
「あなたは……転移者の……」
「うん。それでさ、きみに話があるんだ。王城まで来てもらえるかな?」
聖女は少しばかり顔をしかめると、
「ここじゃ、駄目ですか?」
「…うーん。まあ、別にいいけど。まあ簡単に言うと例の病魔の話だよ」
「それはこんな状況で、する話ですか?」
それは正直なところ大和も疑問だった。
こんな緊急事態で優先するような話ではないような気がする。
だが、アイリスが真剣な表情で言った。
「――はい。時間がないのです」
「……とりあえず、中に入ってください」
聖女は小さく告げる。大和たちは頷き、治癒院の中に足を踏み入れた。
♢
「ほう」
葉山集は街角に背を預け、必死の形相で戦闘音から逃げ惑う人々を眺めていた。
病魔に感染することを恐れて閉じこもっていたのか、先ほどまで閑散としていた通りが、皮肉なことに今やこんなにも賑やかである。
だが、集の聴覚が捉えていたのはそんな人々の様子ではない。寄りかかっている壁の裏から聴こえてくるミラ王国の勇者と第三王女、それに聖女の会話である。
この状況に遭遇したのは偶然だが、思わぬ情報が得られた。聖女に会うことが目的だったが、勇者や王女がいる間に入り込むのも躊躇いがある。
治癒院の中に入ってしまったので盗み聞きをすることもできない。
(しかし、今の反応を見るに、この状況に聖女は関わっていないのか……?)
先ほどから連続しているこの戦闘音は、明らかに強者と強者のぶつかり合いだ。
本当に知らないのなら、思わず飛び出そうとするほどに慌てるのも無理のないことだろう。
演技の可能性もあるが。
(……気になる点があるとすれば)
聖女には付き従う信者がいるという話だった。なにしろ『紛争地帯』の救世主なのだ。それはもう数百人単位で聖女の身を守っている。そういう噂を聞いていたのだが、今のところ一人も見かけない。
これだけの騒ぎだ。信者というのなら治癒院に駆けつけてきてもよさそうなのだが。
治癒院の中には流石に何人かいるのだろうが、当初の話とは結びつかない。
この程度なら、聖女が率いている勢力は増強しているわけではない。
(やはり聖女には何もなかったのか……?)
そう考えるのが自然ではあるのだろう。
だとすると気になるのは、本当の意味での女神の使徒であるはずの聖女が、なぜ女神が下す命令を無視しているのか。
集や大友と同じように、聖女も女神に対する恩や契約があるはずだ。そう簡単な理由で裏切ることはできないはずである。そこに、何か大きなことが隠されているような予感がしていた。
♢
「く、そ……!?」
神谷士道は悪態をついていた。
不幸中の幸いと言うべきか、この広場が王都にしては珍しいだだっ広い場所で良かった。
今のところ中央にある噴水と足元に広がる石畳しか被害を受けていない。
金髪の男は拳をパキポキと鳴らしながら、士道たちを挑発する。
「どーしたよ士道。やっぱテメェ、周りが気になって攻撃できねェのか?」
「ええい……!!」
士道、レーナ、リリス、ミレーユの四人は、突如として襲撃してきた金髪の男を囲むように散開している。
数の利もあり優勢なのは士道たちだが、攻めあぐねているのもまた事実。
士道が周囲の被害を広げないようにしているのに対して、金髪の男は何一つお構いなしに破壊を撒き散らしている。
拳一つで地響きを起こすほどの身体能力には、空恐ろしいものがあった。
「"風槍"――連撃」
ミレーユが上空に何本もの槍を風魔法で構成。コンマの差もなく地面に射出した。あくまで被害はこの広場だけに収めるつもりのようだ。
流石の腕前に士道は感服する。
眼前に佇む男は動かなかった。ニヤニヤと笑みを浮かべたままに、ただ手を広げて待ち受ける。
(何を考えている……!?)
轟音が炸裂した。
男のすべてを切り裂くように、風の槍が次々と破壊の嵐を届かせる。地面の石畳が容赦なく吹き飛んだ。噴水の残骸すらも斬り裂かれ、破片となって吹き荒れていく。
風嵐が止んだとき、男はボロボロになっていた。
世界最高峰の魔術師ミレーユ・マーシャル。彼女が放つ魔法は並の人間に耐えられるものではない。
だが目の前の男は当然、並の人間などという形容で収まる器ではなかった。
「は、はは……」
身に纏う学ランは擦り切れ、切り裂かれた肌から夥しい量の血が流れている。
だというのに。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
哄笑。頭のネジが飛んだかのような笑い声。男は自分の身が傷つけられ、そのことが心の底から楽しいとでも言いたげに笑っていた。
「よぉ!! やりゃァできんじゃねェかよ! いいぜェ、いいぜェ、そう来なくっちゃな、盛り上がらねェからなぁ!?」
「なんなんだ――お前……!?」
「あん? もしかしてまだ気づいてねェのかよ? まあ金髪に染めてるし、だいぶ身長も伸びてっからなァ。分からねェのも仕方ねェか」
男はきょとんとした表情をすると、
「オレァ一ノ瀬拓真。士道、テメェの幼馴染だよ」
今回の話で、なんと100話に到達しました。
飽きっぽい私がここまで書けているのは、読んでくださる方々がいるおかげです。いつもありがとうございます。




