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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
序章 始まりの灯火
1/176

Prologue 「白い空間」

 神谷(かみや)士道(しどう)の意識が浮上する。

 瞼を開けると目に飛び込んできた光景は、真っ白な空間だった。地平線の彼方まで、違和感を覚える程の純白が広がっている。

 まるで理解のできない風景を前に、士道は眉をひそめた。夢だとしても荒唐無稽すぎる景色である。

 ひとまず周囲をぐるりと見渡せば、百人程度の人間が存在していることが確認できた。だが、こんな状況に陥っている事情を理解しているわけではなさそうだ。

 「何これ……」「何処なの、ここ……?」「あれ? 俺さっきまで街にいたよな?」「つーか誰だよお前」「意味わかんない……」「変な場所だなぁ」「……怖い」「誰か、説明しろよマジで」――そんな、独り言のような呟きの応酬が聞こえてくる。


「本当に何なんだよ、これ……」 


 士道も思わず呟いた。

 自宅の近くにある自販機でコーヒーを買い、散歩がてら並木道を歩いていたところで記憶は途切れている。

 そして気づいたときには、この真っ白な空間に佇んでいたわけだ。

 顎に手を当てて理由を推測するが、思い浮かばない。

 そもそも現実味が無さ過ぎる。


「ねぇ、これどういう状況だか分かる?」


 優しそうな声音で話しかけてきたのは、士道の近くに立ち尽くしている眼鏡をかけた少年だった。おそらく年齢は同程度だろう。

 高身長な士道と比べてしまうと小柄だが、さっぱりとした顔立ちで女には困らなそうな雰囲気を醸し出している。

 士道は嘆息しながら、


「いや、全然だ。想像もつかない」

「……まあそうだよね、僕もだよ。こんな何もかも真っ白じゃ方向感覚が歪んでくるなぁ」

「確かにな。こんな場所、普通に考えればありえない。……そもそも地面が何処にあるかも分からん。立てている事実に違和感しかない」


 士道は腕に爪を立てて痛覚を刺激してみたが、やはり夢ではないらしい。意識は覚醒しているのであまり期待はしていなかったが。


「……さっきまで街を歩いていたはずなんだがな」

「僕もだよ。まぁ普通に考えればありえないってことは、普通じゃない何かの仕業なんだろうね」


 眼鏡の少年はニコニコとした笑みを浮かべていた。

 先ほどから緊張感の欠片も見られない。こんな状況でも笑っていられるという事実に、士道は少し薄ら寒いものを感じる。


「……わざわざ人の用事を無視して引っ張り出してきたんだ。それ相応の理由がなければ困るな」


 士道がここまで冷静に会話ができている原因は、隣に佇む少年の異様なまでの自然体さに影響を受けているからだろう。


 周囲は阿鼻叫喚の絵図だ。女子高生と思しき集団は固まって泣いており、不良のような連中の掴み合いが発生している場所もある。所在なさげに立ち尽くしているだけの人も多く存在していた。

 士道も話す相手がいなかったら、彼らのように不安に駆られていたことだろう。士道は普通の高校生であり、これといって特別な経験を積んでいるわけではないのだから。

 

「別に僕達だけってわけじゃないよ」


 そんな士道の思考を見透かしたように、眼鏡の少年は呟く。


「よく見てみなよ。慌てたところで仕方がないと理解している人は、少ないけれど存在しているから」


 その言葉に応じるように周囲を観察すると、確かにこの空間に存在する人々の一割程度は、冷静さを保っていることが窺える。


 ――何が起こっているのかと、愉快そうに笑みを浮かべる者。

 ――状況を把握する為に、腕を組みながら周囲を睥睨している者。

 ――なぜか手に持っている酒を浴びるように呑んでいる者。

 ――まるで興味なさげに本を読んでいる者。

 ――泣き喚く人々を見て、煩わしげに鼻を鳴らす者。

 ――瞑目し、何かを諦めたかのように座り続けている者。


 一癖も二癖もありそうな者達が、人波に紛れる形で佇んでいる。

 眼鏡の少年は薄く笑みを浮かべながら、言う。


「いると思わない? 僕達をこの場に呼び寄せた何かが」

「……仮にそうだとしたら、そろそろ姿を見せてほしいところだな」


 いったい誰が、何の目的で、どういう手を使って、士道達をこんな状況に放り込んだのか。

 まるで見当がつかない。


「そういえば、名前を言ってなかったね。僕は霧崎(きりさき)(しょう)だよ。よろしくね」

「……神谷士道だ。まあ見ての通り高校生だよ。お前もだろ?」

「一応ね」


 含みのありそうな笑みを浮かべる翔というらしき少年は、白のシャツに紺色のカーデガンを羽織り、細めのジーンズを履いている。どこから見ても街でよく見かける普通のファッションである。

 士道は黒のジャケットを着ているが、他は似たような服装だった。


「ん? そういえば……」


 翔はポケットに入っていたスマートフォンを取り出すと、


「スマホ、やっぱり圏外か」

「……まあこんなところに電波が届いてる方がビビるけどな」


 それにしても、と。

 周囲を見渡しながら士道は言う。


「ここにいるのは全員日本人みたいだが……どうにも知り合いは見当たらないな」

「歳もバラバラすぎるね。まるで統一感ない」

「あそこにいる爺さんなんか八十歳ぐらいじゃないのか……?」


 そんな雑談をしていた彼らの脳内に、直接「声」が響き渡った。


『静粛に』


 士道が驚いて目を見開き、翔は視線を鋭くした。

 言葉の内容とは正反対に、周囲の喧騒が激しさを増す。

 誰かが「上を見ろ!」を叫んだ。その直後に悲鳴が連続する。

 士道がつられて仰ぎ見ると、確かに驚愕すべき光景があった。

 衝撃が背筋を駆け抜け、呆然としたように呟く。


「……天、使?」


 士道の視線の先には、頭上に光輪を浮かべ、背中に真っ白な翼を生やした金髪の青年が士道達を見下ろすように空中に浮かんでいた。


『私の名はイリアス。見ての通りの天使族だ。お前達は突然のことに混乱しているとは思うが、今から簡潔に説明する。死にたくなければ黙って聞いておけ』


 有無を言わせない高圧的な語り方だった。

 そもそも脳内に直接声が響いている感覚は不快そのものだ。普通に考えればありえないこと。知らぬ間に白い空間に佇んでいた時点である程度想定していたとはいえ、改めて常識外の技を見せつけられ、背筋に深い衝撃が走り抜ける。頬に冷や汗が伝い、滑り落ちた。


『お前達百人は既に異世界に転移している。ここは私が魔法で作った空間だ。当然だが、私達が呼び出した』


 怯えながらも「ふ、ふざけんな!」と叫び、大声で喚き始めた中年の男が唐突に吹き飛ばされた。気がつけば、イリアスの手には長槍が握られている。刃のついていない柄の方が前方に向けられていた。

 まさか、突いたというのか。


(あの距離から……!?)

『お前達には、魔神ゲルマの再臨を阻止することに協力してもらう。世界を越える際に無限の魔力に晒さられることによって、それぞれの魂から固有スキルが覚醒しているはずだ。そうなるように選んだのだから』


 イリアスは淡々と説明するが、人々には動揺が広がっていく。

 だが、逆らおうとする者もまた見当たらなかった。中年の男はいまだに泡を吹いて倒れている。あんな風になりたくはないからだ。


『逆らうことに意味はないぞ。端的に言って無駄だ。ここは私が創造した空間。魔力の扱いすらできないお前達に勝ちの目はない』


 イリアスは威圧するように人々を睥睨する。

 長槍を翻し、その先端で鋭く光る刃を突きつけた。

 二度目はない、と。

 そう告げるかのように。

 

「質問を許可しよう」


 イリアスは厳格な表情を浮かべたまま、「挙手をしろ」と言う。

 士道がざっと周囲に目を走らせると、ギラギラした黒髪をオールバックにしている大男が、片手をポケットに入れながら、気怠そうな様子を隠しもせずに挙手をした。


「魔神の再臨を阻止しろって? オレたちにか? そんなことをしていったい何の得がある?」

『魔神の存在は世界を滅ぼす。そうなれば、お前達がこれから暮らすことになる場所が消える。それでも構わないのなら協力をしてもらわなくても結構だ』

「ならオレは協力しねえぞ」


 オールバックの男はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、しかし視線には鋭く冷たい光を宿している。


「もし魔神とやらが再臨したとして、一番困るのはオレら以上にテメェらであるはずだからな」


 イリアスがピクリと眉を動かす。

 ククッ、とくぐもった笑い声を漏らしたのは短髪を金色に染め上げている、いかにも武闘派な雰囲気を滲み出している不良だ。


「正論だなァ、オイ。テメェらの世界が滅んだところで、オレらには何の思い入れもねェわけだからな」

『……そうなれば、お前達も死ぬことになると言ったはずだが』

「舐めてんのかテメェは」


 金髪の不良は、イリアスを睨めつける。

 あからさまに喧嘩を売りつけていた。


「死ぬことに興味なんざねェよ」

『……』


 氷のように張り詰めた緊張感が漂っていた。イリアスから放たれる猛烈な威圧を、金髪の不良はむしろ楽しげに受け流している。

 三白眼に痩せ気味の男が、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「あ、あの……」


 次の質問者として手を挙げたのは、長く綺麗なみどりの黒髪に、目鼻立ちの整った顔立ちをした女の子だ。華奢でなだらかな体つきに、白いワンピースが良く似合っている。


「どうすれば、元の世界に、帰れるんですか……?」

『そうだな……魔神の再臨を阻止することができたら、元の世界に帰らせてやろう』

(――嘘だな)


 士道は脳内で冷たく切り捨てた。この場において絶対的な強者であるイリアスが、こんな口約束など守る理由がない。

 流石に黒髪ロングの少女もそれに気づいたのか、困り果てたように不安そうな顔をしている。


「のう、天使の坊主」

『…………それは私のことか?』

「具体的に、どうやって魔神の再臨を止めろと言うのだ?」


 渋く落ち着いた声音でイリアスに尋ねたのは、六十歳を越えていると思われるしわの滲んだ顔立ちに、白髪を生やした老人だった。異様に筋肉質な体格をしていて、柔道着にも似た動きやすい服を纏っている。


『簡単なことだ。魔王軍を名乗る者を殺せるだけ殺せ。基本的には悪魔族――黒い翼を生やした者が多い。それだけで世界の破滅を阻止することができるはずだ』

「ほう……殺せと言うのか。日本で平和に暮らしていたワシらに?」

『お前達は世界を越える際に固有スキルが覚醒していると言ったはずだろう。魔物を殺してレベルを上げることで、身体能力をある程度強化すれば、そう並の悪魔に遅れを取ることはないはずだ』

「実力の話ではないよ。そもそも、根本的に人殺しの経験がない者が多いワシらに、こんなことをさせようとしているのが間違っている。精神性の問題を考えるべきじゃな」


 老人は一瞬だけ、オールバックの男に鋭い視線を投げた。

 士道にはそんな風に見えたが、気のせいかもしれない。


『こちらにも事情というものがあるのでな』


 老人の正論に、イリアスは淡々と答えた。

 士道は気になる単語が聴こえたので手を挙げた。鋭い視線が次々と集まり、軽く苛立ちを覚える。


「そのレベルっていうのは?」

『この世界では、人や魔物を殺すと、殺した相手の体内にある魔素を吸収することによって骨格や筋肉が強靭になっていく。つまりは身体能力が上がっていくわけだ。これをレベルという指標で「どのくらい強化されているのか」を分かりやすく示している』


 まるでゲームのようだ。

 だが、そもそもイリアスを観察していて分かったのだが、彼が口を開くタイミングに呼応して、脳内に声が響く仕組みになっている。だが、口の動きを見れば分かるが、イリアスはそもそも日本語を話しているわけではない。だというのに脳内には日本語で聞こえてくる。

 おそらく士道達に分かりやすいように翻訳されているだけだろう。


 士道の隣で、翔が飄々とした様子で口を開いた。


 

「その固有スキルってのは?」

『その者にしか使えない特殊な能力のことだ。固有スキルはほぼ先天的にしか入手できない。これはお前達にとって大きな利点だろう。術式の構築が必要な魔法とは違い、スキルは魔力を込めるだけで発動できる』

「へえ、なら天職は?」

「その者が最も向いている戦闘スタイルのことだ。例えば「剣士」や「魔術師」のようにな」

「それを確認する方法は?」

『受け取れ』


 イリアスは懐から大量の長方形の紙を取り出すと、士道達に向かって放り投げた。無数の紙片は宙を舞うこともなく、一直線に個々人の胸の前に向かい、そこで静止した。

 士道は眼前の紙を受け取り、その硬さに驚いた。

 プレートと呼ぶべきかもしれない。


『ステータスプレート。魔力を込めれば今のお前達の情報が分かるようになる、高位の魔道具だ』


 士道は人差し指と中指でステータスプレートを挟んでいる間に、体の奥から何かを吸い取られるような感覚を覚えていた。


(魔力を込める感覚――こういうことか)


―――――――――――――――――


 シドー・カミヤ:男:17歳 

 レベル:1

 天職:奇術師

 スキル:翻訳

    :鑑定

    :【固有】魔眼

    :【固有】雷撃

    :【固有】瞬間移動


―――――――――――――――――


 本当にゲームのようだ。

 随分と分かりやすく翻訳してくれるものである。


(固有スキルが3つ……? それに天職の奇術師ってのは……)


 士道が考え込んでいると、イリアスが厳格な表情を崩さずに、周りを見渡して言った。


『そこ、何だ?』


 まだ質問があるようだった

 イリアスが指差したのは、穏やかそうな瞳に、見惚れてしまいそうなほど端正な顔立ちをした少年である。

 彼は困ったように微笑みながら、


「あの、僕には固有スキルが二つあるんだけど……」

『そういう者もいるだろう。固有スキルは世界の狭間を渡る際に、貴様らの魂が生来持っていたものが、無限の魔力にあてられて無理やり覚醒させられただけだからな。貴様には才能があったということだろう。確か、白崎(しらさき)大和(やまと)だったか』

「なんで僕の名前を……?」

『呼び出した者の名前ぐらいは把握しているさ』


 怪訝そうに眉をひそめる大和に、イリアスは端的に告げる。


(生まれつき持ってるって言われてもねぇ……)


 士道には三つの固有スキルがあった。

 当然だが魔眼を宿してはいないし、瞬間移動したこともなければ、雷も操れない。本当に発動できるのか、怪しいところだ。

 士道はステータスプレートに意識を戻し、もう一度天職の欄に目を通してみる。


 ――奇術師。


(……何だそれ。マジシャンってことか? それ、どうやって戦うスタイルなんだよ)

『ん? ……質問か? そこ』


 訝しげに眉をひそめていた士道に、イリアスが目敏く視線を向ける。

 質問するべきか少し迷ったが、尋ねることにした。


「……俺のステータスには奇術師って載ってるんだが…………要するにマジシャンだよな? 戦闘に関するスタイルの才能を提示するのが天職じゃなかったのか?」

『奇術師、か』


 イリアスは鼻で笑うと、士道にあからさまな侮蔑を向けた。

 まるで想定していた不良在庫を発見したかのように。


『普通、天職というのは戦い方に関する者が表示される……。だが、たまにいるんだよ。そもそも戦いに向いてないから、戦闘系の天職にすらならないような奴がな』

「何だと……?」


 ふざけているのか。

 イリアスはその視線を受けて、士道を嘲笑うように告げた。


『……まあ言うなれば、ハズレ術師と言ったところかな?』


 噛み殺すような笑いが、士道の周囲から漏れ出す。

 ニヤニヤと見下すような瞳で士道を見ている者が多数。先ほどまであんなに狼狽していたというのに、現金なものだ。

 少し増長しているのか。

 いや、誰かを自分の下に見ていなければ、冷静さを保てないのだ。

 そういう弱い人間を相手にする価値はない。

 隣にいる翔がそんな彼らを冷めた視線で眺めている。


(……確かに天職はハズレかもしれんが、固有スキルは三つある。気負う必要はないだろう)


『他に質問は?』

「……その魔王軍を見つける為の手段は?」


 嘆息してから声を上げたのは、野戦服を着た青年だった。アサルトライフルを背負っていて、腰には拳銃が差してある。

 丁度訓練中だった自衛官のようだ。

 

『自分で考えろ。生活基盤も自分で築け。戦い方も自分で身につけろ。細かい手段は問わない。要は悪魔を殺せればいい。だが、そう考えているのは向こうも同じだ。さっさと強くならないと犬死するぞ』


 イリアスの警告で、場に緊張が走る。

 自衛官の青年は続けて尋ねた。

 どうも義務的な感じだ。本人が返答を聞きたいわけではなく、周りの人々に聞かせようとしているような印象を受ける。


「強くなる方法は?」

『魔物や人間を倒すのが身体能力の強化には一番手っ取り早い。それに加えて、天職に合う努力をしろ。お前達は恵まれているんだよ。何せステータスプレートによって、自分が最も才能がある分野が分かるんだからな。……まあ最も、こんな稀少な魔道具の意味がなかった奴もいるようだが』


 イリアスの嘲笑に、もはや士道は反応すら示さない。

 自衛官の青年は、冷静な表情を崩さぬままに頷く。


『さて、質問の時間は終了だ。では――――なっ!?』

 

 イリアスが驚愕したように目を剥いた。

 人々がざわつく。


『しまったな……どこぞの悪魔に空間の制御を乗っ取られたか?』


 イリアスは歯噛みしている。

 白い空間に揺らぎが発生している。

 士道は深呼吸して冷静さを保ちながら、状況を眺めている。


「よぉイリアス。随分と隙だらけなことじゃねえか」


 白い空間に槍を突き刺して硝子のように壊し、その隙間から潜り込んできたのは、先ほどイリアスが語った悪魔という存在だった。

 浅黒い肌にガタイの良い体格に無骨な鎧を纏っている。黒髪に赤い瞳をしていて、背中には蝙蝠のような黒い翼を生やしていた。


『ストライク家の御曹司か……!?』

「ご明察。テメェが抱え込もうとしてるのが何なのかは知らねえが、まとめてぶっ殺してやんよ」

『――ええい!』


 その言葉の直後。

 天使と悪魔の激突があった。

 目にも止まらぬ速度で互いの体が交差し、その度に金属音が連続して炸裂する。何が起こっているのか、把握することすら困難を極めた。


(これが、この世界の戦闘かーー!?)


 白い空間に、光の奔流が渦を巻く。

 多くの人々の絶叫が木霊していた。

 イリアスが翼を振るったせいで、白い空間そのものが徐々に崩壊していく。光の奔流は竜巻となって士道たちを包み込んだ。

 イリアスは悪魔の攻撃をいなしながら、焦ったように告げる。


『――言い忘れていたことを説明しておく。転移者が転移者を殺すと相手の固有スキルを奪取できるようになっているらしい。そういうふうになるように強引に作られている』

(こいつ、殺し合いを誘ってる……?)

 

 士道が顔を怪訝そうに歪める。

 魔神の再臨阻止に使うために呼び出した者達を、わざわざ共食いさせようとする意図がつかめなかった。

 理解はできないが、この状況ではどうすることもできない。 

 イリアスと悪魔がぶつかり合う衝撃音だけが聞こえてくる。


「なっ、テメェ、無作為の転移術で逃す気か……!」

「舐めるなよ。たかが上位悪魔の一匹程度、足手まといさえいなくなれば造作もない」

「仕方ねぇ……」


 悪魔は士道達の上空へと昇っていく。

 不意打ちに失敗したので、逃げるつもりなのだろう。

 

「覚えておけよ、異世界人。俺の名はバーン・ストライク」


 そう名乗った悪魔の男と、士道は目が合ったような気がした。

 彼は吠えるように、堂々と宣言する。

 

「――テメェらを殺す、敵だ!!」


 士道は光の奔流に呑み込まれていく。他の人々も同様だった。

 士道の視界が白に染まった。



 やがてその空間から転移者の姿は消え、淡い光の残滓だけがその場に残った。

 そして、剣と魔法の世界に転移者達は君臨する

 物語の幕が開いた。






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[一言]  ――何が起こっているのかと、愉快そうに笑みを浮かべる者。 →分かる。単なる痛いやつ。  ――状況を把握する為に、腕を組みながら周囲を睥睨している者。 →分かる。まぁ普通にいそう。  ――な…
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