序章
頭の中で、機械仕掛けの声が俺に呼びかける。
―目ヲ、覚マセ、反逆者ト呼バレシ勇者ヨ―
『……お前は、誰だ?』
―我ハ、貴様ノ、……ダ……ヲ、覚マセ、……、―
そうして、声は遠ざかっていった。
脳が、覚醒していく。瞼が、開けられる。これが世に言う“覚醒プロセス”なのかと思いつつ、思考回路を空の脳にコネクトする。
朝だ。鬱陶しいくらい清々しい。陽射しは白いレースのカーテンを貫いて寝室の中を眩しく照らす。寝起きのはずなのに異常に暑い。まあ当然ではあるか。だって、窓も開いていないし、かといって空調が俺を涼しくしてくれるわけでもない。
とはいえ、さっきの夢は何だったのだろうか。記憶を遡って考えてみても、反逆者とも勇者とも呼ばれたことも、なったこともない。なら、何かしらの未来予知か、そういう類のものなのだろう。
額にはじっとりとした汗。太陽の傾き加減を見て、疑問を浮かべながら最近購入した最新式の電波時計を掴んで俺の視界に入れる。
《2073/03/27 AM 09:47》
やはり俺の想像通り、……じゃないよじゃないよ、やべぇ寝坊した!
もう、誰か起こしてよ!例えば、ほら、 ……今、これを見てるキミ!そうそう、そこのキミだよ!……って、頼っちゃ駄目だよね。一人で起きなきゃ。
非人間的な早さで―自分で言うなよ―赤い軍服に着替えて、自動扉にリフォームしたばかりの玄関を開く。
当然ではあるのだが、家の前の幹線道路にはもう人の気配が全くない。
不意に、左足の革靴が脱げて道路に転がる。
「おっと」
思わず声が出てしまったが、人はいないのでこの際気にしない。
躊躇することなく一瞬でその靴を拾い上げて、近くを通ったタクシーを停める。
扉が開くと同時に俺はタクシーに飛び乗って、目の前に現れたコマンドを手早く操作する。
操作を完了させると、運転手のいないこれまた無人のタクシーはゆっくりと動き出す。これに乗っているといつも凄いと思ってしまう。目的地を入力すると勝手にそこまで運んでくれるという、今ではごく普通になったインターフェースシステム搭載無人タクシー、らしい。少佐に聞いた話では、このシステムはミサイルの追尾システムが応用されたものらしい。
少佐にどんな言い訳をしようかと考えているうちに、目的地に到着してしまったようで、音も、振動もなくタクシーが停止する。
ポケットの小型端末を『料金支払い』と表示されているところにタッチすると、機械音声で、またのご利用お待ちしております、と言われた。これもまた少佐に聞いた話だが、この端末には軍の所属証明がコピーされており、タッチすると軍所属による様々な特典(?)があるらしい。軍の所属って特典に分類されるのだろうか。
タクシーを降りると、目の前にはこれでもかという高さのビル。ここが、軍の日本基地だ。
ここに来ることは滅多に無いのだが、どういう訳か今日は事情が違うらしい。
中に入り、1階エントランス奥の高速エレベーターを使ってビルの上を目指す。目指すのは26階の幹部ルームだ。
目を閉じて、呼吸を整えていたらあっという間に26階に到着した。そう、少佐に近付きつつあるのである。
ようやく覚悟を決めた俺は、少佐のいる部屋の扉を勇気を出して二度、ノックした。
「失礼します」
『入れ』
案外存外、少佐の声が大人しかったので少し安心し……
「全く、お前は何時間待たせるつもりだ!」
そうですよね。できませんよねわかってましたよええ。
「申し訳ございません」
とはいえ、この少佐、情熱込めて謝ると許してくれるツンデレさんなので、とりあえず謝っておく。
「……っ。そ、そうやっていつもいつもお前は!ま、まあ今回は見逃してやるとするからな!ありがたく思えよ」
「しょ、少佐~」
「ふ、ふん!」
威厳、保たれてないですよ少佐、と心の中で呟いておきつつ、自らの疑問を解消するために口を動かした。
「それで、少佐、今日はどのような御用件で?」
「ああ、そうだったな。今回の案件はいつもより少しばかり厄介でな」
「厄介、と言いますと?」
「お前は最近頻発している学校荒らしのことくらい知ってるだろう?」
学校荒らし。
現代とても増加傾向にある国立の養成学校がテログループによって襲撃され、金庫が破られたり生徒がけがをしたりとそこそこの被害のある事件のことである。2072年に入ってから少しずつ増え始め、最近では2週間に1回のペースにまで増加してきた。
「ええ、存じ上げていますが……それがどうかなさいましたか?」
「犯行グループが次に狙う場所、知らないでしょ」
「そりゃ、俺に教えてくれるような人なんていませんよ」
「次はね,なんと……」