2章「精神患者と一つ屋根の下」
非凡を重ねてこの虚無感から抜け出したい。
そんな思いでまず手始めにマンションの三階から落ちてみた。
当然だけど大した怪我にも成り得なかった。
次はもう一階段上の階から。
人体もそこまで丈夫ではなかったのか、右足の骨にひびが入った。
子供の頃から牛乳飲んでなかったからな...と他人事のように場違いなことを思う。
痛みよりも、死に近づくという行為に充足感を得ていた。
もう一階段上から落ちたら今度は確実に入院だなと思い、それはそれで良策かもしれないなどと空想していたらベランダで懸垂まがいなことをしている場面を祖母に発見されてしまった。
「......それで、こことは違うどこかを求めるためだけに、そんな危ない橋を渡ったと」
祖母の提案でカウンセリングを受けることになったぼくは、目の前にいる白衣を着た女医さんにあきれた表情を向けられている。
ぼくは元々社交不安障害とかいう人見知りの進化系を患っているのだが、どうやら今回はその障害の治療より今現在の僕の精神の治療を優先するらしい。
まあ、そのためのカウンセラーだしね。
「あきれられても仕方ないとはわかっているんですがね......なんていうか、八方ふさがりなんですよ。誰といても、なにをやっても満たされない。なので気休めに刺激を求めていたんです」
「あきれていると決め付けているのがもうアウト。社交不安は薬物療法でなんとかなることもあるけど、一之江くんみたいなパーソナリティーが欠けちゃった人には、」
そこでカウンセラーは言葉を中断して僕に手招きをしてきた。
母親がいない身からすると、物理的に抱擁してくれるのかと内心どきどきしていたが(嘘だけど)、実際は別室に案内されただけだった。
カウセリングルームより一周りも二周り広い空間に足を踏み入れた途端、ぼくの目が真っ先に捉えたのは左右に並べられた寝心地の良さそうなベットと、真ん中に置かれた縦長の机で団欒している人たちの姿だった。
「患者同士がコミュニケーションを交わす治療方をデイケアっていうんだけど、ここは患者と一緒に病院暮らしする場所ね」
精神患者と一つ屋根の下。
確かに非凡のなかの非凡ではあるが、それが自分にとって良い兆候なのか悪い兆候なのかは、ここの滞在している人の性格による。
だからなんとなく緊張で冷や汗が背中をつたった。
「ここにしばらく滞在しろと......」
「そういうこと」