1章「満たされない厄介な性質」
特に割愛するような出来事もなく、気づいたら真夜中になっていた。
人は過去より現在を重視する生き物だから、過ぎてしまえばあっと言う間に思えてしまうだけなのかもしれないなあと勝手に理解する。
真夜中の静けさに身をゆだねて、1+1が2になることのない一之江一樹という人物について客観的に見つめてみる。
大して有名なわけでもない大学を二年間通い、中途半端な時期に休学をあっさりと決めて、外出が義務づけられることがなくなって以来、目の前に漠然とした空洞が開いているような落ち着かない感覚に慢性的に苛まれるようになった。
曜日感覚もかろうじてある程度で、せめて一日これをしたぞっていう証拠を残す意味で一日一本くらいは映画を見て、二日に一冊程度のペースで小説を読むようにしている。
無気力な人間よりはマシだろうみたいな言い方だけど、実際のことろ自分をなんとか「普通」に属していた大学生という肩書きも失ってしまったから、先の見えない不安感や孤独を紛らわすために創作物に逃げ込んでいるだけだ。
「そういえば、」と独り言を呟こうとしてむせってしまった。重傷だなーと他人事のように思う。
そういえば、ここ最近家族以外の誰ともちゃんとした会話をしていない。
家族以外で言葉を発するのは部屋での独り言か、コンビニのレジで行われる義務的な会話程度で、それさえも少なくなってきていることに気づく。
考えてみれば、不真面目ながらも大学に通っていた頃でさえ、同年代とまともに会話を交わしたことがないことにも気づく。
少しは積極的になってみようと地味なサークルを求めて(その発想がもう駄目だが)、廃部の危機に直面していそうな部員の少ない文芸部に入部して、サークル恒例の新歓コンパにも参加してみたが、いくら酔いに身を任せても、周囲ではしゃぎ回っている人たちは別世界の住人のように思え、空気を読む程度の当たり障りない会話をこなすので精一杯だった。
つまり僕は単に人付き合いが過度に苦手であり、その苦手意識からくる一人の気楽さに逃げ込んでいるだけなのだった。どうしもうもない。
「それに、」
たとえば僕に友人が出来たとする。
たとえば僕に恋人が出来たとする。
それでもきっと、いつの間にか形成されていた「満たされない厄介な性格」からくる理屈っぽさによって、よっぽど自分と気の合う人でない限り、最初から関係の終わりを予測して、結局は自分から身を引くのだった。
「物語」と呼べるほど大した出来事が起こるわけでもないですが、一人の満たされない男がほんの少しだけ変化していく、そういう破綻したお話です(意味深)。
もしよかったら感想など宜しくお願いしますm(_ _)m