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大好き!  作者: 七海 華
9/19

第九話  幸せ者。

 午前中は算数を、昼食後は理科を懸命に教えた。


 休憩も挟まず、ちょっとスパルタかなと思ったが、舞子は弱音も吐かず熱心に俺の説明に耳を傾けていた。


 壁に掛けられた鳩時計の針が二時半を過ぎた頃、部屋のドアが二度ノックされた。




「はい」




 ノートに視線を落としたまま、舞子はそっけなく答えた。


 返答に舞子の母親が薄くドアを開け、戸口から顔をのぞかせた。




「ちょっといいかしら」




「どうぞ」




 舞子にではなく、俺に対しまっすぐに向けられた視線に少し戸惑いながら返事をした。


 ニッコリと微笑み入室してきた片手には、財布が握られていた。




「優希君、ケーキ食べられる」




「大丈夫です」




「じゃあ三時のお茶は、ケーキにしましょう」




「だめよ!」




 すかさず舞子が口を挟んだ。




「舞子、お正月太りしちゃったんだもん。体重が落ちるまでは、甘い物は食べないって言ったでしょう」




「でも、お客様がいらしているのに、なにもお出ししないわけにはいかないでしょう」




 正論に舞子はグッと言葉を詰まらせた。




「俺は別に……」




「ねえ、優希君。優希君は、舞子太ってると思う」




 俯く舞子の姿がかわいそうで断りの言葉を紡ごうとしたが、微笑みであっさりとかわされた。


 問いかけに音がするくらい、首を大きく横に振った。


 太っているどころか舞子はスレンダーだ。


 痩せすぎではないかと心配するほどに。


 食が細いのも気がかりだ。




「全然太ってません」




「ほらみなさい」




「……本当に?」




 不安げな眼差しで舞子が問いかけてくる。




「太ってないよ。むしろ痩せすぎ」




 それまで暗かった舞子の表情が、途端、華やいだものになった。




「優希君がそう言うなら、ケーキ食べちゃおっかな」




 頬を赤くし、嬉しそうに話す舞子に、小さく微笑みを返した。




「それじゃあ、決まりね。勉強中悪いんだけど、舞子借りてもいいかしら」




「はい」




「舞子、クレマンティーヌに行って、ケーキ買ってきてくれる」




「はい」




 元気な返事と共に立ち上がり、母親から紙幣を受け取る。




「優希君は何がいい」




「舞子のお薦めでいいよ。でも、あまり甘くない方がいいな」




「じゃあ、チーズケーキかな」




「それでいい」




「それじゃあ、行ってくるね」




「気をつけて」




 大きく手を振る舞子に、軽く手を挙げ答える。


 閉ざされたドアの向こうから、階段を元気に駆け下りる足音が聞こえた。


 気をつけろって言ったのに。


 あんなに急いで、転んだりしたらどうするつもりだ。




「まったく……」




 無意識のうちにため息が零れた。




「疲れちゃった」




「えっ?」




 気付くと目の前に、頬杖を突いてニッコリと微笑む母親の姿があった。


 いつの間にというより、なんでこの人座ってんだ!?




「舞子に勉強教えるの大変でしょう」




 軽くパニくる俺に、余裕の笑みで質問を重ねてくる。




「そんなことありません」




「嘘吐いてもだめよ。目が真っ赤だわ」




 すぐに言葉が返せず俯いた。


 確かに舞子に理解してもらうために、夜遅くまで起きているのは事実だ。


 でも、それを大変だとか、苦痛だと思ったことは一度もない。


 舞子と同じ中学に行けるのなら、一日や二日徹夜したってなんでもない。




「大変なことなんて……ないです」




「舞子のどこが好き?」




 小さな驚きの声と共に目を見開き顔を上げた。


 変わらぬ笑みに気恥ずかしさを覚え、再び視線を落とした。


 舞子のいいところはたくさんある。


 気さくで誰に対しても分け隔てなく接するところ。


 明るく素直で元気なところ。


 人の痛みを自分の痛みとして感じることのできる、優しいところ。


 見ているこちらまで幸せになってしまうような、屈託のない笑顔。


 数え上げたら切りがない。


 でも――。




「すみません。わかりません」




 最低だな、俺。




「合格」




「えっ?」




 思いも寄らぬ言葉に驚き顔を上げた。


 満足げに微笑む優しい眼差しと視線が合う。




「もし優しいところとか、可愛いところとか言ったら、つねっちゃおうかと思ったわ」




 言葉と共に軽く右頬を摘まれた。


 舞子に対する深い愛情が、温もりとなって指先から伝わってくる。




「好きに理由なんてないものね」




「はい」




 理由なんて知らない。


 ただ舞子の隣は心地よくて、ずっと一緒にいたいと思った。


 本当に、それだけだった。




「舞子は幸せ者ね。あなたみたいな子に、好きになってもらえて」




「幸せ者は俺の方です」




 誰よりも優しくて素直で可愛い舞子に、たくさんの大好きをもったのだから。





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