第八話 理想のタイプ。
あらかじめお弁当持参だった私達は、一階の応接室で、ランチを取ることになった。
本当はテラスで食べたかったんだけど、風邪をひいたら大変だからという優希君の言葉であきらめた。
ソファには腰を下ろさず、直接絨毯の上に座る。
その方が食べやすいから。
向かいに座る優希君の姿は思ったよりも近い。
そういえば優希君と二人っきりでご飯食べるのって、はじめて。
なんだか緊張してきた。
「どうしたんだ、舞子」
お弁当を袋から取り出し、食事の準備を整えた優希君が怪訝そうに尋ねてきた。
「なっ、なんでもない!」
慌ててランチバックから、お弁当を取り出し蓋を開ける。
一番最初に目に付いたのは、ハート型の卵焼き。
次にパイナップルの形をした、ミニ・ウィンナー。
「唐揚も入ってる」
思わず語尾がハートマークになった。
ママの唐揚は、冷めてもおいしい。
だから大好き。
見るとはなしに、優希君のお弁当に目を向ける。
「優希君、凄い!」
色鮮やかなお煮しめ。
しらす入りの卵焼き。
つくねに小海老の天ぷら。
きのこのたっぷり入った炊き込みご飯。
まるで、ちらしなどに載っている、春の行楽弁当のような豪華さだ。
「お母さん、お料理上手なんだね」
「ううん。これは多恵さんが作ったんだ」
「多恵さん?」
「お手伝いさん」
「優希君の家、お手伝いさんいるんだ」
黎明は、わりと裕福な子が多いから、お手伝いさんがいる家は珍しくない。
でも優希君の家にお手伝いさんがいるなんて、知らなかった。
「うちの母さん、仕事命の人でさ。家には、ほとんど寝に帰るだけだって感じ。当然、俺の世話をする人間が必要になってくるだろう」
「じゃあ、夜は一人でご飯食べるの」
「うん」
「それって、寂しくない?」
舞子のうちも、パパは仕事が忙しくて、三人揃っての食事なんて、休みの日くらいしかない。
ママとはいつも一緒だけど、それでもやっぱり寂しい。
それなのに、一人で食べるなんて。
「寂しくないって言えば、嘘になるな」
寂しげな微笑みを浮かべる優希君の姿に、鼻の奥の方がツンとなった。
「でも俺、母さんのこと、尊敬してるから」
「尊敬?」
「うん。俺の母さん、弁護士なんだ」
「弁護士!?」
そんな立派な職業だなんて、知らなかったよ。
「確か、お父さんも弁護士……だったよね」
「うん」
「だから優希君、頭が良いんだ」
それには何も答えず、優希君はただ微笑んだ。
謙遜も自慢もしないところが、優希君が大人だなと思うところだ。
優希君からみたら、舞子なんて全然子供なんだろうな。
頭だって悪いし。
そこで私は、あることに気づいた。
優希君、お母さんのこと、尊敬してるって言ってた。
それってバリバリ仕事が出来て、頭の良い女性がタイプってことじゃない!?
つまり、将来の夢はお嫁さんなんて言ってるあたしとは、全然全く逆のタイプでは!
「優希君は!」
机を叩いて身を乗り出すのと、名前を呼ぶのは、ほぼ同時だった。
「お母さんみたいな人が好き!?」
「はあ? なんだよいきなり」
「バリバリに仕事こなす人がタイプ!?」
呆然とした面持ちで舞子を見上げていた優希君は、しばらくすると呆れたように深く長いため息を漏らした。
「そんなことで、人を好きになったりしない」
「じゃあ――」
将来の夢は、お嫁さんなんて人でも大丈夫、という言葉は怖くてのみこんだ。
「舞子は将来、何になりたい?」
心を見透かされたような言葉に、心臓大きく跳ねた。
「私は……」
まっすぐに向けられた眼差しが痛くて、視線を落とす。
「私は……お嫁さん」
「だったら、それでいい」
あっさりとした言葉に、驚いて優希君を見た。
「いい……の?」
「自分のなりたいものになればいい。舞子がキャリアを目指そうと、お嫁さんを目指そうと、舞子は舞子だし。俺は舞子が望む人生を歩めるよう、傍にいて協力するだけだから」
「望む……人生……」
舞子の望みは、お嫁さん。
それも、優希君の。
その夢を、優希君は叶えてくれるのだろうか。
聞いてみようと思ったけど、やめた。
だって目の前で俯く優希君の顔が、耳まで真っ赤だったから。
気持ちがほっこりと温かくなった。




