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大好き!  作者: 七海 華
7/19

第七話  そのままで。

 受験直前まで、放課後と休日は一緒に勉強することを舞子と約束した。


 放課後は学校の図書館で。


 休日は弁当を持って、近くにある区立の図書館で。


 受験日まで一月もない。


 とにかく基礎の基礎から叩きこまなければ。


 そう思って練りに練って計画をたてた。


 にも係わらず、いきなり最初の土曜日でつまづいた。


 書庫の整理の関係で、土曜日から月曜日まで、休館という知らせが図書館の正面のガラス扉に張られていたのだ。


 勉強の計画をたてるのに精一杯で、運営日まで確認していなかった。


 きちんとネットで検索しておけばよかった。


 いくら後悔したところで今更遅い。


 近くに机と椅子の置かれた、大きな東屋のある公園があるのを思い出した。


 だが、いくら晴れているとはいえ、この寒空の下、風邪でもひかせてしまったら大変だ。


 一体どうしたらいいんだ。




「あの……」




 ためらいがちにかけられた声に、俺は顔を上げた。




「よかったら、うちに来ない」




 どこか気恥ずかしげな表情で舞子が尋ねてきた。




「でも、急に行ったりしたら迷惑だろう」




「そんなことないよ! 迷惑どころかママ、凄く喜ぶと思う。優希君とお話してみたいって、ずっと言ってたから」




「お母さんいるのか」




 決まった休みを持たない共働きの両親を持つ俺にとって、土曜日に母親がいるというのは、何だか不思議な感覚だった。


 最もそれが、世間では一般的なのだろうが。




「いっ、いやだよね。舞子のうちなんかに来るの」




 沈黙を否定と受け取ったのだろう。




「いやじゃないよ。お邪魔させてもらう」




 焦ったように言葉を紡ぐ舞子を安心させようと小さく微笑む。




「よかった」




 返答に舞子はフワリとした笑みを浮かべた。











 舞子の家は、図書館から十分ほど東へ歩いた住宅街の一角にあった。


 日本でも有数の高級住宅地で、一区画が異常なまでに広い。


 その中でも舞子の家は群を抜いた広さだった。


 そこら辺の幼稚園なんかより、ずっと広い庭は青々とした芝生の絨毯で埋め尽くされていた。


 冬だというのに至る所に見たことのない花が咲き乱れ、きつすぎない甘い香りが胸に心地よかった。


 きっと母親の趣味はガーデニングなのだろう。


 仕事一筋で、庭いじりなどしたくないからと、マンションを購入した俺の母親とは正反対のタイプに違いない。


 会ったことがなくても、この手入れをされた庭を見ればわかる。


 まてよ。


 俺、舞子のお母さんに会うの、初めてだよな。


 まずい。


 何だか緊張してきた。


 なんて挨拶すればいいんだ。


 しかも、手ぶらだし。


 半分パニック状態に陥った俺をよそに、舞子は「ただいま」という明るい声と共に、玄関のドアを開けた。


 軽やかなスリッパの音が徐々に近付いてくる。




「どうしたの、舞子。何か忘れ物」




「ううん。図書館が閉まってたから、うちで勉強することにしたの」




「あらあら」




「優希君、入って」




「お邪魔します」




 舞子の言葉に身体が跳ね上がりそうになりながらも、冷静を装い玄関へと入った。




「あなたが優希君!?」




 名乗るより先に嬉々とした声で名前を呼ばれ、驚きに視線を上げた。


 目の前に上品なピンクのワンピースに真っ白なエプロンを身に着け、満面の笑みを浮かべる小柄な女性の姿があった。


 きっちりと編みこまれた艶やかな黒髪に、薄化粧を施した少女のような顔立ちに、一瞬、お姉さんかと思った。


 だが、すぐに舞子が一人っ子であることを思い出した。




「舞子がね、優希君が、優希君がって、あなたのことばかり話すから、ずっと会いたいと思っていたの」




「お母さん! 余計なこと言わないで!」




 真っ赤な顔をして、舞子は母親の言葉を遮った。




「あら、だって本当のことじゃない」




 穏やかな笑みが舞子の言葉を受け止める。


 美人というよりは、可愛らしいという表現の方がぴったりだ。


 背だって既に舞子の方が高い。


 パッと見、とても親子には見えない。


 でも、包みこむような微笑みや柔らかな仕種は、いつもふんわりとした空気を纏う舞子に、とてもよく似ていた。











 案内された舞子の部屋は、壁紙も家具も白一色で統一され、意外にも落ち着いた雰囲気だった。


 飾り棚には数え切れないほどのスノードームが、所狭しと並べられていた。


 きっと趣味で集めているのだろう。


 可愛らしい物が好きな舞子にはぴったりだ。


 もし旅行に行く機会があったら、土産は絶対スノードームにしよう。


 ノックと共に、ティー・セットとクッキーをトレーに載せた舞子が入ってきた。




「驚いたでしょう」




 紅茶を淹れる慣れた手つきに見惚れていた俺は、不意に投げかけられた問いの意味がわからず、小さな驚きの声と共に舞子を見た。




「私とママ、全然似てなくて」




「ああ」




 確かに小柄で可愛い系の母親と、長身で美人系の舞子では、見た目では正反対だ。




「私、パパ似なの」




 だとしたら、父親は相当な美男子ということになる。




「本当はママみたいになりたかったんだけど」




「ママみたいって」




「私が言うのも変だけど、ママって凄く可愛いでしょう。大きくなったらママみたいになれるって信じてたんだ」




 夢見るような眼差しで舞子が語る。




「けど、大きくなればなるほど顔立ちは違ってくるし、おまけに背は伸びちゃうしで、ショックだったな」




「どうして」




 質問に舞子は目を見開き、まるで信じられないといった顔付きで俺を見た。




「優希君だって、小柄で可愛らしい女の子の方がいいでしょう」




「いつそんなこと言った」




「だって、一般的に女の子は小柄で可愛い方が……」




「いいに決まってる」




「……うん」




 うなだれる舞子の姿に、俺は深いため息をもらした。




「ないものねだりだな」




「えっ?」




「世の中には、舞子みたいにスラリと背の高い美人になりたい女の子は、たくさんいると思うけど」




「そんなことないよ!」




 俺の言葉を舞子は音が聞こえるほど大きく首を左右に振り否定した。




「舞子、全然美人じゃないし!」




「おまえ、自分のこと全くわかってないのな」




 本気で否定する舞子の姿に苦笑した。


 舞子は美人で気立てがよく、他のクラスの男子からも、絶大な人気を誇っている。


 確かに舞子より身長が高い男子は、学園でも数えるほどしかいない。


 だが舞子の人柄の前では、そんなことは取るに足らないことだ。


 他人の長所を見つけ出すのは得意なのに、自分のこととなると、まるでだめな舞子。




「まあ、そこが舞子のいいところだけどな」




「なんて言ったの、優希君」




 零れ落ちた本音は、舞子には聞こえなかったようだ。


 不思議そうに目を瞬かせる姿が可愛かった。




「似てるって言ったんだよ」




「似てる?」




「舞子とお母さん」




「全然似てないよ!」




「そんなことない。笑った感じとか、優しい雰囲気とか、そっくりだよ」




 途端、舞子の顔が真っ赤に染まった。




「そっ、そうかな」




「うん。そっくりだ」




 俺の言葉に、舞子は本当に嬉しそうに微笑んだ。




「じゃあ、もっとママみたいになれるよう、頑張らないと」




「必要ないよ」




「でも」




「舞子はそのままで十分だよ」




 素直で純粋で優しい舞子。


 何も変わる必要なんてない。




「そのままでいい」




 言葉の意味が理解できずにいる様子の舞子に、再度、同じ言葉を投げかける。




「ありがとう」




 ほんの少しの間をおいて、舞子は見ているこちらまで幸せになるような笑顔を浮かべた。


 その微笑みがいつまでも続くよう、舞子が舞子のままでいられるよう頑張ろうと、強く心に誓った。







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