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大好き!  作者: 七海 華
18/19

第十八話  ずっと。

 ラッキーなことに、私は一番仲の良い、香苗(かなえ)ちゃんともクラスが一緒になった。


 登下校は優希君とだけど、お弁当は香苗ちゃんと食べることになっている。


 友達同士の付き合いも大切だから、というのが優希君の意見だ。


 その配慮のお陰で、香苗ちゃんから、付き合いが悪くなったと言われたことはない。


 ありがたい話だ。




「おっ、早速スカウトに来てるわよ」




 箸を止め、促す早苗ちゃんの視線に振り返る。


 戸口の上の枠に、頭がつきそうなくらいの長身の男の子が、教室前方のドアに立っていた。




「サッカー部の人でしょう?」




「うん。小杉先輩。サッカー部の部長さん」




「あら、よく知ってるわね」




「うん」




 優希君は小学校の時、地元のサッカークラブに所属していた。


 背は低いけれど俊足で頭脳明晰なミッドフィルダーとして、区内ばかりでなく、都内でもちょっとした有名人だった。




「部長自ら勧誘にくるなんて、さすがだわね」




「うん」




 話したことはないけど、当然、優希君はサッカー部に入部するだろう。


 少しでも長く一緒にいたい私は、マネージャーとして入部することを密かに決めていた。


 運動音痴だけど、マネージャーなら大丈夫だよね。




「ありがとうございます。でも俺、サッカー部には入部しまんせんので」




 きっぱりとした断りの声に、小さな驚きの声と共に、手にしたお箸がポロリと落ちた。


 呆然とした面持ちで目を瞬かせる部長以上に、私の驚きの方が大きかったに違いない。




「舞子は部活、どうするんだ?」




「えっと……」




 いつもと同じ帰り道。


 普通に尋ねる優希君に、私は言葉を詰まらせた。


 優希君のいないサッカー部に入る意味なんて勿論ない。




「まだ決めてない」




「そっか」




「優希君は、どうしてサッカーやらないの?」




「話してなかったっけ?」




「うん」




「俺、在学中に司法試験受かりたいんだ。だから、勉強に力入れようと思って」




「司法試験……」




 中学に入学したばかりなのに、そんな先のことを考えているなんて、優希君は凄いな。


 私なんて同じ部活に入りたいとか、ゴールデン・ウィークは何処に行こうかとか、そんなことばかり考えていた。




「優希君は偉いな。ちゃんと将来のこと考えていて」




「偉くないよ。それに、舞子だってなりたいものあるだろう」




 私のなりたいものは、お嫁さん。


 優希君から比べたら、凄く子供っぽい。


 何だか恥ずかしくなってきたよ。




「お嫁さんだって、立派な夢だよ」




 まるで心の中を読んだかのような言葉に、私は目を見開き、足を止めてしまった。




「夢だったろう、お嫁さん」




「うっ、うん」




「舞子らしくていい」




「そっ、そうかな」




「うん」




 綺麗な笑顔で断言され、頬が赤らむのを感じた。


 優希君に言われると、不安定な心の揺れが止まるから、本当に不思議。




「じゃあ、優希君は帰宅部?」




 火照った頬を冷ますように、慌てて言葉を口にした。




「ううん。書道部に入ろうかと思って」




「書道部?」




「うん。いくらパソコンの時代とはいえ、やっぱり字は綺麗な方がいいだろう」




「優希君、今だって十分上手じゃない」




 都が開催した書初め展で優希君が都知事賞を貰い、全校生徒の前で表彰されたのは記憶に新しい。




「書道部、ほぼ決まり?」




「見学してみて、雰囲気がよければ」




「だったら――」




「私も一緒にっていうのは、なしだからな」




 続けようとした言葉を先に言われ、ピシャリと否定されてしまった。




「どう……して?」




 激しい動揺に、それだけ口にするのが精一杯だった。




「三年間もあるんだぞ。自分の好きなことをした方がいいだろう。それに、興味がなければ続かない」




「そうかもしれないけど……」




 優希君の言うことは正しい。


 でも好きな人と同じ部活なら、それだけで楽しいと思うのは、いけないことなのかな。


 返事をしながらも、今日ばかりは、優希君の正論に納得がいかなかった。




「舞子の希望する部活が決まったら、見学は一緒に行こう」




「……うん」




 嬉しいはずの優希君の誘いも今日は素直に喜べず、どこか寂しい思いに視線を落とした。











 ホームルーム終了と同時に、前に座る優希君が振り返った。




「部活、考えてきたか?」




「うん。とりあえず、美術部か家庭部に入ろうと思って」




「美術部か。いいじゃん。舞子、都展で特別賞もらったもんな」




「うん」




 絵を描くのは大好きで、時間があると描いている。


 昨年の夏、担任の先生の勧めで、都の展覧会に絵を出した。


 それが特別賞を取り、区役所に呼ばれ、区長さん自ら賞状を渡された。


 あんなに緊張したのは、生まれて始めての経験だった。


 同時に、自分が誇らしく思えたのも。




「でも、家庭部っていうのも、舞子らしくていいよな。舞子、料理上手だし」




「そっ、そうかな?」




 全開の笑みで褒められて、頬が熱くなる。




「優希君は美術部と家庭部、どっちがいいと思う?」




「どっちでも」




 そんな、さらりと即答しなくても。


 少しは考えてくれても、いいのでは?




「書道部の活動日は、火曜日と金曜日。美術部の活動日も同じ。家庭部は金曜日。どっちを選んでも、部活の後、一緒に帰れるからな」




「えっ?」




 思いも寄らぬ言葉に、私は目を見開いた。




「あっ、でも家庭部選んだら、火曜日は一緒に帰れないのか」




「……もしかして優希君、私が、美術部か家庭部に入ると……思ってた?」




「うん」




「……それで書道部……選んだとか?」




 優希君が私と一緒に帰ることを、部活を選ぶ基準に入れているなんて考えてもみなかった。


 心臓がトクトクと早まる。




「写真部と迷ったんだけど、活動日が月曜日と木曜日なんだ。どうせなら一緒に帰れる方がいいだろうと思って」




 当然のように答える優希君に、両頬が熱くなる。


 これってかなり嬉しいかも。


 まずい。


 勝手に頬の筋肉が緩んできた。




「あっ、勿論、字が上手くなりたいっていうのが、一番の理由だからな」




 にやける私の姿に、頬を赤らめ、慌てて言葉を紡ぐ優希君の姿が可愛かった。


 普段のクールな優希君からは想像出来ない姿に、悪戯心が頭をもたげる。




「もし私が他の部を希望したら、どうするつもりだったの?」




「そんなことあるはずがない」




 きっぱりと断言する優希君に、思わず吹き出した。




「すごい自信!」




「当たり前だろう。舞子のことは、何だって分かってるんだから」




 胸を張るように答える姿に、私は笑いだした。


 優希君、私がサッカー部希望だったってこと、全然知らないんだろうな。




「何笑ってるんだよ」




「なんでもない」




「本当は舞子、俺が何にも分かってないと思ってるんだろう」




「そんなこと思ってないよ」




「俺には分かってるんだからな。本当は舞子、サッカー部に入部しようと思ってたこと」




 一瞬耳を疑った。




「どうして知ってるの!?」




 私、サッカー部に入りたいなんて、全然、一言も、これっぽっちも言ってないよ!


 身を乗り出した私のおでこを、優希君は、人差し指で軽く突いた。




「言っただろう。舞子のことは、何だって分かってるって」




 そう言って優希君は、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた。


 そっか。


 優希君、舞子のこと、ずっと見てていてくれたんだ。


 それは、きっとこれからも変わらないだろうな。


 ずっと、ずっとね。





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