蒲生貞士さん、飛鳥のみなさん。
僕の良心が両足もろともなくなってしまったのはついさっきのことだ。いやそんなことは言っても10年前のことであるが。
または「良心」を「両親」と言い換えてもいいかもしれない。あの時僕の両親はどこか遠いところへ消え失せてしまったのだ。こんなことは語りたくないし、思い出したくないが、仕方ないから教えてあげよう。
君は僕の唯一の恋人だから。
僕の両親は人間じゃないんだよ。とうの昔に人間なる職業を辞めてるからね。
母はもともと変だったんだ。精神に問題があったようでね。近所の人が言ってたよ。勿論、今はもう近所ではないよ。僕はもう、あの町からは離れてしまったから。父はいなかった――どこかおかしい母に漸く気づいたんだろう。全く、なんで僕が生まれるまで気づかなかったのやら……いや、僕が生まれたことが原因だった可能性も……
「そんなことないよ、絶対に。私が断言してあげる」
そう……。でも同情はしないでくれよ。僕はちゃんとしたいんだ。でも支えてくれるのは嬉しい限りだから礼を言っておくよ――「ありがとう」。
で、話は戻るけれど、僕たちは結局父に捨てられたんだよ。見限られたといってもいい。そして母は僕を育てるのと生計を立てるのとで、ついにその頭のおかしいのが頂点に達しちゃったんだよ。
要は発狂したんだ。
え? 約し過ぎだって? ごめんごめん、でも発狂しただけじゃなかった。
母は――否、彼女は……彼女が、僕の両足を切断したんだ。
「――……」
絶句したかい?……絶句だよね。僕だってそんな話を信じたくない。自分の母親が我が子を傷つけるような人間だとはさ。
因みに、僕の足が心臓側から切り離されたのは、僕がまだ物心ついてない、一歳くらいの時分だった――幸いこんな風に、両足とも膝下だけで済んだんだけどね。でもそれでも死ななかったのは紛れもなく奇跡だった。その場に人間が来なかったら、僕は今ここにいなかっただろうね。あぁ、人間ってのは近所の人ね。
「……牝牡の褥?」
『近所の人ね』、だよ。大丈夫?
「大乗仏教?」
…………その聞き間違いは、アインシュタインとフランケンシュタインを間違えちゃうレベルだね。病院に行ったほうがいいんじゃないかな。
まあそんな事は置いといて。しかしあの人もよく母に殺されなかったなぁ。僕を助けてくれたのは、本当、感謝してもしきれないくらいだよ。とはいっても今はもう関係ないんだけどね。……まあ、色々あったんだよ。
その後僕は養子にとられて、今に至るってわけだ。
「ちょっと待ってよ。それこそ略しすぎ、省きすぎだよ。――貞士君が話したかったことって、そんなことじゃ、ないでしょう?」
……それもそうだね。でも長くなるよ、僕の話は。それでもいいのかな?
「そんなの、大丈夫に決まってるでしょ」
じゃあ、はじめようかな。僕の物語を――
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