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延長コード

分からない。何もかもが分からない。


何が自分の中でもっとも衝撃が大きいのか、何に自分は一番ショックを受けているのか。

何一つ、意味を、理由を見出だせなかった。

当事者たちを繋ぐのは僕しかいないのに、どうして僕は何も知らないのか。

どうして彼らは、僕を蚊帳の外に置いたまま、

あんな状況に置かれたのか。


真実かどうかは知らないけど、僕を置いてけぼりのまま、語られた筋書きはこうだ。


僕の兄が、僕の部屋で、僕の友人を殺害した。


物的証拠は終ぞ見つからなかったそうだ。

しかし、友人が亡くなった瞬間、実家に在宅していたのは兄だけだと言うことが証明された。


殆ど話したこともない彼ら。

当人たちから、真相を聞くことができる日は、恐らくもう来ない。

友人は二度と口が利けないし、兄は事件のショックで記憶を失い、

かつ精神崩壊して精神が幼児化してしまった。

証拠不十分で逮捕はされなかったが、状況から皆、兄が犯人だと決め、この悲劇を耐え忍び、乗り越えようとしている。

両者の間にいるのが僕なので、僕が何かしたのではと疑う目も未だにあるが、もはやそんな視線は、痛くも痒くもなかった。

僕も事情聴取はされたが、残念ながら僕には覆しようのないアリバイがあったので、犯人を自称することさえ許されなかった。

もし兄が元に戻るなら、友人の両親の気持ちが晴れるなら、僕は誤認逮捕されたっていいとさえ、思ったのに。

本当に、本当に最後まで僕は蚊帳の外に追い出され、

この事件に関与することを拒まれた。関係ないはずが、ないのに。


兄がいる施設に顔を出すのは、僕の日課となっていた。

兄は僕を認識しない。誰なのか、想像もついていない様子だ。

僕と兄は七歳離れているので、兄が返ってしまった年齢時点で、

僕が生まれていなかったからだと精神科医の先生は説明していた。


広間のような場所は、幼稚園の教室を彷彿とさせる。

身体が大きい以外に、室内にいる人々と、幼稚園児とでの差はない。

彼らも、兄のような顛末を抱えてここにいるのだろうか。

疑問を持ちながら、それ以上考えるのは脳が拒否した。


僕は部屋の隅に座り込む。

そうしてしまうと、この施設の入居者の仲間入りを果たしたようなものだ。

パッと見ただけでは、僕が入居者じゃないと言う見分けはつかないだろう。

精神だけではなく、体調が優れなかったり、精神は幼くとも、もともと隅でじっとしているタイプの人だっている。

体格が関係ない入居者と、僕を分けるものなど、何もない。

僕だって、精神が壊れているようなものだ。


視線を兄に戻した。

兄の行動は一定ではない。

走り回っていることもあれば、おもちゃに没頭して殆ど動きがない時もある。

今は後者だ。知育のパズルブロックを法則性もなく組み立てている。

しかし、チャイムが鳴り、遊戯時間の終わりが告げられた。

兄はパズルをばらばらにして戻した。

きちんとばらばらに戻すのが何とも兄らしい。

心が乱れてしまうと、感情を表に出す余裕すらない。

表情無く、僕は兄を見つめるばかりだった。


兄がパズルブロックが入った箱をどかした。

金属製の割とごつい箱で、結構重そうだ。

あまり軽くすると、いたずらしやすくなるからだろうか。箱一つ一つがいちいち大きい。

どかされた場所に、コンセントと延長コードが現れる。

空気清浄器と除湿機のコンセントらしい。

大きな変化もないので、誰も兄がそれを抜いたことに気付いていない。

見ているのは僕だけなので、立ち上がる。

遊戯時間が終わって片づけたつもりだったが、見つけた延長コードに興味を示した様子だ。

その間に兄はコンセントをぜんぶ抜いてしまった。

それを全部ばらばらにするのは頂けない。


僕が近づこうとした段で、やっと先生が気付いた。

先生は、何と言うのが正解なのだろう。

ここが本当に幼稚園だとしたら、幼稚園の先生にあたる人物だ。

こら、と声をかけられたのに、兄は見向きもしないし、手を休めることもなかった。

空気清浄器や除湿機のプラグは放ってしまい、今、兄が興味を示しているのは延長コードだ。


プラグを見つめ、両端のオスメス端子を挿そうとしたので、僕も先生も慌てて兄に駆け寄る。

距離が近かったので、先生が慌てて兄の手を制した。

両端をつないではいけない。試したことはないので、何が起きるかまでは知らない。

しかし、決してつないではいけないことは知っていた。

先生が止めたのもあるけど、僕は駆け寄るのをやめて、立ち尽くす。

昔、つないではいけないと言う話を僕が知ったのは、兄に教えてもらったからだ。

それを思い出し、僕はその場で脱力した。

兄は、そんなことも忘れてしまったのだと。


そうこうしているうちに、先生と兄が軽く格闘し始めた。

兄は無言のまま、プラグを強引に挿そうとし、先生はそれを必死で止める。


兄も身体が大きく、先生も女性なので、負けそうだった。

挫けそうになりながらも、助太刀する。

力は当然、昔の兄のままだ。まあ、昔はこんな子どものような力の使い方は当然しなかったが。

僕が加勢しても、まだ兄はあきらめない。頑なに、プラグを挿そうとする。

何故、と思ったその時だった。

僕の胸にすうっと冷たいものが落ちる。


これだ。


僕は唐突に気付いてしまった。事件の真相に。

僕はフラッシュバックする。殺害現場となった、僕の部屋。

そこにあった、延長コード。その映像が浮かぶ。


社会的に言葉をなくしてしまった兄は、訴えていたのだ。自分の無実を。

無意識なのか、精神が戻ったのか分からないが、兄は半泣きになりながら、プラグを挿そうと抵抗を続けている。


分かったよ。だから。

まだ泣いていない兄に、僕はいとも簡単に涙を流しながら、力を込めて兄からプラグを奪い取ろうとする。




……と言う夢を見た(実話



本当に見た夢の話でした。だから、延長コードが何を意味していたのか書いていません。

だって、夢の中で、まったく描写されなかったんだもの。

特に、延長コードのトリックも思い浮かばなかったし。てへ。

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