俺がマネジになりまして
今回2回目の投稿です。
未熟者ですが、読んでいただけると幸いです。
いつものように、午後の授業を寝て過ごし、日直と言う面倒くさい仕事を片付けた優は、去年の春から健と一緒に住んでいるマンションに帰るべく、帰宅の途に着いていた。
健は夕食の材料を買いにスーパーに行っているので、今日の下校は優一人だ。
―――今日は鍋だよ。
健の帰り際の言葉を思い出し、優はよだれが垂れそうになる。
優も料理はそこそこできるが、特別な用事が健に無い場合は、いつも健がご飯を作る。昔は優の方が料理はできていたのだが、努力家の健は毎週料理教室に通い詰め、その腕は今となっては優を完全に凌駕してしまっていた。
このスクールアイランドは名前の通り、学生が学生であるために作られた人口島で、人口は五十万人ほどだ。人口密度でいえば東京となんら遜色ない。
驚くべきは、この島の人口の95%の人間、つまり四十七万人強が十代後半~二十代前半の人、いわゆる『学生』なのだ。
学生がスーパーを経営し、バイトをし、生活を送っている。中卒のニートは大抵の場合、このスクールアイランドにやってきて、それなりの仕事を与えてもらっている。
交通機関もそれなりに整っていて、自動車はもちろん、電車やバス、タクシーなんかもある。5%の人間が学生でない、大の大人が占めているのはそのためだ。
そして、特に優が通っている一葉高校周辺は、最も学生が密集している地帯で、学校の隣にはメイドカフェ、向かいには大型のデパートがそびえたっている。
そのため校門付近では、メイドの格好をした女子高生たちが一生懸命ビラ配りをしているのだ。
健と一緒の時は、溢れんばかりの女子がビラを渡しにやってくるが、優だけの時にそんな甘い体験をしたことはない。
夕焼けに染まった学校に残っているのは、部活動をしている生徒と優ぐらいだろう。
優は、校門を抜け、東の方に向かう。
学校すぐそばのコンビニに差し掛かったところで、優は昼間のトランプを学校に忘れていたことに気づく。
「あっ……ミスったな。別に明日でもいいが、先生に見つかるといろいろ面倒だからな。ったく……なんでうちの学校はこうも校則が厳しいんだ?」
ぶつぶつと文句を言いながらも、踵を返して学校に向かう。
―――俺って本当に暇人だよなぁ。もっと青春してる人生を思い描いてたはずなのにさ。
などと思いながら歩いていると、さっきより早い時間で学校に戻って来ていた。
正面玄関で靴を脱ぎ、上履きに履き替えてから、廊下を渡り、ゆっくりと階段を上っていく。
二年生の廊下は、恐ろしいほどに空虚だった。まさに人っ子一人いない状態だ。優は優の所属する5組に向かってゆっくりと歩みを進める。
入りなれた教室のドアの前に立ち、手を掛けて開けようとしたその時だった。
「―――さの……マジ……ム――――」
誰もいないハズの5組の教室の中から、途切れ途切れに声が聞こえる。誰かが残って談笑でもしているのか? と、一瞬優は疑ったが、違うようだ。談笑なら、この誰もいない廊下に声が響き渡っているハズ。
グッと息をのみ込み、開けるか開けないか二秒ほど悩んだ挙句、優は―――開けた。
ガラッ。
ドアを開ける音が廊下に鳴り響く。ゆっくりと足を踏み入れ、中の状況を確認すると、優の目に、想像をはるかに超越する光景が映った。
体のラインがはっきりとわかる黒の燕尾服に、きれいな水玉の胸リボン。シルクハットに手袋、太ももが丸見えのショートパンツを身にまとい、優のトランプを使って何かをしようとしている一人の美少女がいる光景だった。
その女子を食い入るように見つめ、はっきりと確認したうえで、優はこう言う。
「一護……ありさ?」
優の声が響いた瞬間、いや、正確には優がドアを開けた瞬間に、その少女―――一護ありさは固まっていた。
そして、ありさは優に見てとれるほど顔を真っ赤にし―――叫んだ。
「きゃあああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――っっ⁉」
まさかあの一護ありさから、こんな悲鳴が上がるなんて思ってもいなかった優は、女子更衣室を覗いた犯人のような口調で言った。
「ち、違うんだ……こ、これは、出来心でつい―――」
自分でももう、何を言っているのかわけがわからなくなっていた。ありさは、裸を見られたかのように、自分の体を腕で隠し、内またでしゃがみこんでからゆっくりと落ち着きを取り戻す。
そして、透き通った声で優にこう尋ねる。
「あんた、もしかして、全部見た?」
「見てない、見てないぜ。一護がそんな格好をしてるのしか」
質問に優は即答する。でないと殺されるような気がしたからだ。
それを聞いたありさは、少しほっとしたようで、立ちあがり、その美しいボディラインを露わにさせる。
「あんた、確か昼間にマジックやってた奴よね? 名前は確か……」
「浅野優……だ」
「そう、優。優だったわよね? みんなそう呼んでたし」
優は、自分の名前をありさが覚えているという事に少しだけ感動した。
―――一護ありさは世界に興味がない。
1年時に優が作った定義を、ありさが打ち破ってくれたからだ。
ありさは、腰に手を当て、女王にでもなったかのような態度で優にこう言ってくる。
「さっき私がしようとしていたことを聞くことは、許可しないわ」
「いや、聞かなくても分かるよ。マジックだろ?」
「―――ッ……!」
またまたありさの顔が真っ赤になる。
―――流石にその服着てるのに、ごまかせないだろ。
頭の中で突っ込みつつも、今のは地雷踏んだなと後悔する優。
どうやって起死回生するかを二秒ほど悩んだ後、優は思い切ってありさにこう言った。
「見せてみろよ。一護のマジック。そんな格好までしてるんだからさ、客がいた方がいいだろ?」
「……う、うん」
優の言葉に、顔を赤らめながら頷くありさ。
それを見た優は思わずドキッとしてしまう。
―――メチャクチャかわいいじゃん。こいつ。
1年の時はあまり何とも思っていなかった優だが、ありさの醸し出す魅力にどんどん惹かれていた。
優は、近くの適当な席に座る。
それを見たありさは、おもむろに机に広げていた優のトランプを束にまとめた。
そして、緊張した様子で優に尋ねる。
「優。あんた、1~13の間で好きな数字言いなさい」
「えっと……じゃあ、8だ」
「8……ね」
ありさは、そう聞くなりトランプをシャッフルする。
そのシャッフルの仕方にも、相当のぎこちなさを覚えるが、一応できていることはできている。
トランプが組み終わり、ありさはゆっくりと優の方を見る。
「あんたが選んだ8は、この束の一番上にある……ハズよ」
震える手でトランプを一枚手に取り、バッと優に見せるありさ。
現れた数字は―――ハートの8だった。
「やった!」
「うおっ、すげぇな……っておいっ! 今の当てずっぽうかよ⁉」
思わずノリ突っ込みをかましてしまう優。
今思えば不自然だった。好きな数字を言い、ありさが適当に組んで一番上をめくるだけ。
そこにタネが無い。その時点でマジックじゃなくなってる。
その優の反応にありさはキョトンとした顔で答えた。
「え? ……マジックってそんなもんじゃないの?」
「違ぇよ! 昼間の健のやつ見てただろ? トリックがあるんだよ。絶対に観客にばれないな!」
これだけの正装をしておきながら、マジックのことについて自分以上に分かっていないありさに思わず頭を抱えてしまう優。
ありさはなにやら数秒考え込んでから、手をポンッと叩きビッと指先を優に向け、はっきりとした表情でこう言った。
「優。あんた、私にマジックを教えなさい。そして、私が一人前のマジシャンになるまでのサポートをしなさい。いい、これは決定事項よ」
「……は?」
優は頭にクエスチョンマークを浮かべながら、ありさの方を見る。
―――俺が、一護にマジックを教える? マジシャンになるまでサポート?
優の瞳に映るありさの目は本気だった。
少年が大きな夢を抱くように、優の目の前にいるこの美少女は自分の道を、マジシャンになるという未来を―――確実に思い描いていた。
だが、冷静に考えてみれば話は簡単だ。優より他にもっと適任者がいる。
「言いたいことはなんとなくわかったが、俺よりも健の方が適任じゃねーか?」
「くどいっ! 私は決定事項と言ったはずよ。優じゃないとダメ。あんたは私の観客第一号なんだから」
「つまり、一護のマジックを見たからには、タダでは返さねーっていう事か?」
「ありさでいいわ。呑み込みが早いわね、優。その通りよ」
ッ――――――――、見なきゃよかったぜ。
優はそう思う反面、ありさと関わりができたことがとても嬉しかった。
健によって皆殺しにされていた俺の青春に、やっと一筋の光が差し込んできやがったぜ。
「わかったよ。やってやる。で、具体的に何をすればいいんだ?」
テンションが上がっていた優は、何のためらいもなくそんなことを聞いた。
ありさは、待ってましたと言わんばかりの勢いで、グイッと顔を優に近づける。
「よくぞ聞いてくれたわ、優。私はなんでこんな遅くまで学校にいると思う?」
「そりゃあれだろ? マジックの練習するためなんじゃねーの?」
優には、どう見てもそれしか考えられなかった。
―
――こんなところで正装してマジックやってんだから、練習に決まってるハズだ。
だが、そんな優の予想を裏切るように、ありさから返ってきた答えはこうだった。
「帰る家が無いからよ」
「……は?」
―――帰る家が無い
優の脳内でありさの言葉が繰り返し反響する。
帰る家が無いってことはつまり……ホームレス?
スクールアイランドで家を買うような学生はいない。ほとんどマンションを借りて生活している。
考えられるのは、家賃が稼げなくて部屋を追い出されることだけ。
「なんで……その、追い出されたんだ?」
優がありさに問いかけると、ありさは恥ずかしそうな顔をしてこう言った。
「今の私の格好を見たらわかるでしょ?」
「その正装か」
ありさの言葉で、状況を理解した優。ありさは顔を赤らめたまま視線を下にずらす。
つまり、ありさは家賃をすべてマジシャンの正装代に使ってしまったのだ。
普通、家賃など一か月遅れても何とか融通が効くものだが、スクールアイランドは違う。
敷地が限られている上、マンションを借りようとしている学生がたくさんいる。一か月遅れただけでもすぐに追い出されてしまうのだ。
いつもは無垢な表情をして外を眺めているありさが、自分の前で顔を赤らめているのを見た優は―――
「
行くあてがないなら―――家に来いよ」
ぎりぎり聞き取れるほどの小さな声で、優はつぶやく。
なに言ってんだ俺。同級生の……しかも女子に。
一歩間違えたらただの変態じゃねーか。健でも部屋に女子を連れ込んだことねーのに。
いや、まぁ、あいつは別に女たらしとかそう言うのじゃねーけど……と優は自分が口走ったことに対してたくさんの思考を巡らせる。
―――テンパりすぎた。
結局、その一言に行きついた優に対し、ありさは―――
「何言ってるの優。私が優の家に住むことは決定事項よ。あんたの許可なんて必要ないわ」
優の言葉をさらりと受け流し、自分の意見をぶちまける。
ありさには、他人の意思なんて関係ない。自分が思ったことがすべて正しく、世界は自分を中心に回ってると思っている。だから、やっぱり一護ありさは世界に興味がないのだ。いや、むしろ世界に興味を示す必要が無いのだ。と優は思う。
成るべくして生まれた存在。自分とは違う、完璧な存在。
そして優は思った。
―――俺の人生の道標は、こいつなのかも知れない。
目の前にいる一護ありさという女の子が、自分の人生を大きく変えるかもしれない。ただ平凡に過ごしてきた俺の青春時代を、輝くものにしてくれるかも知れない。
こんな、無理やり自分の意見を押し続けるありさに対して、込み上げてきた優の感情は怒りではなく、泉のように湧きあがる高揚感だった。
「わかったよ。家に来い、ありさ。俺はお前が立派なマジシャンになれるように後押ししてやる。家も、飯も、マジックも、全部俺に任せろ。だから、途中で投げ出すんじゃねーぞ!」
「初めからそのつもりよ。一回言った言葉には責任を持たなくちゃ……ね♪」
心から嬉しそうな笑みを浮かべながら、ありさは優にそう言った。
こんばんは。朝霧零です。
この小説は一旦オフィスワードに出力したものをそのまま貼り付けているだけなので、読みづらい点があるかもしれませんが、何卒よろしくお願いします。