第7話 月に萌える(前編)
DISPELLERS(仮)
07.第7話 月に萌える(前編)
澪菜が提出した前回の仕事の報告書は、桐屋敷家、いや白泰山会の内部に一大衝撃をもたらした。
と言っても、それは、犯人が貂であり、時折場所を変えては似たような事を繰り返す常習犯であった事でもなければ、
澪菜が霧の中で幻覚を相手に有頂天で悶絶した事でもないし、ましてや曄が水玉パンツを穿いていた事でもない。
それはもちろん、白狐を使役する男の存在である。
白狐、
それは、数ある妖怪の中でもトップクラスの妖力を持ち、人語を解し、幻術の他、神通力、変化等々、あらゆる妖術に
長けた上級妖怪であり、永い間、その存在は広く知られていても、実際目にしたという話は終ぞ聞こえて来なかった。
それこそ幻の存在と言っていい妖怪である。
そんな希少で気高き超一流の妖怪を、あろうことか使役する者が実在するなど、とても俄に信じられるものではなく、
殆ど歴史の中だけの話なのだと思われていた。
安倍晴明にまで遡る、妖狐にまつわる数々の伝承、逸話等と同様、もはや伝説のレベルの話なのである。
上級妖怪が、自ら進んで人に害悪をもたらす事は殆どないが、もしそのような事になった場合、それを退治出来る人は
先以ていない。
せいぜい退散させるのが限界で、封印すら至難の業であるものを、調伏など到底出来ようはずもない。
優秀を以て鳴る現代の白泰山会の陰陽師達でさえ、この有様なのである。
その男がいかに突出した妖力の持ち主なのかが窺える。
その男とは一体何者なのか。
どの程度の妖力を持っているのか。
敵か、味方か。
他に仲間はいるのか。
どこの組織の者なのか。
こちら側に引き入れる事は可能なのか。
会は、一夜にしてその男の噂で持ちきりになり、一挙に彼の正体を突き止めようという気運が高まった。
が、すぐにその話は部外秘、機密扱いとされ、一部の幹部以外には全く知らされなくなった。
その、途轍もなく優秀な人材の存在が、外部に漏れる事を恐れた上層部の情報統制の元、箝口令が敷かれたのである。
未だ、会から正式に陰陽師として認められていない澪菜の書いた報告書である。
両親に宛てた娘のたわいない手紙に過ぎない、と、表立ってはそういう事になっている。
元々、駆け出しの未熟者の澪菜でも十分に対応出来る、会としてはそう考えて与えた仕事のはずだった。
貂という、それなりに強力な妖怪の仕業だったというのも予想外ならば、それがこんな事態を招く事になろうとは、会
の誰一人として想像していなかった。
一説では、澪菜の姉・朝絵の組がその男の捜索の任に当たる事が決定したとも伝えられたが、あくまで噂の域を出ない
ものでしかなかった。
朝絵は、澪菜に対しても一切、仕事の内容を明かさなかった。
会としての正式な仕事には、守秘義務が課せられるというのがその理由だった。
☆
その日、
前と同じ学校近くの公園で待ち合わせ、明月と曄を乗せた車の中で、澪菜はいつになく不満顔で不平を口にした。
「まったく、冗談じゃありませんわ。
あの白狐は、わたくし達が最初に出会ったのに、それを除け者にするなんて・・・。
お姉様も、何にも教えてくれませんのよ。
こんな事ってあるかしら」
澪菜と明月は、白狐とその主の唯一の目撃者である。
その澪菜に対しても、白泰山会からの情報は一切遮断されている。
彼女的には、そんなに貴重で珍しい白狐を使役する、恐らく途方もない妖力の持ち主であろうその主を捜索するのは、
当然自分達が行って然るべきだと考えていた。
「まあ、しょうがねんじゃねぇの」
明月はいつものような、成り行き任せというか、投げ遣りな態度だった。
彼は、出来ればその件には、これ以上関わりたくないと思っていた。
関わったところで、自分達のレベルではどうする事も出来ないのは目に見えている。
正直言って、あの時の男が恐ろしかった。
それは、貂と対峙した時でさえ感じなかった、恐怖に近い感情だった。
普通の人間と全く同じ見た目、気配をしておきながら、あの浮世離れした不思議な感覚はなんだったのか。
人だろうが妖怪だろうが、そんなものは関係ないくらい些細な事に思えてしまう程に超越した感があった。
あの時の、あの虚ろな目は何かを訴えていた。
恐らく、自分には関わるな、という暗黙の警告だったのではないかと思えてならない。
だからという訳ではないが、関わりたくない、関わってはいけないと思っていた。
ヤツに関わると、間違いなく、俺達は死ぬ・・・。
「明月、貴方は悔しくないんですの?」
「別に・・、今はなにやったって満足に出来ねぇって」
「お姉様も、同じ事を言いましたわ・・・。
わたくし達が、正式に組として活動出来るようになる為には、まだ足りない物があると」
「足りない物?」
「そうですわ。
水虎の時も、前回の貂の時も、わたくし達は相手の得意なフィールドでの戦いを余儀なくされた・・・。
そういう時でも、確実に敵を退治するためには、敵に行動の自由を与えないようにしなければ駄目なんですわ。
そのために必要なのは、結界なのだと」
「結界?」
なるほど、それは言える。
結界があれば、自分達の身を守る事も出来るし、逆に敵を結界の中に誘い込んでしまえば、自由に動く事はもちろん、
結界によっては様々な妖術を封じる事も可能な上に、妖怪そのものを封印、或いは浄化してしまう事も出来てしまう。
その結界を自在に操れれば、かなり心強いのは間違いないが、明月も曄もその能力はない。
澪菜は陰陽師なのだから、それが出来ても何の不思議もないはずだ。
にも関わらず、その彼女自身がそう発言するのだから、彼女は結界術は使えないか不得手なのだろう。
そういえば、澪菜と知り合ってこの方、彼女は一度として満足にその実力を発揮していない。
彼女の陰陽師としての力量は、一体どの程度なんだろう。
と言うか、済し崩し的にいつの間にか、澪菜の組の一員にされてしまっている。
ただの手伝いのはずだったのでは・・・?
「わたくしも、それは以前から感じていた事ですわ。
わたくしの封印術と明月の祓除術、おバカな曄のダメダメお色気術だけでは、決して満足の行く結果は得られないの
ですわ」
「ちょっと! なんであたしがお色気なのよ!」
「あら、貴女にそれ以外に得意なものなんてありまして?」
「あるわよ! 人をなんだと思ってんのよ!」
「初耳ですわね。
わたくしはてっきり、貴女の武器はそのワガママなカラダなのだと思ってましたわ(笑)」
「あんたにだけは言われたくない!、エロ乳!」
また始まった。
この2人が顔を揃えると、必ずこうなる。
やるのは勝手だが、車の後部座席で、俺を挟んで両側からやり合うのだけは勘弁してくれ。
鬱陶しくてかなわん。
「男は放っておきませんものねぇ、そのカ・ラ・ダ(笑)」
「くっ・・・・!」
「まあいいわ。 今日は貴女に、とっておきのプレゼントがありますのよ」
「プレゼント?」
「まあ、着けば分かりますわ、フフフ」
「・・・・・(汗)」
あれ? 意外な程あっさり終わった・・・。
曄が大人しく引き下がったのは、口喧嘩では到底澪菜には敵わないと覚ったからだろうか。
ともかく、早く終わってくれて助かった。
明月は何も考えずに遣り過ごしたが、2人の短い遣り取りの中で澪菜が言った言葉は、曄に対する強烈な皮肉であると
同時に、かなり辛辣な、曄の心の傷を抉るような痛烈な一撃であった。
曄は口を噤まざるを得なかったのだ。
「で、どこ行くんだよ」
「わたくしの自宅ですわ」
「自宅?」
「そうですわ。
依頼人が、あまり公の目のある場所では都合が悪いと言うものですから、自宅の方でお話を聞く事にしましたの」
自宅と聞いて、曄は急に不安になった。
まさか、明月を両親に面会させ、正式に婚約・・・?
有り得る・・・、有り得過ぎる!
澪菜ならばやりかねない。
どうしよう・・・、どうやって阻止しよう・・・(汗)。
こうなったら実力行使?
でも、澪菜の親と言えば超が付く強力な陰陽師だ。
勝てる訳ない。
どんな格好してるんだろう。
烏帽子とか被ってんのかな。
“おじゃる”とか“してたもれ”とか言うのかな。
どうやら、明月も似たような事を考えていたらしい。
「家には誰がいるんだ?」
「メイドですわ」
「メイド?、親とかはいねえの?」
「家族は総本山の方ですわ、普段は。
ですので、わたくし以外は全てメイドですのよ。
家の家事雑用一切を取り仕切るのが11人と、わたくし専属が4人、男性は定芳を含めても3人ですわ」
(す、すげぇ・・・、やっぱ金持ちは違う・・・)
確かに大所帯ではあるが、でもそれって、別な意味で寂しくはないのかな?
澪菜は常に家族とは離れ離れで生活している訳で、特別な用事がない限り親にも会えないなんて。
明月は、なんだかんだ言って、片親とはいえ一緒に暮らしている事で、少なからず親の恩恵というものを受けているの
だと理解していた。
雨漏りの修繕とか、便所掃除とか、訪問販売の追っ払いとか・・・、って、そんなもので澪菜は困ったりしないだろ!
普段、彼はそれ程父親とは会話しないが、それがほんの一言二言であっても、何気ない日常会話の中での親の一言や、
例え無言であってもその行動や態度というものは、子供には少なからず影響を及ぼしているものだ。
そういえば、曄は完全に1人暮らしだ。
その開放感、そして孤独感は如何ばかりか。
彼女の親はどうしているのだろう。
☆
自宅玄関前に車が止まると、澪菜にとってはいつもの日常的光景、メイドが数人出迎えに並んでいた。
その巨大な邸宅にも驚かされるが、明月はやっぱりメイド達の方にその目を奪われた。
(うわ、本物のメイドさんだよ・・・ すげぇ・・・、みんな若いぞ
さすがに、こっそり覗く家政婦みたいのはいねんだな)
そのうちの1人が、車のドアを開けて澪菜の降車を補佐する。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ありがとう寿、葵さんは?」
「お頭は・・・、あ、いえ、葵さんは、急なお呼び立てで総本山の方へお出掛けになりました」
「あら、そうですの。 で、準備の方は出来てますの?」
「はい、それはもう、バッチリ万端整えてございます」
「では寿、その件はお任せしますわよ」
「かしこまりました、お嬢様」
「曄、貴女はこの寿について行きなさい。 プレゼントを差し上げますわ」
「あ、あたし?」
曄はちょっとオロオロした。
澪菜が何を企んでいるのか分からない。
どうせロクでもない事なのだろうし、嫌がらせかイジメなのかも知れない。
寿という名のメイドは、そんな曄の手を取って館の中へ誘った。
「ウフフ、大丈夫ですよ。 きっと似合いますよ、だって可愛いんだもの」
「?(汗)」
意味が分からない。
「あ、自己紹介がまだでしたね。 私は中将 寿と申します、お嬢様付きのメイドです。
では参りましょうか、曄さん」
「あっ、ちょっ、ちょっと・・・(汗)」
名前なんか聞いてない。
しかし、なんともゴツくてめでたい名前だ。
そんなに年上とも思えないが、多分20歳前くらいだろうか。
黒髪のショートヘアがよく似合う、ニコニコ笑顔は愛想があって、親しみ易そうな人だ。
寿は喜々として、半ば強引に、戸惑う曄の手を引いて玄関を入って行ってしまった。
それを楽しそうな顔で見送った澪菜。
「では、明月はわたくしと、お茶でもして待ちましょうか」
明月は応接間へ通された。
いちいち説明するのが面倒になるような、まるでハリウッド映画に出てくるような豪華な応接間。
こういう空間はどうも落ち着かない。
フカフカのソファに座っていても、なんかこう、尻がムズムズする。
「もっとお寛ぎになって結構ですのよ、明月。 いずれは貴方も住む事になるのですから」
「住まねぇよ」
「それとも、わたくしのお部屋の方が良かったかしら」
「曄ちゃんは?」
「隣りの部屋で準備中ですわ。 そう焦らずとも、男は待つのも仕事のうちですのよ」
(知らねえよ、そんな仕事)
すぐに、隣りの部屋からキャッキャという、若い女の子特有の高周波の歓声が聞こえてきた。
メイド達が曄と何かやっている。
なにやってんだ、騒々しい。
「そういや、ここのメイドさんて、みんな若いんだな」
「わたくしの専属は、必然的にそうなってしまいますわね。 一番若いのは、まだ高校生ですのよ」
「高校生!?」
「そうですわ、見習い待遇ですけれど」
「どうやって雇うんだよ、そんなの」
「皆、会の関係者の子女ですわ。
ですので、中にはそれなりに陰陽術を心得た者もおりますのよ」
「へぇー、すげぇんだな・・・」
(ただのメイドじゃねぇんだ・・)
待つ事20分。
コンコン
「失礼致します、お嬢様」
ようやく、寿がニコニコ笑顔で応接間のドアを開けて入ってきた。 嫌がる曄の手を引いて。
「ブッ!」
明月は思わず、口につけていたティーカップのお茶を吹き出した。
アールグレイだかダージリンだか知らないが、味音痴の明月にはどうでもいい事だったし、曄の出で立ちを見た事で、
そんなものは一発で頭の中からどこかへ吹っ飛んでしまった。
本当は、ローズヒップのハーブティーだったのだが・・・。
曄が身に着けていたのは、なんと、他のメイド達と同じデザインのメイド服。
なのに、なんでこの子が着ると、こんなにエロいんだぁ!?
独特の黒い服と小さい白いエプロンは、見事に彼女の世界遺産のボリューミーなラインをくっきりと浮かび上がらせ、
太股ギリギリのキワどいスカート丈は他のメイド達よりも更に短いのに加えて、白のニーハイと首にはチョーカーまで
付けているじゃあございませんか。
その上、頬を真っ赤にして恥じらう曄の髪が・・・、ツインテール。
い、いかん、これはいかん。
この顔、このキャラクターにこの髪型は反則だぁ!
反則的に似合う、似合い過ぎている。
しかも、頭の真横ではなく、ちょっと後ろ気味の所で結んでいるこの微妙な加減具合が、心憎いまでに絶妙なのだ!
これはもはや、犯罪だーっ!
明月は、その場の状況の全てを忘れて彼女に見惚れた。
(お、俺、この子好きかも・・・(汗))
そう思った瞬間、胸の中がなんかこう・・、急に熱くなった。
明月が、本当の意味で曄の事が好きなのだとはっきりと自覚し、確信したのはこの瞬間が最初だった。
結局、なんだかんだ言っても、見た目でしか判断出来ないものなんだな。
この時の彼には、それを違うと断言する根拠もなければ、納得させ得るに足るだけの説得力のある反論をする事もまた
不可能だった。
或いは、ただ単にそのメイド姿に萌えてしまったのを、誤認しただけなのかも知れない。
「あらぁ、よく似合いますわよ曄。 孫にも衣装ですわね、可愛いわ(笑)」
「孫じゃない! 馬子よ!(怒)
なんであたしが、あんたん家のメイド服なのよ!」
「貴女の為に作らせたのよ。 良かったわ、サイズがぴったりで」
「良くない! どういうつもりよ! あたしはあんたの召使いじゃないのよ!」
「もちろん、そんなつもりは毛頭ありませんわ。 こんなダメダメなメイド、いるだけ迷惑ですもの。
ただ、曄なら似合うだろうと思っただけよ」
「た、たったそれだけ? それだけの理由でこんな服作ったの?」
「わたくしのメイドもそれなりと思いますけれど、やっぱり曄は格が違いますわ。
ホント、よく似合いますこと(笑)」
「嫌味か!」
「差し上げますわ、その衣装」
「て・・、まさか、これがプレゼント?」
「そうですわ。
気に入って頂けたようでなによりですわ」
「どこに目付けてんのよ! 気に入ってんのはあんたでしょ!」
「そうだ、これからはお仕事の時は、いつもその格好でいらっしゃい。
折角、わざわざオーダーしたんですもの」
「いやよ! そんなに好きなら自分で着れば!」
「貴女が着るから可愛いんじゃないの。 ほら、そこでターンして見せて(笑)」
「絶ーっ対、イヤ!」
「曄、わたくしを困らせるのはおよしなさいな(ニヤリ)」
「・・・・・・(汗)」
一言で曄を黙らせてしまった。
「メイクはしなかったの?、寿」
「はい、お嬢様。 曄ちゃんは肌がとってもきめ細やかで綺麗ですので、特にメイクの必要はないかと」
「そう。 そうですわね、曄にはノーメイクの方が、むしろ曄らしくていいわ」
(そう言われれば、曄の化粧は今まで見た事がねぇな・・・)
曄は思った。
澪菜は完全に、自分をおもちゃにしている。
どぎついビキニを着せたり、サイズの合わない窮屈なセーラー服を着せたり、こんなメイド服を着せたり・・・。
あたしをおもちゃにして、辱めて、いたぶって、それを楽しんでいる。
あたしはバービーでもリカちゃんでもないって。
一体、どういう性格してるんだ。
何が楽しいんだ。
何が目的なんだ。
Sなのか。
あたしに嫉妬してるの?
それはそうだろうが、果たしてそれだけだろうか。
それとも、こんなのは序の口?
実はもっと辛辣で強烈な嫌がらせを企てて、罠を張り巡らしているのではないか。
陰謀、策謀、謀略、奸計・・・。
そして気が付く。
自分はいつの間にか、人というものを信じられなくなっている。
そうやって、他人を疑い、勘繰る事自体が、自分がいかに卑しい人間なのかという事を証明している。
底が知れる。
彼女を妬んでいるのは自分自身の方なのに。
でもやっぱり・・・、この格好は恥ずかしい。
1人で考え込む曄に向かって澪菜が言う。
「いつまでつっ立っているの、そこにお掛けなさい。 お話がありますの」
「その前に着替えさせて」
「ダメです。 貴女はそのままよ」
「もういいでしょ! さんざん笑ったんだから」
「別に、貴女を笑い物にしようとしたりなんかしてませんわ。 自意識過剰ですわよ、曄(笑)」
「また笑った!」
「明月はどうですの? 曄の姿。 可愛いでしょ?」
(俺に振るか・・・)
「あ、ああ・・・、まあ、いいんじゃね、それなりに・・・(汗)」
(ホントは絶賛したいところなんだが、そんな事したら曄にボコボコにされかねん・・・
澪菜さん、あんたはホントに罪作りな人だ・・・)
そのいい加減な言葉に、曄は苛立った。
無神経なヤツめ・・・。
褒めるなり、貶すなり、どうせならはっきり答えて欲しかったのに。
ばか・・・。
曄は渋々、その格好のままソファに腰を下ろした・・・、もじもじしながら。
「で、なんの話なのよ」
「もちろん、次のお仕事ですわ」
「まさか、この格好で依頼人に会えってんの!?(汗)」
「そうよ、だって貴女の正装ですもの(笑)」
「勝手に決めんな! 誤解されるでしょ!」
「構いませんわ」
「あたしは構うわよ! 冗談じゃない」
「いいじゃないの、折角似合ってるのに。 貴女の可愛さ全開ですわよ」
「う、うるさい! 余計みっともないわ」
「曄、ワガママはその体だけにしなさい。 でないと怒りますわよ、わたくし」
「・・・・・(汗)」
なぜか曄は、澪菜に体の事を言われると口を閉ざしてしまう。
澪菜が握っている、曄の秘密に深く関係しているのは確かだろうが、余程人には知られたくない秘密だったのだろう。
なんで・・、なんで、あたしばっかり・・・。
これだから・・・、人は嫌いだ。
「次の仕事ってどんなんだ、まためんどくさい事なのか?」
「どうせ、下らない依頼ですわ。
わたくし的には、白狐の追跡が良かったのですけれど、お許しが貰えませんでしたわ。
それがだめなら、せめて今話題の連続切り裂き魔事件でも手掛けたかったところですのに」
「連続切り裂き魔?」
「ご存知でしょ? 今、テレビや新聞でもその話題で持ち切りですわ」
(知らなかった・・・)
「でも、お父様は、わたくし達が正式の組ではない事を理由に、許可して下さらなかったんですの。
わたくしが結界術をマスターするか、或いはその使い手を見つけるまでは、正式に組としては認めないと。
ですから、今は定芳の方に、その候補者のリストアップと選抜をさせているところですわ」
(つまり、あんた自身はマスターする気はねーんだな・・・)
「連続切り裂き魔って、妖怪と関係あんのか?」
「ありますわ、鎌鼬ですもの」
「鎌鼬?」
「ええ、間違いなく」
「あんたんとこの宗教団体に、依頼でもあったのか」
「いいえ、依頼はなくとも、報道の内容だけで十分に判断出来ますわ。
ただし、依頼がなければ正式に動けないのも事実なのですけれど」
☆
「失礼致します。 お嬢様、お客様がお見えです」
「そう。 通して」
「はい、かしこまりました」
部屋に通されたのは、スポーツマン風の短い頭髪で小ざっぱりした印象の、どこにでもいそうな、濃紺のスーツを着て
小洒落た黒のブリーフケースを持った、30代くらいのサラリーマンだった。
いかにもビジネスマンらしく畏まって、この豪華な応接間を見て畏縮してそわそわ、緊張しまくっていた。
物珍しそうに、部屋の中をキョロキョロ見回している。
無理もないか。
「わたくしが、桐屋敷澪菜ですわ」
「は、はじめまして・・、私は岬木と申します。 こういう者でございます」
両手を添えて名刺を差し出す男。
受け取った澪菜は首を傾げた。
「株式会社、九・・、福、鈴、ですの?」
「あ、いえ・・、続けて読んで下さい。 九福鈴で“くぶくりん”と読みます」
「何の会社ですの?」
「まあ、芸能プロダクション、タレント事務所ですね、平たく言えば。
それにしても、お美しいですねぇお嬢様は。
こんなに若くて綺麗なお方が陰陽師とは、恐れ入りましたわぁ」
岬木と名乗ったその男は、澪菜と正対した途端に、それまでの緊張は何処へやら、妙に場慣れしたと言うか落ち着いた
態度を見せ始めて、大きな笑顔で彼女を褒め称えた。
それに対して澪菜は、至って冷静に普通の対応をした。
彼女にとっては言われ慣れた事、さもありなんといったところか。
「そのタレント事務所が、どういうご用件ですの?
わたくし、詳しくは伺っておりませんので、ご説明して頂けるかしら。
わたくしをスカウトしに来たという訳でもないのでしょ」
澪菜は、手で男に席を促しながら、その向かいのソファにどっかりと腰を下ろして横柄に言った。
岬木は躊躇う事なくはきはきと即答する。
「申し訳ありませんが、その前にお人払いをお願いしたいのですが」
「人払い?」
「はい、特に男性の方には」
ピクッ
澪菜の目つきが変わった。
そして、今し方勧めた手を、文字通り手の平を返すように翻して振り払うと、強い口調で切り捨てた。
「ならば結構です。 そのままお引き取り頂いて構いませんわ」
「え?」
岬木は腰を屈めようとしたところで固まった。
彼女の言葉に驚き、聞き返すように自分の耳を疑った。
澪菜は、その男を鋭い眼差しで睨んで腕を組んだ。
「わたくしのパートナーに聞かせたくないと仰るのなら、それはわたくしも聞く必要がないと言う事になりますわ。
その程度の、大して重要でもないお話で、わたくし達の手を煩わせようなどコンゴ横断。
事の仔細も知らぬままお仕事をするように、わたくしは教わっておりませんの。
どうぞ、お引き取りなさって下さいな」
(言語道断だろ、それくらい俺でも知ってんぞ。
コンゴを横断してどうする?、紛争状態の国を横断するくらいとんでもないって事か)
「パートナー? そちらの可愛いメイドさんもですか?(汗)」
「これは、わたくしのペットですの」
「違うっ! いつからペットだ!(汗)」 曄は即否定。
「いずれにしろ、貴方のお申し出は却下します。
わたくしは、この者達と共にあるのですわ。
同席が罷り成らぬと仰るのなら、わたくしも席を立ちます。
ご希望とあらば、後程、正式に会の方からお断りの旨を書面にして、社の方へお送りしても構いませんわよ。
訴訟をお考えならば、弁護士を差し向けますので、お早めにご連絡頂けますかしら」
きっぱりと言い切ってしまった。
始めから乗り気ではなかった澪菜だったが、さすがは気位の高いお嬢様。
こういう時の、何人にも物怖じしない毅然とした振る舞いは実に天晴れだ。
頼り甲斐があるし、見ていて格好いいとさえ思ってしまう。
ただし、四文字熟語は苦手なようだ。
聡明なんだかバカなんだか・・・。
岬木は澪菜に圧倒され、たじろいでいた。
いきなり見せた彼女の一方的な俯瞰姿勢に、かなり肝を潰すと同時にムッとしたかも知れない。
どうやら、彼女が現役の女子高生だという事を事前に知っていて、どこかで甘く見ていたような節がある。
いくら陰陽師として有名な桐屋敷家のお嬢様とはいえ、所詮はただの女子高生に過ぎない。
その年代の女の子の扱いには慣れているし、適当にあしらってやれば、丸め込むなど朝飯前だ。
一度こっちのペースに巻き込んでしまえば、話はトントン拍子だし、後はどうとでもなる的にでも思っていたか。
明月と曄の事も、ただのお友達か何かぐらいにしか考えていなかったのだろう。
「わ、分かりました、分かりました(汗)。
これは私が失礼しました、お詫び致します。
どうか、話をお聞き下さい。
そして何卒、お力をお貸し下さいますよう、お願い申し上げます」
「よろしいんですのね。 では伺いましょうか」
岬木は、ブリーフケースから数枚の写真を取り出して、ソファの前のテーブルに置き、差し出した。
写真といっても、それは通常のL判や2L判ではなく六切りの大判で、しかもプロのカメラマンが撮影したとすぐに
察しがつくような、鮮明で綺麗な代物だった。
「これは、どなた?」
「冰瀧りぼんといいます。 女性の貴女では知らないのも無理もないのですが」
「ひたき、りぼん?」
「あ、俺知ってる。 どっかの雑誌で見た」
澪菜の横から覗き込んだ明月が呟いた。
「雑誌?」
「そうです。
彼女は今年デビューしたグラビアアイドルなのです。
私は、その彼女のマネージャーをしておりまして、彼女はまだ17歳の高校3年生なのですが、とても才能と素質に
恵まれた将来有望な新人でして、我が社としましても是非とも大きく育ててやりたいと、期待をかけているのです」
「才能と素質・・・、うんうん、確かに・・・」
妙に納得して呟く明月の手には、その冰瀧りぼんの見事なプロポーションのビキニ姿の写真がしっかり握られており、
曄がそれを黙って見過ごすはずがない。
「明月、どこ見てんの!」
「え?、いや・・・(汗)」
(どこって、男にそれを聞くか・・・)
澪菜はそれを鼻で笑う。
「で、その新進気鋭のAV女優候補がどうかしましたの?」
この、お嬢様の予想だにしない突飛な発言に、岬木は驚きを隠しきれず、血相を変えて否定した。
「AVだなんて、とんでもない!
この子は清楚な癒し系ですよ、そっち方面へは進みません、いえ進ませません!」
「カラダを売り物にするんですもの、大差ありませんわ。
小さい布切れで一部を隠しているかどうか、その程度の差だけですわ」
そ、それがお嬢様の社会感覚か・・・、凄過ぎるぞ、お嬢様。
(違う、違うぞ澪菜さん、それは大きな間違いだ
そこには金星と火星程の開きがあるんだ!
つっても、やっぱ女の子に男のロマンは分からんか・・・
てか澪菜さん、お嬢様のくせにAVって知ってんだな・・・)
「ま、まあ、同い年くらいの子から見れば、そういう見方をする人がいても致し方ないのでしょうが・・・(汗)」
「違いますの?
わたくしはてっきり、グラビアアイドルなどと称する者達は、皆AV女優予備軍なのだと思ってましたわ」
「思いっきり皮肉ですね。
確かにそういう人もいるにはいますが、それはほんの一部の例に過ぎません。
中には普通に芸能界入りする子もいますし、他に芸術方面に才能を開花させる子だっているんですよ。
グラビアやレースクィーンから芸能界入りして、立派に女優やタレントとしてやっている人もいるじゃないですか。
政治家になった人もいるし、実業家になった人もいますよ」
「そんなのはどうでもいい事ですわ。
で、その子がどうかしましたの? 誰かが妬んで呪いでもかけたりしたのかしら」
力説する岬木を、軽くあしらう澪菜。
(す、すげー・・・ 自分で話をねじ曲げておいて、どうでもいいわの一言で片付けちまった・・・(汗))
お嬢様恐るべし。
いかに若い子の扱いに慣れていると自負する岬木も、さすがに澪菜のこの強引な話の進め方には閉口しそうになった。
それでも、努めて冷静に、一端の大人らしく落ち着いて対応した。
「いえ、実は・・・。
先程も申しましたが、彼女はまだ現役の高校生ですんで、普段は他の子と同じようには活動出来ません。
まだ、せいぜい数誌にグラビアを載せた程度です。
それでも評判は上々で、幾つかの雑誌社からは問い合わせやグラビア掲載、取材等の依頼も頂いてますし、出版社の
方からも写真集を出す企画が持ち上がってます。
ただ、今はとにかく学業優先で、大々的に売り込みをかけて、本格的に活動を始めるのは卒業を待ってからという事
になってはいるんですけれども、折角注目されつつあるのに黙って放っておく手はない。
で、この夏休みを利用して、一挙に写真集とDVDの撮影をすべく、海外ロケをと計画しているところなのですが、
どうにも彼女が国外に出る事に気後れして嫌がっているようなのです」
「大方、飛行機がお嫌いなのでしょ。 別に珍しくもありませんわ」
「本人もそう言っているのですが、国内の移動で使った時は別に抵抗なく乗っていましたので、恐らくそれは口実で、
他に何か理由があるのではと思い、あれこれ調べてみたところ、どうやら男の影がチラホラ見えてくるのです」
「男?」
「もちろん、本人は否定していますし、ウチと契約する際も、そういう相手はいないと断言してたのですがね」
「まさか、その相手をわたくし達に突き止めろとでも?
お門違いも甚だしいですわ。
そういう事は、興信所か私立探偵にでも頼むのがよろしくてよ」
「滅相もない。
そんな事をして、もしゴシップ系の記者なんかに知れたりしたら、それこそ取り返しがつきませんよ。
彼女のような仕事をするタレントに、その手の噂は、命取りに成り兼ねない程危険なものなのです。
りぼんはまだ、これからの子なんです。
彼女はまだ新人ですし、相手は一般男性で有名人等ではありませんので、世間を騒がす程の大事にはなりませんが、
ネット時代の今は、そんな些細な事からケチがついて人気が落ち、終いには仕事がなくなってしまうんです。
一度イメージを損なわれると、もう同じ場所にはいられないんですよ。
特に、彼女のような清純派にダーティーなイメージが付いてしまうと、それはもう致命的と言ってもいい。
そういう、シビアな世界なんです」
「これのどこが清純なんだか、わたくしには理解出来ないのですけれど。
だからと言って、それがわたくし達のお仕事になる事は永遠に有り得ませんわ。
人の素行調査なんて、畑違いですもの」
「いえいえ、それがそうとも言い切れないんです。
彼女の男性問題となると、これは我々にとって由々しき事態です。
契約違反になりますし、対処も色々考えねばならなくなります」
「契約違反?」
「彼女との契約で、活動が軌道に乗るまで当分の間、恋愛は御法度です。
またそういう事は全て事務所に話を通すよう言い渡してありますが、もし、本当にそんな事になってしまった場合、
清算する事も含めて善後策を講じねばならなくなりますし、元手も掛かりますしね」
「それは、相手に手切れ金を払って別れさせる、という意味に受け取ってよろしいんですの?」
「どう解釈するかは、そちらの自由ですよ」
「なんて卑劣なの!
貴方には女性の気持ちなんて、これっぽっちも分かってないのですわ。
でなければ、そんな発言出来るはずないですもの。
大体、17歳にもなるのですから、彼氏の1人や2人いても何の不思議もないはずですわ。
何の問題があると仰いますの。
グラビアアイドルとは、本来の巫女の如く、未通女でなければ務まらない職業だとでも仰りたいのかしら」
「仰りたい事はよく分かっています。
ですが、彼女の立場は既にビジネスに深く絡んでおりますので、もう個人の一時的な感情だけで一人勝手に動く事は
決して許されないんですよ。
全体、彼女の背後で彼女の為に何人の人が動いているか、どれだけの金額が動いているか。
今はまだそれ程でもありませんが、人気が出て来れば活動の幅も広がるでしょうし、当然関わる人も増えます。
そして、そこには常に、彼女の負うべき責任というものが存在し、付いて回るのです。
賢明なお嬢様なら、そこら辺はご理解頂けるものと思いますが」
「もちろん、分かりますわ。
ただ、そうやって一義的に割り切ってしまう事を良しとしないだけですわ」
「そうですね・・・、そうかも知れません。
プライオリティバランスの問題という訳でもないのでしょうが・・・。
所詮、我々の業界は、金でしか動かない有象無象の集まりなのかも知れませんね。
でも、契約の問題に発展するとなると、事は複雑に成らざるを得ないのも確かです。
私如きが、一存でどうこう出来る話ではなくなりますから」
明月と曄は、黙って話を聞いていた。
いや、この場合、黙っている事しか出来なかったと言うべきか。
澪菜と岬木の会話の内容が、途中から理解の範囲を超えて行ってしまった。
「すいません、話がちょっと逸れましたね。
で、ウチとしても八方手を尽くして調べたところ、彼女が誰かと会っているのはほぼ間違いないと分かりました。
ただその誰かが、全く分からないから困ってるんです。
普段は家族と共に自宅で生活していますが、当然家族も全く知らないと。
ところが、学校の同級生なんかに聞きますと、明らかに彼女は変わったと言うんです。
綺麗になったと・・・、表情や姿勢、態度等の事ですがね。
それがいつ頃からの事かと聞いてみると、ちょうどウチのスカウトの目に留まった頃と合致するんです。
彼女が変わった事がきっかけで、スカウトに見初められたと言えなくもない」
「つまり、その原因が男だと?」
「ウチとしてはあまり考えたくはないのですが、それが自然でしょうね」
「案外、女性かも知れませんわよ」
「否定は出来ません。
誰も、その相手というのを見た人がいないんですからね。
でも女性なら、ここまでひた隠しに隠し通す必要はないはずですよね。
家でも学校でも、地方での撮影の際宿泊するホテルでも、誰一人として目撃者がいないなんて考えられないでしょ」
「だったら、どうして彼氏がいると分かるんですの?、誰も見てないのでしょ」
「態度で、分かるんです。
時々なんですが、撮影が押して遅くなってしまった時とか、妙にそわそわして時間を気にする時があるんです。
見ていれば分かります、私だって子供じゃない」
「翌日に、テストが控えているのではなくて?」
「学校のスケジュールは全て把握しています。 無理をさせているつもりはありません」
「なら、こっそり携帯でも見てやればいいんですのよ」
「見ましたよ、もちろん。
彼女がスタジオで撮影中に、控え室でスタッフの女性にこっそり調べてもらったんですが、めぼしい物は何一つ出て
きませんでした。
写真も、履歴も、アドレスも、何一つです。
もう完全に手詰まり状態です。
スタッフからは、もはや人ではないのでは、という意見まで出る始末です。
人ではない、幽霊か何かに取り憑かれてるのではないか、というのです。
霊に取り憑かれたりしたら、普通何らかの症状が出ますよね。
健康被害とか、性格が変わるとか、突然奇妙な行動をとるとか、情緒不安定になるとか色々と。
でも、りぼんにはそんなところは一切ありません。
あまりに非現実的なので、初めは私もそれはどうかと思ったんですが、他にこれといった妙案も浮かばない以上は、
可能性を一つずつ潰していくしかないという事で、今日ここに馳せ参じた次第です」
「そんな、思いつき程度の根拠しかないなんて、なんとも薄い動機ですわね。
気乗りしませんわ」
「そう言われてしまうと返す言葉もないのですが・・・。
そこを何とかひとつ、枉げてお願い出来ませんか」
澪菜は一呼吸だけ置いて答えた。
「分かりましたわ。
とりあえず、調べるだけ調べてみる事に致しましょう」
「ありがとうございます。
それはなによりです。
で、どうやって調べるんですか?」
「わたくしの式を貴方に取り憑かせます」
「式? 取り憑かせるって・・、ちょ、ちょっと待って下さい、私はそんな・・(汗)」
「ご心配には及びませんわ、霊ではありませんのよ。
式は、わたくしの命令がない限り、決して勝手に行動したり危害を加えるような事は致しませんの。
それに、貴方が彼女と接触したら、式を彼女の方へ移らせます。
後は、式が彼女の行動を逐一監視して、わたくしに報告してくれますわ」
「は、はあ・・・、で、どうやって私に・・(汗)」
「もう既に憑いてますわ」
「は、はあ!? ほ、本当に!?(汗)」
「いかがです? なにか感じまして?」
「い・・、いえ、何も・・・(汗)」
岬木は、頻りに自分の背中を覗こうとしたり、肩を揺すってみたりして、落ち着かない様子を見せた。
例え自覚症状はなくとも、妖怪に取り憑かれていると知っていながら平然としていられる人は、余程慣れた人か心臓に
毛の生えた人でもなければそうそういないだろう。
傍目に見ていても、顔が蒼褪めて気分が優れなさそうだ。
帰り支度を整え、席を立って一礼した岬木。
「それでは、何卒よろしくお願い致します。
何か分かりましたら、すぐ私にご連絡下さい。
それから、くれぐれもご内密に、絶対に口外しないよう皆様にお願いします。
これだけは是非とも守って頂かないと」
「ご心配なさらずとも、依頼人の秘密を守るのは基本中の基本、鉄則ですわ。
その点は、ご安心下さって結構ですわよ」
そして、徐にずっと考えていた事を口にした。
「と、ところで、こんな時に伺うのも何ですが・・、お嬢様は、グラビアの仕事に興味とかありませんか?」
「皆目。
わたくしに、そんな事までして人の気を引く必要などありませんもの」
「ああ、そうですか・・・、やっぱりね・・・(汗)。
そちらの、メイドさんはどうですか、興味ありませんか?」
曄は、それを聞くなりすっくと立ち上がって、鋭い目つきで岬木を睨んだ。
「あたしはメイドじゃない!(怒)」
捨て台詞を残し、1人だけ足早にさっさと部屋を出て行ってしまった。 バタン
岬木は驚き、焦った。
「何か、気を悪くするような事言っちゃいましたかね・・・?(汗)」
「自分が可愛いと思ってお高くとまってるんですわ。
ホント、しょうのない子ですこと(笑)」
曄の出て行ったドアを眺めて、その影を目で追いながらブツブツ独り言を呟く岬木の声を、明月は聞き逃さなかった。
「惜しいなぁ・・・。
すっぴんであのルックス、おまけにあのプロポーションなら間違いなくトップレベルなのに・・・。
超一級品だぞ、ありゃあ、マジ勿体ない・・・」
(プ、プロが認めた・・・
そうだ!、曄はその道の専門家の目に適う逸材なのだ! ヘヘん、どうだ!)
一体誰に威張ってるんだ。
学校での、曄の可愛い子ランキングは11位だと、どこかの訳の分からない眉唾な地下組織の調査結果が出ていたが、
それは、校内に於ける彼女の何人も寄せ付けない突っ慳貪な態度や表情が、男子生徒達の評価を下げているが故の結果
であって、もっと純粋に容姿だけで判断していれば、その順位は自ずと変わっていたはずだと、明月は思った。
岬木が部屋を出て行った後、明月は率直な感想を口にした。
「まさか、澪菜さんが本気で引き受けるとは思わなかった」
「そう?
わたくしにとっては、ただの暇潰しのつもりなのですけれど。
それに、式を使ういい修練にもなりますわ。
どうせ大した結果は出ないのでしょうけれど。
わたくし達の出番はありませんわね、きっと」
そう言いながら澪菜は、ズリズリと躙り寄って明月の隣りにベッタリくっつく。
「それより、どうですの?、これからわたくしのお部屋へ参りません?」
彼女のムチムチの太股が脚に触れると、もうそれだけで興奮してドギマギしてしまう(汗)。
「い、いや、止めとく・・・。 曄ちゃんも機嫌悪そうだし・・・」
「曄の事なんか気にしなくてもよろしくてよ、わたくしが黙らせますわ」
(その後が怖いんだよ!)
「い、いやいい・・・」
「フフ、可愛い(笑)」
妖しい笑みを浮かべた澪菜、一度腰を上げると、明月の膝の上にその腰を下ろした。
彼女の柔らかいお尻が股間に・・・
(うおーっ! こ、これはマズいっ!)
そして、明月の肩から首筋に腕を回すと、そのまま彼の唇を奪ってしまった。
頬から首筋に纏わり付く彼女の長い髪、芳香、そしてなんとも柔らかい唇の感触・・・、曄の時とは、似ているようで
どこか違う。
おまけに、あの豊満過ぎるおっぱいが、これでもかと言わんばかりに彼の胸元で強く自己主張して来るのを感じると、
脳の中まで蕩けそうになってしまう。
このまま、理性をかなぐり捨てて欲望に身を任せてしまったら、どんなにか気持ちいいんだろうな・・・。
誘惑に負けそうだ。
(あ~、このまま・・・、イッちゃっていいっすか・・・(汗))
「わたくしの、ファーストキスですのよ。
忘れたら承知しませんわよ」
「・・・・(赤)」
目の前15Cmの距離でそう囁く澪菜の大きな瞳は、水晶玉のようにキラキラと輝いていた。
(この人・・・、こんなに可愛かったんだ・・・)
「わたくしが欲しくなったら、いつでも抱き締めて構いませんのよ(笑)」
「お、覚えとくよ・・・(汗)」
澪菜がキスだけに留めて、その先の行為に至る事を諦めたのは、明月が、無意識にそれを望まない意思表示をしていた
のが原因だった。
この時、一瞬でも曄の顔が頭の中を過ぎっていなかったら、明月は、一生取り返しのつかない過ちをしでかしていたに
違いない。
澪菜は、白泰山会から修行の名目で与えられた今回の仕事を軽視していた。
ところが、そうは問屋が卸さなかった。
澪菜の予想は見事に外れたのだ。
第7話 続