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第5話 気高き血(後編)



 DISPELLERS(仮)


 05.第5話 気高き血(後編)



 その日を境に、曄の態度が変わった。

 といっても、傍目には全くと言ってもいいくらい、いつもと変わらない。

 ツンと澄ました仏頂面で、誰とも話さず、明月を見ても知らんぷり。


 だが、明月が感じていたのは、今までのような゛無視される゛という感覚とは少し違うものだった。

 明らかに彼がそこにいるのを意識しながら、敢えて゛避けている゛という風に受け取られるものだった。

 今までの、視界の中にいるはずなのに存在すらしていないかのような、道端に転がる小石扱い的感覚とは何かが違う。

 始めは、学校で噂になっている゛明月との関係゛が気に入らないのかとも思ったが、どうもそうではないようだ。

 逆にその噂のせいで、余計に強く彼を゛男゛として意識し始めたかにも見える。

 しかし、明月が感じた彼女の変化は、態度よりもむしろその目の方に、よりはっきりと現れていた。

 廊下ですれ違う時の、あの時折チラチラと明月の様子を窺う彼女の目は、まるでペットショップの店頭のケージの中で

 必死に擁護を訴える子犬のようにも見える程に、弱々しく切ないものに映った。

 こんなに覇気というか、強い意志の感じない彼女は初めてだった。


 あの、元気な曄はどこへ行ってしまったのか・・・。


 あの日、先に公園へ行った曄がそこで澪菜と何を話したのか、明月には分からない。

 ただ、あの時も、曄は公園のベンチに腰掛けて終始下を向いたまま一言も語らず、澪菜が次の仕事の事を話していても

 ボーッとしていて、心ここに在らずという感じだった。

 よそよそしく、明月の方を見る事もせず、話しかけようとすると、すぐに席を立って1人で帰ってしまった。

 髪に隠れてはっきりと見せてはくれなかったが、その時の彼女の目は虚ろで、少し赤く腫れているようだった・・・。



 その、仕事の日がきた。

 放課後、またあの公園で澪菜の到着を待つ明月と曄。

 曄は全く何も話さない。

 元から口数の少ない彼女ではあったが、ここ最近の沈黙は以前のものとはどこか違っている。

 気のせいかも知れないが、話したいのを堪えているようにも見えるのだ。

 そしてなにより、表情が暗い。

 思い切って聞いてみた。

 悩み事を打ち明けたり相談したりする程、彼女が打ち解けているとも思えなかったし、下手をすると更に機嫌を損ねて

 鉄拳が飛んで来るかも知れないとも思ったが、聞かずにはいられなかった。

 彼女の輝きを失った眼を見ていると、そうせずにはいられなかった。

 「なんか、あったのか?」

 「・・・・なにが?」

 「澪菜さんと、なんかあったんじゃねーのかと思ってね」

 「・・・別に」

 彼女は明月の顔さえ見ようとしない。

 「この前ちょっと言い過ぎたから、反省してんのよ」

 反省? そんな言葉を彼女の口から聞くとは意外だった。

 自分の言動を反省するような、殊勝でしおらしい一面があるなんて初耳だ。

 ちょっと言い過ぎかも知れないが、そのくらい思い掛けない言葉だった。

 そんな空虚な言葉よりも、遠くを見つめる彼女の憂いに満ちた瞳の方が、遙かに雄弁に心の内を物語っていた。

 彼女は何かを、その悲しげな目で訴えている。

 だが、誰かに救いを求めるでもなく、ただひたすら自分の中に全てを押し込め、心を閉ざしている。

 以前よりも頑なに。

 それこそクリプトナイト・ロックの如く。

 解錠の手段はないのか。


 それでも、明月はそれ以上深く追求しようとは思わなかった。

 何も知らない自分が不用意につっ込んでしまう事で、彼女の傷に塩を塗る事になるのを恐れたからだった。

 だからと言って、何か他の話題やジョークで会話を盛り上げて、彼女の気持ちを和らげてやろうなどという考えがある

 訳もなく、2人は再び無言のまま、ただベンチに座っているだけだった。



 ☆



 澪菜が2人を連れて行ったのは、とある高校・・・、の近くにある鉄筋3階建てのアパート?のような建物。

 変なのは、その周囲をぐるっと高さが3m以上はあるフェンスが囲っている事だ。


 「これは、そこの高校の女子寮ですわ」

 澪菜の説明では、ここは元々どこかの会社の社員用の独身寮だったのだが、その会社の移転に伴い売りに出されていた

 ものを、高校側が不動産業者から借り受ける形で女子寮として使用しているのだとの事。

 そして、事件はこの女子寮で起こっている・・・はずなのだ。

 「はず・・・、ってなんだ?」

 「外部に漏れないからですわ、中で何が起こっているのか・・・。

  要するに、被害者がいないんですの」

 「じゃ、なんで依頼が来るんだよ」

 「依頼人はここにはおりませんわ、学校の方ですの。 ここは男子禁制ですのよ、明月は特別ですわ」

 澪菜は、建物の一階にある管理人室のドアを開けた。

 「昼の間、ここの管理をしているのはパートのおばさんだそうですけれど、今日はもう帰ったようですわね」

 夜は、学校と契約している警備会社が、校舎と共に見廻るのだそうだ。


 「曄、これに着替えなさい」

 またしても、澪菜が曄に紙袋を手渡した。

 またか、今度は何だ、また曄と澪菜の喧嘩が始まるのか。

 こんな所へ来てまで貶し罵り合うのは勘弁してくれよ。

 いい加減、つき合い切れんぞ。

 ところが、曄は黙ってそれを受け取ると、俯いて無言のまますんなり隣りの仮眠室のような小部屋へ入って行った。

 やっぱり、彼女の元気がない。

 小さい背中が余計に小さく見える。

 こういうのを、牙を抜かれた虎のようだって言うんだろうな。

 いや彼女の場合、爪を切られた鷹とでも言った方が似合うかな。

 銃を持たないダーティー・ハリー、ポケットのないネコ型ロボットみたいなもんだ。

 いやいや、別に役立たずと言いたい訳ではなく、ア○ロの乗らないガン○ム的な、本来の性能が損なわれるという意味

 なのだが・・・。

 「今度は曄ちゃんに何着させようってんだ」

 「ここの学校の制服ですわ、別に問題はありませんでしょ」

 「また囮にしようってか」

 「違いますわ、今度は曄に退治して貰います。 わたくしの式と一緒に」

 この日の澪菜は落ち着いていた。

 いかにもお嬢様らしく、自信と余裕の笑みを浮かべ、すぐにバタバタした以前とは違っていた。

 「なんで、わざわざ制服なんだ?」

 「ここは学校の、女子寮ですのよ。 部外者が簡単に出入りしてはいけない所ですわ」

 「まあ、そりゃそうだけど・・・」

 「つまり、非常にデリケートな問題を含んでいるという事ですの」

 「デリケートってなんだよ、ちっとも分かんねーぞ」

 「女性に関する事ですのよ、もっと察して下さらないといけませんわ。 そんな事では女性に嫌われますわよ」

 澪菜は、明月の遠慮のない子供じみた反応に精神的な幼さを感じ、可愛いと思った。

 「やっぱり、明月はもっと女性の勉強をしないといけないようですわね。

  わたくしでしたら、何時でも教えて差し上げてよろしいんですのよ」

 「う、うるせー、大きなお世話だ(汗)」

 「そういう訳ですので、今回の件は外部に知られる事のないよう、内々に解決しなければいけないんですの。

  そのためにも、曄にはここの学校の生徒に成りすまして貰うのですわ」


 そうこうしていると、着替えを終えた曄が出て来た。

 「ちょっと澪菜、これサイズ合わないんだけど・・・(汗)」

 「急ごしらえで用意させたものですから、致し方ありませんわ。 それくらいは我慢なさい」

 セ、セーラー服! しかも曄仕様の超短いスカートと太股まである白のニーハイ!

 更に、彼女の世界遺産が、赤いのリボンの下にかなり窮屈そうに押し込められて、襟の開いた胸元には深い谷間が!

 に、似合う! かわいいっ! ついでにエロい!

 問題大ありだぞ!

 こんなの世間様に見せたら、世の男共は皆欲情が治まらなくなっちまうではないかっ!

 その姿に思わず鼻の下を伸ばして見惚れる明月に気付いて、ちょっとだけはにかんだように笑った曄。

 手にはしっかり竹光が握られている。

 これがまた様になるからすごい。

 「いつまで見てんのよ、スケベ!」

 そう曄に言われた明月は、初めてその時、自分がいかにアホ面を下げていたのか気付かされた。

 ちょっと恥ずかしい。


 そんな彼のスケベ面を見たら、何故か曄は、今まで思い悩んでいた事を一瞬忘れ、少し力が出てきたような気がした。

 それとも、彼女が澪菜を呼び捨てにして、小指の先程のささやかな抵抗を試み、完全に服従した訳ではない意思表示を

 見せたのに対し、澪菜がそれを咎めずすんなり受け容れた事が嬉しかったのか。

 もっとも、その澪菜自身は、もはや曄に呼び捨てられた事にそれ程嫌悪感を感じなくなっていた。

 曄がどんなにじたばたしても、所詮は自分の掌の上での悪足掻きでしかないと分かっていたからだった。


 出来る事なら、ずっと曄のエロ可愛いセーラー服姿を見ていたいと思う明月だったが、そのために来たのではない。

 管理人室のドアの向こうに妖気を感じてハッとした。

 しかしながら、その気配には覚えがあったし、澪菜もすぐにそれを察した。

 「お入りなさい」

 澪菜の言葉に促され、ドアを開けて入って来たのは、人に変化した枇杷と通草だった。

 2人(?)共、曄と同じように、この学校のセーラー服を着ている。

 枇杷とは以前に会った事があるが、人化した通草を見るのは初めてだった。

 通草は枇杷より背が低く、襟足が外側に跳ねた赤茶けたショートカットで、タレ目の上にニコニコと微笑みを浮かべた

 口元は、一目ですごく愛想の良さげな人懐っこさを感じさせる。

 黒く長い髪と澄ました目で無表情な枇杷とは対照的に愛嬌がある。

 紛う方無き妖怪であるにも関わらず、こんなにも人に警戒心を抱かせない妖怪も珍しい。


 部屋に入ってすぐ、その通草が馴れた口調で澪菜に話しかけてきた。

 「ねえねえ澪菜さまぁ、ここスゴいよ。 なんか変なの、すっごい面白い」

 「通草、それでは分かりませんわ。 もっと的確に説明なさい」

 「だから、すっごいの!」

 「・・・(汗)」

 枇杷が代わって説明する。

 「ここでの被害者は、現在12人です」

 「12人? けっこう多いんですのね・・・」

 12人!? そんなに被害者がいるのに、誰一人として被害を訴えないとはどういう事か。

 一体、ここで何が起こっているというのだろうか。



 全員揃ったところで、澪菜が今回の件の経緯を話し始めた。

 「初めに総本山の方に相談に来たのは、ここの学校の男性教師ですの」


 それによれば、その教師が受け持っているクラスの女子生徒の1人が、最近様子が変わったというのだ。

 元々その女生徒は、明るく快活で健康、成績は中の上、真面目で派手な髪型や化粧もせず、教師を煩わせる言動など

 一つもない、礼儀正しく模範的な生徒だった。

 その彼女が、いつの頃からか次第に、以前とは違う生活態度を見せるようになっていた。

 遅刻や授業中の居眠りに始まり、早退はないにしても部活は休みがち、終いには授業を無断欠席するまでに発展した。

 それに気付いた教師は、その生徒を気遣ってそれとなく色々と尋ねたりしてみたものの、特に何かがあったという訳

 でもなく、本人も意図的にそうするつもりではないのだと言う。

 ただ、やけに体が疲れて怠くて眠い、そういった症状が日常的に続いているのだそうだ。

 教師は医者に診せる事を勧めたが、彼女はそれを拒んだ。

 女子寮に住んでいるため、他の寮生にあれこれ詮索されたくないというのがその理由だった。

 そんな彼女を見ていて、教師は、これは精神的、物理的な原因ではないと思うようになった。

 なにか、目に見えないもの、或いは見えていても触れられないもの、人に説明しても簡単には理解してもらえないもの

 による事象が起こっているのではと考えた。

 でなければ、そこまで他人の目を意識する必然性がない。

 しかし、男性の教師にはそれ以上踏み込む事が出来なかった。

 彼女がそれを望んでいないのがその様子から感じ取れたし、なにより彼女自身が現在の状況にさほど不安を抱いてない

 のが、その大きな要因であった。

 つまり、彼女は今のようになった理由を知っている、自覚していると考えるのが自然なのだ。

 結局、その教師は、彼女の意思を尊重して学校側に報告する事もなく、しかしこの現状はどうにかして打破したいと

 いう思いから、白泰山会に相談した。


 「ですから、この一件は秘して内密に、誰にも知られずに事を進めるのが肝要なのですわ。

  学校関係者、管理人、警備員、そしてもちろん、被害者以外の寮生や近所の住人にも」

 「ちょっと待てよ。 その話だと被害者はたった1人じゃねーの。

  それがなんで12人になるんだ?」

 「それについては、枇杷の方から説明させますわ。

  枇杷と通草には、3日前からここに潜入させて、事前調査をさせていましたので」

 「あ! あたしが言う、あたしが言う!

  あのね、空いてる部屋にね、カラムーチョが落ちてたの。

  それ食べたらすんごい辛くて火吹いちゃった。

  そしたらね、隣りの部屋からエッチな声が聞こえてきてね、そんでね」

 「通草、貴女はどうせロクな説明も出来ないんだから、そこで大人しくおねんねしてなさい」

 「・・・、はぁーい」

 残念そうに口を尖らせた通草は、澪菜に言われた通り部屋の隅の畳の上にゴロンと横になり、枇杷が説明を始めた。

 「簡潔に言いますと、依頼の件の当該生徒と同じ境遇にある生徒が、他に11名いるという事です」

 「・・・・・・・・・・・、そんだけ?」

 「はい」

 「簡潔過ぎるだろ。 もっとちゃんと説明しろよ」

 「・・・意外と呑み込みが悪いんですね。 1+11は12です」

 「アホか。 算数の問題やってんじゃねーんだよ」

 「ですが、何で1人が12人になるんだと問うたのはあなたです」

 「そういう意味じゃねーよ! なんでいきなり被害者が増えたんだって聞いてんだよ」

 無表情でずけずけと物を言う枇杷は、明月にアホと言われても平然としながら、主人に意向の伺いを立てた。

 「よろしいんでしょうか、澪菜様」

 「そうですわね、明月と曄にも納得して頂かねばいけませんでしょ」

 「では端的に申し上げます。 少女は妖怪に犯されています」

 「端的過ぎだろ!」

 そうつっ込んだ明月は、その時ちょっと気になって曄の様子を窺ってみた。

 曄の顔が強張っているのが分かった。

 ずっと無言で畳に座っていた曄だったが、その表情が、物憂げな淋しそうなものから険しいものに変わっている。

 こういう、性的なものを毛嫌いする傾向にある曄にとっては許し難い大罪なのだろう。


 澪菜はこの事態を予め知っていたのか、枇杷と共に冷静に対応している。

 「で、その妖怪の正体は掴めましたの?」

 「申し訳ありません、それはまだ・・・」

 「じゃあ、12人がみんな妖怪にアレされちゃってるって事か?」

 「そう言ってるではありませんか、分からない人ですね」

 「て事は、妖怪も12匹なのか・・・」

 「そうとは限りません。 恐らく、その妖気から察するに、妖怪は1匹です」

 「1匹ですの?」

 「はい」

 「1匹で12人・・・。 しゅ、しゅ・・・、しゅうち・・・?、りん?」(なんだっけ?)

 「趣味竹林て言いたいんですのね、明月」

 「酒池肉林です澪菜様、盆栽ではありません」

 「それって、12人が順番に・・・?」

 「いいえ、多少の前後はありますが、ほぼ同時間帯に推移しています。

  ここは全室1人部屋なのですが、被害者は一ヶ所に集中しておらず、建物全体にバラバラに存在します。

  ですので、被害に遭う生徒と遭わない生徒の違いが何処にあるのか、私達には判りかねます」

 「部屋には入ってねーのか?」

 「私達は、廊下で妖気を感知したに過ぎません。

  入るのは造作もないのですが、我々の存在を今の段階で敵に覚られるのは如何なものかと思います」

 「よくそれで、中の様子が分かるもんだ」

 「妖気の感じで分かります。 それと喘ぎ声で」


 12人の少女が、それぞれ個別に、同時に、1匹の妖怪に陵辱される。

 そんな事があるか。

 分身の術でも使ったか。

 そんな妖怪いるか。

 どんな手を使えばそんな真似が出来るんだ・・・、俺にも教えろ。

 じゃない・・・、だから、どの子も何も言わない。

 妖怪に犯されるという、非現実的な事実を到底受け容れ難いのは理解出来る。

 他人に言えば自分の醜態をさらけ出す事にもなるし、その上、それが信じてもらえなければ更なる恥の上塗りだ。

 依頼人の教師が関わった女子生徒は、それを自覚した上で被害を訴えない。

 それは、自ら望んで妖怪に体を開いている、という事をも意味するものなのだろうか。

 強ち有り得ない事とは言い切れない。

 そういう、人の性欲を誘引するような、催淫効果のある邪気を放つ妖怪というのは意外と多いと聞く。


 「今日は、依頼人から全室のマスターキーを預かって参りましたから、自由に出入り出来ますわ。

  ただし、明月は祓除の時以外は、この部屋から一歩も出る事は叶いませんのよ。

  男性ですもの。

  実際に退治するのは曄と通草ですわ」

 「え〜、あたしヤダぁ」

 「何を言っているの通草、わがまま言うんじゃありません」

 「だってぇ、怖いんだもん、この人」

 通草はそう言いながら曄を指差す。

 曄は、何も言わずに通草をチラッと見た。

 以前の妖怪退治の時のような、鋭い目つきだった。

 どうやら仕事モードに入ったらしい。

 その曄に睨まれたからといって、それだけで逃げ腰になってしまう通草の力は一体どれくらいなんだ。

 「怖い? 曄のどこがですの?」

 「だって・・・、その剣でズバァってやられたら死んじゃうよ、あたし」

 (剣って、そりゃ竹光だぞ・・・、てか、妖怪から見れば、どっちも殺しの道具なんだな・・・)

 「その心配には及びませんわ通草、曄は味方ですのよ。 そうでしょ、曄」

 「・・、そうね・・・。 今はね」

 曄は横目で通草を見ながら、わざとニヤリと意味有りげに笑ってみせた。

 「やっぱ嫌い、この人。 だから、枇杷ちゃん替わってよ」

 「だめです。 枇杷はわたくしの封印の助手を務めてもらいますの。 だから、せいぜい仲良くなさいね」

 「ぶ〜・・・」


 通草の言葉は、図らずも曄と澪菜の立場の違いというものを明確に表現していた。

 枇杷と通草という妖怪を使役して、人に害を為す邪悪な妖怪を退治、封印する陰陽師と、それら妖怪を全て、有害無害

 の別なく抹殺、絶滅させようとする殄魔師の違いを。

 その殄魔師と妖怪をわざわざ組ませるという、一見、非常に危険な采配をする澪菜だが、曄が自分の使役する式神に

 対し、手出しする事など万に一つもないとの確信がその根底にはある。

 曄は決して、澪菜に背けないのだ。


 「曄、ここで一つ確認しておきたい事がありますの」

 「なによ」

 「貴女の、殄魔師としての実力ですわ。 どうなのかしら」

 問われた曄は、言い辛そうに目線を逸らして下へ落とした。

 それを見ただけで、澪菜にはどんな返事が返って来るか予想がついた。

 と言うよりこの場合、予想通りの反応と言い換えた方が正しい。

 「・・・、見習いよ(汗)」

 「あらそう・・・。 まあ、そんな事ではないかと思ってたわ。

  貴女の妖力では、とても一人前と呼べるようなレベルではありませんもの」

 「・・・(汗)」

 分かってたんならいちいち聞くな。

 曄は居心地が悪かった。

 自分の妖力の低さを認めるのも嫌だったし、それを他人に指摘されるのは尚更不愉快だ。

 もちろん、一般の人達から見れば彼女の能力は十分に強力だし、畏敬の念を以て扱われて然るべきものなのだが、同じ

 異能の力を持つ同業者の中にあっては、全くの初心者に等しいくらい話にもならない。

 とてもではないが、立派に仕事が務まるとはお世辞にも言えないレベルなのだという事は、曄自身も自覚はしていた。

 自覚はしていたが、認めたくはなかった。

 澪菜は、初めて曄と会った時から、既に彼女の妖力を感じ取っており、その水準もある程度推し量っていた。

 そんな低レベルの者でも、使うからには持ちうる最大限の力を発揮して貰わねばならない。

 彼女の失敗は自分の失敗に繋がる。

 批判は免れない。

 「でも、そんな下らない言い訳が社会では通用しないという事を、よく覚えておく事ですわね。

  例え見習いだとしても、殄魔師としてお仕事をする以上は結果が求められるのよ。

  そして、結果には常に責任を持たねばいけませんわ。

  貴女にそれが出来まして?」

 姉の朝絵に無責任だと叱責された当の本人が言っているとは思えない真っ当な意見だが、そんな事を知らなくとも、

 曄は澪菜に説教されて面白くない。

 「そんな事、言われなくったって分かってるわよ」

 「どちらにせよ、貴女にはきっちり役目を果たして頂きますわよ。

  失敗は許されない事をお忘れなきよう。

  迷っている時間は、それ程残されてませんのよ。

  聖護院家の殄魔師としての誇りを持ちなさい」

 「・・・・・(汗)」


 曄は、澪菜の言葉に心を抉られた。

 澪菜が彼女自身を、桐屋敷家の娘である事に誇りを持っているのは、彼女の言動を見ていればよく分かる。

 そして、それと同じ事を自分にも要求している。

 曄は、自分の心に迷いがある事を、澪菜に見抜かれてしまっていた。

 自分が殄魔師として活動を続ける限り、聖護院という家からは逃れられないのか・・・。



 ☆



 夜7時頃から、徐々に生徒達が寮に帰って来始めた。

 寮生は全部で30人強、部屋が全て埋まっている訳ではないが、殆どの生徒は何かしら部活に入っているので、帰りは

 いつもこれぐらいの時間以降になるようだ。

 そして、次第に女の園らしく喧しくなり始める。

 あちこちの部屋の中から聞こえるけたたましい笑い声、廊下をバタバタ走り回る音、女の子だけの、ある意味に於いて

 解放された閉鎖空間。

 ここの寮、非常に管理がいい加減で、常駐する管理人がいないせいでもあるのだろうが、この時間帯の出入りは完全に

 フリーパス状態。

 門限はあるが、寮長である3年生の生徒が門と玄関を施錠するだけなので、寮生以外の生徒や、或いは部外者、男等が

 その前に入ってしまえば、それをチェックする事はまず出来ない。


 管理人室の隣りの小部屋で仮眠を取る曄達の横で、明月は眠れずにいた。

 この建物の中には男は自分だけ。

 そう思うと、なんだか妙に緊張するというか、ワクワクしてドキドキしてソワソワする。

 別に、何がどうなるというものでもない事は分かっているのだが。


 このまま放っておけば、それら寮生全てが妖怪の餌食になってしまうのだろうか。

 敵の正体が不明な今、その可能性を否定出来る者は誰もいない。



 そして、消灯時間が過ぎ、廊下の明かりが全て落とされた深夜。

 澪菜の言葉で、行動が開始される。

 「いいですわね、通草と曄はこれから3階へ行って、空き部屋に身を潜めて動きがあるのを待つのですわ。

  まだ起きている生徒がいるようですので、くれぐれも見つからぬよう注意する事。

  マスターキーは曄に預けます。

  妖気を感じたら、行動に移って構いませんわ。

  ただし、相手がどんな妖怪なのか分からない以上、無理は禁物ですわ。

  手に負えないと判断したら、すぐにここへ戻ってらして。

  明月にここで待機して頂きます。

  そして、わたくしと枇杷が封印の術式を行います。

  これ以降、連絡は携帯でのみ行います、着信音は切っておく事。

  では、よろしくて」


 曄と通草は管理人室を出て、静かに3階への階段を上り始める。

 が、曄が周囲に気を配りながら足音を立てないように注意して歩いているというのに、通草はまるで普段と変わらず、

 平然とした顔でスタスタと先を行こうとする。

 ムッとした曄が、声を殺して文句を言う。

 「ちょっとあんた、少しは気を遣いなさいよ」

 「なんで? あたし見つかっても平気だよ。 変化しちゃうもん」

 「!(怒)」

 自分さえ良ければそれでいいのか。

 身勝手にも程がある。

 曄は、やっぱり妖怪は好きになれないと思った。


 3階は、主に1年生がいるそうだが、まだ幾つかの部屋のドアの隙間から明かりが漏れていた。

 暗がりの中、手探りで空き部屋に入った曄と通草は、そこで変化の兆しを待つ。

 何も会話がない。

 人間と妖怪、しかも、その人間は妖怪を殺したい程怨み憎んでいる殄魔師なのだ。

 殄魔師といえば、妖怪にとっても天敵である。

 無言のまま、互いが互いを警戒し、牽制し、威嚇し合っている。


 静寂と緊張に耐え兼ねたのか、通草が曄に尋ねた。

 通草は元来遊び好きで、こういう静かでしんみりした雰囲気は苦手だった。

 「あのさぁ・・・、」

 「なによ。 探しても無駄よ、カラムーチョなんか落ちてないわよ」

 「そんな事聞いてない。

  あんた、ホントにあたしを斬らない?」

 「なに? ビビってんの?」

 「違うよ。 あんたと妖怪、両方相手にすんのは面倒臭いなって思ったの」

 「今は、生かしておいてあげるわよ(笑)」

 曄は通草をからかっていた。

 通草を斬る気など端っからない。

 澪菜に逆らえないという立場的なものもあるが、通草は妖怪と呼ぶにはあまりにも拙い印象を受けていた。

 とはいえ、妖怪に情が移る事もさらさらない。

 「やっぱあんた嫌い。 殺すよ」

 「あたしを?、あんたが?、どうやって」

 「簡単だよ。 あんた弱いもん、ちょちょいのちょいだって」

 「これだから妖怪は・・・。 気に入らなかったら、なんでも殺せばいいと思ってる訳」

 「あんたに言われたくない」

 「フン、だったらやってみなさいよ。

  顔色悪いくせに食い意地だけは人一倍なネズミの分際で」

 「ネズミじゃないもん!

  でも今は止めとく。 だって澪菜さまが怒るもん」

 「あんた、なんで澪菜の式神なんかやってんの?」

 「澪菜さま強いよ、あんたなんかよりずーっと」

 「調伏されたの?」

 「まあね」

 「枇杷も?」

 「あんた知らないの? あたしと枇杷ちゃん一心同体だよ。 どっちか死ねば、もう一個も死ぬんだよ」

 「へ、へえ〜、そうなの・・・」


 曄は、通草の言葉を意外に思った。

 それは、枇杷と通草から感じる妖力があまりに違うからだった。

 一心同体と言うからには、両者はほぼ同レベルであるはずなのに、通草から感じる妖力は驚く程低い。

 はっきり言って、ある程度修行を積んで力を付けた僧侶や呪術師の方が、よっぽど彼女より強い妖力を持っている。

 枇杷との差がどこから来るのか分からないが、だから曄は、通草に殺すよと脅されても全く脅威に感じなかった。


 その認識が、覆される時が迫っていた。



 ☆



 曄と通草が、その変化に気付いたのは、深夜2時を少し回った時だった。

 先に気付いたのは通草。

 「来た・・・」

 「え?、始まったの?」

 「シッ!」

 口元に人差し指を当てて曄の言葉を遮った通草が、ゴソゴソと四つん這いでドアに近付き、そーっと開けてみると、

 廊下を伝って妖気が流れてくる。

 しかもそれは、複数の部屋から同時に漏れ漂ってくるのだ。

 2人はまず、妖気を感じる一番近くの部屋の前へ行った。


 部屋の中から聞こえて来たのは、微かだが確かな、少女のあられもない喘ぎ声・・・。

 何をしているかなんて、考えるまでもない・・・、二つに一つだ。

 聞いているこっちが恥ずかしくなる(汗)。

 しかし、急がなければ、他の部屋でも同様の事が起こっているはず。

 曄が竹光を構えて、通草に指示を出す。

 「あんたがドアを開けて、あたしが突っ込むから」

 「後ろから斬らない?」

 「あんたなんか斬る気にもならないわ。 いいから開けて、早く」

 「命令すんな」


 通草がマスターキーを使いドアを開けると、曄がダッと一気に突入する!

 そこで見たものは・・・・・、ぬ、ぬいぐるみ?

 な、なんと! 可愛い白クマのぬいぐるみが、ベッドで眠る少女の上に覆い被さっている!?

 曄は呆気に取られる(汗)。

 確かに、軽く1mを越える大きなぬいぐるみだし、少女はパジャマを脱がされて裸になってはいるが・・・・・、

 そんな事が・・・本当に行われているのだろうか?

 一挙に赤面し、顔が熱くなるのを感じる曄。

 変な汗が体中からドッと噴き出した。

 ぬいぐるみ・・・、着ぐるみなんかじゃない。

 中に人が入るには小さすぎる・・・。

 限りなく異常な光景ではあるが、まさかこんな形で他人の情事の現場を目撃する事になろうとは・・・。

 一瞬で、頭が飛んだ。

 自分が何故、こんな所にいるのか、何故、こんな不義を目の当たりにしているのか、分からなくなった。

 見てはならないものを見てしまった気がする・・・。


 呆然と立ち尽くす曄に、通草が声をかける。

 「なに見とれてんの、弱ちん!」

 その声で、ようやく曄はハッと我に返った。

 動転しながらも、竹光でぬいぐるみを斬りつける。 シュパッ! ポフン・・・

 が、ぬいぐるみは斬れなかった。

 間違いなく、ぬいぐるみからは妖気が発せられている・・・、にも関わらず、動じる気配すらない。

 これは、ぬいぐるみはぬいぐるみであって、妖怪ではないし、妖怪が憑依している訳でもない事を意味していた。

 どういう事?


 そのぬいぐるみが、今度は攻撃した曄に向かって襲い掛かってきた。

 「きゃっ!」

 曄には為す術がない。

 竹光が効かない以上、曄はその辺にいる普通の女子高生と、殆ど何ら変わる所はない。

 白クマは、ぬいぐるみとは思えないスピードで曄を押し倒し、これまたぬいぐるみとは思えない怪力で押さえ込むと、

 とてもぬいぐるみとは思えない手際の良さでスカートの中に手を差し入れてスルリとパンツを脱がせ、ぬいぐるみとは

 思えない勢いで曄の両脚を大きく開いた。 ガバァッ!

 「い、いやっ! やめてぇっ!(汗)」

 可愛いが無表情のクマの顔が、やたら恐ろしく不気味に映る。

 曄の貞操の危機が!

 その時、通草が助け船を出す。

 「なにやってんの、あんたも犯られたいの?、欲求不満なの? 別にどうでもいいけど、余所でやって!」

 通草は、背後からぬいぐるみの体にしがみつくとカプッと噛みついた。

 すると、あれよあれよという間にぬいぐるみの妖気が薄れて行く。

 なに? どういう事?

 動きが鈍り、力が抜け、妖気が完全に消えた時、白クマはただのぬいぐるみに戻ってしまっていた。

 「うっ・・・、不味・・・」


 動かなくなったぬいぐるみを押し除け、起き上がりながら、曄は通草に聞いた。

 「あんた・・・、なにやったの?」

 「妖気吸ったの」 ゲプ・・

 「吸った?」

 通草は、クマの体内の妖気を全て吸収してしまったのだ。

 通草の能力は、相手の妖気を吸い、それを自分の力に変えてしまうものだった。

 吸えば吸うだけ強くなる。

 より強力な妖気を吸えば、その分だけ自分が強くなる。

 その論理で行けば、通草は際限なく強くなれる事になる。

 こんな能力を持つ妖怪がいるとは、曄は全く知らなかった。

 見た目とは裏腹に、通草は実に驚異的な能力の保持者だったのだ。

 「あんたは止めといた方がいいよ、不味いから」

 「出来ないわよ!、そんな事」

 「いいから、早くパンツ穿いて。 次行くよ」


 曄は恥ずかしかった。

 通草の目前で下半身を露出させられるという失態を演じたのは無論だが、自分は何も出来なかった、何の役にも立って

 いなかった事を思い知らされ、自分の力の無さ痛感していた。

 迷っている時間はない、という澪菜の言葉が頭の中を過ぎる。



 次の部屋でも、同じように少女が大きなぬいぐるみに犯されるという、奇っ怪な光景に出会す2人。

 今度のはウサギだったが、どうやら、この大きなぬいぐるみが、妖怪と深く関係しているのは間違いない。

 この時から、2人の役割は完全に逆転していた。

 通草がドアを開け、曄が跳び込んでぬいぐるみの体を素手で羽交い締めるところへ、通草が噛みついて妖気を吸う。

 曄は通草のアシスタントに成り下がっていた。

 屈辱的ではあったが、今はなにより女の子達を救うのが先決だ。

 2人は、それを3階から2階、そして1階へと続け様に繰り返した。

 1階へ到達するあたりからは、澪菜と枇杷も手伝いに入って2人をフォローした。

 そして、12人全ての部屋を回り終える頃には、曄はヘトヘトに疲れ切っていた。

 なにしろ、通草は部屋を回る度にぬいぐるみから妖気を吸収して力を付け、その度に元気になり活気付いていくのだ。

 曄は最後まで、それに振り回されていただけだった。

 その疲労が徒労に終わる事はないにしても、これで事件が解決した訳ではない。

 妖怪は、未だその姿すら現していないのだ。

 一つ分かった事は、12人の被害者全てが、部屋に大きなぬいぐるみを置いていた事だった。

 つまり、被害に遭うか遭わないかは、ぬいぐるみを持っているかいないかの違いだったのだ。


 12人目の部屋で、ひとまず緊急の仕事をやり終えた4人の少女。

 曄はその場にへたり込んでしまった。

 疲れたせいもあるし、多少なりとも妖気を吸ってしまったせいもある。

 ただ、その妖気はさほど強力なものではなく、明月の祓除を必要とせずとも、回復までに時間のかかるものではない。

 澪菜が通草に質問した。

 「それで、妖怪の正体は分かりましたの?」

 「ぜーんぜん(笑)」

 「曄は?」

 「・・・・・、ぬいぐるみよ」

 「おバカ」

 「だって、全部ぬいぐるみだったんだもん」

 枇杷が言う。

 「これは、ただのぬいぐるみです。 妖怪に妖気で操られていただけです」

 「その妖怪は何処に?」

 「分かりませんが、12体のぬいぐるみを同時に、意のままに動かすのですから、そう遠くではないかと」

 「通草、追える?」

 「うん、この妖気不味いから臭いで分かるよ」

 「では、枇杷と通草はすぐ妖気を追って。 妖怪の居所を突きとめたら連絡しなさい」

 「かしこまりました、澪菜様」


 枇杷と通草が部屋を出て行くと、澪菜は、ベッドで気を失ったまま裸で横になる部屋の住人を見つめながら言った。

 「この様子ですと、明月の出番はなくても差し支えなさそうですわね」

 ぬいぐるみの放っていた妖気は、催眠と催淫の効果のあるもののようで、それ以外に健康被害等をもたらすようなもの

 ではないようだ。

 「さて、そろそろ起きて頂きましょうか」

 それを聞いた曄が、壁に凭れながら気乗り薄に意見する。

 「そのまま、寝かせといてあげれば」

 その子がどんな夢を見ているか知らないが、わざわざ起こして現実の悪夢を見せてやる必要もないだろう。

 「そうは行きませんわ。 重要な情報を持ってる方ですから」

 被害に遭っていた少女達は睡眠中に犯されていた。

 とすれば、皆、夢の中の出来事とでも思っていたのだろうか。

 翌朝の自分と部屋の状況を見れば、それが夢か現実かすぐに分かるはずなのに・・・。

 いずれにしろ、妖怪はぬいぐるみを遠隔操作して、少女達に快楽を与え、代わりに精気を吸収していたと思われる。

 かなり手の込んだ真似をする妖怪もいたものだ。

 その妖怪と、ぬいぐるみの関係を明らかにせねばならない。

 「曄、貴女が聞きなさい」

 「な、なんであたしが!」

 「貴女、そのためにその制服着てるんじゃなくて?」

 「着せたのはあんたでしょ!」

 「反論は許しませんわよ。 明月に秘密をバラされたくなければね」

 「ひ、卑怯者!(汗)」

 「では、わたくしは管理人室に戻っています。

  貴女も、早く戻らないと明月を誘惑しちゃいますわよ(笑)」


 悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言い残すと、澪菜は綽々と部屋を出て行った。

 なんて卑劣で忌々しい女だ!

 曄は憤慨した。

 やばい。 澪菜が管理人室へ戻ったら、明月と2人きりになってしまう。

 そうそうすぐに他人の秘密を話してしまう事はないだろうが、あのいけず女の事だから、色仕掛けで彼に迫るのは十分

 過ぎる程に予想がつくし、スケベエロガッパがそれを黙って見過ごすはずもない・・・、かも知れない。

 あの男女を、2人きりにしてはいけない!

 曄は、勇んで立ち上がると、ベッドで眠る少女の体を揺すって起こしにかかった。

 ついさっきまで、大きな犬のぬいぐるみと行為を致していた少女の肌に触れるのは些か気が引けたが、そんな事よりも

 今は優先すべき事がある。

 「ちょっとあんた、起きなさい!」

 少女が目を覚ます。

 自分の部屋にいる見知らぬ少女に気付いた彼女は、驚いて悲鳴を上げかけるが、すぐに曄が彼女の口を手で押さえた。

 「キャ・・・(汗)」

 「大声上げるとブッ殺すわよ」

 その、あまりに恐ろしげな目つきに身の危険を感じた少女は、怯えながら頷いた。

 「ちょっと聞きたい事があるだけよ。 別に怖がらなくてもいいわ」

 そう言われても、澪菜に対する怒りと悔しさと焦りで興奮している曄に、その目つきで竹光を振り回されたりしたら、

 怖がるなと言う方が無理だ。

 「あ、あなたは誰? 何年生?」

 「あんたは知らない方が身の為よ。 それより、このぬいぐるみはどうしたの?」

 「ぬ、ぬいぐるみ?」

 「そうよ、このぬいぐるみがあなたに何をしたか、分かってんでしょ」

 「そ、それは・・・(汗)」

 少女は頬を赤らめて戸惑った。

 彼女は、自分だけの秘め事を他人に知られてしまった事にショックを受け、動揺していた。

 「なんで誰にも言わなかったの?」

 「そ、そんな事・・・、言える訳ないじゃない(汗)」

 「このぬいぐるみは、妖怪に操られていたのよ。 それで、あなたの精気を吸い取っていたのよ」

 「よ・・、妖怪!?」

 「思い当たる事があるでしょ、やたらと疲れるとか、眠いとか」

 「そ、そう言われれば・・・、そんな気が・・・」

 「どこで手に入れたの?」

 「買ったんです」

 「買った? どこで?」

 「テンテンです」


 少女の説明によれば、このぬいぐるみは、近くの商店街の外れにある空き店舗を間借りして、期間限定で営業していた

 ファンシーショップで最近買ったものだと言う。

 大きさのわりには、かなり安くまけてもらったそうで、他にもおまけまでつけてくれたそうだ。

 ここの学校の女子生徒には有名な店だそうで、寮生の他にもそこで色々買っている生徒は少なくない。

 それが本当だとすれば、この女子寮以外で、例えば自宅等で同じような被害を被っている女子が、他にも多数いる事に

 なるではないか。

 ただし、少女がテンテンと呼んだその店は、既に先週店終いしてしまっていて、今はもう何も買えないと言う。


 話を聞いた曄は、即座に管理人室へ駆け込んだ。

 明月は!・・・・・・・グースカピー(汗)。

 爆睡中・・・。

 側で澪菜が、つまらなそうに膨れっ面で座っていた。

 さすがの澪菜も、明月のずぼらな脳天気キャラを持て余し、当惑し切っている様子だった。

 その光景に曄は、思わず吹き出しそうになった。

 「アハ! その様子じゃ、なんにも出来なかったみたいね(笑)」

 「あらそう? 彼の寝顔も可愛いものですわよ」

 「相変わらず、減らず口だけは達者ね」

 「減らず口なんかではなくてよ。 未来の妻としては、これくらい受け容れて当然よ」

 それを減らず口って言うのよ、強情女。

 「聞いてきたわよ、ぬいぐるみの出処」

 「何処ですの?」

 「テンテン!」

 「は?」

 曄は、少女の言った事を繰り返した。

 「そうですの・・・・。 では、朝になったら行ってみましょうか」

 「でも、もう閉店してんのよ」

 「それでも、行って損はないはずよ」



 ☆



 夜が明けるのを待つ間、曄は澪菜と話をした。

 出来る事なら、こんな女の顔を見るのも嫌なのだが、一度、どうしても確認しておきたいと思う事があったのだ。

 と言っても、世間話とかなんかで場を繋ぎ、タイミングを見計らうような会話術など持ち得ない彼女は、不躾がましい

 と知りつつも、単刀直入に澪菜に質問をぶつけた。

 「あなた、本当に明月の事が好きなの?」

 「何を今更、そんな分かり切った事を聞くのかしら?、この子は」

 澪菜は、驚きも焦りもしなかった。

 平然と、いつもと変わらぬ高飛車な態度と、厭わしい不遜な笑みを浮かべながら答えた。

 「だって、知り合ってまだ間もないのに・・・」

 「そうね・・・、確かに初めはお父様の勧めた方だから、さぞや立派な人なのだろうと思ってたわ。

  男らしくて、誠実で、優しくて正義感の強い、素敵な人なのだろうと」

 「でも、現実は違った(笑)」

 「いいえ、想像とは少し違ったけれど、わたくしの夫に相応しい方ですわ」

 「こんな、スケベでいい加減な唐変木が!?

  特別な力を持ってるのは確かだけど、それ以外はなんの取柄もないわよ、こんな男」

 「そう? 結構顔立ちも整っているし、可愛いじゃないの」

 「どーこがっ!?」

 「あの、無関心を装って欲望をひた隠す態度・・・、本当はわたくしの事が気になって仕方ないのに、わざと突き放す

  ような目つきと言葉・・・、本当はわたくしを抱き締めたくて仕方ないのに・・・、たまりませんわ」

 「バカじゃないの!? どんな目してんの、あんた」

 「恋とは、そういうものですわ」

 「ついてけないわ・・・(汗)」

 「別に、今から知り合えば済む事でしょ?、なにも問題はなくてよ」

 「そんな、簡単に・・・」

 曄は、どうしても澪菜の言葉を本心だと信じる事が出来なかった。

 ただ、ふざけているだけなのではないか。

 明月のような風変わりな男を、心底好きになる女なんているはずがないんだ。

 優しい訳でもなく、剛気な訳でもなく、面白い訳でもなく、真面目な訳でもなく・・・。

 一体、何が楽しくて毎日生きているのかさえ分からない。

 そんな男の何処に、惚れる要素があるというのか。

 あるとすれば、それはその”分からない”という事にこそあるのかも知れないが。


 曄にとって、明月は他の男とは違う、特別な存在だというのは今更解説する必要もないが、それは恋愛感情とは異質の

 ものだと思っていた。

 だから、何故自分が彼を好きなのか分からないのだった。

 どんなに考えても、自分自身を納得させられる答えを見つけられない。

 故に、澪菜の言葉も信じられない。

 と言うよりも、信じたくない。


 「そう言う貴女はどうなの?、曄。

  何処まで明月の事を知ってるのかしら?」

 「べ、別に、知りたくないし・・・(汗)」

 「どうして?、好きなんでしょ?」

 「あ、あたしは・・・、別に」 

 「言わなくて結構よ、顔に書いてあるわ」

 「あたしは!・・・、いやらしい男は大嫌いなのよ!」

 「じゃあ、どうしてそんなにほっぺが赤いのかしら(笑)」

 「う、うるさい!」

 「いやらしいの、大いに結構だわ。

  男なんて皆同じよ。 表に出すか出さないか、後は程度の差があるだけよ」

 「そりゃ、あなたに言い寄る男なんて、みんなその胸が目当てなんでしょうよ」

 「かも知れないわね」

 「よく平気でいられるわね」

 「これもひとつの武器ですわ」

 「なんかムカつく・・・」

 「ふふふ・・・。 実のところ、お父様からは結婚しろなんて、一度も一言も言われた事はないのよ。

  言われてはいないけれど、お父様は暗にそう希望しているんだと思ってましたわ。

  だから最初は、興味半分だったのよ。

  面白半分、期待半分かな。

  でも、今は違うわ。

  わたくしは、必ず明月と結婚します。

  例え貴女でも、邪魔は許しませんわよ、絶対に」

 「年下なのに、気にしないの?」

 「愛に歳の差なんて関係ないでしょ? 案外古風な事言いますのね」

 「フ、フン、じゃあ勝手にすれば!」

 「どうせ明月が承諾するはずがない、明月はわたしの事が好きなのよ・・・、とでも言いたいのかしら?」

 「そ、そんな事言ってないでしょ!」

 「もう、告白はされたの?」

 「べ、別に・・・(汗)」

 「それとも貴女の方がしたとか?」

 「な、なんであたしが!」

 「もしかして、もうセックスしたとか?」

 ボンッ! 曄の顔が噴火した。

 「す、する訳ないでしょっ!、バカッ!(真赤赤)」

 「ふふ、貴女も正直ね、面白いわ(笑)」

 「か・・、からかったわね!(汗)」

 「今は許しておいてあげますわ、今はね」


 曄は完全に澪菜に遊ばれていた。

 忌々しくも腹立たしいのは相変わらずだが、以前のような憎らしさは、少し薄らいでいたような気がする。

 澪菜もまた、恋する1人の少女に過ぎないのだと気が付いたからだ。

 でもそれは、曄もまた同じ事。

 ただ、その対象が同じ男というだけ。

 それこそが問題なのだが・・・。


 その問題の対象物が、どうせまたエッチな夢でも見てるのであろう、変なニヤけ笑いを浮かべながら口からヨダレを

 垂らして眠っている横で、2人の少女が静かに恋の火花を散らす。

 その一方の当事者が自分なのかと思うと、曄はちょっと情けなくなった。

 なんで・・・、こんな男、好きになるかなぁ・・・、澪菜は。


 そして、それを臆面もなく堂々と表現する事が出来る彼女を、少し羨ましく思った。



 「さあ、朝ですわ。 参りましょう」



                                       第5話 了


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