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第4話 本家と宗家(後編)



 DISPELLERS(仮)


 04.第4話 本家と宗家(後編)



 そして翌日。

 その日は、明月の重い気分を象徴するように朝から雨が降っていて、夕方前には上がったものの、太陽が顔を出す

 には程遠い、厚い雲に覆われた空模様のままだった。


 放課後、そんな陰鬱な気分で学校裏の通用門へ向かって歩いて行くと、先に曄が来ていて、既に到着していた澪菜と

 対峙しちゃっているではないか!

 これはヤバい!

 昨日の修羅場の再現か。

 いや、再現では済まされなくなりそうだ。

 澪菜の側には、昨日の危機を収めてくれた妖怪の女の子がいないのだ。

 ブレーキのない車は、一度動き出せば暴走する凶器と化す。

 その殺傷能力は言わずもがなだ。

 他に止める手立てはないのか・・・。


 怖い顔で、どこか緊張ぎみに相手を見つめる曄と、余裕の笑みで腕組みをしてそれを睨み返す澪菜。

 無情のゴングが鳴る。 くゎ〜ん

 まずは、言葉の応酬から始まった。

 先に口火を切ったのは曄。

 「帰んなさい・・・、帰ってよ!」

 「何を世迷い言を。 貴女に用はないの、帰るのはそっちよ、二号さん」

 「明月は、あたしと組んでるの。  あんたの方こそ出る幕はないのよ、陰陽師さん(汗)」

 「組んでる? 貴女が? まさか妖怪退治でもしてると仰りたいのかしら(笑)」

 「そうよ、文句ある?」

 「大ありですわ!」

 澪菜の語気が幾分荒くなった。

 「何処の馬の骨かも分からない妾風情に、明月の相棒面されるのは非常に不愉快だわ」

 妾、その言葉に一気にボルテージが上がる曄。

 「妾って言うな! あんただって、明月の事何も知らないくせに!」

 澪菜は至って冷静、それでいて曄にとって冷たい耳障りな言葉を連発する。

 「身の程を知って弁えなさい。

  そして自らの思い上がりを恥じなさい。

  愚者の書く物語に天才が登場し得ないのと同様、器の小さい者がどんなに高望みしても、所詮それ相応の結果しか

  得られないものですのよ」

 「なに言ってんの、あんた。 意味分かんないわ」

 「見たところ、貴女も妖力があるようだけれど、レベルが低過ぎる。 ダメダメですわ。

  要するに、明月と貴女とでは釣り合いが取れなさ過ぎるという事よ。

  そんな貴女が、明月のような人と一緒に妖怪退治だなんて、以ての外ですのよ。

  猫に小判、いえ、豚に真珠の学術標本の見本のようだわ」

 「明月がそんなに強い妖力を持ってるって言いたいの?

  なんで、初対面のあんたにそんな事が分かるのよ」

 「わたくしには分かります。

  あの方は、自分の力を持て余している、使い方を知らないだけなのですわ。

  貴女ごときに、それを教える事が出来まして?」

 「・・・・(汗)」

 「出来ないでしょ。

  当然ですわ。

  貴女にとっては必要な相手でも、明月が貴女を必要とするとは限りませんのよ。

  いいえ、恐らく有り得ないでしょうね。

  明月が自分の力に気が付けば、貴女と一緒にいる事自体に苦痛を感じるようになるはずですわ。

  ですから、貴女がどんな事をやっているのか知らないけれど、一刻も早く止める事をお勧めしますわよ」

 苛立つ曄。

 「何て言われても明月は渡さない、たとえこの身がどうなろうとも・・・」


 曄は、悲壮な覚悟を以て、竹光を取り出して中段に構える。

 まともに妖力で勝負しても、妖怪を使役するほどの妖力を持つ澪菜に太刀打ち出来るはずがない。

 だが、自分には剣術の心得がある。

 肉弾戦に持ち込めば十分に勝ち目はあると踏んだ。

 しかし、澪菜は怯む気配すら見せない。

 「蓮根一擲とでも言いたげね、いえ、健康だったかしら・・・、何れにしても、玉砕しますわよ。

  ですが、まあ、その覚悟や潔しと認めましょう。

  名前を、聞いてなかったわね」

 「曄・・・、聖護院、曄よ(汗)」

 「聖護院・・・?」

 首を捻る澪菜に、後方に控えていた車の運転手と見られる白髪の紳士が、側へ寄ってそっと耳打ちした。

 「お嬢様、聖護院家は茨屋でございます。 それから、乾坤一擲でございます」

 「ああ、茨屋の本家・・・、いえ、元本家だったわね。

  なるほど、殄魔師でしたの。 どうりで、明月に固執する訳なのね」

 「分かったら、諦めて」

 「・・・・」

 澪菜は、曄の言葉も聞かず、暫く何かを思い出すように口元に指を当てて考えていた。

 「貴女、もしかして、瞳の色が変わったりするのかしら?」

 「そ、それがなに?」 ドキッ!

 や、やはりこの陰陽師、聖護院家の秘密を知っている!?

 曄はたじろいだ。

 背筋に嫌な汗を感じ、息が詰まって凍りつく。

 澪菜の目つきが変わった。 ニヤリ

 不敵な笑みを浮かべたその表情は、まるで、悪さを思いついてほくそ笑む悪戯小僧のように、無邪気な残酷さを湛えて

 いた。

 「・・・・、結構ですわ、些か力不足ですが、貴女も加えて差し上げますわ」

 「加える?」

 「そうですわ。

  わたくし達桐屋敷家の者は、ある程度の年齢になり、陰陽師としての成長が認められると独り立ちして、妖怪退治

  のために職人を集めた組を作るのが慣わしなの。

  わたくしも、今年で17歳になるのを機に、自分のグループを旗揚げしようと思ったのよ。

  そのパートナー第1号が明月、ダメダメな貴女はついでですわ。

  明月の力が、どうしても必要なんですの」


 「ひとつ、聞いていいかな?」

 ここで、明月が口を挟んだ。

 曄と澪菜は、明月が近くの木の下まで来て話を聞いていたのにも全く気付かないほど、お互い相手に集中していた。

 明月はその様子を見ていて、2人の雰囲気に険悪の度合いが増すか否か、言葉をかけるタイミングを見計らっていたと

 いう訳だった。

 「あ、明月」

 「ご機嫌よう、明月。 本日は婚姻届を持参致しましたわ、こちらに捺印を」

 「するかよっ! てか、しても無効だよ、そんなの」

 「そうですの? そうですわね、明月はまだ15歳だったわね。 ではこれは一時預かりと致しましょう。

  で、伺いたい事とは何ですの?、明月」

 「なんで、俺みたいな未熟者を仲間に加えたいんだ。

  あんたぐらいの人なら、他にいくらでも適任者を見つけられるだろ」

 「なんだ、そんな事ですの。

  見損なってはいけませんわ、明月。

  貴方はもっと自信を持つべきです。

  なにしろ、わたくしの父、桐屋敷家十九代目当主・桐屋敷藤仁郎光斉が選んだ方なのですから」

 (なんだその名前、お前の親父は江戸時代か)

 「じゃあ、あんたの親父はどこで、俺の事を知ったんだ?」

 「知りませんわ。 お父様の選択に疑問を差し挟む余地などありませんもの」

 (なんだそりゃ、親父の言いなりか)

 「それで、俺と結婚するとかなんとかぬかしてんのか」

 「そうですわ。 わたくしには桐屋敷家の娘として、優秀な子を産む義務があるんですの。

  そのためには、より優秀な夫が必要なんですわ。 理解して頂けたかしら」

 (分からん、全く分からん)

 「言っとくけど、俺は優秀じゃねーぞ」

 「いいえ、お父様の目に狂いはありませんわ、絶対に」

 (ファザコンか? この女)

 「あんたの親父がどんだけ偉いんか知らねぇが、俺は認めねーぞ」


 ピクッ

 澪菜の表情が険しくなった。

 眉をつり上げて明月を凝視する。

 「それはどういう意味ですの?、明月。

  まさか、わたくしと結婚する意思はないと仰るつもりですの?」

 「ま、まあ・・・、遠回しに言えばそういうこった(汗)」

 「まさか・・・、まさかそこの変態助平娘と契りを結んだなんて仰ったりはしないでしょうね」

 澪菜は、曄を指差して不快感を露わにした。

 (やばいぞ、マジで怒ってる・・・)

 明月がどうにかしようと言葉を探していると、その前に変態スケベ娘と形容されてムッとした曄が応戦して口論に発展

 してしまう。

 「あたしは変態じゃない!」

 「何を言うの、色物の分際で!

  そのエロエロな脚のどこがノーマルなんですの!

  そんなに短いスカートを穿いて、いやらしい太股を露出させて、世の男性共にパンチラを見せびらかして歩くような

  卑猥な女が、変態と呼ばずして何と呼べばよろしいんですの!」

 「パンチラなんか見せてないっ!」

 (いや、俺は見た・・)

 「その長さなら、そよ風でパンツまる見えですわ!」

 「まる見えじゃない! あんただって似たようなもんでしょ!」

 (確かに、お嬢様も負けず劣らず短いぞ)

 「わたくしは、見られても平気なように、普段は安物の使い捨てコットンを穿いてますの」

 (そ、それで十分だ! つか、普段じゃない時はどんなんだよ)

 曄は思いっきり呆れた。

 「ハァ・・・、あんたバカでしょ。

  陰陽師ってバカでも務まるのね、初めて知ったわ」

 「聞き捨てなりませんわね、その言葉。

  なんて失礼なんでしょ。

  わたくしをバカと言うなら、貴女は月ノ輪バカですわ」

 「なにそれ?」

 「輪を掛けたバカですわ」

 「・・・、ホントのバカだ・・・(汗)」

 (落ちが着いたな・・・)


 明月が2人を止めた。

 「もうその辺でいいだろ」

 「そうですわね、あまり殿方の前で話すような内容ではありませんものね」

 「あんたが先に言い出したくせに・・・、バカ陰陽師」

 澪菜は、曄を一瞥してから話を進めた。

 「では、明月も来た事ですし、お仕事の話を致しましょうか」

 「ちょっと待ってよ。 あたし達はまだ、あんたの仲間に加わるなんて言ってないわよ」

 「何か不都合でもあるのかしら。

  わたくしは明月と貴女、どちらもグループに入れて差し上げると言っているのです。

  わたくし、そんなに心の狭い女ではありませんのよ。

  将来の妻としては甚だ不本意ですが、恥を忍んで愛人の存在を認め、明月の近くにいる事を許可すると言うのです。

  これ以上、何の異存があるとでも?」

 「あたしは愛人じゃない!」

 「貴女に意見を求めた覚えはなくてよ、二号。

  それにわたくし、それほど暇ではありませんの。

  現に、もう既に仕事の依頼が入っているのです。

  一度引き受けた仕事をキャンセルする事は、末代までの恥になりますわ」


 事態は終始、澪菜のペースで運んでいた。

 3人の中では彼女が一番年上だというより、やはり彼女のその性格が主因のようだ。

 彼女的には、初めから主役は自分であり、明月と曄はあくまでも自分に付き従う組のメンバーに過ぎない。

 意見は聞くが決めるのは自分。

 そんな姿勢をはっきりと打ち出している。

 おまけに、一貫して愛人扱いとくれば、気の強い曄が快く思うはずがない。

 「どうするのよ、明月・・・」

 曄がちょっと不安げに明月を見ると、彼はまるで他人事のような顔で飄々としている。

 「まあ、これも成り行きなんじゃねーの。

  とりあえず、つき合ってみるしかねぇだろ。 嫌なら辞めればいいだけだし、タダ働きでもなさそうだしね」

 本音はそれか、この脳天気スケベエロガッパ・・・。

 曄はちょっとイラついた。

 しかし、これで彼女が思い描いていた、澪菜に完膚無きまで叩き潰された挙句の果てに明月を連れ去られる、という

 最悪のシナリオだけは回避された。

 後はこの、巨乳陰陽師の誘惑に引っ掛からぬよう、明月を見張っているしかない。

 その明月は、初めは澪菜の誘いを断ろうと思っていた。

 ところが、澪菜が曄も一緒にいて構わないと認めた事で気が変わった。

 澪菜という、巨乳で、年上の、目の覚めるような美少女に興味があったのは否めない事実だった。


 「それでは、参りましょうか。 どうぞ、お車の方へ」

 「車って、今から妖怪退治か?」

 「いいえ、今日は現場を確認して頂くだけですわ。 退治は明日行います。

  その前に、ご紹介しておかなくてはなりませんわね」

 そう言って、澪菜が左手の指をパチンと鳴らすと、彼女の右肩の上にピョコンと2匹のネズミ、いやハムスター?、

 いや尻尾の長いハムスター?、いやヤマネのような生物が、何処からともなくいきなり現れた。

 「ご紹介致しますわ、これがわたくしの式、枇杷と通草ですわ」

 「え? だって昨日はセーラーふく・・で・・・」

 「あれは、この枇杷が変化した姿ですわ。

  これはスイカズラという妖怪で、これが本来の姿ですの。

  地方によっては、犬神などという呼び名もあるようですけれど」

 小さいとはいえ、犬神の類を使役しているとは、澪菜はやはり陰陽師なのだと実感する。

 曄は、その2匹の式神を見た時、不覚にも思わず「かわいい」と思ってしまった。



 ☆



 妖怪退治の仕事現場へ向かう車中で、澪菜は今回の、彼女達にとっての初仕事に関する依頼のあらましを語った。

 「この先の、駅の近くにスポーツジムがあるのをご存知かしら。

  そのスポーツジムのプールやジャグジー、シャワールーム等で、そこを利用する人達が何者かに襲われる事件が続発

  しておりますの。

  既に、警察への被害届けが数件あり、現在も捜査中ですわ。

  ですが、わたくし共の調査では、届け出のない被害も含めますと、その数は相当数に上るものと推測出来るのです。

  被害者の殆どは、何も言わずに泣き寝入り状態のまま退会したそうですわ。

  その大半は女性で、男性は数人です。

  経営者サイドとしては、夜間の使用を禁止したりしてみたものの、その後も被害が絶えず、現在はプールを閉鎖して

  その他の施設のみで営業を続けているのですが、赤字続きで経営難に陥りかけているのですわ。

  そこで、ウチの会に相談に来て、わたくしの出番となった訳ですの」

 「警察が動いてるんじゃ、俺達は出ない方がいいんじゃね?」

 「警察ではこの事件は解決致しませんわ、相手は妖怪ですもの」

 「なんで妖怪だって分かるんだ?」

 「警察の調書を読みましたけれど、犯人像が見えてきませんの。

  被害者自身、犯人を見ていない上に、目撃者もおりませんし、防犯カメラの映像にも何も映ってませんのよ」

 「ちょっと待て、調書って警察の人しか見れないんじゃねーのか?」

 「式を使えば訳もない事ですわ。

  それに被害届けは取り下げるよう手配しましたし、捜査も遅々として進展していないようですわ。

  このままお蔵入りしてしまうのは目に見えてますのに、それでは被害者も納得しないでしょうし、警察の方も面子を

  潰さずに済むのであれば、それに越した事はありませんでしょ」

 「強引だな、あんた。 妖怪じゃなかったらどーすんだ」

 「いいえ、これは水虎の仕業に間違いありませんわ」


 黙って話を聞いていた曄は少し困惑ぎみだった。

 これまでは個人を相手に依頼を受けるのが普通だったが、いきなり法人という公共性の高い所からの依頼で、しかも

 警察が現在進行形で捜査中の案件に介入しようというのだ。 

 今までとはスケールが違うし、失敗は即、自分達の社会的信用の失墜に繋がる。

 後へは退けないのだ。

 それを、さも当たり前のように平然と話す澪菜と、自分との落差を感じずにはいられない。

 忌々しく気に入らない女だが、澪菜は自分より何歩も先を行っている、それだけは認めざるを得ない。

 これは、殄魔師として成長するためには、必要な事なのだと自分に言い聞かせた。


 その後、スポーツジムへ到着した一行は、施設内を軽く検分した。

 本来なら、仕事を終えたサラリーマンやOL達が、帰宅前に筋トレやフィットネス等で一汗流そうと通ってくる時間、

 それなりに人の出入りがあって然るべき時間なのだが、施設内は閑散としていて、利用客はまばらだった。

 水泳教室や、ダイエット、病後や高齢者のリハビリ等に使われてきたプールが閉鎖されているのは、経営側にとっては

 かなりの痛手だというのがよく分かる。

 ただ、ざっと見た限り、何処にも妖気は感じないし、特異な様子もない。

 事件が起こっているのは閉館間際の頃に限定されているので、やはりその時間にならないと変化は起こらないのか。


 現場を確認し、車で家まで送ってもらう途中、先に曄をマンションの前で降ろした後、次は明月の家へと思ったら、

 車は明月の自宅とはあらぬ方向へ向かってどんどん進んで行くではないか。

 「あの、澪菜さん・・・、俺ん家、方向が違うんだけど・・・(汗)」

 「夕食でも、ご一緒して頂けません?」

 そして着いたのが、街の一等地にデンと聳える高級ホテル。

 車を降りて高々と見上げる明月は、こんな所で食事などした経験がないし、フランス料理なんか出されてもマナーすら

 知らない。

 不安になる明月、その腕を取って寄り添う澪菜は、曄に対する時とは真逆の穏やかな、それでいてどこか媚びたような

 甘え声を出した。

 「こちらの最上階にスイートを押さえてありますの」

 明月の腕に、なんとも表現し辛い柔らかぁい感触がむにゅうっと押し付けられる。

 ちょっと、というか・・・、かなり嬉しい。

 「な、なんでまた・・(汗)」

 「本来なら、婚前交渉などというはしたない行為は慎むべきなのでしょうけれど、明月は既に愛人がいるというのに、

  未だに妻となる女の体を知らないなんて本末転倒ですわ、理不尽ですわよ」

 その言葉に、何故かゾクゾクして鳥肌が立って、思わず身構えた。

 「あ、あ、あんた・・・、なんか勘違いしてんぞ。 曄ちやんはそんなんじゃねーって」

 思いっきり動揺した。

 「ご心配には及びませんわ、避妊は完璧ですのよ」

 (相変わらず、聞いちゃいねぇ)

 いいのか・・・、これでいいのか。

 このまま澪菜の言葉に流されて付いて行けば、間違いなく自分は男の階段を一つ上がる事が出来る!

 だがそれでいいのか。

 今、このタイミングで、ここでやっちゃっていいのか・・・。

 「あ!、俺、クッキンアイドル見る時間だから帰るわ、ほんじゃ(汗)」

 「あん、明月・・・」

 明月は、澪菜をその場に残し、そそくさと夜の帳の中に走って消えて行ってしまった。

 逃げやがった。



 エントランスの前に佇んで、口惜しそうに明月の去って行った方を見つめる澪菜に、運転手の紳士が声をかける。

 「お嬢様、如何なさいます」

 「・・・帰ります!」

 澪菜は、その苛立ちと怒りのやり場に困った末、車の屋根をバンッと叩き、後部座席にそのナイスなバディを沈めた。

 「わたくしの誘いを断る男がいるなんて、信じられないわ!

  しかもわたくしの初夜を差し上げるというのに・・・。

  大体、クッキンアイドルって何ですの!」

 こんな事があっていいのか。

 果たしてこれは現実なのだろうか。

 これは、澪菜にとって、生まれて初めての屈辱的敗北だったと言っても過言ではないだろう。

 彼女のような金持ちのお嬢様に誘われて、断る男が果たしているだろうか。

 しかも、巨乳の上に端正な美しい顔の持ち主に対して。

 すぐに、彼女の脳裏に曄の顔が浮かんできた。


 明月は曄に操を立てた・・・のではなく、ただ単に怖じ気付いただけだったのだが、澪菜にはどっちでも同じ事だ。

 普通なら、誰もが入る事を熱望して止まないはずの桐屋敷家の組、しかもその宗家の娘が体を張ってまでして誘って

 いるというのに、その誘いに彼が今一つ積極的になれず二の足を踏んでしまうのは、全てあの女のせいに違いない。

 「あの大根女、やっぱり目障りだわ・・・。  定芳、少し調べて下さる? 聖護院の事」

 「かしこまりました、お嬢様」

 「それにしても、お父様は何故、あのような意気地なしを推挙されたのかしら。

  女性に恥をかかせるなんて、男の風上にも置けないわ!」

 憤懣やるかたない澪菜、見かねた運転手がルームミラー越しに話し始めた。

 「僭越ですが、あの少年は元々、旦那様が朝絵お嬢様に組みさせるつもりだったやに伺っております」

 「お姉様に!?」

 「ですが、朝絵お嬢様が組をお作りになる時、少年はまだ12歳でしたので断念されたと聞き及んでおります」


 桐屋敷家の長女・朝絵ともえは、現在19歳の女子大生にして白泰山流陰陽道次席師長の称号を持ち、名実共に

 桐屋敷家次期当主の最有力候補と言われる実力者である。

 結成2年で既に数十件に及ぶ妖怪退治の実績を持つ彼女の組は、まさに精鋭中の精鋭で組織されている。

 およそ澪菜など、及びもつかないレベルにいる人達なのだ。


 「明月は・・・、あの方は、一体どれ程の力を内包しているというの・・・?」

 「ちなみに、クッキンアイドルの放送時間はとうに過ぎております」

 「定芳、その情報は要りませんわ」



 ☆



 そして、翌日の夜がやってきた。

 その日は、澪菜の要請でジムの閉館時間を切り上げていたため、通常の閉館間近のこの時間には、殆どの照明を消して

 人っ子1人いない状況が作り出されていた。

 薄暗い館内はひっそりと静まり返って、昼間とのギャップが大き過ぎる分だけ余計に不気味であるのと同時に、昨日は

 感じなかった妖気が、微妙だがそこかしこで感じるのは、人の気配が全くないからだろう。


 屋内プールに近いロッカールームに入った3人、そこで澪菜は、曄に小さいが高級そうなブランド物のセカンドポーチ

 を手渡して、命令口調で言った。

 「曄、貴女はこれに着替えなさい」

 「こ、これは何?(汗)」

 「貴女には、水虎を誘き出す役をやって頂くわ」

 曄は、このいけ好かない高飛車女の言いなりになる事に強い抵抗を感じた。

 ずっと1人で全てをこなしてきた彼女にとっては、他人に命令される事に慣れていないのはもちろん、それが明月の

 フィアンセを自称するお邪魔虫であれば尚更である。

 しかし、仮とはいえ澪菜の指揮下に入ってしまった以上、主導権は澪菜の側にあり、逆らえば追い帰されてしまう。

 彼女は、仕方なく澪菜の指示に従った。


 「水棲妖怪は、水のある所では封印もままならない程厄介なものですわ。

  ですから、わたくしはこのロッカールームに封印の陣を張ります。

  曄はここまで水虎を連れて来てちょうだい、その格好で」

 ロッカーの陰で着替えを終えた曄が出てきたのを見た明月は、思わず鼻血を噴き出しそうになった。

 それは、びっくりするほど布面積の少ない、白いヒモのビキニ姿だった。

 水着からこぼれ落ちそうなたわわな乳房とその谷間、後ろは完全にTバック状態!

 そんな曄の絶妙な肢体が、これでもかというくらいのインパクトで明月の脳天を直撃するのは至極当然だった。

 (せ、世界遺産だ・・・)

 「す、すげーっ!」

 「ジロジロ見るな! スケベッ!(汗)」

 あまりに隠す場所が多過ぎて、どこに手をやっていいものか戸惑いながら、頬を赤らめて明月の視線を牽制する曄は

 困っていた。

 こんな水着、見るのも初めてなら身に着けるのも初めて。

 ちょっと動けばすぐズレるし、すぐ食い込む・・・。

 もう、着ているという感覚すらない・・・(恥)。


 それに引き替え、澪菜の反応は冷ややかなもの。

 「ふん、案外似合いますのね」

 「なんで、あたしがこんな格好でウロウロしなきゃなんないのよ!

  あんたの式神にやらせればいいじゃない!」

 「わたくしの式では、その妖気で相手に警戒させてしまいますわ。

  そんな事も分からないなんて、やっぱりダメダメね」

 顔は素を装っているが、元々自分が明月を誘惑する為に用意していた水着をあっさり着こなしてしまった曄を見て、

 自分のプロポーションに絶対の自信を持っている澪菜が、自尊心を傷つけられて面白く思うはずがない。

 それでも、自分の計画を推し進める為に、憤りを鎮めて部屋の床に水性ペンで円陣を描き始めた。

 「まあ、いいわ。

  では、こっちの準備が出来たら、プールとかシャワールームを適当にうろうろしてちょうだい。

  水虎が現れたら、手出ししないでここまで逃げて来れば、貴女の役目は終わりよ。

  武器は必要ないですわ。

  明月には、わたくしの補佐をして頂きますの」


 澪菜が円陣を描き終えると、曄は1人で部屋を出てプールの方へ向かって通路を歩き始めた。

 ロッカールームから顔を出して見送る明月の視線は、露わになったTバックのお尻に集中する。

 それはそれは見応えがある・・・、素晴らしい。

 「曄ちゃん、1人で大丈夫かな・・・」

 「さあ、これで邪魔者は消えましたわ」

 その声に振り向くと、今度は澪菜が服を脱いで、下着姿になっているではないか!

 「れ、澪菜さん・・・?」

 更に、手を後ろへ回してブラジャーのホックを外しながら、明月のすぐ目の前まで来て熱い視線を投げかけてくる。

 妖艶な笑みと共に。

 「何を今更驚く事がありますの? わたくし達は、何れ妻夫になりますのよ」

 その積極さに押され、焦って後退りしようとした明月は、蹴躓いてその場に尻餅をついてしまった。 ドタン

 すると、澪菜も床に膝をついて、明月に覆い被さるように躙り寄ってきた。

 独特な淡い香りが明月の鼻を刺激し、目前には巨大な生乳が弾んで、真珠のネックレスを不自然に揺らしている。

 そして、至近距離で艶めかしく囁く声が。

 「どうぞ、好きになさって構いませんのよ」

 「い、いや、待って、澪菜さん・・・(汗汗)。

  こっから先は深夜枠・・じゃなくって、今はそんな場合じゃ・・・(汗)」

 別に澪菜が嫌いとか、そういう訳ではないのだが、こうも積極的に迫られるつい及び腰になってしまう。

 悲しいかな、どう対処していいのか分からない。

 ただし、下半身は正直だ。

 「フフ、可愛い。 なんなら教えて差し上げてもよろしくてよ」

 「ひ・・、ひ、曄ちゃんは、どうしたかな・・・?(汗)」

 明月の引き攣ったような裏返った言葉に、澪菜の表情が瞬時に曇った。

 「またあの女ですの!」

 こんな時に、別の女の名前を出されて気分を害さない女は皆無だ。

 怒り心頭に発す。

 「そんなに、あの女が気になりますの!?」

 「そりゃ・・・、まあ・・・(汗)」

 「一体あの女は貴方の何ですの! 恋人ですの!?」

 「い、いや・・、そういう訳じゃないんだが・・・。 約束しちゃったんでね、護るって」

 「そうですか・・・・、明月は、あの女の瞳の色が変わったところを見た事があるんですのね」

 「なに? 知ってんのか、澪菜さん」

 「やっぱり、そうですの・・」


 フーと溜息をついた澪菜、徐に話を始めた。

 「あの眼は、聖護院家の女に時々現れる特有なもので、橙眼て言いますのよ」

 「とうがん?」

 「聖護院家は元々、茨屋という屋号を持つ殄魔師集団の創始者、本家として長らく君臨し続けた家ですわ。

  今は本家ではないようですけれど。

  殄魔師とは、妖怪を殲滅する事のみを目的に、その為だけにその異能の力と武器を使う者、わたくし達陰陽師とは

  決して相容れる事のない、似て非なる者の事ですわ。

  わたくしも詳しくは知りませんが、あの橙眼は、殄魔師として妖怪を殺し続けた聖護院家にかけられた、妖怪の呪い

  のせいだとも言われてますの」

 「呪い?」

 「そうですわ。

  聞くところによれば、その眼を持つ女は発情して淫乱になると、瞳の色が鮮烈なオレンジ色に変わるのだとか。

  そして、その眼を見た男はその女に魅了され、虜になり、終いには精はおろか血の一滴まで搾り取られる。

  後に残るのは、腑抜けた、何の役にも立たない、ただ生きているだけの廃人、生ける屍・・・。

  まさに魔性の女、毒婦ですわ。

  あの、男好きのする体が、なによりの証拠なのですわ」


 そうか、そうだったのか・・・。

 曄のエロエロボディにはそんな理由が・・・、違った、曄は呪われている、聖護院家は呪われた家系だった。

 彼女が、妖怪を殺したいほど怨んでいるのには、そういう訳があったのか。

 明月はようやく、喉の支えが取れたような気がした。

 妖気を吸うとエロくなるのも、なんとなく理解出来た。

 淫乱と呼んでいいかは別にして。

 明月が初めて曄の裸を目にした時、居ても立ってもいられなくなってしまったのは、単に彼のエロ本能が暴走したから

 ではなく、曄自身の方にそのリミッターを解除させてしまう何かがあったという事なのだろうか。


 「明月もあの女の毒牙にかかってしまったんですのね、お気の毒に。

  ですが、わたくしが来たからにはもう安心ですわ。

  わたくしが貴方を救って差し上げます、あの淫乱女の魔の手から」

 そう言うなり、ガバッと明月に抱きついて、強烈な弾力を押しつけてきた。

 「でも、その前に妻夫の契りを」

 「うわ!、待って、澪菜さん!」

 その時、館内に轟くカン高い悲鳴が!

 「キャーッ!」



 ☆



 「曄ちゃん!」

 「いやん!」 ドタン・・・

 明月は、咄嗟に澪菜を払い除けてロッカールームを飛び出した。

 「澪菜さん、悪りい!」

 ポツンと1人取り残された澪菜が、そんな感情の籠もっていない一言で許してくれるほど、平静でいられる訳がない。

 一度ならず二度までも明月に振られてしまうとは、甘受し得る限界を超えている。

 彼女は、本気で父親を疑った。


 明月が悲鳴の聞こえたプールへ向かうと、そこには未だ嘗て見た事もないような光景が繰り広げられていた。

 誰も入っていないはずのプールの水面が大きくうねり、溢れ出した水がプールサイドにいた曄を襲っている!?

 水のような透明な液体が足に絡み付き、倒れた彼女の脚を上へ上へとジワジワ這うように流れて伸びて行く。

 まるで、逆再生映像を見ているような錯覚に陥る奇怪な光景。

 あの透明な液体が水虎?

 確かに、夥しい邪気が発せられている。

 そして、その液体が曄の体をプールの中へ引きずり込もうとしている。

 必死で抵抗する曄。

 だが、どんなに叩いても、引っぱっても、液体が相手では暖簾に腕押し糠に釘、まるで手応えがない上に、邪気を

 吸わされて、次第に力が抜けていく。

 更に、それだけ激しく体を捩ったり捻ったりしていれば、極小ビキニはいとも簡単にズレてしまう。

 それを手で押さえていたのでは、とてもまともな抵抗など出来ようはずもなく、曄はズルズルと引きずられてプールの

 中へ。

 「曄ちゃん!」

 明月は急いで駆け寄り、彼女を救おうと手を伸ばす。

 「ア・・、アキ・・・」

 曄が辛うじて手を差し出して、その手を掴んだ明月が止めようとするが、彼女の体を濡らしている液体は普通の水とは

 違いヌメっていてしっかり握れない上に、妖怪は恐ろしいまでの力で引っぱってくる。

 明月が渾身の力で踏ん張れど食い止め切れず、とうとう、曄の下半身がプールの中に浸かってしまう。


 ちょうどそこへ、澪菜が現場に現れた。

 「な、なんですの、これは!」

 「れ、澪菜さん・・・、手を貸せ!」

 次の瞬間、ヌルッと明月の手が滑って、遂に曄はプールの中に呑み込まれてしまった。 ガボ・・・

 「くそっ!」

 明月は、すぐに服を脱いで跳び込もうとする。

 「無理ですわ、明月! 水の中では水虎は無敵ですのよ!」

 「うるせー! 黙ってろ!」

 「もうこの中では、見つける事も不可能ですわ」

 「なら、この水全部浄化してやるよ」

 そう言い放った時の明月の真剣な横顔に、澪菜はドキッとした。

 いつもの平凡な、のほほんとした意気地なし男とは別人の、怖いくらいに研ぎ澄まされた、一点の曇りもない直向きな

 眼差しで曄を探す1人の、凡庸ならざる男がそこにいた。

 無謀と知りながら、敢えてそれに敢然と立ち向かう・・・、たった1人の女の為に。

 不意に、胸がキュンとなる。


 明月は、狙いを定めてザブンとプールの中へ跳び込んで行く。

 そして、暗い水の底で気を失う曄を見つけて、彼女を抱き上げて水面へ顔を上げた。

 それでも邪気を帯びた水が、執拗に曄をつけ狙って絡み付いたり、周囲を蠢いているのが分かる。

 ここのプールは競泳用短水路、少なく見積もっても480立方メートル、48万リットルの水がある。

 普通に考えれば、これだけ大量の水の中に紛れ込んだ姿なき妖怪を見つけ出す事も、退治する事も難しいのは火を見る

 よりも明らかだ。

 ところが、ここで明月は恐るべき才能の片鱗を見せつける。

 明月がプールの真ん中で目を閉じ、自分の気を水中に放出し始めると、プールの水面が波打ち出して、それが次第に

 バシャバシャと音を立てて激しくなるのと同時に蒸気が立ち上り始めた。

 プールサイドにいた澪菜は、その光景を見て自分の目を疑う。

 まさか、本気で水中に潜む妖怪を、邪気で汚染されたこの大量の水もろとも浄化しようとしているの?

 信じられない・・・、そんな事が出来たら、それこそ奇跡だ。

 だが、明月はその奇跡を演じてみせた。


 と言っても、明月の力では、本当にプールの水全てを浄化する事など到底不可能な訳で、彼はその類い希な探知能力を

 駆使して、水中の邪気の最も強い箇所に集中的に自分の気を送り込んでやったに過ぎない。

 それは、妖怪に致命的な打撃を与える事は出来ないにしろ、活動を鈍らせるには十分で、動きが緩慢になったところで

 止めの一撃を加えてやれば、妖怪は鳴りを潜めるか逃げ出すしかない。


 暫くして、水面が落ち着き始めると、明月は曄を抱えてプールサイドに上がってきて澪菜に命令する。

 「澪菜さん、それ取って!」

 慌てて澪菜は、明月が脱ぎ捨てた服を拾い上げて彼に手渡す。

 明月はそれを裸の曄の体に掛け、すぐに人工呼吸を始める。

 これは、曄が吸い込んでしまった邪気の祓除をも兼ねていたので、一石二鳥だった。

 何の躊躇もなく曄の唇に唇を重ねる明月を見て、澪菜は思いっきり動転して上擦った声を上げた。

 「あ、明月! 何を!(汗)」

 その時の明月に、外野の声などまるっきり届いていなかった。

 澪菜の受けた衝撃は計り知れない。

 自分の誘いは再三袖にしておきながら、その自分の目の前で一心不乱に曄に口づけする明月。

 これをどう解釈すれば良いというのか。

 そんなに、この女が大切ですの・・・?

 澪菜はみるみる頭に血が上って行くのを抑えられない。


 実は、澪菜はこの時、呪符を持参していた。

 ロッカールームの円陣へ妖怪を誘い込んで封印する事が不可能だった場合、この呪符を使って退治しようと考えての事

 だったのだが、明月と曄の接吻を見て舞い上がって動揺し、すっかり忘れてしまっていた。

 もしこの時、澪菜がもっと冷静であり、弱った水虎をプールの中から見つけ出す事が出来ていれば、その呪符を用いて

 退治する事が可能だったかも知れない。

 水虎は、波打つ水と共にプールサイドに出、そのまま水に紛れて排水溝へと逃れてしまったようだ。

 澪菜はその事すら頭にない。


 ゲホッ、ゲホッ・・。

 曄の呼吸が戻った。

 安堵した明月は、タイルの上に大の字になってようやく深呼吸する。

 「あー、良かった・・・」

 澪菜が側へ駆け寄ってきた。

 「大丈夫ですの? 明月」

 「ああ・・・、俺はなんともねぇ。 それより、曄ちゃんを・・・」

 ムカッ!

 「曄なら、心配要りませんわ!」

 驚くべき事に、あれほど大量の邪気の中でもがき苦しんでいた曄の体内の邪気が、綺麗さっぱり消えている。

 こんなにも急速に、そして確実にあんな強力な邪気を祓除出来る者がいるとは。

 澪菜は初めて明月の力を知り、改めて父親の選択に誤りはなかったと認識し、やはりこの男の力は自分の組には不可欠

 なのだと確信した。

 そして、そんな明月の想いを独り占めしている曄に、激しく嫉妬の炎を燃やした。

 こんなにも歯痒い思いは、今まで経験した事があったろうか。


 そんな澪菜に、更に追い打ちをかけるような明月の言葉。

 「あんたまさか、こうなるって分かっててやらせたんじゃねーだろな」

 「ご、ご冗談を・・・(汗)」

 これは澪菜にとっても予定外の出来事だった。

 澪菜はただ、ロッカールームで明月と2人きりになる為に、曄を追い出したかっただけなのだ。

 橙眼の持ち主である曄を、妖怪を誘き出す格好のエサとして持って来いだと思ったのは事実だが、それがまさかこんな

 事態に発展するとは思ってもみなかった。

 曄を排除しておいて、その間に既成事実を作ってしまおうとする澪菜の目論見は、脆くも崩れ去ってしまった。

 2人の仲を引き離そうとして、逆に2人の絆を深めてしまったとしたら・・・。


 明月は暗に謝罪を要求したつもりなのだが、この程度のトラブルで自分の非を認めるという思考回路を持たない生粋の

 お嬢様・澪菜には全く通じていない。

 「ただ連れて来ればいいって言ったのに捕まってしまうなんて、曄がドジでダメダメなだけですわ。

  それにしても、なんて素晴らしい能力なんでしょう、明月。

  あれほどの邪気をいとも簡単に祓ってしまうなんて、驚きですわ。

  もう、わたくしは何も望みませんわ、貴方がわたくしの組に加わって頂けるのなら。

  もちろん、曄も一緒で構いませんわよ」

 「また、曄ちゃんを囮に使うつもりか」

 「ご、誤解ですわ、明月。 そんなつもりは毛頭ありませんわ(汗)。

  そうまで仰るのなら、貴方だけ来て頂いて結構ですのよ。 むしろ、わたくしにはその方が都合がいいですわ」

 「それなら金輪際ごめんだね。 俺は曄ちゃんとやってた方がいい」

 曄とやった方がいい、やった方がいい、やった方がいい・・・、エコーのように頭の中で谺する。

 イコール、自分とは寝たくない。

 澪菜は曲解した。

 「そ、そんな・・・、傷つきますわ、その言葉」

 「だったら、自分で舐めてろ」

 自分で舐めろだなんて、はしたない・・・。

 そう思いながらも、澪菜はゾクッとするような、今まで感じた事のない感覚を覚えていた。

 背筋を上から下へ指先でなぞられ、そのままお尻へ、そして一気に股間を下から突き上げられるような強烈な刺激。

 余計な力が抜け、体の中心から熱いものが湧き上がってくる。

 頬が紅潮する。

 な、なんですの?、この感覚・・・。

 そして理解する。

 冷たく突き放すような蔑みの言葉、視線、態度、これはきっと愛の裏返し、なにか、新手の愛情表現なんだわ。

 これが、いわゆる・・・、俗に言うところの恥辱プレイというものなのね。

 そうですわ、今までこれ見よがしに曄を大切にしていたのも、わたくしの誘いを断り続けたのも、全てはわたくしを

 弄んで楽しんでいたのですわ。

 明月はそういうのがお好みだったのね。

 澪菜にかかっては、明月が突きつけた三行半でさえ全く違う意味に翻訳されてしまう。

 彼女の中で、何かが弾けた瞬間だった。


 その時明月は、意識を取り戻した曄を抱き起こしながら、全力でつき合えと言った父親の言葉を噛み締めて・・・、

 何故かやたらとギターを掻きむしりたくなっていた。


 意味分かんねー、てか、ギター弾けんのか



                                       第4話 了


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