第4話 本家と宗家(前編)
DISPELLERS(仮)
04.第4話 本家と宗家(前編)
暗い
寒い
何も見えない
何も聞こえない
誰もいない
後ろから、なにかが迫ってくる
逃げなきゃ・・・・逃げなきゃ
何処へ?
分からない・・・何も見えない
暗闇、暗黒、漆黒
闇の中から、無数の手が、追ってくる
指の長い手、骨張った手、長い爪の手、毛むくじゃらの手、4本指の手、6本指の手
いやだ
もう、いやだ
助けて・・・・誰か
誰もいない
孤独
独りぼっち
またこの夢だ・・・
あたしは走った・・・
必死で逃げた・・・
助けを求めて・・・
何も見えない闇の中を・・・
でも、誰も助けてくれない・・・
誰もいないから・・・
一人ぼっち・・・
手が・・・
暗闇の中から、誰かの手が・・・見える
誰?
その手が、あたしに向かって、差し伸べられる
誰?
その手が、あたしの、胸を揉む
「ヴキャーーー・・・」
素っ頓狂な声を上げてベッドから飛び起きた曄は、背中に変な汗をかいていた。
また同じ夢を見た。
今まで、何度この夢を見ただろう。
もう数え切れない。
ただ、手が差し伸べられたのはこれが初めてだった。
あの手は・・・、間違いない、明月の手だ。
顔は見えなかったが、疑う余地はない。
助けを求めたはずなのに、よりによって胸を揉むなんて・・・。
嬉しいやら恥ずかしいやら。
あーもう、なんかイライラする・・・。
どんな顔して学校行けって言うのよ・・・。
ちょっと頬を赤らめながら、複雑な表情をする曄であった。
☆
思いもかけない、驚愕の事態が発生したのは、前回のネズミ妖怪の事件から僅か数日後の事だった。
その日の放課後、教室でいつものように帰り支度をする明月の元へ、クラスの友達・衣枝が駆け込んで来た。
「おーい、八百神ぃー」
「あん?」
「あ、いたいた。 なんか、玄関のところでお前の事探してる人がいるぞ。 それもすっげー美人。
誰なんだ、あれ」
誰なんだと聞かれても、明月に思い当たる人などいない。
(聞きたいのはこっちの方だって)
昇降口に行くと、そこに見覚えのない1人の女子生徒がいた。
黒く長い髪が印象的な、それでいて透き通るような白い肌の、言われた通りのすっげー美人。
しかも、ウチの学校の制服ではない、濃紺のセーラー服を着ている。
そして、明らかな妖気を発している。
(うわ、妖怪だよ・・・やべー)
その妖怪の少女は、明月の気配に気が付くと、しずしずと近寄って来て無表情のまま静かに語りかける。
「八百神、明月さんですね」
「誰だあんた」
「どうぞ、こちらへ」
そう言って、明月を誘うように校舎の外へ、しかし校門の方ではなく校舎の裏の方へ向かって行く。
彼女の言葉は冷ややかで、情感めいたものが含まれていない上に表情がない為、その美しい顔とは裏腹に非常に不気味
な雰囲気を漂わせている。
ただ、妖怪ではあるが、全く邪悪な気配ではないし、危険な感じもしない。
どうして名前を知っているのか、その目的も皆目分からない。
明月は、多少警戒しながらも、少女の後をついて行ってみる事にした。
ちょうどその頃、4階の教室にいた曄は、窓の下を見知らぬ他校の女子生徒と歩く明月の姿を目撃してビックリした。
なんで、あんな所に明月が?
あの女の子は誰? 誰なの?
なんで一緒にいるの?
あまりに突然の事に狼狽してしまう。
曄は、慌てて教室を飛び出し、2人の後を追う。
まさか、あの明月に声を掛ける女子がいるなんて・・・。
嫌な予感がする。
また、この程度の事に不安を感じてしまう自分自身にも腹立たしさを覚える。
・・・なに考えてんだ、あたし・・・。
セーラー服の妖怪は、校舎の裏側、教職員用の駐車場がある通用門の方へ向かって歩いていた。
曇り空に加え、校舎や木々に遮られて日陰になるその辺りは、放課後のこの時間でもほとんど人影がない静かな所だ。
そんな所へ行くにつれ、さすがに脳天気な明月も不安が高まり、警戒心を強くする。
「どこまで行くんだ」
少女が立ち止まった。
「あんた妖怪だろ」
少女が振り返った。
「なんの用だ」
少女は何も言わない。
その時、どこからともなく、パチパチパチという拍手の音が聞こえてくる。
驚いて振り向くと、駐車場の一角に停められた、学校にはあまりにも不釣り合いな黒塗りのダイムラー・ソブリンの
の前で、その車に背中をもたれて腕組みをしている1人の女の子がいた。
(あの制服は・・・、浄采?)
私立・浄采恭和学院女子高校。
一説では、一般的な私立大学の医学部並みの学費が必要だとも言われ、その生徒全員が運転手付きの高級車で登下校
すると噂される、超が付くお嬢様学校である。
そんな学校の生徒が、何故こんな所にいる?
普通のセーラー服とはかなりデザインが異なる、白を基調とした独特な制服に身を包んだその子は、徐にゆっくりと、
明月の方へ向かって歩き出す。
その華麗で堂々とした歩き方、態度、仕草、表情、一点に明月を見つめる強い目力を湛えた澄ました目、見るからに
゛お嬢様゛を絵に描いたような女の子だ。
これで縦ロールでも付いていれば、完璧なお嬢様の完成だったのに。
ウェストの引き締まった制服は、それがオーダーメイドである事を露骨に誇示しており、そのせいで彼女の豊満な胸が
より一層強調され、スカートから覗くフトモモのムチムチぶりと合わせて、かなりのグラマラスバディの持ち主だと
言う事を否が応にも認めさせられる上に、風に靡く金髪と呼んでもいいくらいに目映くキラキラ輝く長い髪と端正な
顔立ちは、強烈な存在感と迫力を以て周囲を圧倒する。
乳のデカさだけなら、曄の世界遺産を凌いでいる!
その巨乳お嬢様が近付くのに合わせて、先程の妖怪の女の子がお嬢様の側へ歩み寄って、小さく会釈をする。
お嬢様は、その強い視線を明月に注いだまま言った。
「これが妖怪だとすぐに見抜くとは、流石ですわ、八百神明月」
「なに!?」
明月は驚いた。
なんでこの子は、俺の事を知っている。
しかも、初対面でいきなり呼び捨てとは、やはりこの高飛車な態度はお嬢様だ。 ちょっと鼻につく。
「なんで、俺の名前・・・」
「これは、わたくしの式で枇杷って言いますの。 枇杷、ご挨拶を」
「はじめまして、八百神明月様」
(しき? 式ってなんだ? ってか俺の話聞いちゃいねー)
ちょうど、後方から曄が走って、息を切らして追いついて来たところだった。
「明月!(汗)」
「あ、曄ちゃん・・・」
曄が目を血走らせて問い質そうとした時、お嬢様はそんな事はお構いなしに、ドラマか何かの一場面のように大きく
右手で明月を指差すポーズを決めて、滑舌のいいはっきりとした物言いで声を大きくした。
「わたくしは桐屋敷 澪菜。
八百神明月、わたくしのパートナーにおなりなさい!」
「あにぃ〜!?」
明月は目を白黒させた。
しかし同時に、彼の制服の袖を握った曄の手に、ギュッと力が入ったのが分かった。
なんだと思ってその曄を見ると、さっきと一転、顔が強張っている上に、唇が小刻みに震えているではないか。
なにより驚かされたのは、彼女のあの常に凜としていた目が泳いでいる、視線が定まっていない。
明らかな動揺が見てとれる事だ。
一体何が、彼女をそこまで豹変させたのか。
彼女は、小さな声で切れ切れに呟いた。
「き・・・、桐屋敷・・・・(汗)」
あの曄が怯えてる?
高慢で、横柄で、ぶっきらぼうな、あの曄が・・・。
「曄ちゃん、知ってんのか?」
「・・・桐屋敷・・・、陰陽師よ(汗)」
「陰陽師?」
「白泰山流陰陽師、桐屋敷・・・、名前は知ってる・・・(汗)」
「びゃく・・・たい、ざん?」
桐屋敷家・・・、宗教法人・白泰山会の総本家にして白泰山流陰陽道宗家、その他多種多様の企業を傘下に持つという
宗産複合体型の実業家にして大富豪。
その白泰山会は、古くは室町時代から続くと言われる様々な能力を持った陰陽師の集団で、憑き物落とし、邪気祓い、
妖怪退治を主たる生業として、現代に於いてその実力と信頼は絶大、他の一般的な宗教法人とは一線を画している。
ここでやっと、陰陽師お嬢様・澪菜は、明月の横でこそこそ話をする女に気が留まった。
曄に冷たい視線を投げかけながら言う。
「明月、それは何ですの?」
「何・・・、ってそりゃ・・・(汗)」
明月は返答に窮した。
こういう場合、どう答えるのが妥当なのか。
クラスメイトでもないし、友達・・・でもない、ましてやそれ以上の関係だなんて口が裂けても言えない。
そんな事を言ってしまったら、曄の方からブン殴られる。
その曄もまた躊躇っていた。
自分の事を「それ」と言い捨てて、高圧的な目つきで睨みつけてくるこの失礼な女に対して、礼儀の一つも教えて
やりたい気分になるほど癪に障るのも事実だが、なにしろ相手は業界でも有名な陰陽師・桐屋敷家の者である。
明月のいる目の前で、余計な事を口走られてしまうのは望ましくないし、それだけは避けたい。
曄は、唇を噛み締めて口籠もる以外になかった。
すると、澪菜はフッと笑いながら、とんでもない事を口にした。
「あらあら、もう既に愛人を囲っていたとは、隅に置けませんわね、明月」
「あ、愛人!?」
これには腰が抜けるほど驚いた。
一体全体、何をどう間違えば、そんな突飛な発想が出来るんだ。
「な、なに言ってんだあんた、この子は・・・(汗)」
「愛人なのでしょ、そうに決まってますわ。 なにせ貴方は、わたくしの夫になるのですから」
「ぬ、ぬわにぃ!?」
またしても、驚くべき仰天発言。
もはや腰を抜かすなどというレベルを越えてしまった。
開いた口が塞がらないとはこの事か。
初対面の女に夫になれと言われて、ハイそうですかと納得する男がこの世のどこにいる。
そして、やっぱり曄がキレた。
恋人と勘違いされるならいざ知らず、愛人と罵られたのではたまったものではない。
しかも、明月が澪菜の夫になる? 聞き捨てならない。
「なに言ってんのあんた! バッカじゃないの!! 誰が愛人よ! ふざけてんじゃないわよ!」
一方、澪菜も負けてない。
「口の利き方も知らない二号はお黙りなさい! わたくしは明月とお話をしているのです!」
「に、二号!?」
途端に曄の目の色が変わった、というより目が座った。
そこまで言われて邪険にされて、心中穏やかでいられるほどお淑やかで物分かりの良い女ではない。
澪菜をグッと睨みつけたその鋭い目つきは、あたかも獲物を狙う猛禽の如く。
それを挑戦と受け取った澪菜もまた、無言で口元に蔑みの笑みを浮かべながら睨み返す。
お互いに敵愾心を剥き出しにして、一気に緊迫の度合いを増す険悪な空気は、まさに一触即発の危機。
この2人、どっちも一筋縄ではいかない頑固者のようだ。
こうなってしまっては、もはや明月の出る幕はない。
(や、やべえぞ・・・、こりゃ血の雨が降るか・・・?)
澪菜の側にいた式・枇杷が一声かける事で、事態はようやく沈静化する。
「澪菜様、おふざけも程々になさいませ」
「分かってます、それ程愚かではなくてよ」
澪菜は、横目で曄を威嚇しつつ、明月に向かって言う。
「よくお聞きになって、明月。
貴方はわたくしのパートナーとなって、妻夫となるのです。
先程、貴方の自宅の方へご挨拶に伺って、お父君のお許しを頂いて参りましたわ。
これは決定事項なのです。 何人たりともこれを覆す事は未来永劫叶いませんのよ。
そちらの妾とも、きっぱりと縁を切って頂かねばなりませんわ。
まあ、貴方にとっては突然の事ですので、動転するのも致し方ない事とお察し致しますけれど。
ですので、明日またお伺い致しますわ。
では、ご機嫌よう」
甚大な混乱を撒き散らして、運転手付きの車に乗って嵐のように去って行った澪菜。
それが去ると、今度は曄が物凄い剣幕で捲し立てた。
「ちょっと明月! どういう事よ! あの女はなに! 妻夫ってなによ! 説明しなさい!(怒)」
「ま、待ってくれ、俺だって今初めて会ったばっかりなんだ、何がなんだか・・・(汗)。
とにかく、ウチ帰って親父に聞いてみないとな・・・」
「じゃあ、あたしも行く」
「は?」
「なによ、あたしに聞かれちゃまずい事でもあるの!?」
「いや、別に・・・(汗)」
迫力に押し切られた。
曄は並々ならぬショックを受けていた。
明月が結婚!? しかも、桐屋敷家の陰陽師と?
まさしく青天の霹靂、もはや助手だなんだと言っている場合ではない。
朝の夢ではないが、やっと自分に救いの手を差し伸べてくれる人と出会えたというのに・・・。
嫌な予感が的中してしまった。
今は、少しでもこの心の中のモヤモヤを晴らしたい。
その一心だった。
☆
町の端の山の麓に、杉や銀杏などの木々に囲まれた古寺があった。
それが明月の実家・諒示寺である。
その本堂の横に自宅となる母屋がある。
家に帰った明月は、何も言わずに玄関を開けて入って行った。
曄は、それを見て首をかしげた。
ただいま、って言わないのかな?
実は、曄は顔には出さなかったものの、内心は結構ドキドキしていた。
いかに知人とはいえ、少女が異性の家に1人で上がり込むのは、それなりに勇気が必要な事だった。
それを知ってか知らずか、明月は曄を見て一言だけ言った。
「上がって、汚ねーけど」
そしてそのまま玄関を上がり、居間の襖を開ける。
「おう、帰ったか、アキ」
居間から聞こえてきたのは、父・詳真の声。
どうやら、この親子に挨拶は不要のようだ。
作務衣姿で畳に寝っ転がって、腕枕で時代劇の再放送を眺めていた昼行灯の詳真が振り向くと、息子の横に1人の初見
の少女が立っていた。
「なんだお客さんか」
すると、曄はスッと敷居の前に正座し、床に三つ指をついて深々と頭を下げて挨拶した。
「初めまして、聖護院曄と申します。 よろしくお願いします」
明月は唖然とした。
あの曄が、こんな礼儀正しく挨拶するとは思いもしなかった。
猫を被っているのか、或いはこれが彼女の実像なのか。
考えてみれば、曄も聖護院家というそれなりに由緒正しい家柄の娘なのだから、これくらい出来て当然なのだが。
つくづく、今日は驚く事ばかりだ。
起き上がった詳真は、明月と曄に交互に声をかけながら、自分の手の届く辺りを片付けて取り繕った。
「お客さんがいるならいるって、ちゃっちゃと教えんか。
どうぞどうぞ、男所帯で散らかっとるが、上がって寛いで下さいな。
しかし、なんとも可愛い娘さんじゃあないか。
おいアキ、茶ぐらい淹れんか」
明月は、父に正対して座卓の前にデンと腰を下ろすと、曄はその斜め後方に正座した。
いつも、どこでも、常に自分の前を陣取っていた曄を後ろに感じるというのは、妙に不自然で落ち着かないものだ。
「親父、今日ウチに誰か来ただろ」
「誰か? あ〜あ、来た来た、桐屋敷のお嬢様が来たぞ。 いやぁ、実に立派な巨乳だったぞ」
「黙れエロ坊主、なんか約束しただろ」
「約束? 約束なんかした覚えなどないぞ。 お前も会ったのか」
「ああ、学校来て訳の分からん事を宣ってった」
「そういえば、一緒になって妖怪退治をしたいから、つきましてはその許可が頂きたい、とかなんとか言ってたな」
「で、なんて答えた」
「そりゃ結構な事で、ってな(笑)」
「バカか、勝手に決めんな」
「なんだ、妖怪退治くらい手伝ってやればよかろう。
桐屋敷といえば、ワシでも知ってる有名な陰陽師だぞ。
お前はもっと人の役に立つ事を考えんといかん、ワシがお前の歳の頃には、いつも考えとったもんだがな」
「もうやってるよ」
その言葉を受けて、詳真は曄をチラっと見た。
詳真は、以前明月から質問された時、言葉を濁し曖昧な返答をしてはぐらかしたが、聖護院家が長い歴史を持っている
殄魔師の家系である事は承知していたし、殄魔師とは何なのかも知っている。
「そうか、お前にこんな可愛い彼女がいると分かっとりゃなぁ・・・」
詳真の言葉に、曄はちょっとはにかんだような顔を見せたが、何も言わずに黙って座っていた。
謙虚な曄も新鮮だ。
「余計な事言うから勘違いされんだよ! 他にはなんにも言われてねーのか」
「そうだなぁ、帰り際に、近々正式に結納の目録を持参するとも言っとったぞ」
「しっかり勘違いされてんじゃねーか!」
「そう青筋を立てんでもよかろう。
結局は向こうが勝手に言っとるだけだろ。 まだ、なんにも決まっとらんっちゅう事だ」
「断るんだよな。 金に釣られんじゃねーぞ」
「お前はそれでいいのか?」
「当たり前だ! 勝手に決められてたまるか! 大体、まだそんな歳じゃねーだろ」
「そりゃそうだ。 まあ、お前がそう言うなら、好きにするさ」
「なんで、いきなりこんな事になったのか、何も聞いてねーのかよ」
「さあな、ワシゃなんも知らん」
曄は終始無言で、借りてきた猫のように大人しかった。
☆
明月に送ってもらって家路についた曄の表情は、それまでより幾分落ち着きを取り戻しているように見えた。
ただ、この日はやけにゆっくり歩くなあ、というのが明月には印象的だった。
いつもはキビキビと、早足で歩くのが常だった曄にしては珍しい事だった。
「やっぱり親子ね。 よく似てるわ、あなたとお父さん」
「どこが!?」
「性格よ、見ててすぐ分かったわ。 おっとりしてるって言うか、なんかのんびりしてる」
「家もボロいしな」
「貶してる訳じゃないのよ、褒めてんのよ。
それにあなた、アキって呼ばれてんのね、お父さんに(笑)」
「なにが可笑しい(汗)」
「そんな怒んないでよ、言ってみただけよ」
「陰陽師って、そんなにすげーのかな」
「あなた、本当になにも知らないの?」
「知らねーよ、興味ねーもん。
ただ、あの人がとんでもないくらい強い妖力を持ってるのはすぐ分かったけど」
「陰陽師っていうのは、暦を読んだり天文の知識を使って、吉凶を占うのが本来の仕事よ。
その中でも、あの桐屋敷家が宗家を務める白泰山流は、邪気祓いや妖怪退治をメインに扱う事で有名なのよ。
その分、みんな物凄い妖力の持ち主ばっかりだって、聞いた事があるわ。
妖怪絡みの仕事してたら、知ってて当然だと思ってたけど」
「俺、絡んでねーもん」
結局、澪菜の言っていた話は、全て自分で勝手に決めつけたものである事は分かった。
大方そんな事ではないかと思ってはいたものの、ああも突然にそんな話を打噛まされると、やはり不安に陥ってしまう
のはごく自然な反応だろう。
詳真の話で、それらは何一つ実体を伴っていない事を知り、ひと安心する曄であった。
しかし、あの高飛車で高慢ちきな頑固お嬢様が、そんなに容易く引き下がるとは思えない。
「でもどうすんの?、あの女明日も来るって言ってたのよ」
「どうもこうも、男は18になんなきゃ結婚出来ねんだぞ」
「知ってるわよそんな事、でもそれであの女が諦めるとでも思ってんの?」
「・・・あーもう、めんどくせーなー。 なんで俺なんだよ」
「そりゃ、あなたの力のせいでしょ」
「なんで、あのお嬢様は俺の力の事を知ってんだ? 名前も知ってたもんなぁ・・・」
「どっかで調べてきたんでしょ。 どっちにしても、明日が勝負だわ」
(なにを勝負するってんだ)
「まあ、なるようにしかならねーよ。 成り行きだな」
「呑気ね」
曄は、こういう事態になっても悠長に構えていられる明月の神経を疑った。
あの巨乳女に夫婦になれと言われて、実はまんざらでもなかったのではないかと思うと、こっちは内心落ち着いても
いられないというのに。
澪菜が何を企んで明月に接触してきたのか、その真意は未だはっきりしないが、彼の能力に関係している事は改めて
聞く必要もないくらい明白だ。
この無口でぐうたらな男に、それ以外の魅力を感じる女が果たしているかどうか。
いるとすれば、それは余程の変わり者だ。
じゃあ、自分は変わり者?
実は、この日の曄の態度には、微かな変化が現れていた。
ゆっくり歩いていたのはその変化の兆候の一つで、前回のネズミ妖怪の事件の後の明月の一言が、彼女に与えた衝撃が
いかに大きかったかを物語っている。
要するに、少しでも長く、彼と一緒にいたかったのだ。
曄が明月に対して明確に恋を意識するのはまだ先の事としても、以前よりもずっと掛け替えのない存在になりつつ
あるのは否定しようがない。
陰陽師の澪菜が、曄と同様に明月の能力を必要としているとすれば、妖怪退治の片棒を担がせるつもりでいるのか。
同様といっても、その度合いには雲泥の差があるに違いないと曄は思っているが、相棒の座が澪菜のような他の女に
取って代わられるのだけは許せない。
そんな由々しき事態が現実になったら、どんな実力を行使しても、例え刺し違えてでも、回避するためならば手段は
選ばない。
何が何でも絶対に阻止しなければならない。
でないと、やっと見つけた人が、遠くに行ってしまう・・・。
今夜は眠れなくなりそう・・・。
☆
家に戻った明月に、詳真が話しかけた。
「あの子が、聖護院家の子か」
「ああ」
「可愛い子じゃないか、おっぱいもデカそうだし」
「あのな、他にねーのかよ」
「モテモテだな、しかもどっちも巨乳で可愛いぞ。 ワシの息子とは思えん」
「知るか、こっちはいい迷惑だ」
迷惑かどうかは別にして、明月が戸惑っていたのは事実だ。
彼の人生で、女の子にモテるなどという事は一度たりとも存在しなかった。
それがここへ来て一挙に2人、父の言葉ではないが、どっちも巨乳でそこそこ可愛い。
「ひかるチャンって言ったかな? あの子」
「ああ」
「どんな字を書くんだ?」
「日偏に華だよ」
「綺麗な名前だ。 普通は“かがやく”と読む字だ。
歴史のある家は、珍しい字を好むもんだな」
「・・・・」
(だからなんだ、俺に漢字の勉強しろってか)
「お前、あの子好きか」
「・・・まあ、嫌いじゃあないかな」
「もうチューはしたか?(笑)」
「それでも親か!(汗)」
「そうか・・・。
ワシは今まで、お前の事には口出しせんかったし、これからもそのつもりだが、あの子とつき合うならこれだけは
言っておいてやるぞ。
いいか、あの子とつき合うんなら、全力でつき合え」
「はあ?」
「覚悟してつき合えと言っとるんだ。 中途半端な真似すると不幸になるぞ、お互いにな」
「なにを覚悟しろってんだ」
「お前、あの子の事何か知っとるのか?」
「い、いや、あんまり・・・って言うかほとんど」
「やはりの、そんなこっちゃないかと思っとったわい」
(へぇへぇ、お見通しってか)
「ワシの見たところ、あの子には死相が出ておった」
死相、
父の口から出たその言葉は、まさに寝耳に水だった。
これまで、曄とは何度か会って、話して、行動を共にしたが、死の影などどこにも感じた事がない。
体は健康そのもので、普段学校では隠しているようだが、妖怪を退治する時に見せた身のこなしや瞬発力を見る限り、
その運動神経、反射神経は並みの高校生を遙かに超越している。
持病があるとも思えないし、過去に大病でも患ったのか。
また、精神的に時々不安定になるというか、コロコロ態度が変わるのは、気分屋なのか、わがままなのか、それとも
女の子特有のものなのかと思っていた。
妖気の影響を受け易い、あの体質と何か関係があるのか。
「死相って・・・、もうすぐ死ぬのか?」
「ばかもん、ワシゃ占い師でも医者でもないぞ、そんな事知るか。
だが、あの子の顔を見た途端にすぐ分かった。
あの顔は、死を悟った者の顔だ」
「死を、悟った?」
「死を覚悟した、とでも言えばお前にも分かるか。
お前には気が付かんかったろうが、ワシは今までに何人か、そういう人に会った事がある」
「・・・・」
「相当、辛い思いをしてきたんだろうな、しかもあの歳で。
そんな子に、これ以上辛い思いはして欲しくないじゃあないか、そうは思わんか」
「・・・」
「ワシは、あの子の笑った顔が見てみたいもんだがの。 名前の通りの、輝くような笑顔がの」
(カッコつけんじゃねーよ、エロ親父が・・・)
辛い思い、
確かに、曄は以前にそんな事を臭わせるような発言をしていた。
とすれば、妖怪絡みであるのは疑うべくもないし、妖怪を殺したい程憎んでいるのも納得が出来るというものだ。
しかし、彼女の身に一体何があったというのだろうか。
死を覚悟するほど辛い事ってなんだ。
だが、曄は決して何も話さないだろう。
ならば、それでいいじゃないか。
人の黒歴史を暴いたところで、得られるものは何もない。
過去は過去だ。
今は、深い傷を背負って、それでも必死で生きている曄を見守っていてやれれば、それでいい。
第4話 続