わかっていなかったのは貴方だけ
作中のハーブはファンタジーな世界の薬草寄りのものをイメージしています。実在の物とは関係ありません。
病は蔓延する。
風邪などの一般的な病に流行り病、そして恋の病。
特効薬があればいいけれど、その量が足りない場合やそもそも無い場合もある。
13年前この国で未知の病が流行った。
それは交易に出ていた商団が帰国した際にもたらしたものだった。
何でも航海の途中、嵐を避けるために寄港したあまり知られていない小さな島国で罹患したらしいことが、後の研究で分かっている。
もちろん当時は特効薬も無く対症療法から始まり、少しでも効果が見られる薬は品薄になった。
そうなると自ずと命に優先順位がつけられる。
元より高価な薬は平民は手に入れられない。
低位貴族も余程裕福でない限りは難しい。
しかも流行が長引けば長引くほど、高位貴族でも苦しくなる。
よって貴族家当主、更に嫡男とスペアの次男の順に薬は与えられた。
今回悲惨だったのは、体力の弱い高齢者と子供に病が広がったことだ。
そのため病の流行が終息するまでの数年間は、乳幼児の死亡率が上がり、出生率は下がるという暗黒期となった。
その時期に生まれ無事に生き延びた令息令嬢達は、現在王立の貴族学園に通っている。
学園は3年間あり、少子化の影響で領地だけでは出会えない同年代との貴重な交流の場になっている。
この学園に通うのは任意だが在学中に少しでも体調を崩すと、それが例え単なる風邪でも王家肝いりの医療部隊に治療してもらえるという特典がある。
暗黒期に治療法が確立されぬまま手当たり次第治療をされ、生き残った令息令嬢達なのでどんな副作用や後遺症が出るか分からない。これ以上人数を減らしてなるものかという、国のバランス政策の一環である。
メディック子爵家の長女である私ヒルデも、婚約者のダスティン=ルーラー伯爵令息と共に学園へ在籍している。
私達二人は領地が隣接していて、ちょうど同じ年齢で幼馴染という気安い間柄だったからすぐに婚約が結ばれて、かれこれもう5年が経過していた。
「ヒルデ、今日も放課後はサロンに行くのか?」
「ええ。皆様とお約束したから。ダスティンも参加する?」
「いや、またの機会にするよ。君のハーブティーはよく飲ませてもらっているし、他のご令嬢へ譲るよ」
ダスティンの返答に、私は貴族的な微笑みだけを返した。
それを見てダスティンは、また明日と言ってランチの席を立った。
昼休みに婚約者とランチを摂り、放課後はそれぞれ自由に過ごし知識や縁故を広げる。
世界中の人に問えば、半分以上の人が何を当たり前なことをと言うだろう。
週に2回、私は学園の一室を借りてハーブに関するサロンを開催している。
私の母方の祖母は伝統医療と呼ばれる自然療法が盛んな国から嫁いできた。そしてこの国で料理に使うもの以外は雑草扱いされていたハーブについて、嫁入りよりずっと以前から独自に研究を重ねていた。
その真価が発揮されたのが、例の暗黒期だ。
祖母の免疫力を上げるハーブティーのおかげか、家族と屋敷の者はあまり罹患せず罹患したとしても重症化しなかった。また少々体調を崩した際も、すぐにハーブを煎じてくれた。
当時から交流のあったルーラー伯爵家もその恩恵を受け、諸々の悲惨な事態が避けられたのだった。
「ヒルデ様、前回お勧め頂いたハーブティーで身体の冷えが軽減された感じが致しましたの」
ブルット侯爵家のマデリーン様は、冷え症に悩んでいた。
「私は肌の状態が良くなった気が致しますわ。ハーブティーで睡眠の質が向上したためかと」
カイミーン子爵家のレリア様は、肌荒れがお悩みだったけど目の下の隈も無視できなかった。
「ヒルデ嬢、次はどんなハーブを取り扱う予定なんだ?我が家がお役に立てることはあるかな?」
ドレイク伯爵家のネイサン様は学生の身でありながら、伯爵家の事業の一つである貿易商の仕事を手伝っている。
「ヒルデ嬢、もし新しいハーブの探索や採取に行かれる際は是非、私を護衛としてお連れ下さいっ!!」
ガッツ男爵家のアバン様は、騎士を目指していていつも大型犬のようなまっすぐな瞳を向けてくる。
「皆様ありがとうございます。本日はこちらを……」
初参加の方にも常連の方にも、本日のハーブティーを用意しながら会話を重ねていく。
体質のお悩み改善、新たな商機の発掘、婚約者探し、様々な思惑をもって集まるこのサロンは知る人ぞ知る小さな社交界だ。
本来は私みたいなしがない子爵令嬢が開けるようなサロンではないが、暗黒期を経て我がメディック子爵家の名は上がり、我が家と縁を繋げたい家は今も増え続けている。
初めに皆様から頂いたお言葉に応えつつ、ハーブを中心に昨今の話題を持ち出しては互いに情報交換をしていく。
この場は効率よく様々な情報を得られるし、販路の開拓も出来る。
先日このサロンに参加していた伯爵令息と男爵令嬢の婚約が成立したことで、自身の婚約者探しに利用する風潮が出てきたがこれはあまり歓迎していない。
ただ初めはお一人で参加予定だった方が、急遽婚約者も同伴でという依頼は極力了承している。
現在のこの国では悲しいかな、婚約解消もまたよくある話なのだ。
婚約者がいるのに単独で行動すること、それ即ち完全なる油断である。
宴もたけなわで終盤に差し掛かった頃、ブルット侯爵家のマデリーン様が少し声を潜めて問われた。
「ところでヒルデ様、ご婚約者のダスティン様は近頃サロンにお出でではありませんが、お変わりありませんか?」
「ええ。毎日ランチは共にしていて、彼は健勝ですわ」
「……失礼ながら、コービー伯爵令嬢のことは既にお耳に?」
「……」
私は無言で貴族的な笑みを返す。
それだけでマデリーン様は察し、それ以上何も言って来なかった。
参加者の皆様も本当はその辺りを聞きたいようだけど、今はまだ何も言葉にしない。
だってダスティンから、明確なことは何も聞いていないから。
数日後、珍しく放課後にダスティンに誘われた。
彼はカフェの個室を予約していて、いつもと様子が違っていた。
「どうしたの?こんな改まった場所で」
注文を終えた後も、どこか落ち着かないダスティンに水を向けてあげる。
「いや、その……なんだ。俺達の今後というか、あ〜その、えっと……」
ものすごく言いにくそうな様子に、薄々言いたいことを察する。それくらいには、幼馴染として充分な時間を過ごしてきたということでもある。
「あっあのさ、俺達ってさ……幼馴染だろ?」
「そうね」
「だから、その……れ」
ダスティンがやっと話し出した所でドアをノックする音がして、ケーキと紅茶が給仕される。
再び二人きりになった所で、ダスティンはまた勢いを失いとりあえず目の前のケーキや紅茶に手を付けた。
こんな空気じゃせっかくのケーキが台無しよ。
「コービー伯爵令嬢のことでしょ?お付き合い出来そうなの?」
ガチャンッ、カタカタ……。
ダスティンがカップを勢い良くソーサーに置き、カップまでも動揺するように揺れた。
「なっ、なんでそれっ!」
「学園でも噂になってるし、他の方からも心配のお声を頂いているのよ。それに幼馴染だもの、何となくダスティンの好みとかも分かるしね」
私とダスティンの間には恋愛感情なんて無い。
物心つくより前の本当に小さな頃から一緒にいすぎて、兄妹もしくは姉弟のような感覚に近いんだと思う。
「ごめん」
「うん。周りから色々勘繰られたり噂されるのは後々も差し障るから、さっさと決着着けてよね」
「ああ、そのことなんだけど……」
「なに?」
さっきからずっとモタモタするダスティンに、思わず語調が強くなる。
「一旦さぁ、婚約……解消しない?」
一瞬返事に詰まった。でもそれは反対だからでも悲しいからでもない。
「はあぁぁぁ〜。あのさ、そういうのは提案の形じゃなくて、『婚約を解消してくれないか』ってお願いするのよっ!どうせ婚約解消を考えた段階で、話し合いの余地なんか無いんでしょ」
「うっ、それはまぁ…その」
「いいわよ。どうせ私達の婚約に政略の意味合いも無いし」
ルーラー伯爵家に思惑があったとしても、我が家には無いからなんてことは言わないでおく。
「いいのかっ!?」
「ええ。ただし、一旦解消したら絶対に再婚約なんて言い出さないこと。さすがにそこまで都合良く扱われるのは、私も我慢出来ない」
例え我が家の方が家格が下でも、そんな横暴は社交界で顰蹙ものだし父も許さないだろう。
「もちろんだ!!」
私達はすぐに婚約解消の意志を記した二人連名の書類を二部用意した。
そしてそれを領地にいる其々の当主である父親へ、経緯を記した手紙を添えて送った。
ダスティンの方は知らないが、私の方は簡単に許可されるだろう。
あれから三ヶ月、私の所へは何通もの釣り書きが届いていた。
徐々に私の婚約が解消されたことが周知され、皆我先にと送ってきているのだ。
一方ダスティンはというと、未だコービー伯爵令嬢どころか誰とも婚約していない。
相変わらずコービー伯爵令嬢と交流は続けているようだけど。
さて、どうしてこんなに差が出てしまったのか。
理由は簡単だ。
先の病の流行により、圧倒的に令嬢の人数が少ないのだ。
病の流行時、当主に嫡男にと男性ばかりを優先して治療したため、罹患した令嬢は残念ながら大半が儚くなった。
その影響が婚約適齢期に浮き彫りになったのだ。
後悔してももう遅い。今更この年代の令嬢を増やすことなど不可能なのだから。
だから学園のそこかしこに、令嬢を中心とした逆ハーレムのようなグループが存在している。
令息は何とか婚約者を手に入れようと、令嬢はより良い条件の令息と婚約しようと吟味しているのだ。
そうすると婚約解消なんてこともよくあることで。しかも解消された令嬢はまた売り手市場に躍り出るわけで、瑕疵どころかむしろ歓迎されるという以前には考えられない時代になっている。
そのため運良く婚約者を得た令息は自身の婚約者を他に取られまいと、日頃から婚約者と共に過ごして周囲を牽制するのが常なのだが。
まあ物心つく前から何の苦労もせずに婚約者がいたダスティンは、そのことが分かっていなかったのだろう。
そんな状態で学園に入り、自由に婚約者を見つけたり変更している学友達を見て、気楽に考えてしまったはずだ。
親の心も知らずに。
更に半年が経って、コービー伯爵令嬢の婚約が決まったと噂が広まった。
お相手はダスティン……ではなく、リコッタ侯爵家のパトリック様だった。彼は次男のためコービー伯爵家へ婿入することになっている。
婿入から落選した令息達は落胆しつつも、ほとんどが次へと行動に移しているのだが。
「残念だったな、ダスティン」
学園のカフェテリアで慰める声が聞こえてきた。ちょうど太い柱の陰になり、私達の互いの姿は見えない。
「なんで先に婚約解消しちゃったんだよ、勿体ない」
「ヒルデ嬢と仲良かったのにな」
話題はコービー伯爵令嬢の婚約みたいね。ダスティンにとってはショックだったんでしょうよ。
「だからだよ、ヒルデが良い奴だからキープみたいなことはしたくなかったし、コービー伯爵令嬢にも失礼だと思って……」
ダスティン、真っ直ぐなあなたも良い奴よ。でもね……。
「はぁ?お前そんなんじゃ貴族の中でやっていけないぞ」
「そもそもヒルデ嬢を捨ててまで、コービー伯爵令嬢のどこが良かったんだ?」
捨ててとは人聞きの悪いっ!でもこれも現実か。
「子爵家のヒルデより、伯爵家に婿入できたなら家の為にもなるかなって思いがあったのは確かだけどさ。でもそれ以上に彼女、俺が以前ペンを落とした時に拾ってくれたんだ。優しく微笑んで手渡してくれて、本当に可愛いなって」
ダスティンは優しい声で思い出を語ってるようだけど……。
「あちゃ〜、お前もかっ!」
「ははっ、チョロ。それ皆にやってるヤツだぞ」
「どっ、どういうことだ!?」
「前はキンバリー子爵家の令息がそれで彼女に惚れ込んでさ、しばらくしてから玉砕してたぞ」
「ミルトン男爵家の令息もだったな」
彼らはダスティンよりは世慣れているようで、コービー伯爵令嬢の手には乗らなかったようだ。
「それは、彼女より家格が低いからじゃっ」
ダスティンは反論しようとしてハッと何かに気付いた。
「そうそう分かってるじゃないか」
「だから、侯爵令息と……」
そう、コービー伯爵令嬢は自分に寄って来る中で一番良い条件の令息が揃うのを待っていた。たぶん伯爵家のダスティンはキープ枠。
もしリコッタ侯爵家が動かなければ、ダスティンは婚約者の席に座れたのかもしれない。
「まあでも結果的に良かったんじゃないか。空いたヒルデ嬢の婚約者の座を賭けて、今『商』のドレイク伯爵家と『知』のラティス侯爵家が水面下でやり合ってるんだろ。どっちに転んでもメディック子爵家にとってメリットしかないしな」
「ああ、その両家が出張ってきたから勝ち目が無いとリコッタ侯爵家も引いたんだったよな」
「おいっ!」
「あっ……。ダスティン、すまない」
調子に乗って喋りすぎた二人の、バツの悪そうな声が聞こえた。
「なんで、ヒルデを……」
ダスティンの声は驚きで掠れていた。
「えっ、お前マジか。メディック子爵家のハーブは、今や商業界だけでなく薬学会からも大注目されてるんだぞ」
「両親から何も言われて無かったのか?」
「えっ、いや……別に」
ルーラー伯爵家のご両親はまさかこんなことになるなんて夢にも思わなかったに違いない。
小さい頃のままずっと変わらず仲良く〜とか、お互いに地方の領主同士だからと安心しきっていたのだろう。
しかも私は嫡子ではなく、ダスティンと結婚してメディック子爵領内でハーブを栽培し兄夫婦を支える予定だったのだから。
まあこの先も結婚相手が変わるだけで、私のやるべきことは変わらない……ハズ。
「やあヒルデ嬢、相席していいかな?」
目の前にランチのトレイが置かれ、返事をする間も無くクレイオス様が椅子を引いて着席した。
「ここは、なかなか面白い話が聞こえるね。だが彼らはまだ最新の情報を掴んではいないようだ」
ダスティンと同じ伯爵家のスペア達に掴めるはずもないかと、と口を挟みそうになるが黙った。
「ん?何か言いたげだね」
「いいえ」
「そう」
軽く首を傾げて、万人受けしそうな微笑みを浮かべるクレイオス様。
だけど私は苦手だ。
「先生、あまり特定の生徒と二人だけでランチを摂るのは良くないのでは?」
せめてもの抵抗。
「ん?今日の持ち駒は全て終わったから、今はプライベート。先生じゃないよ」
大人の余裕の笑み。
この方はクレイオス=オールディス公爵令息。臣籍降下した王弟殿下のご子息つまり王甥だ。
王立貴族学園に非常勤講師として勤務しながら、将来有望な者を見出しては関係各所に斡旋しているらしい。何故か私がそんな御方に目を付けられてしまった。
「お父上から私の釣り書きは届いたかな?良い返事を貰えると嬉しいのだけど」
そう、クレイオス様は我が家に縁談を申し込んできたのだ。
本来なら家格差を考えると我が家に断ると言う選択肢はないが、今回他に有力貴族が動いているため公爵家もあまり無理を通せないでいる。
「子爵家の私の身ではあまりにも畏れ多くて」
一般的な、当たり障りのない言葉を返す。
「大丈夫。陛下とも相談してメディック子爵家を伯爵位へ陞爵する話も通りつつあるから」
いや、我が家はそんなこと望んでない。こんなことを言っては何だけど、父は野心の無い小心者だ。
「そんなことをされたら、他の貴族家の反感を買って我が家など容易く吹き飛んでしまいます」
極力平静を装って伝えるが、クレイオス様は余裕の笑みのまま告げる。
「メディック子爵家の重要性は、他の高位貴族の知るところでもあるから反感を買う事なんて無いよ。むしろこれだけ実績を伸ばしてきているのにそれを評価しないなんてと、王家から心が離れるのを危惧しているくらいだ」
「実績だなんて」
我が家に元々名産なんて無い。領地運営も平凡。最近少し目立つのは、御祖母様由来のハーブくらい。
「皆に浸透しつつあるハーブの効能はもちろん、何より君の御祖母様のご出身国が素晴らしい。かの国、ヘルシーナ王国は周辺諸国とあまり交流がない。小国とは言え、その医療技術や薬学に関しては目を瞠るような独自の発展を遂げているし、軍事力も侮れない。たとえどんなに細いパイプであったとしても、我が国はその繋がりを欲している」
そんな政治的なことを末端貴族の私に言われても。
「それにメディック子爵家のハーブの大半は、君の御祖母様がかの国から持ち込んだ我が国では珍しいものがほとんどだろう。私と婚姻を結んでくれれば、我が公爵家が後援しハーブ栽培拡充のための土地も用意しよう。悪い話ではないと思うが」
いつの間にかクレイオス様から笑みが消え去り、その表情は真剣なものに変わっている。
その雰囲気に私は言葉を継げず、長い沈黙が落ちる。
「まあ、今ここで決めろと言うのも酷な話だな。ちなみに、君は結婚相手に何を求める?平たく言うとどんな相手がタイプなんだ?奇譚の無い意見を聞かせて欲しい」
場を和ますように気さくな言葉を掛けてくれるけど、こんなに国を想う思想も身分も高貴な方に言えない。
私の理想は、ハーブの採取の際に荷物持ちや護衛をしてくれる優しくて力持ちな方だなんて、畏れ多くて言えない。
ああいっそ、元婚約者の様に特効薬の無い恋の病に罹患出来たなら、何も考えずに思いのままに突っ走れるのに。
今だけは、何もわかっていなかった貴方が羨ましいわ。
お読み頂きありがとうございました。




